1話 怪奇現象は恐ろしい!
「ここが八塩荘………か………?」
ネットで見た情報だと真っ白な壁、オートロック付きの木製のドア、灰色の屋根、屋根付きベランダ、加えて3階建てだったんだが。そして、3階の302号室に入居したはずなんだが。
「いや、でも……………へ………ん?」
俺の眼の前にあるのは木造の築80〜90年くらいの古民家のようなもの。
木目がはっきりとしている壁、思いっきり体当りすれば壊れてしまいそうな引き戸、黒い瓦屋根、和を象徴とさせる縁側。そして、2階建て。
俺はスマホにメモした住所を見て、検索にかける。
「………合ってる………」
周りを見渡し、周囲の建物を見る。
同じだ。今見ているスマホのマップと変わらない。決定的なのはほぼお向かいの位置にまあまあ広い公園があることだ。
「いや……冗談だろ………」
インターネットに書かれていた情報が嘘で現実はこんなでした。
それだけだったら単なるやばい詐欺なのだが。
確かにあったのだ。
2ヶ月前に内見したときにはあった。
要は、消えた。
これはもう、詐欺でした、と片付けられる問題ではない。なんかもう、宇宙人とか幽霊とかの法では解決できない得体の知れないものなのに遭遇してしまっている。
おしゃれなアパートを木造建築へ変身させる妖怪なんていたか?そもそも妖怪なのか?怪奇現象的な何かの可能性も……
「八塩荘に何か御用でしょうか?」
ウジウジと考えていた刹那、魔界と現世の瀬戸際で立つ俺の背後から女性が話しかけてきた。
「門の前に立たれると邪魔なんですけど」
さっきとは違う女性の声が聞こえた。
俺は亡霊かこの世の者かを確かめるべく振り返る。
後ろに立っていたのは同じ服装の2人の女性だった。
よく知らんがたぶん標準的な胸と背中まで垂れたサラサラな黒髪。身長は俺より少し小さいくらいで、大きな黒い瞳は可愛さが感じられる。第一印象は大和撫子に可愛さを加えた女性だった。略して可愛撫子だ。
もう一人はひと言で言えばロリ。黒に近い茶髪でうなじらへんで髪を結び、膝まで伸びている。胸部は服を着ていても平野だとわかる。俺のへそあたりにある頭はなんか撫でたくなる。だけど、彼女の顔を見るとそんな欲求は消し飛んだ。
めっちゃ睨んできているのだ。茶色の瞳で、これでもかというほどの眼光で威圧感を増している。ここだけ聞けば、ヤクザかヤンキーだろう。
まあ身長も相まって少し相殺されるのだが。略してロリヤン。
「あっ!もしかして、神里 司さんですか?」
うぇっ!?と声が漏れてしまう。突然、可愛撫子から自分の名が出たことが予想外で驚いてしまった。
「神里司…………誰?」
ロリヤンが可愛撫子に問う。可愛撫子はロリヤンに視線を移して話し始める。
「ほら、段ボール部屋の人ですよ」
ロリヤンが納得したようで目元がゆるくなる。それでも、元から目付きが悪いからなのか、それともまだ警戒されているからか、まだ睨まれているような気がする。
可愛撫子が俺に視線を戻す。
「ここで立ち話も疲れますし、入りましょう」
────────
「自己紹介が遅れましたね。私は大川 さゆりと申します。ここ八塩荘で住んでいます。あとこの服からしてお分かりでしょうが河口高校の1年生です。ちなみに4組です」
可愛撫子こと大川さんは話しながら、俺の前に麦茶の入ったガラスのコップを置く。
なかやか広い和室。畳の匂いが鼻に届き、窓の外からは緑に生い茂った庭が映っている。ちゃぶ台は大人数で使えそうなほど大きく、座布団は使い込まれたであろうにも関わらずふかふかである。
今、居間にいる。ダジャレになってしまい余裕があるようになっってしまったが、実際は逆だ。
まず、居間に入ったことにより、この八塩荘が現実味を帯びてきて、内見したあのおしゃれなアパートが怪奇現象だったんじゃないかと思い始めてしまった。そして、そこを紹介したあの不動産もこの世のものではないかもしれない。
俺は幽霊やオカルトはエンタメとして見てきた。全くの嘘とも全くの真実とも思ってはいない。単に興味がない。
しかし今になって真剣にオカルトはを勉強しとけば良かったと思っている。この怪奇現象を解決させる方法があったかもしれない。
「おい、聞いてんのか?」
正座している太ももに何かつつく。それで思考に走っていた頭がリセットされる。
下を見ると、ロリヤンが足の指先でつついていた。
「アタシの名前は?」
あ、これヤバイ。全然聞いてなかったし、めっちゃ睨んできてる………
俺は冷たい麦茶を一口飲み、ない記憶を探す。約2秒という熟考を重ねた末、諦めた。
てきとーに応えるわけにもいかず、素直に聞いていなかったと伝えた。
ロリヤンは呆れた表情でため息を付き、「柚伏 明里」とだけ言い残し、台所の方へ行ってしまう。
「彼女は目つきは悪いですけど、優しい子ですよ」
台所にいる柚伏さんに聞こえるか聞こえないかの絶妙な声の大きさで囁く。
そして大川さんは微笑んだ。幸せそうな顔だ。きっと、大切なのだろう。柚伏さんの事が。
麦茶の入ったコップは結露により表面に水滴が付き始める。
柚伏さんが台所から戻ってきて、ちゃぶ台にカップアイスを置いて、蓋を開けてスプーンで掬い食べ始める。
「柚伏さんは何組なんですか?」
「さっき言いました」
くっ……聞いていなかった俺が100悪いが面倒くさいなこの人。
4……なんとなく4組な気がする。
「……4組でしたっけ?」
「セーカイ」
この塩対応……ホントに優しいのか?
でもなんか、このアイスを食べている姿を見ると……和むな。小さな図体で、小さな口で、ちょびちょびと食べているのを見ると自然と口が緩んでしまう。
刹那──
「ぐはっ」
座布団が飛んできた。
「キモい」
座布団が床に落ち、柚伏さんの表情が見える。睨んでる。
俺ずっと睨まれてる………
「明里。同居人よ、仲良くしましょう?」
なんて優しいんだ……大川さん。
少し感動してしまった。
「あっ、そういえば俺の部屋は何処ですか?」
「あっ忘れてました。ご案内しますね」
大川さんが立ち、襖を開けて、今から出ていく。
俺は後ろについて行く。居間から出る際、振り向くと、スマホを弄りながら黙々とアイスを食べる柚伏さんの背が見えた。
どうも終マ2です。この作品を読んでいただきありがとうございます。評価やコメントをしてくれると励みになりますので、気が向いたらしてみてください。
話が変わりますがこの物語のストックが30話分あるので無くなるまでは毎日投稿をしようと思ってます。
無くなったら3、4日に1話更新できたらなと思っています。