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第五話④

「……って、要するにネヒターに喧嘩売ってきたってことか!?」

 事のあらましを聞いたディートリヒが声を荒げた。

「マジかよ、状況わかってるの!?」

「もちろんわかってるよ」

 パスカルはけらけらと笑って答える。

「僕自身がわかってて挑発したからね。ばっちり目が合ったけど、ありゃあ本能で僕の魔力を見抜いたところがあるな」

「感心している場合?」

 マーガレットがため息をついた。

「どうやって悪魔にそんな大それた願いを叶えさせたのかは知らないけど、宝石や黄金になったってことはそれこそ不死身の存在よ? どうやって倒すのよ」

「しかも親父の挑発を真に受けたら、グラウを連れ戻そうとこっちに来る気だろ? 宝石の体だと屍竜山脈のマナに耐えきっちまう」

 ディートリヒが歯噛みする。

 屍竜山脈を包む七色の霧は、そのまま大陸の東西を隔てる障壁だ。生身の人間では死んでしまっても、宝石という無機物になった体ではマナの霧など意味がない。

「まあ、こっちに来ようとするなら、数ヵ月ぐらいは頑張んないといけないけどね」

 楽観的にパスカルは笑った。

「場所によっては断崖絶壁だし、登りきってもまた小さな山が無数に連なっているからね。歩きやすそうな場所を探したところで、村に辿り着けるのは何ヵ月後かな~?」

「……ひょっとして、そうして手薄になったところで女王を討つの?」

 はたと気付いたマーガレットが問う。パスカルが指を鳴らした。

「大正解! 今後も宝石を作り続けるにしても、悪魔の力の一部をグラウが持っているんだ。不完全なままでいるより、万全な状態でいようとするのは自然なことだ」

 懸賞金を取り下げた動きがなかったのは、そういうことだ。エデルガルトは悪魔を完全に支配するため、分離した力を取り戻そうと動くはず。

「その隙を突こうと思うんだけど、グラウはどう?」

「ちょっと待って……」

 テーブルに突っ伏したグラウが、手の平を向けて待ったをかけた。

「頭パンクしそう」

「おっと、ごめんね」

「リリィちゃんは? 大丈……夫じゃないわね」

 マーガレットがソファに座るリリィへ気遣わしげに見やる。背もたれに体を預けているリリィは、呆然と虚空を見ていた。

「キャパオーバーするよな、そりゃ」

 ディートリヒがため息をつく。

「家族や友人は宝石人間、女王は黄金像、しかもグラウの奪取を諦めてないと来た。このままだと、グラウは取り込まれるしリリィちゃんも連れていかれて宝石人間の仲間入りだ」

「リリィちゃんどころか、大陸全土が宝石化しそうだけどね」

 パスカルが追い打ちをかける。今はパスカルとグラウにヘイトが向いているが、なにかの拍子に他国へ侵略しないとも限らない。薄氷を踏むような緊張状態だった。

「……師匠」

 グラウが顔を上げ、顎にテーブルを乗せて言った。

「女王のところにある悪魔って、今どこにいるかわかる?」

「さすがにそこまでは探せないよ。探知機じゃないんだから。ただ、ああいう人間の心理状態はある程度予想ができる」

「つまり?」

「奪われないよう、常に自分の手元に置いておくんだよ。最悪なのは、女王が悪魔を取り込んだパターンだけどね」

「取り込めるんだ、悪魔って」

「双方……特に悪魔の合意が得られればね。でも逆に好機でもあるんだ」

 パスカルの目が剣呑に光る。

「女王の中に悪魔がいるっていうなら、そこで僕が楔を外しちゃえばいい。この世に縛り付ける楔が壊れれば、よほどのことがない限り彼らは冥府に還る。同時に悪魔が契約を破棄しちゃえば万々歳。楔を壊した拍子に顕現した悪魔に、グラウの中にある悪魔の力を返せば、これ以上宝石化も黄金化の呪いも発動しないってわけ」

「簡単に言うなあ」

 ディートリヒが天を仰いだ。

「それを女王が見逃すと思う?」

「もちろん思ってないよ」

 パスカルはこれ以上ないほどさわやかな笑顔で言った。

「だから時間を稼いでほしいんだよね」

「……って俺らかよ!?」

「……って私たち!?」

 気付いた兄妹が身を乗り出した。

「待て待て待て、本気で俺ら全員であの国襲撃する気か!?」

「そりゃそうだよ。あんなイカレ女王、中途半端な戦力で行ったらこっちが死ぬもん」

「この村の守護が手薄になるわよ!? なにかの間違いが起こってネヒターが侵略して来たらどうするのよ!?」

「そこは精霊様に頑張ってもらうしかないね。今度南の国に行くつもりだから、そこの特産のフルーツで手打ちにできないかなーって」

「精霊がそんな現金なものでいいのか?」

「数年くらい供物を捧げないといけないけどね」

「手痛い出費ね。大丈夫なの?」

「ダーイジョーブ。宝石の木の在庫ならまだたんまりあるから」

 パスカルが個室に繋がるドアを指し示す。どうやら村の守りの問題は解決しそうである。

 だからと言って、いきなり降ってわいた問題が小さくなるわけではない。

「…………ねえ」

 ようやくフリーズが解けたリリィが口を開いた。

「悪魔がいなくなったら、みんなはどうなるの?」

 パスカルは顎に手を添えて考え込む。

「うーん……。そのまま魂が解放されるかもしれないし、壊れない限り生き続けるかもしれないし。その時になってみないとわからないね」

 本来、宝石になった時点で魂は肉体から切り離される。宝石化してもなお生き続けている状態は、自然の理に反した現象だ。悪魔の力で維持されているとしても、ひどく不安定な状態のはず。悪魔が冥府に還れば、魔力の供給源を失って宝石から魂が分離する可能性もあった。

「あくまでも可能性の話だ。場合によっては、僕らで宝石人間たちを殺して回る必要があるね」

「みんな、戻れないの?」

「うん」

 パスカルは即答した。

「宝石は魂の器じゃない。宝石を肉体に戻すなんて、彫刻を生き物に変えるような所業だ。悪魔に願ったとしても、自分の命を対価にして叶うかどうか」

「…………」

 一縷の望みが潰えた。リリィの首がゆっくりと俯く。スカートがしわになるほど強く握りしめる。洟をすする音が聞こえた気がした。

「……グラウは? どうする?」

 それを聞かなかったふりをして、パスカルはテーブルに突っ伏すグラウに問う。

「…………。正直、突っ込みたいところは山のようにあるけどさ」

 グラウはのろのろとテーブルから起き上がった。

「師匠、勝てると思ってるから、女王を挑発した?」

 夜明け前のような、深い藍色の瞳が最年長の竜人を射抜く。齢二百を数える竜人は、にんまりと笑った。

「もちろん。勝てそうになかったら、勝てる準備をしてから仕掛けるもん」

「……わかった」

 グラウは深く息を吐き出した。

 心臓がうるさい。はやく、はやくと誰かがせがむ。熱くなっているのは血か、魔力か。

「ディートリヒ、マーガレット。俺は行くよ」

「「グラウっ!?」」

 二人の声がひっくり返った。リリィも驚いて顔を上げる。頬を透明な雫が一筋、星のように流れた。

「あいつを殺して、この力も悪魔に還す。そうして、やっと本当に自由に……グラウになれるんだ」

 拳をぐっと握りこむ。竜人親子がなにかをこらえるように空気を飲んだ。

「……どういうこと?」

 唯一理解できていないリリィが、ぽつりと問う。

「グラウは……この名前は、師匠がくれた。古い言葉で、“自由”って意味」

 黄昏色の髪の少年は答える。

 ずっと地獄に囚われていた。すべても奪われていた彼は、村に来てようやく名前と自由を与えられた。しかし、その体に刻まれた呪いは昼も夜もなくグラウを苛めた。

 殺したくなかった。死にたくなかった。欲しくもない力に振り回され、死の記憶は今も生々しく心臓を締め付ける。

 もうすぐ、それが終わる。

「師匠、ディートリヒ、マーガレット」

 地獄を終わらせてくれた恩人と、満たしてもなお足りないと愛を注いでくれた兄妹を見た。

「力を貸して。俺が俺でいられるように。ちゃんと生きて帰ってこられるように」

「もちろんだよ、グラウ」

 パスカルがふわりと笑う。先ほどまでの表情筋がつった笑顔ではない。祖父が孫に向けるような、優しい笑顔だった。

「「…………」」

 ディートリヒとマーガレットは顔を見合わせる。それから、どちらからともなく大きなため息をついた。

「っとにお前は……。水くせえぞ!」

「うわっ」

 ずかずかと近付いてきたディートリヒが、グラウの頭を乱暴に撫でまわした。両手でめちゃくちゃにされ、髪がひどく乱れる。

「俺たちがいつ『行かない』なんて言ったよ!? 行くに決まってんだろーが、アホ!」

「人のことをアホ呼ばわりすんな! いや、師匠はともかく二人が来てくれるか不安だったし……」

「ここで下りるなんてゴメンよ。悪魔も利用しているんだとしたら、総力戦しかないじゃない」

 マーガレットがくすりと笑う。

「任せなさいよ。囮だろうが時間稼ぎだろうが、グラウがちゃんと目的を果たせるよう最善を尽くすわ」

「そーそー」

 鳥の巣のようになったグラウの頭に、ディートリヒが顎を乗せた。

「これでやっと“ディー”とか“マリー”とか呼んでくれるもんな」

「ああ……まあ」

 諦めてなかったのかよ、とグラウが半眼になる。

「復讐が果たせるまでの願掛けとか言っちゃってさ。ずーっとフルネームだったよな。いったい誰に吹き込まれたんだか」

「あ、それは師匠」

「親父っ!」

「父さんっ!」

「てへっ」

 息子と娘に睨まれ、パスカルがウィンクしつつ舌を出す。見た目が二十代で中身が二百歳のぶりっ子はかなりイタかった。

「待って……待って!」

 震える声でリリィが叫んだ。

「あたしも一緒に行く」

「「「「なっ」」」」

 グラウたちが一斉に彼女を見た。

「危険よ。宝石人間にされちゃうわ」

「わかってる。でも、ここで指をくわえて待っていられない」

 マーガレットが諭すように言うが、リリィは首を横に振る。顔色はまだ蒼白。緊張からか恐怖からか、体は小刻みに震えている。それでもリリィは、一人一人の顔をしかと見た。

「あたしも、あのまま国で宝石人間にされていたかもしれない。もしかしたら槌で壊された人の一人だったかもしれない。あたしが、あたしだけが、生き残っちゃったの。宝石人間になりたくないけど、このまま目を逸らしたくない」

 父親の安否はわからない。もしかしたら反逆者として殺され、宝石になって輸出されてしまったかもしれない。友達も、その家族も然り。

「この目で確かめたいの。最後にみんなに会わせて!」

「……リリィちゃん」

 パスカルが安楽椅子から立ち上がった。真顔でリリィの前に進み出て、膝をつく。

「それは、とても辛い経験になるよ。来なければよかったと後悔するかもしれない。正直言って、僕は君にあの姿の人たちを見せたくない。それでも行くかい?」

「行く」

 リリィは即答した。

「絶対に行く」

 まだ体は震えている。しかしその瞳は、パスカルの姿をしっかりと映し出していた。

 パスカルもまたリリィを見つめ返す。無言で見つめ合う勝負は、パスカルふっと目を伏せて終わった。

「……わかった」

 ゆっくりと立ち上がり、彼は子どもたちに向けて言う。

「出発は明日の夜でいいかい? さすがに今からだと、僕も魔力が心配だからね」

 それに、とテーブルを指さす。

「せっかくの御馳走を捨てるなんて、僕も嫌だからさ」

 まだ片付けられていない料理の数々。すっかり冷めてしまったが、十分に食べられる。

 誰からともなく笑い出す。

 異論は出なかった。

 そして、料理は冷めていると思えないくらいおいしかった。

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