伝承物語『運命の番』
騎士科と一般科の合同授業は、パートナーの基本作法を繰り返し学んだ。
立ち位置に手の添える箇所、歩く速度にお辞儀の角度。
メアリーは離れた場所から、ぼんやりと眺める。
セドリックとロザリーペアは格別に美しかった。教官が「二人をお手本にするように」と褒め称えるほどに。
二人は婚約者だもの。
当たり前の事実が、メアリーの胸を苦しめる。
見ていられなくて視線を落とす。
「メアリー嬢、大丈夫? まだ回復してないんじゃないかい?」
「! いえ、そんなことは……」
親切なニコラスはメアリーを案じた。メアリーは空元気を振り撒きながら、『例の薬』のことが頭を掠める。
「メアリー様、こちらを」
「え……」
「小公爵の申し付けです」
セドリックの専属従者が水差しとタオルを持ってきた。
他家の従者に傅かれて、メアリーは少し萎縮する。メアリーなんかにそんなことしなくても良いのに。渡されたタオルはふんわりと柔らかい。
様子を見ていたニコラスが、ぽつりと言う。
「……騎士科では『弱きを助け強きを挫く』は当たり前なんだけれど、外では必ずしも上手くいかないよな」
ニコラスの視線は合同練習に向く。
「セドリック、かっこいいから。メアリー嬢への配慮が、他の女の子の妬みになってしまう」
「そんな……」
妬みではない。
セドリックは婚約者がいるのだから当然の反応だ……。
「僕みたいなのが相手だと、平和そのものだよ」
「え? あはは」
ニコラスがおどけるように、胸を張る。ニコラスはメアリーを慰めてくれているようだ。
きっと彼なりの騎士道精神なんだろう。
タオルに顔を埋めて、張り詰めていた心が少し緩む。
「ん?!」
「? どうされました?」
「い、いや、何でもない」
ニコラスが突然ビクッと驚いた。「見間違い……だよな?」何やら呟いて言葉を濁す。その視線の先には、相も変わらず素敵なセドリックとロザリーがいた。
やはり胸がチクリと痛くて。
セドリックの従者が何かを察知して動き出す。
「メアリー様、控え室でお休みになられましょう」
「えぇ?! メアリー嬢、重病人??」
「わ、わたしは……」
「小公爵のご指示です、ニコラス卿。大変心配されていますので」
身体は、なんてことない。辞退するのが適切だ。
でもここにいない方が、メアリー自身にもセドリックのためにも良いような気がしてきた。
「さぁ、参りましょう」
セドリックの従者が丁重に先を促す。断れる雰囲気でもなく、メアリーはニコラスに礼を言い、この場を後にした。
作法室を出ると、ロザリーの侍女二人が追いかけて来た。
「アシュフォード伯爵令嬢、立場を弁えていただきたいですわ」
「セドリック殿下の婚約者は我がリヴァーデン伯爵家ロザリー様でございますのよ」
あっ……と、突然のことで咄嗟に言葉が出ない。
メアリーとセドリックの関係は適切でない。
言い分は、わかる。
言い返すことができない……。
「セドリック殿下を誑かして、ふしだらではございませんか!?」
「不敬な!」
「っ!!!?」
セドリックの従者が一喝する。
「こちらはアシュフォード家の伯爵令嬢にあられるぞ。弁えるのはそちらだ。リヴァーデン家は侍女の教育がなっていないな? 学内で使用人が貴族令嬢に詰め寄るなどもっての外だ」
侍女二人は蒼白になって引き下がった。
「メアリー様、大丈夫ですか?」
「え、ええ」
メアリーは悟られぬよう、小さく息を吐いた。
その優しささえ、今のメアリーには痛い。
メアリーはいけないんだ。
優しくされて、守られて、言い返せない――。
*
案内された特別区の一室は豪華絢爛な部屋だった。
「セドリック様の控え室として用意されていましたが、セドリック様自身は一度もお使いになられませんでした。これからメアリー様のために整えて参ります」
従者は一礼して、扉の外へ下がった。
メアリーは場違いな思いを抱えたまま、広い部屋を見回す。
学園がセドリックのために用意した私室。
確かに、綺麗で厳かな部屋だがセドリックの気配を感じない。彼の部屋は華美な装飾を抑えた落ち着いた部屋だった。
トクン
あのとき、セドリックの部屋で発情状態だったことを思い出し、顔が熱くなる。
ひとり恥ずかしくなって視線を逃す。
その先に、絵画があった。
誘われるように、足が向く。
神々しい光の螺旋が男女を絡み合わせて寄り添い、天使の祝福を受けている。
誰もが見たことのある宗教画。
『成就』
お互いを理解し、共に抱えて完全となる。
基礎教養で習った、この国の教義だ。
けれどメアリーには、違って見えた。
天国に昇っているのではなく、地獄に落ちている。
光の螺旋は歓喜ではなく、離れられない鎖だ。
祝福を与えている天使は武器を構えて、今にも二人を――
ひゅっと、息が詰まった。
どうして。
どうして祝福をそんな風に見てしまうの?
ふるふると頭を振る。
額縁には銘文が刻まれていた。
震えながら、そっと手で辿る。
「二人が一つになるように……」
トクン
幼い頃に読んだ童話。
『運命の番』――
───────────
決して結ばれない王女さまと騎士は
神さまにお願いをしました
決して離れることがないように
神さまは杖を振るい
魔法をかけました
二人がひとつになるように
魂は固く結ばれました
番は二人でひとつ
歓びも苦しみも二人でひとつ
離れようものなら
地獄の業火より恐ろしい罰が与えられん
死んでも終わらない
永遠に
───────────
ドクン
今度こそ強い鼓動がメアリーを襲う。目がチカチカして、汗が大量に吹き出す。
これは、もしや発情状態――?
メアリーは慌ててポケットに忍ばせていた銀の小筐を探る。けれどうまく掴めず、カタンと遠くに跳ねてしまった。
「あっ……!」
メアリーに絶望が過ぎる。落ち着いて取りに行けば良いのに、そんな考えさえ思い浮かばない。メアリーは激情に囚われ、ただひとつを求めることしかできない……!
「メアリーっ……!」
セドリックが荒々しくドアを開け、崩れゆくメアリーを抱きとめる。
「セドリック……さま……っ」
「メアリー。大丈夫、大丈夫だから」
メアリーは自ら進んでセドリックの胸に擦りよう。歓喜で満たされて、身体が悦ぶ。理性は消し飛んだ。
「セドリックさま……、辛いの……」
何が? 自分で言い出したのに、それさえわからない。
偶然にも抱き合っているメアリーとセドリックは絵画の男女と重なる。
きっと二人の運命さえも――
次回はセドリック視点です。




