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第四話③

 個室完備で、日中だけ相部屋。たまに見舞客も来る。とはいえ、皆仕事や遊びで忙しいし、二人きりだと話題は自然とお互いのことになる。

 家族のこと、友人のこと、好きなもの、嫌いなもの……。互いのことを知らなさすぎるから、話題一つでどこまでも話は広がった。

「あんたの両親の片方が悪魔だとして……人間の方は?」

「死んだ。渡し守が覚えてた」

「……そっか。ごめん」

「謝られるようなことじゃねえよ。俺だって顔を覚えてないし」

「うん……そういえば、あんたって自分の年言えるの? 誕生日とかわかんないでしょ?」

「誕生日は、師匠がここに連れてきてくれた日になった。年は十六。師匠たちが頑張って計算してくれた」

「嘘……同い年?」

「マジで? 意外だな。……あれ、リリィ? おーい、しっかりしろー!」


「ねえ、この村の人ってディートリヒやマーガレットのこと、“ディー”とか“マリー”って言うよね?」

「長いからな。あだ名が浸透してるんだ」

「あんたは言わないの?」

「言ってもいいけど……。願掛けで言わないようにしてる」

「願掛け?」

「そう。復讐が達成できたら、言うつもり」


「えっ、あんたってポータルを使わずにこっちに来たの?」

「そう。村一個分の宝石を作るために、馬車で連れ出されたタイミングを師匠が狙ったって」

「村……。ち、チャンスじゃん。自力で脱出とかしなかったの?」

「殺されまくって学習した。あとポータルの存在自体知らなかったから、そもそも亡命って選択肢がなかった」

「あっ……」

「俺を連れ去る時も、眠り薬を撒いて俺や師匠の姿を誰も見ないようにしてたし」

「徹底してるわね……。まあ、仮に見つかっても屍竜山脈の向こう側だものね。追いつけるわけないか」

「そういうこと」


「あのね、あのね! グラウ兄ちゃん、前に精霊の森を宝石にしたことあるんだよ!」

「あっ、こら!」

「えっ、マジで?」

「そうだよー。森がね、ピカーってなって、キラキラって!」

「ごめん、よくわかんない」

「……亡命してきた頃に、妖精に攫われたことがあったんだよ。こっちが不安定なのをいいことにあることないこと言いやがって……。しかもあのツルとか木の根とか使って襲い掛かってくるから、こっちも必死だったんだよ。あの当時、他の魔法を知らなかったってのもあるけど……。周りを宝石にしていたら、そのうち制御が利かなくなって暴走した」

「え……だ、大丈夫だったの?」

「全然大丈夫じゃなかった。文字通り森が半分宝石になった。あれは妖精たちも想定外だったらしい。慌てふためいて師匠たちに助けを求めてた。妖精や、助けに入った師匠たちを宝石にしなかったのは無意識だったけど」

「すごかったよね。キラキラした木がいっぱい運ばれてきたよね」

「それ、どうやって止まったの?」

「師匠が俺に何度も呼びかけてくれたおかげで、なんとか我に返った。やらかしてさすがに怒られるなとは思ったけど、師匠たちは全然責めなくてさ。後から聞いたら、精霊様を含めて満場一致で妖精が悪いって言われた。ただその代わり、次の日から魔法のなんたるかをみっちり叩き込まれたけど」

「へえー。それであんなに魔法が使えるようになったの?」

「そう。ちなみにこの屋敷の倉庫に、まだその宝石が山とある」

「えっ」

「定期的に師匠が西で換金して、旅費にしているらしい」


 言葉を交わすたび、互いのことを知っていく。

 ある程度相手のことを知ると、その周辺のことも知りたくなる。

 体の傷がだいぶ塞がり、絶対安静から解放されたある日のことだった。

「ねえグラウ」

 うつ伏せに寝転がったリリィが、数日ぶりの仰向けを満喫するグラウを呼ぶ。

「村長さんたちって竜? それとも人?」

「人だな。竜の血を引く竜人の末裔」

「それって、大昔に滅んだ竜族の生き残りってことでいいの?」

「…………」

 グラウは回答に困った。これは自分の口から言っていいのか。

「ちょっと、ディートリヒたちを呼ぶ」

 枕もとの鈴を鳴らす。軽く揺らしただけで澄んだ音色が響いた。少しして、ノックと共にディートリヒが顔を覗かせる。

「グラウ、リリィ、どした?」

「なあディートリヒ、竜人の生まれって話した方がいい?」

 グラウからそう問われ、入室したディートリヒは頷いた。

「別にいいけど? 急にどうした?」

「リリィが知りたいって」

 グラウが顎をしゃくると、ディートリヒも「ああ」と手を叩く。

「そういえば話してなかったっけ。ちょうどいいや」

 ディートリヒが椅子を持ってくる。二人の間に置いて、背もたれを抱くように座った。

「ちょっと歴史の話をしよっか。まずリリィは、二百年前の竜殲滅作戦を知ってるか?」

「うん、おとぎ話でだけど」

 リリィは頷いた。

 ――およそ二百年前、世界の覇者として君臨していた竜族。その羽ばたき一つで海が割れ、ため息一つで森が焦土と化した。精霊も妖精も人間も関係なく彼らは襲い、食らう。竜以外の命は彼らの食料として、怯えて暮らすしかなかった。

 それに終止符を打ったのが、ある国の女王だった。様々な魔法に長けた彼女は魔女と呼ばれていた。魔女は竜を滅ぼすため、気まぐれな精霊を説得して同盟を結び、他国にも連携も要請した。

 しかし、それだけではまだ足りない。一部の人に精霊を降ろして戦ったとしても、相手の力はそれを容易く上回る。

 この世の力で竜に敵う者はない。――そう、この世では。

 魔女は冥府から悪魔を召喚した。自らの寿命や幸運など、さまざまなものと引き換えに呼び出した悪魔は総勢七十二柱。

 魔女は自らの他に自分の配偶者や同盟国の王、信の置ける家臣らに悪魔を貸し与えた。

 そうして始まった、三日三晩に及ぶ闘い。

 精霊と悪魔が竜を挟み撃ちにし、マナを集約させて高濃度のそれを浴びせる。抵抗したり逃げ出そうとする竜は、悪魔や人間がことごとく打ち落とした。

 いかに竜と言えど、濃すぎるマナの中では海底に沈むのと同じ。巨体が一つ、また一つとマナの底に沈んだ。

「――そうして竜はみんなマナに溺れて死んで、それが屍竜山脈になったのよね。悪魔はそのまま褒美として、家臣たちに与えられたんでしょ?」

「うーーん。前半は合っていたんだけどな。後半、特に最後が違う」

 腕を組んだディートリヒが苦笑した。

「もともと魔女は、竜を殲滅したら悪魔との契約を切るつもりだったんだよ。悪魔たちもそのつもりで契約したし」

「そうなの?」

「そう。でも悪魔の力に目をつけた家臣たちが、作戦成功直後に裏切った。魔女の夫が主導して、彼女を殺そうとしたんだよ」

「え……」

「悪魔との契約解除の方法は魔女しか知らない。つまり彼女を殺せば、そのまま自分たちが悪魔の主となってずっと操れると思ったんだろうね。そのあとは血で血を洗う争奪戦だ」

 ディートリヒは軽い調子で言っているが、現場は地獄絵図だっただろう。

 悲願を達成した直後に裏切られた魔女。彼女を置いて悪魔の奪い合いを始めた夫や家臣たち。還る方法を失った悪魔たちは、ただの政争の道具として瓶に封印された。

「……ちょっと待って」

 ふとリリィは声を上げた。

「魔女は、その時に死んだの?」

「おっ、鋭いね」

 ディートリヒはにやりと笑う。

「致命傷は免れたよ。重傷だったけど。どさくさで確保した悪魔に自分の傷を治させて、そのまま雲隠れしたんだよ。また刺されたら今度こそ死ぬと思ったからね」

 彼女が寿命をいくら削ったのかわからない。ただ、その当時すでに気力だけで生きているような状態だったのだろう。

「その時にね、偶然生き残った竜を見つけたんだ」

 魔女が逃げ込んだのは、できたばかりの屍竜山脈のふもと。高濃度のマナが溢れ始めたそこに隠れていた竜は、巨大な卵のような結界を張って己を守っていた。

「魔女はその竜に取引を持ち掛けたんだ。生き延びたかったら、自分との間に子どもを作れって」

「つ、作れるの?」

 リリィの声がひっくり返る。おとぎ話に出てくる竜の体は、子どもでも人間の十数倍はある。しかも魔女は死にかけている。常識で考えればありえないことだった。

「作れちゃったから、俺らがいるんだけどね。たぶんあれ、魔女にとっても賭けだったろうな」

 後半の言葉は、そのままパスカルからの受け売りである。

「それで生まれたのが親父……村長のパスカルってわけ」

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