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世界は愛おしい!  作者: 終マ2
2章 復讐の道
31/43

30話 作戦失敗

3章の最終話なので長いです。

 俺は階段を上り、光が差し込む半開きのドアに気づき、ゆっくりと覗き込む。


 目に映ったのは奥の方にあの少女の血まみれの姿だった。全身真っ赤に染まり、しかし顔は無表情で、まるで何事もなかったかのような様子だった。

 鼓動が早くなる。呼吸が乱れる。


 あの先に何が待ち受けているのか……。

 もしかしたらもう手遅れになっているんじゃないか……



 俺はゆっくり扉を開けて、背を低くしながら前へ進む。俺と少女は窓枠のような穴で隔たれており、俺は窓枠の下に身を隠す。そして、頭だけを出して、部屋を見た。


 俺が見たのは地獄だった。


 横たわる鶴山の腹部にはまるで獣に食いちぎられたかのように欠けていた。

 壁によりかかる大川は両腕が無かった。

 ふたりともピクリとも動かなかった。呼吸すらしているのか分からない。


 しかし、倒れていた柚伏だけ再び立ち上がった。左腕は無くなっていて、閉じた右目からは血が流れ出ていた。


 柚伏は床に落ちていた拳銃を手にとって、銃口を自分に向けた。


「やめろっ!」

 気がつけば俺は立ち上がっていて、声を荒げていた。

 柚伏は俺に気づき、俺を見た後微笑んで倒れた。

「お前らの目的が俺なら、他の奴らには手を出さないでくれ」

「こゆり、神里さんを全力で殺しに行きなさい」

 ふいに横から声が聞こえた。

 俺はすかさず横を向く。目線の先にいたのは仮面の男だった。壁に寄りかかっていて、俺からは見えない位置にいたのだ。

 こゆりとは、この少女のことだろう。


 こゆりは無表情のまま、俺に手のひらを向けてきた。何が起こるかはわからなかったが、避けなくてはと本能で感じ取り、しゃがんで身を隠した。


 どうすればいい……こゆりと言われたあの少女の異能力(アビリティ)はわからない。それに、早くしないと3人が危険だ。



 俺はナイフを強く握る。

 

 ずっと疑問だった。柚伏と喧嘩したとき、俺はおかしくなっていた。アザトースの異能力(アビリティ)を使いこなし、自分とは思えないほどの動きをしていた。

 そして、俺の異能力(アビリティ)の代償は何か。

 それが拷問のときになんとなくわかったのだ。


 俺の異能力(アビリティ)の代償は頭がおかしくなることなんだ。精神崩壊とはまた違うが、自分が自分でいなくなる。



 なら、自分の異能力(アビリティ)を使えばあのときみたいに変われるかもしれない………!


 俺は立ち上がって、ナイフで自分の左腕に刺して、手首へ、手のひらへとナイフを動かす。やがてナイフは中指と薬指の間を通り抜ける。左腕は竹のように縦に割れて、滝の様に血が流れ落ちる。


 俺は神経を集中させて異能力(アビリティ)を使う。みるみる傷は治り、やがて何も無かった腕に戻る。


 これで……



 あれ?


 あのときの感覚が来ない。もっと気を失うような、ふわふわした気分にならない。

 何で………



 そのとき、俺の左胸部に拳サイズほどの穴が空いた。

 そして次々と身体に穴が空き、視界が真っ暗になった。









「久しぶり」

 気がつくと真っ白な空間にいた。どこか懐かしい……

「あの……俺は死んだんですか?」

 俺は椅子に座る黒髪ロングの女性に話しかける。

「まあ座りたまえ」

 俺は彼女と木目調のガーデンテーブルを囲うように座る。

「あまりここに来ては行けないよ。皆心配しちゃうからね」

 彼女はティーポッドを手に持ち、紅茶を淹れる。そして、湯気の立ち上げる紅茶から匂いが舞い、鼻に届く。その匂いは苦くて、珈琲みたいだった。

 そして彼女はそんな液体を一口飲んだ。

「……これは客人には出せないな……見た目も匂いも味も、全てアベコベだ」

 彼女はカップを置いて、


「これを出された人は……どうすればいいのか困惑しちゃうだろう。相手を騙すならこれほど良い品はないだろうけどね」

 俺の視界はやがてぼやけていく。

「次会った時は美味しい紅茶を用意しておこう…………








「おき………きろ………起きろ!」

 僕が目を開けると、蓮井の顔が間近にあった。

「ぬわあああぁ!?」

 僕は勢いよく身体を起こしてしまい、不意に頭突きしてしまう。

「いたっ!」

「あの男は!?」

「男?何の話だよ?」

 僕は立ち上がって、階段を駆け上がる。


 そして開いているドアを抜けて、立ち止まった。

 不意に足が止まってしまったのだ。



 神里が立ち尽くす背中が見えたのだ。


 身体のいたるところに穴が空いて、向こうにいる少女すら見える。普通の人間なら立っていられないのに、それでも神里は立ち続けている。


「……俺をここまで追い詰められたのは初めてだ。そんな女、今すぐにでも妻として迎い入れたいが、俺は紳士だ。君が大人になるまで待っててやるよ」

 神里は一歩、一歩と少女に歩いていく。その間も神里の身体にはいくつもの穴が空いていく。頭が消し飛ばされても、すぐに再生し少女のもとに歩いて行く。それと同時に、神里から流れる血がまるで糸のように空中を漂い、倒れている鶴山、大川、柚伏の口に注がれていく。


「大人になるまでに、少しは落ち着いてほしいがな」


 そう言って、神里は少女の手を掴み、手の甲に口づけした。


「今日は帰りなさい」

 神里がそう言うと、少女の動きが止まった。



「こゆり、彼の言う通り今日はこの辺にしておきましょう」

 仮面の男が姿をあらわして少女とともに部屋から出ていった。


 僕は何が起こっているのかわからないでいると、神里が急に倒れた。

「おい!」

 僕は駆け寄って、仰向けになった神里の肩を揺さぶる。


「ほっとけ」


 突然後ろから声が聞こえた。その声には聞き覚えがあって、今回の件で不信感が募っている人間だ。


「……何しに来たんですか?宮黒さん」

 僕は振り返り、宮黒さんの顔を見つめる。目の下には酷いクマとそのクマを横切る煙草から出る煙は恐怖心を強めた。


「今回の犯人を見つけたから、捕まえに来たんだよ」

 宮黒さんはそう言って、ベルトに挟んだ拳銃を構えて、


パンッ!パンッ!


 空薬莢が床に転がる。

 僕は彼の撃った方向を見る。するとそこには右胸部から血を流す蓮井さんと白山さんがいた。ふたりは胸を抑えながら倒れる。


 いつからそこにいた?

 どうして撃ったんだ?


 僕は今が理解できず固まってしまう。周囲にはいつの間にかいなかったはずの黒服たちもいる。

 どうなっているんだ。


 割れた窓の向こうは隣のビルの壁がある。部屋なんてそもそも無かったかのように。



「そこのふたりは共犯だ。殺す理由はそれだけで足りる」

 彼が指に力を入れて、引き金を引く。


「……やめろ」

 あともう少しのところで、神里がか細い声で言った。


「……俺が裁く……」

 神里は四つん這いのままふたりのもとに歩み寄り、ナイフで自分の手を切りつけた。そして出てきた血を彼らに飲ます。


「……宮黒さん、真犯人はどこで何をしてるんですか」

「東京湾のある倉庫で人を殺そうとしている」

「………なら、このふたりに向かわせて、その犯人を止めて捕まえてもらいます。それがこいつらの贖罪です……」


 神里はふたりを優しく揺さぶり、

「起きろ、お前らは今から俺の指示に従ってもらう」




 そこからの神里は凄かった。

 宮黒さんから詳しい情報を聞き出し、ふたりの異能力(アビリティ)を聞き出し、作戦を立てていた。

 ちなみに、蓮井の異能力(アビリティ)は物体を熱エネルギーを増加させること。白山の異能力(アビリティ)は速度を倍増させること。




「……このカブ本当に動くのかよ………」

 俺たちは外に出て神里がバイクを出そうとした。が、そのとき小学生みたいな女の子、柚伏が「バイクならアタシのカバンに入ってる」とわけのわからないことを言い出した。


 すると柚伏はカバンを置いて、手を中に入れてガサゴソし始めた。これでおもちゃのバイクならキレていたが、本当にカバンの中からバイクが出てきたのである。

 カバンの中がどうなっているか正直気になりはしたが、今はアイツ(・・・)を止めるのが先だったから追求はやめた。


 俺はバイクに跨り、エンジンをかける。

結由(ゆゆ)、乗れ」

 そう言うと白山結由は頷き、俺に抱きつくように乗る。


「あとこれも」

 そう言って、柚伏はハーフヘルメットを投げ渡してくる。俺たちはそれを受け取り、

「ありがと」

「ゆずっちありがとー!」

「ゆ、ゆずっち……!?」

 柚伏は目を見開いて驚く。

「うん!ゆずっち!帰ってきたらいっぱい話そう!」

 柚伏は少し固まるが、すぐにそっぽ向いて、

「…別にアタシはお前と話したいとは思わないわ」

「あはは……振られちゃった」

 柚伏は背中を向けたまま言う。

「さっさと行きなさい。アタシ、待つのは大っ嫌いだから」

「…うん!レッツゴー!」

 笑ってる。結由の顔は見れないがわかる。ずっと一緒にいたから声でどんな顔をしているのか互いに分かるんだ。…気持ちも。


 俺はアクセルを回して走り出す。そして高速道路に乗る。カードが差し込まれてなかったからもちろん料金場は突っ走ってきた。

「加速だ!」

「おっけー!」

 するとバイクの速度は軽く100キロを超える。数多くの車たちを追い抜いていき驚愕させていく。



 俺はバイクを走らせながら過去を振り返っていた。





 俺、結由、今回の犯人のクロちゃんは物心付く前からの関係だった。気がついたら隣で遊んでいる存在だった。祭りで焼きそばを分け合ったこともあるし、お互いの家で同じベッドで寝たこともある。

 殴り合いの喧嘩もしたことがあるし、相手の物を壊したり隠したりしたこともあった。それで泣き合って、いびり合って。


 そんな俺達を止めてくれる人がいた。クロちゃんの姉だ。顔はうろ覚えだが、物凄くべっぴんで大和撫子という言葉はこの人のためにあると思った。

 その人は俺達よりも年上で、故に俺達よりも色んな経験をしていて、力比べも口論も勝てやしなかった。


 そして俺はその人を尊敬していた。俺だけじゃない。結由もクロちゃんも尊敬していた。


 俺には尊敬以外の他の気持ちもあった。




 小学1年生の頃だった。いつものように俺たち3人は近所の公園で遊んでいた。泥まみれのまま俺たちはクロちゃんの家に行った。夕暮れの空にセミが鳴いていた。背中には汗が滲み、額の汗は頬を伝って地面に落ちていく。昨夜は冷房をガンガンつけて、鼻水を垂らしてたから汗以外も垂れていたかもしれない。


 そんな天真爛漫な子どもが家に入ると、静かなになった。息すらしなかったんだ。

 目の前に広がる光景が自分たちが思い描いていたものとはかけ離れ過ぎていたからだ。



 玄関に飾られていた花瓶は床に落ちて破片が散らばっていた。廊下には引きずった後のような血痕がリビングへと伸びていた。


 まだ幼い俺らでもわかった。入ってはいけない。入ったらもう戻れないって。

 俺と結由は腰を抜かして、その場に崩れ落ちた。でも、クロちゃんだけは立っていた。足は震えていて、暑さでかいた汗とは違う汗が全身に流れていた。蒼白な顔色で、

「ママ!?パパ!?おねぇちゃん!?」

 叫んでも、中は静かだった。


 生きた心地がしなかった。まるで自分の体が地面から離れて、ゆっくり頭をかき混ぜられる感覚だった。


 クロちゃんはゆっくり、ゆっくりと玄関を上がり、リビングの方へ歩いていった。クロちゃんの姿が見えなくなり、不気味なほどに静かな世界に耐えられず俺はクロちゃんも結由も置いて逃げた。



 その日以降、その人と会うことは無くなった。



 その日から今まで送っていた日常が消え去った。その日まで送っていた日常が思い出せなくなった。


 あの日以来の結由はずっと何かに怯えて、家から姿を見せなくなった。クロちゃんは酷いクマとあれた肌、フケを被ったかのようなボサボサの髪が印象的だった。クロちゃんの両親は色んなところに怪我をしていて見るからにしてやつれていた。後から知ったがあの日以降、何度も自殺を図っていたらしい。それを毎回親が止めていたとか。


 俺は特に変わらなかった。今まで通り親のご飯を食べて学校に行き、友達と遊ぶ。変わらなかった。必死に俺は今までの日常を再現した。違うのは2人がいなくなったことと、常に恐怖に晒されていたことだ。寝ても覚めてもあの日のことがちらついていた。次は俺なんじゃないかって、そう思ってしまうのだ。



 俺たち3人が再会したのは中学1年生の夏休みのときだった。

 偶然の再会……ではなくクロちゃんから会おうと連絡が来たのだ。指定された公園に行ったとき、結由もいるとは思ってもいなかったが。


 あの日以降3人で会うのはこれが初めてだった。


 気まずいってものじゃなかった。あの日のことを思い出して、逃げ出しそうにもなった。俺はこうなることが怖くて、無意識的に2人を避けていたのをその時気付いた。


 その時会った結由は、やっぱり俯いて黙り、今すぐにでも、折れそうな身体をしていた。

 最後に来たのはクロちゃんだった。前と同じで、今すぐにでも死にそうなものかと思ったが想像とは全く違っていた。


 美しい黒い瞳に長いまつ毛が影を作り、黒い髪は風になびいて美しい。まるであの人が生き返ったかのようだった。でも、あの人とは違う何かを持っていた。当時はその何かに気づけても正体はわからなかった。



「久しぶり。2人はどんな感じだった?」

 どんな感じだった?とはあの日以降の様子のことを指すということは理解した。理解はしたが、口は固く閉ざされそっぽ向いて、伝えるしかなかった。


 結由も同じような態度を取ったのだろう。


 クロちゃんは「そうか……」と言い、続けて


「私は何度も死のうとしたよ」

 そう言って、クロちゃんは袖を巻き手首を見せてきた。手首には刃物で切り刻んだ跡があった。それは痛々しくて、胸が締め付けられた。

「前は首にひもの跡をあった。今は運良く消えたがな」

 あと、と付け加え

「親が離婚したんだ。どうも私を見てられなかったらしい。父に引き取られたが、すぐに消えたな。今は父方の祖母と暮らしてるんだ」


 クロちゃんは袖を戻して、ベンチに座って俺たちのことを見た。

「あの事件は私たちのものを壊した。私は犯人に………復讐(・・)をしたい。必ず報いを受けさせたい。……だから……」


 クロちゃんの声色は段々と震え、力強くなっていく。


「私に協力してくれ」

 その言葉は俺たちの解けた絆を結び戻した。復讐という大義名分はまた3人で行動する理由になったんだ。


 その日から俺たちは犯人探しをし始めた。また犯人探しをしているときに俺たちは自分の異変に気付いた。




「うおぉぉ!すげー!」

 手で少し回転をかけたコマが徐々に速くなり、軸が安定していく。今、俺の部屋で結由のチカラを確かめていた。原理はさっぱりだが、結由はコマを速くするチカラがあると思った。


 俺はコップを持って、中の水をぬるま湯にしてみせた。

「凄い便利なチカラだね!」

 結由がコップに指を突っ込んでペロッと舐める。


 3人で再開したあの日から俺たちは変わり始めた。いや、戻り始めたという表現のほうが正しいのかもしれない。

 結由はあの頃のようにいっぱい食べて、肉付きが良くなった。健康的な身体になったと思うのと同時に身体の魅力も身につけていった。

 クロちゃんは成長すればするほどあの人(・・・)みたいな容姿になっていった。本人が自ら近づけているのかわからなかったが、俺はあの人(・・・)への想いが再燃していった。



 俺はわかりやすい男らしい。この気持ちは結由にも、クロちゃんにも気づかれていたと思う。


 でも俺が直接気持ちを言うことは無かった。できなかった。俺が言葉にしてしまえばまた3人の仲が引き裂かれると思ったからだ。


 結由も気持ちが分かりやすい人だった。俺のことに想いを寄せていることは中2の頃にはわかっていた。でも見て見ぬふりをしていた。


 クロちゃんは気持ちを隠すのが上手かった。表面上は俺たちのことを大切にしてくれていた。それが異性とかではなくて友達だということなんて考えなくてもわかっていた。でも、いくらクロちゃんの気持ちを知ったところで、それは表面であって核心的なものじゃないと、何となくわかっていた。心の底では何を考えているかわからなかった。


 わからなかった。わかりたくなくなかった。見て見ぬふりをして、気づかないふりをして、このまま犯人探しをしていたかった。




 でも駄目だったんだ。この関係じゃ駄目(・・)だったんだ。




 バイクの速度計の針は振り切っている。

「見えてきたぞ!!!」

「うん!」

 高速道路の低い塀の先の下に海と倉庫が見え始める。

 ここから高速を降りて………それだと間に合わないか…?


 クロちゃんは犯人を見つけたんだ。そしてあそこに犯人がいるんだ。


 なら一刻も早くあそこに行かないと……!


 ここから倉庫は距離が結構ある。上下差も大きい。でもここからはもう見えている。なら最短距離は……

「……俺のヘルメットを前に投げる。お前はそん時に上方向の加速をしろ」

「えっ!?」

「行くぞ!」

 俺はヘルメットを前に投げて、前輪でヘルメットを踏み潰す。普通ならバイクは横転しているが、

「飛んでるぅぅぅぅ!?!?!」


 結由の異能力(アビリティ)は速度を倍増させること。だから、元々の速度がないと加速することができないのだ。つまり、水平方向に進む物体に鉛直方向に加速させることができないということだ。少しでも鉛直方向の速度があれば加速できるが、速度がゼロだと不可能だということだ。


 だから俺はヘルメットを投げて、ほんの少しの上向きの速度を与えた。すれば、バイクは空を飛び、加速を調整すれば安全に降りられるということだ。



 が、当の結由は

「あいえええぇえ!!お空!お空なんで!?」

 パニクって自分が何をしているのか分かっていなかった。

「落ち着け!ゆっくり加速を緩めろ!」

 俺は結由の足を蹴り、話しかける。

「ええ!?加速をやめろ!?わかった!?!?」

「おいっ!バカァァァァァアアア!!!?」

 バイクは上昇をやめ、一瞬無重力を感じた直後、落下を始める。


 高さは……わからん!30数階分の高さがある気がする!


 でも、ここから落ちれば死ぬというのははっきりとわかった。

 俺はズボンの両方のポケットから、出発前に神里からもらった250mlペットボトルを手にとって、片方を結由に渡す。

「のののの飲め!!」

「うん!?」

 ペットボトルには神里の血が満パンに入っている。死にそうな顔をしながら入れてくれた。

「「あっ」」


 俺の手から離れたペットボトルは結由の手に渡る…………ことはなく、どこかへ飛んでいってしまった。

「確かお前も持ってたよな!?」

「はっ!そうだった!…無い!落とした!」

 結由はスカートのポケットに手を突っ込んだ瞬間、とんでもない告白をする。

 緊迫した状況で責める気にすらならない。ただ、どうすれば生き残れるかという思考だけが駆け巡る。



 俺の頭に1つの解決策が通り過ぎる。迷っている時間など無く、俺はすぐに実行に移した。



 キャップを開けて、結由の口に突っ込む。普段こんな飲み方をしたら引かれるがそんなのどうでもいい。

 ペットボトルを押しつぶし、結由の口に血を流す。

「吐くなよっ!」

 俺は結由の口からペットボトルを離し、自身の口に突っ込む。そして、さっきと同じように残りの血を口に含む──────………





 目を開けると、俺の目の前には結由が横たわっているのが見えた。


 次に自分の手を見る。手のひらは指の先まで赤黒く染まり、俺の周りには血が広がっていた。

 しかし、身体には痛みがない。が、身体中がだるい。


 あの高さから落ちたのにだるさだけ残るというのは不思議な感じだった。


 俺は立ち上がって、結由の肩を揺さぶる。

「おい……!起きろ……!」

「…う、うぅん……」


 結由がゆっくりと目を開ける。

「……私たち生きてる?」

「ああ…」

「そっか……良かったぁ……」

 結由の瞳から1筋の涙が落ちて、血と混じる。


「立てるか?」

 俺は手を差し伸べて結由の手を取る。

「うん。止めなくちゃだから」

 結由は俺の手をがっしりと掴み、立ち上がる。


「……あそこ、だよね?」

「あいつの言ったとおりならな」

 俺たちの目の前にある倉庫に目を向ける。


 横にも縦にもデカいシャッターの前に行き、とりあえず持ち上げてみる。

「……これ…合ってるのか?」

 少しも上がらないシャッターにイラつきを覚えながらも上に引っ張る。

「違う入口があるんじゃないの?」

 結由は周囲を見渡して、

「暗くてよくわかんないよ」

「……左様で…」

 俺は一旦シャッターから手を離し、どうしたものかと悩んでいると…

パァン!

 中から銃声らしき音が聞こえた。

「─っ!おい!開けろ!」

 俺はシャッターを叩き、叫んだ。中からの返事は銃声とかすかに聞こえる怒声だけ。



 考えろ……!どうすれば入れる…!?このシャッターを開ける方法は……!?

 俺はシャッターに手を付けて、ハッと思いいたる。

 シャッターはひんやりとしていて、金属製。ただデカいだけの金属だ。


「……結由、金属を熱するとどうなる……?」

「熱くなる!」

「そうだ。溶けるんだよ!」

 俺は数歩退いて、シャッターを見つめる。


 俺の異能力(アビリティ)は物体を熱くすること。

 ならばできるはずだ!


 そうして、シャッターはみるみる赤く発光して、変形してドロドロの液体が滴り落ちていく。そして穴ができ始め、大きくなる。



 約1分で穴はしゃがめば人が通れるほど大きくなる。

「行くぞ!」

 結由は、うん!と力強く返事をする。

 俺が先導して穴をくぐる。

 結由は俺の後ろについてきて、「アツ!」と叫ぶ。


 くぐって目に入ったのは、地獄だった。広い体育館のような空間に、火薬の匂いと鉄の匂いが鼻を刺激し、横たわる動かない人は心を揺さぶる。吐きそうだ。


 周囲には血を流して倒れているものや発砲しているものもいて、30人程度がいた。


 真ん中に立っているのは女性だった。ナイフを手にして、尻もちをついている男と何かを話している。そして、ナイフを振りかざす。

 俺はそれと同時に叫んだ。

「「クロちゃん!」」

 結由の声が被る。


 クロちゃんはこちらに振り向き、心底驚いた評定をする。目は飛び出るほど開き、開いた口は塞がらず、身体は石になったかのようだった。

 ナイフの先端は男の眼球の1センチにも満たない距離に止まる。


 いつものサラサラ黒髪ロングは乱れていて、気持ちを映さない瞳には怒りと困惑が映っている。普段凛々しさを感じるたたずまいは餌を見つけた獣のように感じた。いつものかっこいい雰囲気は狂気を纏っている。




 クロちゃん、俺達が呼ぶあだ名。本名は志田四葉。神里たちが通う県立河口高校の皆から畏れられる生徒会長。

 俺たちの、幼馴染だ。



「どうして……お前らが………」

 いつの間にか銃撃戦は止まり、周囲の男たちの動きも止まる。

「皆に助けてもらったんだ!皆に助けをもらってここに来た!お前を……止めるために来たんだ!!」


 俺たちはゆっくり歩み寄る。

「動くな!」

 周囲の男たちの銃口がこちらに向く。



 俺たちはクロちゃんの異能力(アビリティ)を知らない。そもそも俺たちと同じ能力者だったということさえ知らなかった。


 神里が推測していた異能力(アビリティ)は〚他人を操作すること〛。詳しい条件や代償はわからないが、銃口を向けている男たちは全員クロちゃんに操られている……はずだ。


 だったら、大丈夫だ……。

 クロちゃんは撃てない………。俺たちを殺せない………


 俺は一歩足を前に出す。

 すると、どこからか弾丸が右耳をすれすれを通り過ぎる。

 俺は怖気付いて、足が止まってしまった。


「次は当てる!……どっか行ってくれ!」


 その言葉を聞き、心が何かに鷲掴みされた気がした。そして、心が「引き返せ!あいつはほっとけ!」と叫ぶ。


 そうだ………死にたくなんてない……このまま引き返せば…死ななくて済む……


 俺は振り返り、退こうとする。


 が、後ろにいた結由の顔を見て、そんな愚考が消え去っていく。


 結由は泣いていた。歯を食いしばり、クロちゃんを睨んで、拳を強く握り、大量の涙と鼻水を流しながら力強く前に踏み込んだ。


「撃ちたいなら撃ってよ!殺したいなら殺せよ!!」

 声は震えている。それでも強く響く。

 結由は俺を横切ると同時に、手を握った。俺は引っ張られるように結由についていく。


「私はクロちゃんのこと好きだよ!クロちゃんがどんなことしても幼馴染だよ!親友だよ!だから……」

 結由はクロちゃんの目の前まで歩む。クロちゃんは結由の気概に圧倒されて固まっている。


「…だから…分かるよ。ごめん……ごめんなさい………。ずっと間違ってたんだね……こんな関係」


 結由の手は俺から離れて、クロちゃんに抱きつき、耳元で語る。

 クロちゃんの手に持ったナイフはするりと落ちて、目尻に涙をためる。


「理由が無いと向き合えない関係なんて駄目だったんだよ。私、あの日ね…怖くて動けなかった。大人が来るまで玄関の前で座ったままで………ずっと取り残されてたんだ。後悔してるの。ずっと。あのとき、2人の手を取ってたらって………」


 俺の視界が歪む。

 情けなかった。また俺は逃げようとしてしまった。

 嬉しかった。結由が俺の手を取って、引っ張ってくれて。

 安心した。俺たちの想いがようやく今伝わった気がしたから。



 俺はクロちゃんと結由を腕で包み込む。言葉はなかった。ただ、3人分の嗚咽だけが聞こえた。



「何じゃこりゃあ!!おマンらの仕業かぁっ!!」

 突然横から声が聞こえた。

 たぶん俺たちは同時に同じ方向に向いただろう。

 そこにいたのはさっきまで銃を乱発していた男だった。


「ぶち殺したるっ!!!」

 男の銃口がこちらに向き、光った。俺は反射的に2人に覆い被さる。背中には熱い何かが突き刺す。


「おい!大丈夫か!?」

 クロちゃんが顔を真っ青にしながら問う。

「大丈夫だ……早く何とかできないのか?」

 クロちゃんはうんと頷き、男を見つめ、

「と、止まれ」


 男の動きが止まる。が、それは一瞬のことで……


「……ッハ!……やっぱりおめえの仕業か!!」

 男が再び引き金を引き、背中の穴が増える。


「…な、何故だ…?」

 クロちゃんの声は震えている。自分の異能力(アビリティ)が効かないことに動揺している様子だった。


「お、俺は何を……」

「な、なんじゃこりゃあ!!」

「に、西山!どうした?!誰にやられた!?」

 一斉に周りの男たちが動き始める。どこを見渡しても男たちが気を取り戻して困惑しながらも、俺たちに銃口を向けている。


 絶体絶命。その言葉が頭をよぎった。

「私が招いたことだ。2人だけでも……」

「何言ってんだよ!俺らはお前を迎えに来たんだよ!置いていけるわけねえだろ!」

「そうだよ!皆で行こう?」


 クロちゃんは再び涙を流して、「…ごめん……」と呟いた。


 友情を確認したのは良いが、状況は最悪だ。神里の血液が無く、クロちゃんの異能力(アビリティ)も何故か効かない。俺の異能力(アビリティ)じゃ何も役に立たないし、結由も同様だろう。結由1人だけで出口に向かって走れば逃げられるが、俺たちを引っ張るとなるとそう簡単には行かない。

 どうすればいい?どうすれば3人で帰れる?




「いいか?この作戦で1番重要なのは───」




 そうだ。神里が言った作戦はクロちゃんを止めることじゃなかった。この作戦の要は、


「結由、適当に思いっきり走れ」

 結由はぽかんとするが、俺は結由の背中を優しく押して「俺を信じろ」と言い放った。


 結由は「うん!」と元気良く口に出して、スーパーカーに引けを取らない速度で走り出す。男たちは人並み外れた走りを見て混乱して、結由に向かって撃ち始める。

 しかし、どの弾丸も当たらない。


「クロちゃん、俺たちも走ろう!昔やっただろ?鬼ごっこ、泥だらけになってさ」

 俺はクロちゃんの肩に手を置いて見つめ合う。


「フィールドはこの倉庫内。外はだめ。隠れるのもだめ。走り続けるんだ。わかったか?鬼はあの男たちだ。じゃあ始め!」


 俺はクロちゃんに背を向けて走り出す。




 


 走り始めて4分。俺の身体はボロボロだった。走ることすらできない。身体中に穴が空いて、意識すら朦朧としている。

 這いつくばって、血まみれのクロちゃんに近づく。

「ごめん。もうちょっとだから」

「………」

 返事はない。息は辛うじてしている。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 信じろ。信じろ。信じろ。


 結由はまだ走っている。しかし、疲れが溜まっているのか、走りが遅くなっている。


「いっ!?!」

 そしてついに結由の足に弾が命中し、倒れる。


「ようやく全員止められたぜ……」

 俺の目の前に男が来て顔を覗き込む。

「てめえらどこのどいつだ?」

「……お前らの負けだ……」


 男は舌打ちをして、俺の髪を掴み揺さぶる。

「さっさと教えろや!こんな仲間がやられて黙ってるわけねぇだろ!!」

「……国だよ……」

「国?はっ、もう少しまともな嘘をつきな。お前らみたいな半グレどもがか?笑わせるな」


「…笑うのは俺らだよ……今からお前らのアホ面が見れるって考えると……腹が捩れそうだよ」


「…もういい。死ね」


 男は髪を離して、代わりに銃を突きつけてくる。




 バァン!と大きな音が響く。鼓膜が破れてしまいそうな音だ。

 それと同時に、全身を震わせる衝撃波と煙が来る。


「……やっと来たか」


 外の方には、海上に光源が見える。眩しくて目が眩む。 







 俺が提案した作戦は真犯人、志田会長を説得することじゃなかった。あくまでそれはおまけ程度なものだった。

 本当の目的は時間稼ぎ。先に2人に行ってもらい志田会長を少しでも邪魔をしてもらい、なるべく人を殺させず、加えて誰も逃さず、俺たちが来るのを待ってもらうという作戦だ。

 あの2人なら、説得させずとも志田会長をあの場から離れさせて志田会長の企みを妨害することのほうが簡単で安全だっただろう。


 じゃあなぜ、そうしなかったのか。


 エゴだ。俺がなるべく誰も殺させたくない、そして全員捕まえたかったという。



 下の方に倉庫が見えてくる。


「……こんな形でヘリに乗るとは思ってもいなかった………」


 そもそも人生でヘリに乗ることすら思ってもなかった。


「北村さんに感謝ですね」

 横に座っている大川が話しかけてくる。

 ちなみにヘリの音がうるさくて、ヘッドホンみたいなものをつけながら会話をしている。

「ホントにあいつ金持ちだったんだなって思ったよ」


 北村が「この近くに僕が保有しているヘリがある」なんて言ったときは度肝を抜かれた。

 別に車とかで行けば…とか思ってたけど……


「……本当に何者なんだろう………」


 機内には色んな火器があった。銃に詳しくない俺でも映画とかで観たことあるロケットランチャーもある。

 

「もうすぐだぞ。準備しとけ」

 アタッシュケースの中を熱心に確認している宮黒さんが言う。


「「はい」」


「……って何してんの?」

「準備です」

 

 大川がロケットランチャーを担ぎ、ドアを開ける。


「あ、危ないよ!?」

「大丈夫です」


 俺は宮黒さんのほうに、どうすればいいのかと視線を送る。


「覚悟しておけ」


 ヘリは降下し始め、海面が激しく揺れる。


 大川はロケットランチャーを構えて、トリガーを引いた。

 凄まじい衝撃の少し後に爆発音と衝撃波が来る。


 倉庫の方に顔を覗かせてみるとどでかい穴が空いていた。


「うへぇ………」

 呆気にとられて変な声が出てしまう。このときの俺は馬鹿みたいな顔をしていただろう。


 大川はすぐにロケットランチャーを置いて、他の銃に代える。


 確かあの銃はグローザと言っていたはず。

 上の方の輪っか?にはスコープが取り付けられている。

 銃のことは何にもわからないが、なんかメカっぽくてかっこいい。


 大川が射撃を始める。あの3人を取り囲む人たちの持っている銃だけを的確に狙い撃ち、銃を吹き飛ばしていく。10秒ほどで12人を無力化した。

 余りにも早い狙撃であいつらも俺も理解できなかった。


 次は膝に狙いを定めたのだろうか。次々と膝から血を出して倒れていく。


 す、凄い……。どれくらい凄いかわからないけど……凄い……!


「降りてくれ」

 宮黒さんはアタッシュケースを閉じて、操縦士に伝える。

「かしこまりました」

 操縦士、全部が白髪の頭にシワが深く刻まれた顔に、心配になるほどよぼよぼな身体のおじいさんが応える。

 この人は北村の執事の人だという。

 名前はセバ=スチャ・ンと言うらしい。セバス・チャンではない。


 お金持ちの世界は俺が思っている以上に理解しがたいものらしい。


 ヘリはそのまま着陸して、プロペラの回転が逆になる。


「降りるぞ」

 ヘッドホンを外した宮黒さんはイスから立ち上がり、ヘリから降りる。


 宮黒さんのスーツの端はなびく。

「大川、俺たちも降りよう」

 大川は銃を元の位置に戻し、ギターケースを手にする。


「はい。行きましょう」

 俺たちはヘッドホンを外し、地面に足をつける。

 強風が吹いていて、目を細めながら、前へ歩く。


 そのまま蓮井の前まで歩く。


「……おせぇぞ……」

「なるべく早く来たんだけどな」

 蓮井の身体はボロボロで、普通なら病院まで持つか分からないだろうし、行ったところで後遺症は残るほどのものだろう。


「ほら」

 俺は手をナイフで切って、蓮井の口に血を流し込む。

 蓮井の身体の傷はみるみる塞がっていき、

「あーマジで死ぬかと思った!」

 蓮井は仰向けになり、天井を眺める。


 俺は次に志田会長のところに行く。蓮井程ではないが血まみれで、痛々しい。それに気を失っているようだった。


 俺はさっきと同じように傷を癒した。


 最後に白山のもとへ行き……

「足取れてる!!私の足取れてる!!あちいいいいいよおおぉぉお!!!!」


 なんか治さなくても大丈夫だと思うくらい元気だな……。


 俺は暴れ転がる白山の頭を鷲掴みして、血を飲ませる。

「ンゴッ!?……ゲホッ…ゲホッ……き、気道にゲホッた……」



 よし、大丈夫そうだな!


 あとは周りの人達だな。重傷そうな者らは宮黒さんが俺の血で治してくれている。軽傷の人はそのままにしている。


「宮黒さん、終わりましたか?」

「ああ……」

 宮黒さんは床に置いていたアタッシュケースを持ち上げて、志田会長の横に座る。


「2人を止めておけ」

 俺は隣にいる大川と目を合わせて、コクリと頷く。

 そして俺は蓮井を、大川は白山を押し倒して上に乗っかり取り押さえる。

「おい!何だよこれ!?」

「こ、怖いよ…かわっち?」


 大川のあだ名がかわっちになった。


 

「すまん。悪いようにはしないから、静かにいてくれ」


 その言葉で何が起こるかはわからないが、嫌な気配を感じた2人の不安が爆発する。

「何すんだよ!?離せ!離せっ!!」

「ど、どういうこと!?」


 宮黒さんはアタッシュケースを開き、ハサミを取り出し、志田会長の服を切り、白い胸元が見える。

「やめろ!ふざけんなよっ!何だよこれっ!?」

「やめてよ!2人ともおかしいよ!?どうしたの!?」

 次に注射器を取り出し、首元に刺して中の液体を注入する。

「離せっ!俺たちはもう失うわけにはいかねぇんだよ!!」

「助けるんだよね?殺さないんだよね?」

 次にナイフを取り出して、胸を開く。

「お願いだよ…!償うから…!一緒に償うから……!」

「……………」

 次にハンマーを取り出して……

「やめてくれ……」

「………おえぇぇ……」


 俺は目を瞑って、目の前に起こっていることから目をそらす。


 何かが砕ける音と怒声が耳に入る。

「神里!こんな奴の言いなりになるのか!?ふざけんなよっ!」




────────────────────




「僕達能力者に生きていくために必要なものが何かわかるか?」

 ヘリに乗った直後の不意な宮黒さんの質問を考える。

「……あ、愛…とか?」

 愛を注がれずに育った人が悪いことをするなんて思ってはいない。けど、何となく愛だと主張したかった。俺たちには心がある。ならば、きっと心を大切にすれば…と思ったのだ。


 しかし、宮黒さんは淡々と口調で言った。

「違う。僕達に必要なのは規則だ。破ったら死ぬほどの規則で縛られてようやく人間に1歩近づけるんだ」


「でも…それだと……」

「何でこんな事件が起こったと思う」

「たしか…復讐……」

「そうだ。姉を殺されたからだ。姉に対する想いが招いたんだよ。僕たちにはこのチカラは大きすぎる。感情に任せて使って良い代物じゃないんだ。愛なんて以ての外だ。知れば知るほど辛くなるし狂う」


 そう言う宮黒さんの声はどこか悲しげな色を感じた。


 俺はこの後のことを聞いた。最初は大反対だったが、宮黒さんの1言で俺は何も言い返せなくなった。


「この世には不自由であるからこそ幸せなもので溢れている」


 その言葉に納得してしまった自分がいたのだ。




────────────────────



 音が止んだのに1分もかからなかった。

 どうやら手術(・・)が終わったようだ。


「てめぇ!クロちゃんに何しやがった!!」

「何をしたかだって?奴隷にしたんだよ。国に逆らえない奴隷にな」

 顔を上げてみると志田会長の身体には傷1つ無かった。俺の血で傷を癒やしたのだろう。

「奴隷?ふざけんな!殺してやる!」


 蓮井の身体が突然熱くなり始めて、押さえつけることすらできなくなり、手を離して、蓮井から離れる。手のひらを、見てみると、肌がただれ落ちていた。

 ほんの一瞬触っただけなのに、すでに手はボロボロで、触れていたズボンは焦げで穴が空いている。


 蓮井は勢いよく立ち上がり、拳を握りながら宮黒さんのところへ駆ける。そして、蓮井が拳を突き出したとき、宮黒さんが自分の手で拳を止めた。


 あの拳は溶岩のように熱いはずなのに、宮黒さんは平然と受け止めてる。


 そして、宮黒さんが蓮井の顎に1発いれた。そのまま蓮井は倒れて動かなくなる。目は開いているが焦点はグチャグチャで、意識も朦朧としている。


 宮黒さんは次に白山のことを見やる。


「お前は大丈夫か?」

「私は……信じる。クロちゃんは私たちよりもずっと強くて、賢くて、優しいから……信じる。クロちゃんは誰かのモノになった程度で折れる人間じゃないって信じてる!」

「そうか」


 その後、後から来た増援で、3人は連れて行かれた。大川は柚伏が迎えに来て、帰っていった。


 今、倉庫にいるのは俺と宮黒さんと倒れている男たちと宮黒さんの仲間たち。


「本当にこれで良かったんですか?」

「信じられないなら見ておけ。あいつはいつか必ず笑う」

 宮黒さんは連行されて行くのを見て言った。


「志田はすでに1人殺している」


 その言葉で、自分の耳を疑った。


「それでも、あいつなら笑える」


 俺は宮黒さんを見る。しかし、眼帯で目は見えない。口元も見えない。

 だから、宮黒さんがどんな気持ちで言ったのか見当すらつかなかった。








 倉庫の一件から1週間過ぎたとき、志田会長の門出の日が来た。

 あのあと、志田会長の処分が決まった。結果は……


「国の下で働くことになった。では、私はこれで」

「待ってよ!」

 白山が志田会長の手を取り引き留める。

「また会えるよね……?」

「………ああ」

「約束だよ?」

「わかった」


 白山が志田会長の手を離し、会長は車のドアに手をかける。

「蓮井、私は君を異性として見れない。それに君が好きな私はもういない。諦めろ……任せたぞ白山」

 志田会長はドアを開けて、車に乗り込む。蓮井は俯いて、涙を流している。


 白山は涙をためて頷く。


 車は走り出して、リアウインドウから見える後ろ姿が小さくなっていく。


「クロちゃーん!またねーー!」

 大きな声で白山が叫び手を大きく振る。

「ほら、皆で振って!」

 白山は俺たちの手をつかんで、振り回す。


 俺は2人の顔を覗き見る。

 白山は涙を流しながらも満面な笑顔で手を振っていて、蓮井は涙も鼻水も流して手を振らされている。


 やがて車は見えなくなる。


 その時、ポケットの中が震える。

 俺はスマホを確認する。電話が来ていた。

「もしもし」

「もうすぐ1限始まるぞ」

 電話は北村からだった。

 学校のことはすっかり忘れていた。今日は普通に平日だったんだ。


「急いで行く!2限には間に合う!」

「がんばれー」

 電話は切れて、俺はここから走り去ろうとしたとき、


「今日は付き合ってもらうよ!!」

 白山に再び手を取られる。

「いや、学校が…」

「ゲーセン行こ!ほらレンちゃんも行くよ!」

 白山は蓮井の襟元を掴み、俺たちを引きずる。

「まっ待って……学校が……」

「く……首………絞まる……」


「レッツゴーーー!!!」


 その日はずっと付き合わされた。翌日は東北に連れて行かれた。その次は関西に連れて行かれた。ずっと白山に引きずられながら。




2章が終わりました!2章の後半はガンアクション要素が出てきて書いていてワクワクしていました。どの銃を誰に持たせるかなど考えて書いてます。どれも実在する銃をもとに書いていますが私自身そんなに銃の構造や種類に詳しくないので間違った表現があるかもしれません。特に実銃を撃ったことないので反動や質量に関しては想像するしか無いので、撃ったことがある人がいましたらぜひ教えていただきたいです。3章はもっと銃のことを書きたいと思ってます。


誰得な話ですが、もともとこの作品は恋愛として書いてたんですよね。主人公と鶴山の恋物語だったんですが書いてて、「あれ?恋愛要素無くね?」と思ってローファンタジーにしました。本当は能力の自制が利かない孤立したヒロインと身体が頑丈な主人公の物語だったんですけどね。初期設定にアザトースなんていなかったですから、初期設定の面影はほとんど無いです。もし恋愛要素を付け加えるならヒロインは柚伏が良いですかね。理由は私が柚伏のこと好きだからです。


話のストックがなくなってきたので今後の投稿頻度は下がると思います。3日から4日に1話投稿出来たらなと思っています。あと私自身キャラクターの整理をしたいので近々、登場人物紹介の話を投稿します。

質問なんですけど、投稿時間は7時か8時どっちのほうがいいだすかね?ご意見もらえると幸いです。ちなみに7時に投稿してない日は予約を忘れてたときです。しょっちゅう忘れてます。



まだまだ謎や明かされてないことが多い作品ですがレビューや感想をいただけたら励みになります。これからも応援よろしくお願いします。

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