第五話②
目を覚ましたら夕方だった。
がっつり寝てしまったことをリリィたちにからかわれながら、グラウは子どもたちを家に送り届け、ディートリヒたちと共に屋敷へ向かう。
牧場で処理されたお肉は各家庭に配られていた。加工された肉は村全体で分配し、それぞれ塩漬けや干し肉にして長期保存する。夏が近い今の時期だと、塩漬けにする方が多かった。
「って、そういえばグラウの分は?」
屋敷に戻る道すがら、リリィが気付いて訊ねる。各家庭に均等に配られるなら、グラウの家にも届けられているはず。しかし彼のもとには一欠片も届いていなかった。
「屋敷にあるから大丈夫」
グラウの返答に首をかしげるリリィを連れて屋敷に戻る。玄関を開けたディートリヒが中のマーガレットに呼びかけた。
「ただいま、マリー。今日の夕飯なに?」
「「ただいまー」」
「おかえり。今日はミートパイと蒸し野菜のサラダよ」
準備のために先に戻っていたマーガレットが、一抱えもある大きなパイをテーブルに置いた。その隣には、色とりどりの温野菜がどっさりと盛られている。一瞬、ディートリヒの顔が引きつった。
「取り分け用の小皿の手伝いしてくれる?」
「「「はーい」」」
食器の準備をするついでにキッチンを覗けば、大きめの壺の中に塩と肉が漬け込まれていた。リリィは切り分け包丁を取りに戻ってきたマーガレットに訊ねる。
「ねえねえマリー。グラウの分のお肉もあるって聞いたけど本当?」
「本当よ」
「なんで?」
立て続けに訊ねると、マーガレットが気まずそうな顔をした。
「えーっと……」
「料理が出来ないんだよ」
言い淀んだマーガレットに代わり、取り皿を取りに来たグラウが答えた。
「なにを作っても炭になる」
「えー、そんなわけ……」
リリィは笑い飛ばそうとしたが、グラウもマーガレットも、カトラリーの準備をしていたディートリヒも複雑な表情を浮かべる。
「……え、マジ?」
「「「マジ」」」
頷いた三人が遠い目をした。
「一応、食材を切るのはできるようになったのよね」
「なんでスープが黒く染まるんだろうな」
「フライパンから火柱が上がった時は死ぬかと思った」
「ひぇ」
思った以上の料理音痴だった。下手に食材を渡したら本当に炭になりそうである。というか、実際になったから、こうして誰かのご相伴にあずかっているのだろう。
「ほら、そんなことより食べましょ! 冷めちゃうわ!」
マーガレットが包丁を持ったまま器用に手を叩く。すぐに準備をして席に着いた。
「「「「今日の糧に感謝します。いただきます」」」」
食前の祈りを捧げ、ざくざくと音を立ててパイが切り分けられる。この村では基本的に一人前ずつ料理を出すスタイルだが、パイは違う。大きな一皿をみんなで分け合うのが、この村でのパイの食べ方だ。サラダも大皿になったのはついでである。
丁寧に編みこまれたパイの中には、野菜と一緒に肉がこれでもかと詰まっていた。
「食わねえの?」
その一切れを取ったグラウが、パイを前にして固まるリリィに言う。
「……う、ん。食べる」
リリィはぎこちなく頷いた。つい今朝まで生きていた肉を食べる。その事実をまざまざと突きつけられて、しかしリリィはなんとかフォークを取った。
理由の半分は、残すのがもったいないから。もう半分はやけくそだった。
取り皿に乗ったパイを、いつもの一口分より小さめに切り取る。止まるとそのまま動けなくなりそうだったから、勢いで口に入れた。
焼きたてのパイの軽い食感。溢れ出る肉汁と、野菜のエキスが口の中で混ざり合う。
命の味がした。
「……おいしい」
「そりゃよかった」
ディートリヒもパイを頬張る。その横で、マーガレットがトングをカチカチと鳴らした。
「こらー、兄さん。野菜もちゃんと食べなさいよ」
「おい、ちょっ……!」
「うわ、どっさり」
ミートパイの上から蒸し野菜がこれでもかと盛られた。ニンジン、ジャガイモ、ピーマンにキャベツ……。ミートパイが隠れるほどの量にディートリヒとリリィが引いた。
「最低でもこれくらいは食べてよね?」
「うぐぐ……。まさか、サラダも大皿にした理由ってこれか?」
睨む兄の視線を妹は華麗にかわす。その横でグラウが呟いた。
「蒸したピーマンっておいしいよな」
「そうなの?」
「そう。だからディートリヒも残さず食えよ」
ゆっくりとミートパイを味わって食べるグラウの発言に、リリィは驚いてディートリヒを見る。
「……ピーマン食べれないの?」
ディートリヒが無言で目を逸らした。
「えっ、なにそれ、本当? ダサッ」
「そこまで言う!?」
悲鳴を上げるディートリヒにマーガレットが肩をすくめる。
「野菜嫌いの子どもたちの免罪符になっちゃってるのよ。だから一口だけでも食べなさいな」
「だからってこんなでっかいのを置く?」
泣きそうな顔をしながら彼が指さすのは、ヘタとお尻を切って縦四等分にした幅広のピーマン。これでもかと存在を主張するそれが取り皿のてっぺんにいるのだ。これを無視して横から食べようとすれば、他も崩れ落ちるのは必至である。
「グラウ~」
「手伝わないぞ」
泣きそうなディートリヒをグラウはばっさりと両断した。ついでにマーガレットからトングを受け取り、見せつけるように温野菜を取っていく。
「ピーマン嫌いだからって、俺の皿にどんどん移したの知ってるんだからな?」
「それいつの話だよ!」
「さあ? 一回や二回じゃなかったぞ」
「……兄さん、さすがに軽蔑するわよ」
「やめろ! ゴミを見るような目で見るな!」
「とりあえずまずはこれを食べなさい、ほら」
マーガレットが別のピーマンをフォークに刺してディートリヒに迫る。それを横目にグラウはのんびりと自分の分を平らげていった。どうやらよくある光景らしい。
「あんたって、いつもゆっくり食べるよねえ」
ディートリヒのことはマーガレットに任せて、リリィはグラウにそう言った。
「おいしいからな。食べ終わるのがもったいない」
「冷めちゃわない?」
「本当においしいやつは、冷めてもおいしい」
「ふうん」
自分の分を食べながら、リリィはグラウの様子を窺う。
どうやら好き嫌いはないらしい。そういえば怪我で相部屋になった時も、出されたものは残さず食べていた。ミートパイを一口食べたら、蒸し野菜を一つ食べる。単調ともいえる動作だが、その顔は終始緩んでいた。
「ほら、リリィちゃんもお野菜食べましょう。うちの野菜はみんなおいしいのよ」
「わっ、こんなに食べれないって!」
マーガレットが唐突にそう言って、彼女の取り皿に蒸し野菜を乗せてきた。リリィは思わず抗議の声を上げたが、蒸されたことで色鮮やかになった野菜たちはどれも輝いて見える。
いくらパイにも野菜が入っているとはいえ、あちらは肉が主役だ。ためしに蒸し野菜一つ食べる。図らずもディートリヒが苦手なピーマンだったが、苦みが少なく独特の歯ごたえが面白かった。
「……おいしい」
「でしょ? ほら、兄さんも好き嫌いせず食べなさい」
「うぅー……」
マーガレットが再びピーマンを片手に迫る。ディートリヒは口を閉ざして必死に顔を逸らしているが、ねじ込まれるのは時間の問題だった。
蒸し野菜は他にも早獲れのトマトや旬のキャベツ、冬を越したジャガイモなどがある。どんな味なのか気になった。
どさり
穏やかな空間に似つかない、重い物が落ちる音がした。全員の動きが一瞬止まる。
「……なんの音?」
「さあ」
マーガレットとグラウが顔を見合わせる。
ピーマンを口に入れられて顔をしわしわにさせていたディートリヒが、勢いよく玄関の方を見た。
「え、親父?」
「「「え?」」」
他の三人が声をそろえる横で、急いでピーマンを飲み込んで玄関に出る。
「え、マジ、で……っていうかどうしたんだよオイ! ちょっと、グラウ! 手を貸せ! マリーとリリィはお湯とタオル!」
「わ、わかった!」
戸惑った声から一転、焦った声色に三人も只事ではないと察した。
グラウがディートリヒを追って玄関に飛び出し、マーガレットとリリィは手分けして湯沸しとタオルの用意をする。
外に出たグラウは、ディートリヒの肩を借りて立ち上がるパスカルを見て絶句した。
「師匠? どっか怪我したのか?」
旅立つ前と比べて多少くたびれているのはいつものこと。だがその表情は、人形に笑顔を張り付けたように引きつったまま固まっていた。体はだらりと力なく垂れ下がり、空いている右手が振り子のように揺れる。
「いやー、ははは……」
パスカルは固まった笑顔で器用に苦笑いを浮かべた。
すぐにもう一方の肩に手を貸し、二人がかりでリビングに運ぶ。足はなんとか地についているが、操り人形のように覚束なかった。
「あの女王のことナメてた。ヤバい。もう僕一人の手に負えない」
「……マジでなにがあった?」
彼を安楽椅子に座らせて、ディートリヒが問う。
「親父がそんなこと言うって、相当イカれてると思うぞ?」
「イカれてる、イカれてる。正真正銘、気狂いの化け物になりやがった」
半笑いのままパスカルが答えた。ハイテンションとは裏腹に、その声は恐ろしいほど冷え切っていた。
「宝石の呪いを知った捜索隊と兵士が、王都で暴動を起こした。それに困った女王様、なにをしたと思う? 悪魔と契約して自分を黄金に、国民や王都をまるっと宝石に変えやがった!」
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