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第四話②

 昼食に干し野菜のスープと黒パンを持ってきてくれたディートリヒたちに、リリィは早速噂の真相を訊ねた。

 結論から言うと、ディートリヒにはめちゃくちゃ呆れた顔をされ、マーガレットにはめちゃくちゃ笑われた。

「あっはっはっはっは!! ちょっと、それどんなお貴族様よ! 無理無理無理、実情と違い過ぎてお腹痛い!!」

「そ、そんな笑う……?」

 ドン引きのリリィが男性陣に聞けば、二人とも黙って頷く。

「違い過ぎるね」

「さっき俺が栄養失調で何度も死んだって言ってたろ? それでおおよその環境を察しろよ」

「いやでも、宝石を生み出す超重要人物じゃん。なんでそんな目に遭うわけ?」

 そこら辺の石が財宝に変わるのだ。悪魔の魔力のせいだとしても、何度も死ぬような環境に置かれる理由がわからない。もっと言えば、人間を宝石に変える女王の神経もわからない。

 問い詰めるようにグラウを見れば、食事のために起き上がっていた彼は黙って目を逸らした。

「……首飾り」

「え?」

「女王が持ってる白い石の首飾り。あれの一個を変えたのがきっかけ」

 早口だったが聞き取れた。リリィは言葉の意味を理解して、絶句する。

「あんた……」

 ようやく絞り出した声は、この上ないほど呆れていた。

「それは、殺されるわ」

「そんなにか?」

 対するグラウは眉間にしわを寄せて、心底理解できない、と顔に出ている。

「あれのせいで四日連続で殺されたんだぞ? しかも最後は斧で首を落とされたし。あそこまでキレられたのは最初で最後だったけど」

「よっ……!」

 さすがにそこまで怒り狂っているとは思っていなかった。リリィはまた絶句しかけるが、すぐに咳払いをして気を取り直す。

「ごほんっ。それ、たぶん真珠の首飾りよね? あれ、女王様の婚約者様が贈られた唯一の品なの」

 リリィの言葉に、ディートリヒがなんとも言えない顔をした。

「あー、それは……。方法はともかく、キレるわな」

「へー、そんなに大事だったんだ」

 しかし、グラウは興味なさそうに返事をするだけ。

「そりゃそうだよ。婚約者様、結婚前に病気で亡くなられちゃったけど、当時を知らないあたしらでも知ってるくらいラブラブだったもん」

「へえ、すごいわね」

 ようやく笑い袋から脱出したマーガレットが、目に浮かんだ涙を拭う。

「だからって、グラウをあんな目に遭わせたのは帳消しにできないけどね」

「そ、それは同感」

 笑っているはずなのに、マーガレットの目がまったく笑っていない。リリィは悲鳴を上げる代わりに何度も頷いた。さすがに四日連続の処刑はやりすぎている。その後も宝石を作らせる以外ではほとんど放置だ。リリィだったら発狂している。

「よく無事だったよね? 精神的に」

「渡し守がいたからな」

 グラウはスープで柔らかくした黒パンを噛み千切った。

「話し相手になってくれたし、たまに荒れた俺を宥めてくれたし。あの人たちがいなかったら、とっくに廃人になってた」

 口から飛び出る単語は時々物騒なのに、それを語る表情はどこか懐かしそうに柔らかい。

「ふうん。男の人? 女の人?」

「さあ。男の時もあれば、女の時もある。背格好がみんな似たようなものだから、その時々で誰に当たるかは運次第」

「名前とか聞かなかったの?」

「聞かなかったな。全員“渡し守”で通ってたし。ちなみに渡し守は、全員誰が誰だか見分けがつくらしい」

「えー、なんかズルい」

「本当だったら一回会うきりの存在なんだ。俺みたいに何度もあの世とこの世を行き来する方がイレギュラーだっての」

 そう言って、グラウはスープの残りをかき込んだ。唇についたスープを指で舐め取って、ディートリヒたちに訊ねる。

「そういえば、バラットたちはどうだ? ケインとか落ち込んでない?」

「落ち込んでる。目に見えて落ち込んでる」

 話を振られたディートリヒが、苦笑気味に答えた。

「絶対安静かつ面会謝絶にしちまったからさ。特にケインはずっとしょげてんの。あのままだとメンタル的にも良くないし、会わせてもいい?」

「俺はいいよ」

「あたしも」

「よっしゃ。なら子守りついでに」

「子守りは私がするわ」

 ディートリヒの言葉にかぶせるように、マーガレットが肘を入れた。

「先にあの兄弟だけ入れて頂戴」

「へーい」

 それをじっと見つめて、リリィは言う。

「ねえ……。本当にディートリヒがお兄さん? 弟の間違いじゃなくって?」

「「「いんや、俺(こいつ・兄さん)が兄」」」

 三人全員がディートリヒを指さした。

「だって俺とマリー、十歳も歳が離れてるんだぜ」

「へー。人って見かけによらないね」

「それどういう意味?」

 ディートリヒが唇を尖らせて、グラウとマーガレットが噴き出す。

 リリィはこの時、初めて彼が笑った顔を見た。


◆   ◆    ◆


 昼食を終えて一段落したら、廊下からドタバタと軽い足音が聞こえてきた。

「「グラウ兄ちゃん! リリィお姉ちゃん!!」」

 ドアを打ち破るような勢いで入ってきたのはバラットとケインだ。

「おーい、ドア壊すなよー」

 遅れてやってきたディートリヒが軽い調子で咎める。まったく咎める気のないそれに構わず、二人はベッドに駆け寄った。

「おに、おにいちゃっ……ごめん、なさっ……!」

「あーあー、泣くなよ、ケイン」

 突入前からぼろぼろと泣いていたケインの頭を、グラウは撫でて宥めてやる。

「俺もリリィも生きてるから。これくらいの怪我、マーガレットにすぐ治してもらうって」

「う、うん……!」

「リリィお姉ちゃんは? 怪我、痛い?」

 バラットが心配そうにリリィの顔を覗き込む。

「うーん、まあ、これくらいなら? すぐに良くなるかな」

「こらー、二人とも安請け合いしない」

 椅子を持ってきたディートリヒがぴしゃりと言った。

「怪我の場所や度合いは違うけど、二人とも満足に動けないだろ? 完治するまでこの屋敷から出るの禁止!」

「「「「えー」」」」

「えー、じゃない」

 見事にハモった四人の声にも動じない。

「リハビリとか言って勝手に動いて怪我を悪化させたらどうするんだよ。マリーに怒られるだけで済むと思うか?」

「……………………。思わないな」

 嫌に長い沈黙の後、グラウが絞り出すように言った。バラットたちも目を逸らす。顔色が悪いのは、心当たりがあるからだろうか。

「なら、できるだけ安静にすること。つーか、グラウは寝返りが打てるまで絶対安静。リリィちゃんも歩けるようになるまで動かないこと!」

「ちぇー」

「えー」

 グラウは渋々ながら頷いた。リリィはまだ不満そうにディートリヒを睨む。それを無視して、彼はバラットの方を見た。

「あと、バラット。父ちゃんにお肉頼んでいいか?」

「うん。今すぐ?」

「すぐじゃなくていいけど、できるだけ早く。グラウとリリィちゃんの完治祝いな感じで」

「わかった。後で聞いてみる」

「リリィお姉ちゃん」

 ケインがおずおずとリリィの方へ来る。グラウの時と違い、野良犬に怯える子犬のように震えていた。

 二日前のやり取りが嫌でも思い起こされる。

 ……こんなに小さな子の言葉で激昂していたなんて、馬鹿みたいだ。

 そわそわする弟の方へ、リリィは口を開いた。

「ケイン、あのね」

「お姉ちゃん、ごめん!」

 だが、その言葉はケインに先取りされた。

「え?」

「俺、お姉ちゃんのこと、怒らせちゃったよね? だからグラウ兄ちゃんのこと、化け物って言っちゃったんだよね?」

 面食らうリリィの前でケインがまくしたてる。

「グラウ兄ちゃんは化け物じゃないよ。俺、この前妖精に川の中に引きずり込まれたんだけど、グラウ兄ちゃんが助けてくれたんだよ」

「その後ディートリヒにこっぴどく怒られたけどな」

 グラウが自虐的に付け加える。脈絡が全く見えないが、おそらくグラウに関する格好いいエピソードを伝えようとしているのだろう。

 リリィはそれに応えようと頭を回す。その手の話なら、自分も昨日身をもって体験した。

「……うん。あたしも、精霊の森で助けられた」

 何度拒絶しても、酷い言葉をぶつけても、彼はあらゆる手を尽くしてリリィを守った。妖精が仕掛けたゲームのルールだからではない。心の底から誰かを死なせたくないと思っていなければ、彼女をかばってあんなにボロボロにはならない。

「ケイン、あたしの方こそごめんね。突き飛ばしちゃったりして」

 謝罪の言葉はするりと出てきた。ケインは袖で乱暴に顔を拭い、頷く。

「ううん。……ねえ、また一緒に遊んでくれる?」

「うん」

「よかった!」

 ようやく、ケインが太陽のように笑った。それだけでなぜだか、許されたような気になった。

「よかったな、ケイン」

 ディートリヒがわしゃわしゃと彼の頭を撫でる。

「なあ、他にも見舞いに来たい子がいるんだ。入れてもいいか?」

「ああ」

「うん」

「じゃあ俺、父ちゃんに肉のこと伝えてくる」

「俺も!」

 手を振って部屋を出る兄弟を見送る。ディートリヒも見送りがてら、他の子を迎えに行った。

 静かになった部屋で、グラウが小さく笑う。

「お前が素直に謝ると思わなかったな」

「そりゃ、まあ、あれはあたしが悪かったし……」

 グラウのことをほとんど知らなかったとはいえ、幼い子どもも女王への復讐に賛同していたのだ。拒絶反応の方が強く出るのは仕方がないと言える。

「あと……」

 リリィはうろうろと視線を彷徨わせ、壁の方を見つめたままぽつりと言う。

「……ごめん。あんたのこと、知らなかったとはいえ、化け物とか言っちゃって」

 聞きかじっただけで吐き気を催すほど凄惨な半生だ。人間扱いされなかった彼が、この村で初めて人間らしくいられるようになった。知れば知るほど、なにも知らなかった自分をぶん殴りたくなる。

「……?」

 隣からの反応がない。リリィが不審に思って視線をやると、グラウは紺のような深い青の瞳をまあるくして彼女を見つめていた。

「なによ」

「いや……明日は槍が降るのかなって」

「ひどっ!」

 憤慨するリリィにグラウはくつくつと笑った。笑うと背中の傷に響くみたいで、たまに顔をしかめている。ただ、楽しそうに笑う彼をそれ以上怒れなくて、リリィは唇を盛大に尖らせるしかなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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