海デート
完結回です。
海当日。
東京から少し出て夏葉と日那は電車で海まで向かっている。
やがてビーチがある最寄り駅に到着した。
クーラーの効いた車内を出るとムワッとした熱気が満ちていた。
「うわぁ……」
「あっつ……」
日那と夏葉が気怠げに表情を変える。
「やっぱり家でゆっくりしてた方が良かったんじゃ……」
「ここまで来てそれを言っても仕方ないよ。それに少し我慢すればもうすぐ海だから」
怠そうに愚痴る日那に夏葉が言った。
「それもそうね」
夏葉の言葉に日那は頷く。
二人は駅を出て目的のビーチへと歩き出した。
しばらくしてビーチが見えてきた。そのまま二人は更衣室へ向かう。
更衣室へ入ると空いてるロッカーに荷物を預けて、夏葉と日那は水着を取り出す。
夏葉は白ビキニにパレオ巻いた水着、日那は意外と黒の無地のビキニで、夏葉よりも露出度が高い。
「いやでも意外だなぁ、日那がその水着選ぶなんて。なんでそれにしたの?」
「教えない」
「えー教えてよー」
「やだ」
「むー」
夏葉が不満気に頬を膨らましたかと思うと「はっ!」と何かに閃いたように目を瞠ってから、愉し気ににやにやした表情を浮かべた。
「それ!」
そして日那の水着のブラの上から両手でがしっ、と彼女の胸を掴み、そして、揉みしだいた。
「ちょっ!?」
「うれうれぇ!」
いきなり日那の胸を揉みだす夏葉に彼女は抗議の視線を送る。
「やめ……」
「それそれぇ!」
そして、夏葉が日那の胸の中心にある突き出した部分に触れた時だった。
「いい加減に、しなさい!」
がすっ!
日那の手刀が夏葉に炸裂した。
「痛っ!?」
「まったく……」
日那が夏葉に呆れて嘆息した。
夏葉と日那は海の家で借りた浮き輪に掴まって、何をするでもなくくつろいでいた。
海水は冷たすぎもせず、暑すぎもしない丁度いいものだった。
「気持ちいい~」
「ええ」
夏葉が気持ちよさげに言った。
日那がそんな夏葉を見ながら愉し気に微笑んだ。
「ん?」
その時日那は不意に身体を何かにつつかれたような感覚を覚えた。
「どしたの?」
「なにかに身体をつつかれたようなような気がして」
「魚じゃないの?」
「そうかも」
「痛みとかない?」
「そういうのは特に」
「一応確かめてあげる」
そう言って夏葉は日那の隣に来て、怪我がないか確かめるために水の中に潜った。そして見たのは魚が日那のビキニを加えて泳いでいるとこだった。
「日那、ヤバい! 水着が!」
「え?」
夏葉はそれだけ言うと直ぐに再び水中に潜った。
日那は言われて自分の水着を触ってみる。
無かった。そこにはあるはずの布地がなくなっており、素肌が晒されていた。
サーっと日那が顔を青くした。このままでは陸に上がれない。
夏葉は日那のビキニを加えて泳ぐ魚を追いかける。
なんとか追いつき、魚を捕まえて、日那のビキニを取り返した。
ちなみに魚はそれなりのサイズのイワシだった。
「ただいま」
ビキニを取り返してから夏葉は日那のところに戻ってきた。
「おかえり、どうだった?」
「無事取り返したよ」
「ありがと、助かったわ」
日那が安堵してお礼を言った。
夏葉は日那の後ろに立って、ビキニをつけてあげる。
「はい、オッケー」
ビキニを着け終ると夏葉は日那の背中を軽くぱんっと叩いた。
「っ!? ちょっと……」
軽い刺激に日那が抗議する。
「ごめん、痛かった?」
「そんなことないけど……まあ、いいわ、ありがとう」
「どういたしまして。ああ、それと―」
「なに?」
「捕まえた」
夏葉は捕まえたイワシを日那に見せた。
「良く捕まえられたわね……」
「運動神経はあるからね」
夏葉は自慢げに微笑んだ。
「これで今日の夕飯は刺身確定だね」
「私捌いたことないよ」
「あたしならできる」
「そうなの? なら任せた」
「まかされた!」
微笑みながら言う日那に、夏葉は元気よく答えた。
陸に上がると、夏葉は手際よく、イワシを血抜きして、内蔵を取り出し、洗ってから、袋に入れて、クーラーボックスに入れた。そして、魚が入った袋の上に持ってきた保冷剤を乗せる。こうすることで鮮度を保てるのと同時に寄生虫を殺すこともできる。
「これでよし」
「意外。こんな特技あったんだ」
付き合ってから二年以上経ってるのに日那は夏葉にこんな特技があるのは知らなかった。
「釣りとかも得意なの?」
「得意かどうかは微妙だけど、好きだよ」
「へえ」
「興味ある?」
「ちょっとは……」
日那は夏葉と一緒なら恐らくだいたいのものは楽しめると思ってる。
日那は虫が苦手ということもないので餌が触れないってこともないだろう。
「今度やりに行こうか」
「うん、楽しみにしてる」
パラソルの下、日那は一人で休憩していた。
夏葉は飲み物を買いに出ている。
すると、
「ねえねえ、君、一人なら俺たちと遊ばない?」
二人組の見るからにチャラそうな男が声をかけてきた。
「結構です」
日那は眉根を寄せて、めんどくさそうに断わる。
「そんなこと言わずにさあ、なら連れの子も一緒でいいからさ」
隣にいたもう片方のナンパ野郎が言った。
「ほら行こうぜ、向こうに涼しい場所あるんだよ」
「いやっ!」
ナンパ野郎が日那の腕を強引に引っ張る。そしてそのナンパ野郎の腕を誰かがつかんだ。
「あっ?」
ナンパ野郎が掴んだ主に視線を送る。
「他人の彼女になにしてんの?」
眉間を険しく歪めて睨む夏葉がいた。
「彼女? 女同士ってこと? なにそれ笑えるwww」
「女同士なんかより、男女の方が絶対いいって! なあ、あんたも一緒に俺たちと遊ぼうぜ」
ナンパ野郎どもがふざけたこと抜かして言う。
ただでさえ彼女にちょっかい出され不快感を露わにしていた夏葉の眉間が鬼のごとく険しくなる。
夏葉はナンパ野郎ども撃退しようと口を開こうとした。
だが日那の方が先に口を開いていた。
「仮にそうだったとして、自分の欲の為に、他人の関係や価値観を否定したり、差別したりする人と誰が関わりたいと思いますか?」
「は? 何キレてんの?」
「とにかくお前らなんかと遊ばないからどっか行ってくんない」
日那はナンパ野郎どもを鋭い目で睨みつけ、普段絶対使わないような攻撃的な言葉遣いで吐き捨てた。
「こいつ!」
ナンパ野郎が日那に殴りかかろうとした。
だが殴りかかろうとした男の顔面に夏葉の拳が突き刺さり、男は仰向けに後ろに倒れた。
「てめえ!」
それに気づいたもう一人のナンパ野郎が激昂して殴りかかろうとした。
「何してる!?」
だがビーチの男性監視員に見つかって男は拳をおさめざるを得なかった。
「ちっ」
男は舌打ちすると逃げていく。
仲間のナンパ野郎を置いて。
仲間を置いて逃げるとかクズである。
「あっ待て!」
監視員は追いかけようとするが、夏葉にパンチを喰らってノックダウンしてる男をこのままにしておくわけにもいかず、この場にとどまった。
「すまないけど、事情を聞いても?」
監視員の問いに夏葉は事の子細を説明した。
「なるほど、わかった。でもあんまりこれからは相手を刺激するよな言動は控えてね。危ないから」
『はい、すみません』
夏葉と日那二人揃って謝った。
ちなみに夏葉が相手をノックダウンさせたことに対しては、注意は受けたものの正当防衛ということでスルーしてくれた。
ノックダウンした男は男性監視員に肩に担がれて連行されていった。
ナンパ野郎がいなくなって、平和が戻り、夏葉と日那は再びパラソルの下で休んでいた。
「ごめんね、怖い思いさせて」
「ううん、助かったよ」
「それにしても、日那も意外な一面あるじゃん」
「なにが?」
「ナンパどもに普段使わない言葉遣いで吐き捨てたじゃん」
「え、噓?」
「気づいてなかったの?」
「さっきは夢中で何言ったか正直覚えてないんだよね」
「まじか」
愉し気に夏葉は笑みを浮かべた。
「そんなにいつもと違ったの?」
「結構攻撃的な言葉遣いだったよ」
「うそ……」
困った風に眉根を寄せて日那は言った。
「ほんと」
「夏葉の言葉遣いがうつったのかもね」
日那はいたずら気な表情で微笑んだ。
一緒に住んでるのだし、そういうこともあるだろう。
恋人と似てきてるような気がして日那は嬉しく思った。
「じゃあ、あたしも日那みたいに落ち着いた性格になるかな?」
「それは無理じゃない?」
「なんでよ」
「想像できない」
「確かに」
「自分で認めちゃうんだ(笑)」
「あたし自身想像できないしね」
日那の言葉に夏葉が答える。
「ねえ、日那」
夏葉が袋を手に取り、中身を出す。二本のビールだった。
夏葉が一本を日那に向ける。
「どう?」
「いいわね」
日那が夏葉からビールを受け取った。
受け取ったビールをお互い合わせる。
『乾杯!』
ハプニングもあったものの夏葉と日那二人の海デートは楽しくて、幸せな一日になった。