第七話③
「それで、グラウ」
パスカルがその体を起こし、額を突き合わせる。
「さっきの斬撃の違和感、気付いた?」
「ああ。首は弾いた。でも胴は弾かれなかった」
「なら、鍵はあのネックレスだ」
黄金化の呪いが解けてもなお輝きを放つもの。乳白色の真珠が連なる中、タイガーアイの宝石が一つだけ鎮座していた。
グラウが項垂れる。
「自分がやらかしたやつが最後の鍵って、どんな嫌がらせだよ」
「ああ、グラウが仕返しに一個宝石を変えたんだっけ?」
当時の話はパスカルも知っていた。知らなかったとはいえ、婚約者から贈られた大切な品にケチをつけたのは申し訳ないと思っている。ただ、それとその後の連続殺害は別物だ。
「ネックレスを千切ればいいのか、あれを構成するぜんぶを破壊しないといけないのかは、また試してみないといけないけどね」
「ああいう風に、身に着けるものとかに悪魔本体が宿るってあるのか?」
「ある。というか、二百年前の戦争の時とか、まさにそれで力のコントロールをしていたって話だ。わかりやすく杖や剣の形をしていたり、あいつみたいに装飾品に変えたりとかね」
木を隠すなら森の中というが、他の宝石の装飾品と相まって、その視点が頭からすっかり抜けていた。呪いを発動させても絶対に黄金に変えなかった品。そこに悪魔を宿すのもどうかと思うが、大切だからこそ、壊されたくないものが器として相応しかったのだろう。
「ってなると、あとはどうやって近付くか、か……」
口元を押さえたグラウが、窓の外をちらりと見た。
エデルガルトの姿はない。遠くでゴーレムが動く音と、女王の鳴き声がかすかに聞こえるくらいだ。ディートリヒが頑張って引き付けているのだろう。
「ディーとマリーにも伝えたけど、二人とも『無茶だ!』って悲鳴上げてた」
「だろうな」
人間を食べている様を見てしまったのだ。対価として狙われているリリィたちはもちろん、グラウたちも迂闊に近付いただけで、頭からがぶりと食われそうである。
「ひとまず、マリーとリリィちゃんには逃げてもらうとして、あとはどうにか隙を作るしかないかな」
「ダメそうだったら二人に囮になってもらう?」
「それは最終手段」
《わりい! 女王見失った!》
作戦を組み立て直すパスカルに念話が飛び込む。
同時に、窓を塞がれた。
「ミィィィィッキャアアァアァァァァァ!!」
「うわっ!」
それがエデルガルトの巨体だと気付く前に、家が粉々に砕かれる。きらめく破片から自分とグラウを守ろうと、パスカルが結界を張った。
その横を、ごう、と重い風が吹き抜ける。戸が打ち破られるような音と風圧に負けて転がる。それでもすぐに起き上がって、パスカルは叫んだ。
「――っグラウ!!」
月明かりが差し込む中、グラウが消えていた。
パスカルは軽い体に舌打ちしながら床を蹴る。
《グラウがいない! 女王に攫われた!》
《はあ!?》
《なにやってんのよ馬鹿!》
《文句はいいから探せ!》
怒る子どもたちに怒鳴り返し、黒い巨体を探し出す。大きな翼を広げたそれは、町のはるか上空、尖塔よりもさらに高い場所へ一直線に昇っていた。
《いた、上だ!》
短く告げて飛ぶ。
心臓が冷えていく。頭の中でガンガンと警鐘がうるさい。
エデルガルトに攫われる直前、グラウはなにか思いついたように唇を上げていた。
一人でなにかをやらかす気だ。
口元に魔力を集める。はるか上空に向けて、パスカルはあらん限りの声で叫んだ。
「グラウ、待て! 早まるな!!」
このまま心中させてたまるか!
自前の魔力が尽きた状態で、いかにエデルガルトを殺すか。
何度考えても、グラウはその方法が思い浮かばなかった。
村でみんなの仕事を手伝ったおかげで、体力はようやく人並みになった。でも村には武器がなかった。当然、武術もない。それを習ったとして、村の中で使う機会は一生訪れないからだ。
だから、村の誰も武術を極めようとしなかった。かつて戦争に駆り出されていた軍人も、剣や槍の代わりにクワやフォークを持っている。明らかに殺傷能力のあるものを極めるくらいなら、生活に便利な道具の安全な使い道を極めた方がよかったからだ。
グラウがそれとなしに武術について話を振っても、教えるまでは至っていない。彼はその理由を理解していても、手札としてどうしても欲しかった。
今は、それも無意味だったと安堵の方が勝っているが。
「っぐ、ぁ……!」
奇声と同時に首を掴まれ空を舞った。それがエデルガルトだと気付いたのは、自分を見上げる金の目と、全身を襲うあの嫌な感触だった。
「アアアー、エー」
エデルガルトはグラウを連れてどんどん上昇する。大きく笑みの形で開いた口の中は、歯が何本も抜け落ちている上に血でどす黒く染まっていた。
「くそっ、この……! 離せ……!」
直前にパスカルが結界を張ってくれていたはずだった。だが突破方法を見つけたのか、それとも本能か、結界は粉々に砕かれてしまった。
どんどん風が冷たくなる。急上昇で耳が詰まると同時に、両耳の奥を針で刺されたような痛みが襲ってきた。
(ああくそ。寒い、息がしづらい)
おまけに頭も痛くなる。狙うべきものが目の前にあるというのに、思考も体温もどんどん奪われる。
じわじわと脳が侵食される。恐ろしい速さで他人の記憶が駆け巡る。
両親の記憶。――グラウにとって縁遠いものの一つだが、それでも冷え切った家族関係なのは理解できた。
教育の記憶。――優しい言葉をかけてくれる者はいなかった。
社交界の記憶。――腹の中になにを飼っているのかわからない。言葉、目線、呼吸、すべてが武器となり弱点、情報になりえる戦場だった。
そのすべてが、エデルガルトの記憶。貴族社会で戦い抜いた、女王の記録だった。
唯一安らげた記憶が、婚約者との逢瀬だった。それ以外の殺伐としたものとは違う。あの記憶だけが、彼女にとって本当の自分になれる瞬間だった。
彼が死んだのは本当に病気だったのか。あるいはそう見せかけた暗殺だったのか。真偽はわからない。
それを失った女性が、他の兄弟を蹴落とし、女王として君臨し続けるために選んだこと。
――どうか、いつまでも、美しく。
今際の際に遺された、愛する者の願いを叶え続けることだった。
あるいは、それに縋っていなければ、彼女自身が壊れてしまったのだろう。
最後は心も壊れ、すべてを巻き込んで、美しかったはずの自分さえ醜くなってしまった。
首を絞める手が、少しずつ沈んでいく。
反転の魔法を使う直前と同じだ。彼女がグラウを取り込もうとしている。
(――そうだ、そうやって取り込んでみろ)
呼吸を細く繋げながら、グラウはほくそ笑む。
エデルガルトに取り込まれる。それは同時に、グラウが彼女の中に入るチャンスでもあった。
悪魔を取り込んだエデルガルトの中には、グラウと同様に膨大な魔力が蓄えられている。その量は、結界の破壊や自身の変身などでは簡単に尽きない。
グラウの中には悪魔の血が流れている。それを利用して、悪魔の魔力を掌握する。
勝負は一瞬。グラウの自我が消える前に――
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