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№36 サザウェさんは愉快だな

 莫大な富と有り余る名声を勝ち取ったイゾノ家だったが、その日々の暮らしにはあまり変わりがなかった。


 いつものように質素な朝食を食べて出かけ、仕事をして夜に帰ってくる。そしてやはり質素な夕食を囲みながら、家族そろって円卓で談笑するのだ。


「わはは! 調子が上がってきたぞ!」


「お父さん、また飲み過ぎですよ」


「ちょっとくらいいいじゃないか、なあ、マッスォくん!」


「そうですよお母さん、僕もお付き合いしますから安心してください」


「わはは! マッスォくんも存分に飲むといい! そーれ、かんぱーい! あそれ、あそれ!」


 マッスォと葡萄酒のグラスを合わせると、ナミーヘはまた妙な動きで踊り始めた。フィーネは呆れた顔をしている。


「ねえ、これ新聞記者にリークしたら、どれくらいお小遣いもらえると思う?」


「カッツェ!」


 こっそりと耳打ちされたサザウェが、いつものようにカッツェを叱り飛ばす。カッツェは肩をすくめながら、


「へへへ、冗談だよー」


「あんたのは冗談に聞こえないのよ! なにかあったらタダじゃおかないからね!」


「わかってるよー。じゃあ父さん、口止め料期待してまーす!」


「あんたってやつは!」


「ひえー、こわいこわい! 子供は退散しますか! ワカーメ、ダラちゃん、行こう!」


「うん!」


「はいですー」


 そしてカッツェはワカーメとダラウォを連れて円卓を後にした。子供たちには子供たちの会話があるのだろう。


 大人だけになって、マッスォたちはしばし酒を飲んだ。いい具合に酔っ払って、ナミーヘも機嫌よく踊っている。以前は少しも酔えなかったのがウソのようだ。


 手を叩いて笑いながら、マッスォは強く思った。


 こんな何気ない日常を守り抜けたことに、感謝を。


 守れたからこそ、一家の一員として胸を張っていられるのだ。本当の意味で家族として受け入れてもらえたのだ。


 もう居場所を見失って死にぞこなっていた自分はいない。


 ここが自分のホームだと、晴れやかに宣言することができるのだ。


「……みなさん、ありがとうございます」


 酒の席でぽつりとこぼすマッスォ。うっかり口に出してから、さっきのは他人行儀だったかな、と少し反省する。


 きょとんとしていたのもつかの間、みんなは大笑いしてマッスォの背中を叩き、


「なに改まってるのよ、あなた! 家族なんだから!」


「そうですよ、お礼を言われるようなことはなにもしてませんよ」


「マッスォくん、ワシらの方こそありがとう! イゾノ家は安泰だな! よろしく頼むぞ!」


「はい、お父さん!」


「そーれ、もう一杯!」


 じゃぼじゃぼと注がれる葡萄酒は、酔っ払っているせいか盛大にこぼしてしまっている。それでもかまわずに、マッスォは葡萄酒を飲み干した。


 そういえば、ホリカはいまだにワカーメをつけ狙っているらしい。あのとき完全に消滅したと思っていたが、けろっとした顔をして学校に戻ってきたそうだ。相変わらずサイコパス全開でストーカーと化しているらしい。


 ダンジョンマスターは廃業したようだが、いつまたワカーメを狙ってなにかしでかしてもおかしくはない。あの執着ぶりからして、これで簡単にあきらめてくれるはずがない。相手はサイコパス、どんな手を打ってくるかわからない。


 だが、そのときはまた、家族を守るために立ち上がるまでだ。何が起こってもワカーメは渡さない。家族でそう決めたのだ。家長たる自分が先頭に立って、次もきっと守りきって見せよう。


 絶対に、家族を守る。


 それが、イゾノ家の家長としての誇りだ。


 今日も円卓を囲んでわははと笑う。ナミーヘが酔っ払って妙な動きをして、フィーネとサザウェの手料理を食べて、カッツェが余計なことを口走って叱られて、ワカーメがまたどこから目線なのかわからない発言をして、ダラウォがけーわいを発動して場を凍らせて、ダマがにゃーんと鳴く。


 何気ない、しかしかけがえのない日常だ。


 そんな生活を守るために、マッスォは戦う。


 どんな敵がやって来ようとも、この一家なら笑って前に進めるだろう。


 そんなきずなを結んだ、誇るべきイゾノ家。


 その中心で、マッスォはできる限りのことをする。たとえ無力だろうと、なにかできることを探して、家族といっしょに乗り越えていける。


 もうひとりで眠れずに膝を抱えていたころとは違うのだから。今は家族のために生きようと、腹の奥底からちからがわいてくる。


 家族が、マッスォを無敵にしてくれる。


 なんだってやれる、そんな万能感が満ちあふれていた。


「あなた、ぼうっとしてどうしたのよ?」


 遠い目をして微笑んでいたマッスォに、サザウェが声をかけた。最愛の妻。縁を運んでくれたひと。


 その頬にキスをすると、


「ううん、なんでもない。しあわせだなあ、って」


 マッスォはこころから微笑んでそう返した。


「ふふふ、お熱いこと」


「さてはマッスォくん、酔っ払っとるな!? よーし、もっと飲むぞー! 母さん、おかわり!」


「お父さんはもうダメですよ。これでおしまい」


「母さんそれはないだろう! あとちょっとでいいから!」


「まったくもう、知りませんからね」


 言いながら酌をしているフィーネも、言葉とは裏腹に苦笑している。


 葡萄酒を飲みながら、ナミーヘはうれしそうに口にした。


「こんないい婿をもらって、サザウェは果報者だ!」


「そうね、私もそう思うわ」


「マッスォさん、いつもありがとうございます」


「そ、そんな……みなさん……照れるなあ、もう」


 そう言って葡萄酒を飲んでは、マッスォは涙ぐみそうになるのを必死でこらえた。本当に涙腺がゆるくなっている。困ったものだ。


「さあ、どんどん飲めー!」


「お父さん、そういうのはアルハラと言うんですよ」


「なんだそのアルハラというやつは!」


「父さんみたいなひとのことを言うのよ」


「まあまあ、そう言わずに。僕も最後までお付き合いしますよ」


「さすが! それでこそマッスォくんだ! やれ飲めそれ飲め!」


 すっかり出来上がっているナミーヘが注いだ葡萄酒を飲み干すと、サザウェがそっと寄り添ってくる。


「ステキよあなた」


「なにー!? ワシだって負けておれん! もっと葡萄酒をおrrrrrrrr」


「それ見た事ですか。ほらお父さん、吐くならこっちですよ」


 リバースするナミーヘを連れて、フィーネが水場へと消える。


 夫婦ふたりきりになって、マッスォとサザウェは共犯者のような笑みを交わした。


 視線を合わせ、ふふふ、と小さく笑う。


「お父さんたら、困っちゃうわ」


「いいじゃないか。イゾノ家名物だ」


「あなたも大変でしょう」


「そんなことないよ、全然」


 笑いあって、ふたりは示し合わせたように葡萄酒のグラスを合わせた。


「私たちのイゾノ家に、乾杯」


「僕のホームに、乾杯」


 祝福の杯を重ね、美酒を堪能する。どんなに高価な酒だって、この一杯には敵わない。


 明日が来れば、また同じような一日が始まる。


 特別でなくてもいい、なにもなくてもいい。


 そんな毎日を積み重ねたその向こうに、きずなは育まれていく。


 そんな気がして、マッスォは今日もイゾノ家のど真ん中で朗らかに笑うのだった。


 ここまでお付き合いくださってありがとうございました!


 これにてイゾノ家の物語は完結となります!


 最初は『とことんまで悪ノリしてやろう』と悪い顔をしながら挑んだ本作ですが、意外とマトモな作品っぽくなって本人が一番びっくりです


 いろいろやらかしてしまいましたが長谷川町子先生サイドの皆様海鮮家族過激派の皆様本当にごめんなさい訴えないでくださいお願いします


 ショッキングなシーン連発でとても日曜夜には放映できない内容ですが、一応はホームコメディとして着地しましたので!


 書籍化はまっっっっったく意識してなかったのでPVは伸びませんでしたが、その分コアな読者さんがついてくださって、またひとつ、エノウエ作品が皆様の元へ飛び立ちました


 なんぞこれ?と思ったそこのあなた!


 イゾノ家の冒険の旅を今から楽しんでください!




 改めまして、最後まで応援ありがとうございました!


 次回作はカクヨムコン10に向けて、カクヨムオンリーで新作と旧作二本をブラッシュアップしたもの、あと『ノラカゲ!』の新章を展開していきたいと思います!


 それでは、次回作でお会いしましょう!

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