第六話②
リリィとディートリヒの役目は、陽動として正門や城下町で人々を引き付けることだ。かつての住人だったリリィとの顔見知りは何人かいる。彼らが動揺し、こちらに集まってきてくれれば儲けものだった。
正門の前に降り立った二人に、宝石の門番たちが槍を向ける。魔法が失われつつある大陸西部で、空飛ぶ人を見たら当然の反応だった。
「止まれ、何者だ?」
上を見れば、降りて来るのを見た見張りも弓を番えている。ディートリヒを警戒する方が多いが、リリィにも狙いを定めているのがわかる。暗がりで彼女の顔がわからないのか、それとも顔見知りではないのか。いずれにせよ、かつてこの町の住人だった彼女に武器を構える姿は、宝石の姿を差し引いても十分に傷付いた。
「リリィちゃん、大丈夫だよ」
ディートリヒが小さく呼びかける。
「俺が守るから」
リリィに小さくウィンクして、彼は兵士たちに向けてにこやかに笑った。
「こちらに、すべてが宝石でできた国があると聞いて、見に来たんですよ。中に入ってもいいですか?」
「ふざけるな、そんな珍妙な角をつけた者、入れるわけないだろう!」
門番が槍を突き出す。煌めく宝石だとしても、その鋭利さは健在だ。突かれたらひとたまりもないだろう。
しかしディートリヒはまったく気にせず、珍妙と評された自分の角をひと撫でした。
「えー、ひどいなあ。行方不明の魔法使いのこととか、悪魔のこととか、色々お話ししようと思ってたのに」
世間話の一つのように、さらりと。
とんでもない爆弾を投げつけられた兵士たちが、言葉の意味を処理できず固まる。
「しょーがないね」
とん、とディートリヒが軽く踵を踏み鳴らした。
次の瞬間、彼の足元が隆起する。
「うわ、わっ!」
よろけたリリィがディートリヒにしがみつく。兵士たちは立っていられずに膝をついた。何事かと見上げ、宝石の状態でもわかるほどポカーンと口を開ける。
最初は山かと思った。子どもが砂や土で作るような丸い山。それがどんどん大きくなり、正門を超え、見張りの塔すら超えてしまった。
その両脇から太い腕が伸び、地面を押さえつけて自身の体を引き抜く。ゆるやかな山と思われた胴体は卵型だった。それが長い両手と短い両足で、不格好ながらその場に立つ。ぶるぶると体を震わせると、上部の砂が落ちて愛らしい二つの目が浮かんだ。
ディートリヒが得意とする土魔法、その極致ともいえるゴーレムの召喚だった。
「さぁて、こっからは戦争だ」
ゴーレムの上でディートリヒが獰猛に笑う。その顔はまるで、娯楽のために人々を食らう竜のように見えた。
「ゆ、弓兵構えろ!」
上官らしき兵が叫ぶが、その指示に従えたのはほんの数人。残りは祈るか逃げ出した。
城下町でも、地響きで叩き起こされた宝石人間が飛び出し、呆然と見上げたり悲鳴を上げてどこかへ逃げ出している。
「えっと、ディートリヒさん?」
リリィが思わずフルネームに敬称をつけて呼ぶ。
「もしかして、怒ってる?」
「あっはっはっはっは」
ディートリヒは笑って答えない。
――怒っていないわけがなかった。
なんの罪があって、あんな小さな子どもが何度も死ななければならないのか。宝石に変えた人間を売って潤う生活に、なんの意味があるのか。
それに答えられる者など、ここにはいない。ディートリヒも聞くつもりはない。
どす黒い歓喜に頬が歪む。無表情のゴーレムが腕を振り上げる。
「死にてえ奴からかかって来い!!」
砕かれた正門が、無数の破片となって舞い踊った。
「おー、でっかいなー」
「でっかいで済むレベル?」
目の上で帽子のつばのように手をかざしたパスカルへグラウが突っ込む。遠目からでもその姿がよくわかるゴーレムは、身長が城とほぼ同等だった。早速正門をぶっ壊し、攻撃してくる兵士を叩き潰している。周囲はすでに瓦礫の山と化しており、土煙がもうもうと立ち込めている。それが晴れないうちにゴーレムは城下町に踏み込んだ。両手を振り回し、周囲の建物が薙ぎ払われる。
《兄さん、さすがにやりすぎじゃない?》
マーガレットは念話で苦言を呈した。いざとなったら宝石人間を蒸発させる、なんて物騒なことを言っていた自分は完全に棚に上げている。
《なーに言ってんだ》
それをディートリヒは鼻で笑った。
《ちゃんと宣言通り、攻撃してこない奴は殺してないから。攻撃が止んだら降りて情報収集するつもり》
《人がいなかったら意味ないわよ? あと、リリィちゃんをあまり困らせないでよね?》
《へーい》
会話している間に、正門から右手の城壁がすべて壊された。あれだけ派手に暴れれば、町も城も大騒ぎだろう。
「なんか……。ディートリヒが魔王に見えてきた」
「「ブフッ」」
グラウの呟きにパスカルたちが噴き出す。
「あはは……! たしかに!」
「兄さんに伝えたら、心外だ! って返ってきたわよ」
ゴーレムで町を蹂躙している姿はどう見てもおとぎ話に出てくる魔王だ。空飛ぶ魔物や鎧を着込む怪物を従えていたら、さらに様になったかもしれない。
「さて、見学はおしまいだ」
深呼吸で強制的に笑いを引っ込めて、パスカルは言った。
「城へ行こう」
グラウとマーガレットが頷く。
風に乗り、左側から大きく迂回して城へ近付く。ゴーレムの対応に駆り出されたようで、周囲に見張りはいなかった。それでも念のため光魔法で姿を消し、城内に進入する。
「避難経路はどうなっている!?」
「住人が押し寄せてきています!」
「女王陛下はいずこ!?」
そこでは宝石のメイドや警護に残っている兵士たちが右往左往していた。城門の前では叫び声も聞こえる。パスカルが風で声を拾うと、城への避難やゴーレムの討伐を訴えるものが多く届いた。
城は採光の関係上、天井が高く作られている。それを利用して天井近くを飛び回るパスカルに、マーガレットは訊ねた。
「ところで父さん、女王の居場所に目星はついてるの?」
「全然」
「「えっ」」
即答され、二人は驚いて彼を見る。
「あの体だと、睡眠も食事も必要としないだろうからね。自室か、応接間か、あるいは外か……。どこにいるかなんて見当がつかない。それこそ総当たりで探し出すしかないよ」
「……呆れた。てっきり居場所を把握しているもんだと思っていたわ」
「それができれば苦労はしないよ。まあ唯一の黄金像だし、目立つと思うけど」
そう言いながら窓やドアの隙間から部屋を覗き込んで探すも、女王の姿は一向に見つからなかった。すべてが宝石で埋め尽くされている中、黄金なのはたしかに目立つ。故に探しやすいはずなのに、どうにも見つからない。
いっそ手分けして探すか、とグラウが提案する直前だった。
城門の方から悲鳴が聞こえた。
女王様、と呼ぶ声も。
《おいディー、そっちからなんか見えるか!?》
パスカルが念話を飛ばす。
《え、逃げる兵士と住民しかいねえけど?》
《わかった、そのまま時間稼ぎ頼む!》
《おい待て、なにがあった!?》
《それをこっちも確認するところ!》
「飛ばすぞ、掴まれ!」
「言う前にスピードを上げないで!」
ぐんと加速したパスカルにマーガレットが抗議した。
正門と城門までは、一直線だが距離がある。宵闇の中では正門から城門の様子を見るのも難しいだろう。ディートリヒたちから見えない位置とすれば、城門の内側が騒ぎの根源だ。
突風が駆け抜けるように三人は飛ぶ。ほとんど引っ張られているだけのグラウは、風圧で騒ぎ出した耳鳴りに顔をしかめた。
城の裏側から城門へ飛び出す。
がしゃん、と砕けるような音にパスカルが急停止した。止まりきれなかったグラウが前に飛び出しそうになるが、二人に抱き止められて事なきを得る。
だがそれよりも、目の前の光景が信じられなかった。
「……な、ん」
マーガレットが手で口を覆う。
がしゃん、と再び音。
悲鳴が止んだ。
金の彫像を残して、あたりには誰もいなくなる。色とりどりの宝石が折り重なるようにして広がるだけだった。
彫像が持っていた金の槌を投げ捨てる。
「……あら、これはいいわね」
月明かりが、舞台照明のように黄金像を照らす。青白く反射するそれはおもむろに屈むと、足元に広がる宝石の中から一つを拾い上げた。
月にかざしてローズクォーツの輝きを確かめると、立ち上がって己のドレスにあてがう。
ドレスの中に宝石が沈む。しかし完全には沈まず、六角形になるよう黄金に覆われた。それを縁取るように流麗な模様が浮かび上がる。
金のフープドレスを彩る宝石が、また一つ増えた。
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