秘匿(セドリックside)
最悪の気分だ。
メアリーが他の男に笑いかけている。
セドリックは他の女の手を取っている――
どうしてこんな歪なことになったんだ……。
セドリックは回想する。朝は完璧だった。
メアリーは可愛いし、メアリーの兄にも報告ができた。
メアリーを馬車に連れ込めたし、一瞬メアリーが「結婚しない」なんて仄めかした時は――本気で行き先を公爵邸に変更しようかと思ったが、冷静に対処できた。
メアリーはセドリックに婚約者がいることが気になるようだ。
今ここで、「いずれリヴァーデン家は断罪されて婚約は無効になる」と伝えることは気が引けた。
まだ明るみになっていないし、情報を共有すればその分危険が増す。
メアリーにはセドリックが『運命の番』に出会って気狂いになったように見えたのかもしれない。
それでもメアリーから直接「好き」が聞けたから、恋人らしい触れ合いを控える……くらいなら耐えられる……!
――暗雲が立ち込みはじめたのは、ロザリーが特別区で待ち伏せしていたことからだ。
婚約前はもう少し賢い女性だと思っていたが、婚約後は不審な行動が多い。
セドリックは意図してリヴァーデン家との接触をコントロールしていた。
それをロザリーが崩してくる。
リヴァーデン伯爵から婚約破談は聞いてないのか?
それとも、話せば回避できるとでも?
どのみち、見られた以上は決定付けるしかない。
セドリックはまるで道化師のように、メアリーへの想いを公にした。
メアリーの目が恐怖の色に染まる。
わかっている。メアリーがセドリックとの関係を隠したがっていることは。
どうあれセドリックが表明した『特別』を害することは、ランカスター公爵家を害することだ。
セドリックはメアリーの身の安全を優先して、メアリーの気持ちを反故にした。
今年度からロザリーの叔父が学園の後援会に就任したことも気がかりだ。学園内はどうしてもメアリーへの警護が手薄になる。はっきりと牽制しておく必要があった。
「コリン、ロザリーに手紙を出しておいてくれ。『昼に婚約破談について話したい』と」
「かしこまりました。昼食はご一緒に?」
「するわけないだろう。五分で話を終わらせて、ランチはメアリーと食べる」
メアリーとは一般科で別れるときに約束した。ショックが大きいのか上の空だったけれど。「大丈夫」と言っていたが心配だ。昼にメアリーを迎えに行って、サロンで少し待ってもらうことになるな。早急にロザリーと話をつけて終わらせようと考えていた。
突如決まった一般科との合同授業。
メアリーは真っ青な顔をしていた。そして今にも泣きそうだ。周囲の様子から、メアリーが孤立していたことを知る。誰が先導していたのか、も。
……セドリックは穏便な手段を取り過ぎていたのかもしれない。ロザリーへの面目のためにも控えていたが、この場で婚約破談の話をしてやろうかと思ったくらいだ。
しかしそれではさすがにリヴァーデン家を刺激し過ぎる。
本来の目的は国家に仇なす不正の取り締まりだ。
ロザリーが声高に主張する『婚約者』の立場も、砂上の楼閣のように崩れ去る。
今は抑えておくべきか……。
メアリーに向かう好奇の視線を反らすためにも、渋々ロザリーとパートナーを組むことにした。
メアリーにはセドリックの従者コリンを付けて。
「セドリック様、授業もご一緒できて嬉しいです」
何食わぬ顔で微笑むロザリーを他所に、淡々と授業の課題をこなす。
ステップの合間合間にメアリーの様子をチェックしていたが、あろうことかメアリーがニコラスに笑いかけていた!!
メアリー……! 無防備過ぎる!
メアリーは女子クラスで育っているから、自分の可愛さを知らなさ過ぎるんじゃないか!?
思わず視線でニコラスを殺しそうになった。
コリンが察して、メアリーを退室させた。初めからそうしておけば良かった。
セドリックも教官に適当に言い訳し、作法部屋を後にする。
はやる気持ちで足早に追いかけると、近くで騒ぎが聞こえた。
メアリーの身に何かあった? 駆け足で先を急ぐとロザリーの侍女二人がとぼとぼとこちらに引き返すのが見えた。すーっと心が冷えつく。
「セドリック様っ!!」
追いかけてきたらしいロザリーがセドリックを呼び止める。セドリックは振り向くこともせず、頭を下げて並ぶ侍女たちと対峙する。
侍女二人はどちらも顔を青くし、小刻みに震えていた。セドリックは普段纏わせている陽の気を消し、視線だけで威圧する。
ロザリーも後方から侍女の様子を見て、何が起こったのかを察したらしい。
「コリンから報告を受ける。話は後だ」
「も、申し訳ございませんっ。侍女にはきつく言って聞かせます」
「公平さを保つため、侍女二人の話も聞こう」
セドリックは努めて冷静に言い下した。
決して後ろを向くこともなく、さっきの駆け足もなく、しかし速やかに歩みを進める。
ドクンドクン
胸の鼓動がおかしい。メアリーがどれほど苦しい思いをしているのか、手に取るように分かる。
メアリー……!
いつしか走り出していた。
薄々気づき始めたが、メアリーはセドリックから離れようとしている。
メアリーは控えめだから、衆目に晒されてどれだけ辛かっただろう。侍女に罵られてどれだけ怖かっただろう。
「セドリック様?!」
お茶を用意していたらしいコリンと出くわす。メアリーの場所は聞かなくても分かる。
「メアリーっ……!」
扉を開けるとメアリーは今にも崩れ落ちそうだった。なんとか間に合い抱き抱える。
ドクンドクンドクンドクン
「セドリック……さま……っ」
メアリーは突発的に発情状態を引き起こしていた。『番』の習性でメアリーはなんの躊躇いもなくセドリックに擦り寄る。
その満足気な表情がどうしようもなく愛しくて、同時に胸が締め付けられる。
「セドリックさま……、辛いの……」
「っ……!」
運命の番に出会わなければ、相手がセドリックでなければメアリーは穏やかに生きられただろうに……。メアリーが望んでいるように、離してやるのが最善かもしれない。でも。
「ごめん……っ、メアリー」
意識を失ったメアリーの額にキスをする。
一回……二回……何度も繰り返して、縋り付くように抱きしめた。
「――どうしたって離してやれない」
二人は『運命の番』だから。
目を伏せた目線の先に、メアリーが落としたであろう銀の小匣があった。王家の紋章がセドリックの肩に重くのしかかる。今まで生きてきて、これほど自分の生まれを呪ったことはなかった。
次話はメアリー視点に戻ります




