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自由の魔法使いは夜明けを希う  作者: 長久保いずみ


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第一話③

 グラウから与えられた怒涛の情報量に、リリィの顔がすっと青ざめていく。一歩後ずさり、同時に低い声が出た。


「……嘘」


 感情が事実を受け入れられないような声に、グラウは鼻で笑う。


「嘘じゃねえよ。なんならここで実践してみるか?」


「わー! 待って待って、それは本当にまずいって!」


 追いついたディートリヒがグラウを羽交い絞めにする。幼子のように体が宙に浮いた。


「なんだよ、いいじゃん薪の一本や二本」


「あ、そっち? じゃなくて! 人間も薪もダメ! 親父にマジで怒られる!」


「でも実際に見た方が説得力あるじゃん」


「口で説明して! お願い! 俺らも手伝うから!」


「えー」


 泣きそうなディートリヒの説得に、グラウは唇を尖らせる。


「ごめんね、リリィちゃん」


 そのやりとりを呆然と見ていたリリィは、マーガレットに肩を叩かれて我に返った。


「私たちがちゃんと伝えていなかったのが悪かったわ。もうすぐ父さんも来るだろうし、お茶を入れるわ。紅茶は好き?」


「……はい」


「よかった。あ、敬語は取っちゃって。ここで敬語を使う人って、滅多にいないから」


「そう、なんだ。ねえ、紅茶に砂糖って入れていい?」


「ごめんね、紅茶用の砂糖はないの。ミルクだけでいい?」


「うん」


「砂糖入れられるって、どんな貴族だよ」


「グラウ、お願いだからちょっと黙って」


 グラウを降ろしたディートリヒが、彼をリビングテーブルに押しやる。


「ちくしょー、午後から特訓で引き剥がそうと思ったのに……」


「リビングにあいつを放置して、奥で会議していた奴が言っても説得力ねえな」


「それはその通り」


 頭を抱えるディートリヒが降参するようにテーブルに突っ伏す。


「うあー、親父ー、早く帰ってきてくれぇー」


「口じゃなくて念話で言えよ」


 グラウが呆れた、その時だった。


「ただいまー!」


 張り詰めた空気を打ち破るように、玄関ドアが開け放たれた。四人が一斉にそちらを見る。


 旅装束の銀髪の青年が玄関に立っていた。見た目は二十代の中頃か。ディートリヒたちよりも年下に見えてしまう彼のこめかみには、竜人の証である角が生えていた。長い髪を後ろで一つに束ねた青年は、男女に分かれた四人を見て固まる。


「……なにこれ、どういう状況?」


「親父、ナイスタイミング!」


 ディートリヒが椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


「グラウがネヒターの話を聞いちゃったんだよ! 今ブチ切れてる! 俺らじゃ手に負えない!」


 顔の前で手を合わせて懇願する。父と呼ばれた青年が目を見開き、顔を引きつらせた。


「……マジ?」


「マジ」


 ディートリヒが頷き、次いでグラウも頬杖をついて不機嫌を主張する。外套と鞄を適当に置いて、青年は頭を掻いた。


「えー、そっかー。ちなみにグラウの能力は?」


「さっきこいつにぶっちゃけた」


「わーお」


 青年が大げさに肩をすくめる。それからキッチンの方へ向かい、マーガレットにぴったりとくっつくリリィの前に立った。


「はじめまして、お嬢さん。僕はパスカル。一応、この村の村長だよ」


「……リリィ、です」


 まだ顔を強張らせたまま、リリィも名乗る。ちらちらと青年――パスカルと、ディートリヒやマーガレットを見比べた。


「えっと……お若い、ですね?」


 疑問形の賛辞に、パスカルも朗らかに笑って返す。


「あはは。よく言われるよ。僕ら竜人は体の成長が途中で止まるからね。でも、僕はこう見えて二百年近く生きてるんだよ?」


「にひゃく……」


 単語を繰り返したリリィがパスカルの体を何度も見た。二十年の間違いではないかと思うくらい若々しい彼は、優しそうに目じりを下げる。


「それよりリリィちゃん、急なことでびっくりしたよね。指名手配されてた魔法使いがいると思わなかっただろ?」


「なに、師匠。俺の手配書のこと知ってたの?」


 キッチンの会話が聞こえたらしいグラウが身を乗り出した。パスカルは首だけ彼に向けて答える。


「まあね。でもこっちにいる以上、手配書なんて意味ないだろ? それに、そのことを知ったらネヒターに乗り込みそうだったからさ」


 うんうん、とディートリヒとマーガレットが頷く。グラウも苦い顔で否定しないあたり、図星なのだろう。


「……ちなみに参考までに聞くけど、賞金っていくらだったの?」


「金貨千枚」


「「「…………」」」


 絶句した。これは兄妹も知らなかったらしい。やかんが沸騰し、吹きこぼれて初めてマーガレットが気付いた。かまどに鋭く息を吹きかけて火を消す。


 グラウがディートリヒに訊ねた。


「金貨千枚って、何年遊んで暮らせる?」


「たぶん……一生?」


「ま、グラウを引き渡したら速攻で宝石にして口を封じるだろうけどね」


 パスカルがけらけらと笑う。憶測で言う割には、ほとんど断定の響きだった。


「それで」


 と、パスカルは改めてリリィに向き直る。


「リリィちゃん。宝石の呪いのことはディーたち……彼らから聞いたよ。国民に呪いをかけるなんて、正気の沙汰じゃない。でも安心して。僕らが必ずその呪いを解くから」


「……それ、って」


 リリィの表情がわずかに明るくなる。


「あ、先に言っておくと、別にグラウをネヒターに返すわけじゃないから」


 だが直後にさわやかな笑顔でそう言われ、凍り付く。


 パスカルの目がすっと細められた。


「……彼も言っていたろう? 自分は女王の命令で作られた人間と悪魔のハーフだって」


 心地のいい音が耳を通っていく。その音の意味を拾い上げて、脳が文脈を再構築、咀嚼する。


「国に戻ったら最後、今度は永遠にあそこから出られなくなる。女王が求めるままに、何人、何十人、何百人、いやそれ以上の人を宝石に変えさせられる。……知っているかい? 彼はこの村に来るまで、歌も手遊びも、寝物語も知らなかったんだ」


 幼子に語って聞かせるように、けれど果てしなく辛辣な言葉が流れる。滅んだはずの竜が眼前にいるかのような威圧感が肌をピリピリと刺激する。


(――ああ)


 リリィは唐突に理解した。


 怒っているのだ、彼は。その矛先の一つは今、たしかに自分に向けられている。


「時期が来たら、僕が彼と共にネヒターに向かうよ。それにより君は救われる。でも、グラウの救いはもっと先」


 のっぺりした笑顔でパスカルは告げる。


「女王エデルガルトを殺した時だ」

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