第8章 「蹴散らせ!空飛ぶ生首軍団」
かくして人類防衛機構と京洛牙城衆の非公式連合チームである私達四人と空飛ぶマネキンヘッド軍団との間に、戦いの幕が切って落とされたんだ。
LED街灯の無機質な光に照らされて襲い来る、忌まわしき闇の軍勢達。
表情を変えずに頭突きを仕掛けてくるマネキンヘッドの群れは、確かに薄気味悪かったよ。
だけど肝心の移動速度は高が知れていて、河川敷に設けられたグラウンドで草野球に興じる小学生ピッチャーが投げる硬球と良い勝負。
こんなスロー過ぎる標的なら、養成コースの訓練生でも楽に命中させられるよ。
「目標捕捉、撃ち方始め!」
夜の闇を切り裂きながら突進してくる標的を照準器に捉えれば、後はソイツ目掛けて静かにトリガーを引くだけ。
銃身が伝える確かな重量感と、引き金を引く時の静かな緊張感は、正にレーザーライフルを扱う防人の乙女としての醍醐味だよ。
「それっ!スッキリと風通しを良くしてあげるよ!」
空気が焼ける独特の芳香を伴って銃口から飛び出した真紅の光線は、色とりどりの髪を振り乱して頭突きを仕掛けてくるマネキンヘッドの群れの眉間へ次々と吸い込まれていったんだ。
「アハハハッ!御首級頂戴ってね!」
そして次の瞬間には、ソイツらは真っ逆様に地面へ墜落していったの。
黒く穿たれた銃創から、異臭を伴う細い白煙を上げながらね。
個人兵装に選んだレーザーライフルも私自身も、普段通りの良いコンディションだよ。
だけど絶好調なのは私だけじゃないよ。
京洛牙城衆の年若き戦巫女も、それは実に見事な戦いぶりだったんだ。
「この絹掛詩乃、若輩者ながら御相手致しましょう。」
物言わぬマネキンヘッドの群れが相手でも、詩乃ちゃんの礼儀正しさは普段と何も変わらなかったね。
「牙城流抜刀術の剣技、とくと御覧下さい。」
腰間に帯刀した業物に手をかけ、静かに鯉口を切る。
抜けば玉散る氷の刃が、目にも鮮やかだったよ。
「いざ、尋常に勝負!」
そしてそれからは、正に快刀乱麻を断つ勢いだったんだ。
「それっ!真っ向唐竹割り!続いて燕返し!」
鎬造りの太刀を一閃させれば、サッと戦場を舞うは一陣の刀風。
空飛ぶ生首の顔面に一筋の線が走った次の瞬間には、二つに割れて地面に転がり落ちてしまうんだもの。
「この絹掛詩乃、生首相手に遅れは取りません!」
詩乃ちゃんの太刀捌きも、こうして見ると大した物だよね。
腰に刺した業物を己の手足みたいに自由自在に操って、襲い来る生首をバサバサと斬り捨てているじゃない。
「それから逆風に刺突…ええい!もひとつオマケに左薙ぎ!」
抜き身の業物を振るう身体の動きから一テンポ遅れる形で黒い三つ編みや巫女装束が揺れる様が、何とも優雅で美しいよ。
あれで私より二学年も下なんだから、驚いちゃうよね。
こりゃ私も、ウカウカしていられないな。
だけど此度の戦闘で誰よりも輝いていたのは、長柄武具を扱う生駒家の双子姉妹だったよ。
「御油断召されるな、英里奈姉様!」
「心得ました、美里亜さん!」
預け合った背中越しに呼び掛け合う二人は、息もピッタリだね。
一卵性双生児の流石を感じちゃうよ。
「京洛牙城衆の生駒美里亜、推して参ります!」
「生駒英里奈少佐、参ります!」
菖蒲造り特有の反りが浅くて先幅の狭い刀身を美しく磨き上げた、静形の薙刀。
そして、エネルギーエッジを赤々と輝かせたレーザーランス。
生駒家の姉妹によって携えられた長柄武具の凛々しさたるや、傍から見ている私さえも惚れ惚れする程だね。
そして二人の戦いぶりも、それは見事な物だったんだ。
「はあああっ!」
「たあっ!」
裂帛の叫びを上げて戦場に踏み出したのは、ほとんど同じタイミングだった。
同じ血と遺伝子を持つ者の為せる業だね。
そして繰り出される技の冴えも、本当に素晴らしかったよ。
双子の妹の目があるのも手伝ってか、英里奈ちゃんったら普段よりも張り切っているじゃないの。
「レーザーランス、千本突!」
気品あるソプラノボイスの気合と共に繰り出されたレーザーランスが、真紅に輝くエネルギーエッジでマネキンヘッドを次々に貫いていく。
白い柄が霞んで残像になる程の猛スピードで繰り出される連続突きは、その豪快さとは裏腹に精妙巧緻を極めていて、狙った獲物を決して討ち漏らさないんだ。
それでこそ、人類防衛機構の誇る防人乙女だよ。
そんな英里奈ちゃんの槍捌きは目にも鮮やかだけど、双子の妹である美里亜ちゃんの薙刀術も、それは見事な物なんだよ。
「牙城流薙刀術、地獄車の乱!」
磨き上げられた薙刀の穂先がダイナミックな軌跡を描き、迫り来る敵の群れをバッサリと薙ぎ払っていく。
風を切る音すらも、小気味良くて心地良い。
そして何より、戦いの中にあっても優美で気品に満ちていたね。
義経公の愛妾として名高い静御前が振るった薙刀も、きっとこんな風だったんだろうな。
「御見事ですよ、美里亜さん!」
「姉様こそ、流石は人類防衛機構の少佐殿ですわね!」
各々の得物を手足のように自在に操る、生駒家の双子姉妹。
長柄武具を軽々と振るう凛々しき姿には、乱世の時代を猛々しく駆け抜けた戦国武将の血脈が感じられたよ。
そうして四人で力を合わせて戦う事、おおよそ一分程度。
私達は一人の負傷者も出す事なく、この戦場を制圧しつつあったの。
「やるじゃない、詩乃ちゃん!それでこそ京洛牙城衆の戦巫女…「若輩者」なんて謙遜し過ぎだよ。」
「吹田千里准佐こそ、御見事ですよ!百発百中じゃないですか!」
私の称賛に応じる声に、息の上がっている様子は微塵も感じられない。
詩乃ちゃんの戦闘センスには、京洛牙城衆の流石を感じちゃうよ。
「あんまり絹掛さんを甘やかさないで下さいませ、吹田千里准佐。分不相応な慢心は、成長の妨げになって仕舞いますわ。」
「まあまあ、美里亜さん。誉め時は誉め、叱る時は叱る。それが健全な在り方と存じ上げますよ。」
生駒姉妹も良い感じだね。
レーザーランスと薙刀が敵を討つ時の音が、聞いていて実に心地良いよ。
そんな絶好調な私達とは対照的に、空飛ぶマネキン軍団は殆ど総崩れになっていたんだ。
LED街灯の無機質な光に照らされる路面には、徹底的に破壊されたカットマネキンの残骸がゴロゴロと転がっていたの。
その無残でありながらも哀愁を帯びた有り様は、晩秋の公園の片隅に積もる落ち葉のようだったんだ。
だけど見栄えと始末の悪さでは、カットマネキンの方が数段上だったね。
何しろカットマネキンは、土に還ってはくれないんだから!




