甘いお仕置き
身体に優しい感触が伝わる。
なぞって、撫でて、モゾモゾ――ああ、着替えさせてくれているんだ……。気持ちいいなぁ。
ぼんやり思いながら、ハッとする。
「んっ……!」
「あっ、メアリー。気がついた?」
「……セドリック、さまっ……!」
目覚めるとすぐ近くにセドリックがいて、小さく驚く。側というより何なら半分抱かれている。セドリックはベッドに腰掛け介助していた。自然な態度が却ってメアリーの羞恥を掻き立てさせる。
パタパタと身じろぐと、中途半端だった着替えがはだけた。
「きゃっ」
「っ!!」
「あ、ごめんなさい」
お見苦しいものを……という言葉は続かなかった。セドリックは抜群の反射神経で、すでに向こうに顔をそらし、上着までメアリーに羽織らせていた。「不埒なことはしていないから」と気まずそうにまでしている。
いつも落ち着いたセドリックの少し焦った姿を見て、メアリーは可愛いと思ってしまった。さっきまで恥ずかしかったのに、つい気も大きくなる。
「大丈夫です。セドリックさまなら何をされても構いません」
「それはいけない」
叱られた。
「男に気安く何をされても良いみたいなことを言うべきでない」
「えと、セドリックさまは紳士ですから……」
「! それは、そうだが」
セドリックは苦い顔をしている。
メアリーはとりあえず服を着ようと思った。この新しい服はセドリックが用意したのだろう。学校に着やすい、一人で着られる仕様のドレスだ。ひとまずセドリックに背を向け、前のボタンを閉じようとした。
と、後ろから手が伸びた。
「せ、セドリックさま!? わたし一人で着替えられます」
「駄目」
セドリックは背後から器用にボタンを留めていく。メアリーも続けようと思ったが、息遣いさえ聞こえそうな至近距離に緊張して、ボタンが上手くはめられない。とうとうセドリックに手を取られ、最後のボタンが閉められた。
「何が起こったか、覚えている?」
セドリックはメアリーの腰に手を回したまま、メアリーの肩に顔を突っ伏した。
聞いている質問の意味は、分かっている。
「は、はい。わたし、また発情状態になってしまったみたいで」
本当は振り向いて、彼と正面から向き合うのが礼儀だ。けれど、心臓が激しく脈打って難しい。顔もきっと真っ赤だ。
「医者の見立てによると、ストレスによる突発的発情状態だったみたいだ。薬は効いたかな?」
「はい、大丈夫みたいです……」
嘘だ。ドキドキが止まらない。
メアリーはセドリックに聞きたいことがいくつかあったはずだった。でも本人を前にすると、全て霧散する。
『運命』に抗えない。
セドリックが好きで、セドリックが側にいると安心する。何も考えられないくらいに。
「本当は公爵邸に閉じ込めた方が安心なんだが」
「それは」
メアリーはゆっくりと振り向く。
「嫌です……」
メアリーはセドリックの『運命の番』だが、セドリックと結ばれたいとは考えていない。セドリックの将来を考えると、メアリーは相応しくないから。
叶うなら、距離を置いて離れたい。
セドリックは少し悲しそうな顔をして微笑んだ。
「うん、わかってる」
セドリックはメアリーを肯定する。でも――。
「けど俺たちは『運命の番』だ。どう抗っても番の習性に囚われる。『抗発情薬』である程度抑えられるが、万能ではない」
ドキリとする。メアリーは突発的な発情に、何の対処もできなかった。セドリックが来てくれなければ、どうなっていただろう。
「番の発情に直接的な影響を与えるのは番のみだが、欲情した女性それ自体が男を煽る」
「あ、わたし……」
「公衆の面前で? 俺がそばにいない時は? 危険極まりない」
セドリックが、近い。
「ちゃんとお薬を飲むようにします……」
セドリックはすーっと目を細めた。彼は怒ってる。メアリーが考えなしだから。
「番は番らしく、もっと身体的な接触があった方がいいと思うんだ」
セドリックはメアリーの手を取り、唇を這わせる。
もちろん視線はメアリーから外さない。
「医師にも言われただろう? 自然に処理するのが一番良いって」
「セドリックさま、ダメです」
「ダメ? ヘマをしたのはメアリーなのに?」
スッと顔を側づけるセドリックに躊躇って、後ろに傾くと却って彼の片腕に囚われた。
あ、キスされちゃう……!
思わず目を瞑りメアリーはピクリと固まる。
すぐそこにあるはずの唇が、わずかに止まった気がした。
「逃げないで、メアリー。これはお仕置きだから」
セドリックは唇の端、頬に小さな口づけを落とした。
胸にじわりと温もりが広がる。心の中で求めているものはこれだと、大音量に響く声が聞こえた。もっと! もっと! と。
「セドリックさま」
「メアリー……」
目の前にいる人を確認したくて、メアリーはそっと目を開けた。
セドリックはメアリーの頬を撫でる。彼の手は少しひんやりとしていた。メアリーが火照り過ぎているからかもしれない。
セドリックの目には色気が宿っていて、メアリーが求められていると思うと、メアリーはいっそう込み上げてくる昂りを感じた。
手持ち無沙汰だった両手をセドリックの背におずおずと回す。
ゆっくりと、でも切実に、二人の唇は近づく。
「セドリック様、お時間です」
ドアの向こうから、セドリックの従者が声をかける。
セドリックはピタリと動きを止めて、小さなため息をついた。
「……メアリー、ちょっと出てくる。簡単な昼食を用意したから食べて。嫌いなものはなかった?」
「はい、なんでも食べます」
メアリーはさっきまでの取り憑かれたような熱を悟られたくなくて、つい力を入れて即答してしまった。これじゃあまるでがっついているみたいじゃない。令嬢にあるまじき態度だったと後から気づいたが、時すでに遅しだ。
セドリックは優しい笑みを浮かべて、そっとメアリーにキスをした。
「っ!」
「今度は一緒に食べよう」
セドリックは最後に軽く抱擁をして、部屋を出た。
メアリーは唇を指で辿る。
込み上げてくる恥ずかしさと歓喜で、思わず両手で顔を覆った。
程なくして、セドリックの従者がメアリーに昼食を届けに来た。
「そのままで大丈夫です。どうぞお寛ぎください」
ワゴンから小さなトレイに食事を盛り付け、そのままベッド上に置かれた。
サイドテーブルに温かなハーブティーを用意し水差しを交換して、従者は退出した。
メアリーは気づかなかったが、今はちょうど昼休みの時間帯らしい。
それなら彼が向かったのは。
――セドリック様に昼食のお誘いを受けたの――
花が綻びるように美しく笑っていたロザリー。婚約者の元に、セドリックは行くのだ。
目を伏せて食卓を見る。
卵と蒸し鶏のサンドウィッチ、小さな白パン、洋梨のコンポート、プディング。公爵家の昼食にしては簡素な気がしたが、どれも美しく形作られている。食欲はなかったけれど、これなら食べられそうだ。
作法ではないけれど、手を伸ばしてスイーツの小鉢を取る。メアリーはプディングが好きだ。子どもっぽいのは承知で、義姉にもよくせがんで作ってもらっている。高貴な家でもプディングが出てくるんだと意外に思った。
「甘い……」
さすが上質で上品な甘さだったけれど、メアリーの体にすっと馴染んだ。
セドリックがいなくなると、身体が切なくなる。
もう一度、唇を確かめる。
セドリックの甘い、お仕置き。
結ばれるべきでないと確信しながらも、ますます彼に囚われていく。
いつか、この呪縛から解き放たれることはあるのかな。




