第7章 「飛頭蛮はシリコン製?闇を舞うカットマネキン」
そんな和気藹々としたお気楽ムードも、そう長くは続かなかったね。
「あっ!皆さん、あれは何でしょう!?」
即座に真顔に転じた詩乃ちゃんの指差す先に視線を向けると、茂みの辺りで白くて丸い風船みたいな物がフワフワと漂っていたんだ。
よく見ると、その白い風船みたいな物体には長い頭髪みたいな物が生えているじゃないの。
「うげっ!気持ち悪いなぁ…」
レーザーライフルのスコープで覗いてみて、思わず後悔しちゃったよ。
夜の闇を漂う白い物体には、髪の毛ばかりか目鼻も口もあったんだから。
「美里亜さん…あれが浮遊する生首なのでしょうか?」
「恐らくは…参りましょう、英里奈姉様!」
そうして阿吽の呼吸でレーザーランスと薙刀を構える様は、正しく双子の戦闘乙女だね。
二振りの長物の穂先がLED街灯の光を反射して輝く様は、実に頼もしいよ。
さっきまで口喧嘩をしていたのが噓みたいだね。
「この絹掛詩乃、若輩者ながらも頑張りますよ!」
腰間に差した太刀へ手を掛けた詩乃ちゃんも、闘志満々だね。
流石は若き戦巫女って感じかな。
「こちらは吹田千里准佐であります!居酒屋からの帰りに友人宅を訪問しようとした所、生首型の未確認浮遊物体を発見!至急、応援を要請します!場所は堺市中区百舌鳥梅町…」
そして私こと吹田千里准佐はというと、走って現場に向かいながら支局のオペレータールームに応援を要請していたんだ。
それにしても、軍用スマホを耳に当てながら小走りだなんて締まらないなあ。
これじゃまるで、通勤中の中年サラリーマンみたいじゃない。
とはいえ准佐の私は、英里奈ちゃんの部下に当たる訳だからね。
敬愛する上官殿の手を煩わせるだなんて、忠誠心溢れる部下としては気が引けちゃうよ。
支局への応援要請を済ませた私が他の三人より数テンポ遅れて現場に駆けつけると、そこでは何とも現実離れした光景が展開されていたんだ。
幾つもの白い生首が、まるで鬼火か人魂みたいにフワフワとゴミ捨て場の辺りを飛び回っている。
それも御河童とか島田髷みたいな日本的な髪型だけじゃなかったんだよ。
前髪の所々に赤いメッシュを施したウェーブヘアーに黒髪のベリーショート、それに金髪のモヒカンスタイル。
髪型も髪色も多種多様な生首が、縦横無尽に飛び交っていたの。
「うわぁ…何かイヤだなぁ…」
その中でも特に私の心を掻き乱したのは、長い黒髪を私と同じツインテールに結っている生首だったんだよ。
長さも太さも私の方が勝っているけど、空飛ぶ生首とヘアスタイルが被っちゃうのは勘弁願いたいなぁ。
これだとまるで、自分のドッペルゲンガーが身体を置き忘れて来たみたいだよ。
「おかしい…これはちょっと、変ですよ!」
詩乃ちゃんったら随分と余裕だよね。
そんな分かり切った事、何も今更になって騒がなくったっていいじゃない。
夜の帳が下りた町を、フワフワと自由自在に飛び回るカットマネキンの生首。
これを変と呼ばなくて、果たして何と呼べばいいのかな。
自分と同じ三つ編みヘアーの生首がいなかったからって、それはちょっとばかしお気楽過ぎるんじゃないの?
だけどそれは、浅はかな私の早合点だったみたい。
詩乃ちゃんの叫び声には、それ相応の根拠があったんだ。
「この生首達、まるで生気が感じられないですし、さっきから表情も全然変わりません…みんな作り物みたいです!」
詩乃ちゃんに促されるようにして注見してみたら、確かに空飛ぶ生首達の顔は整っている割にはノッペリしているし、肌の光沢も人間のそれとは全く異なっていたんだ。
だけどこの感じ、何処かで見覚えがあるんだよね…
「あっ!これって美容師さんが練習に使うカットマネキンじゃない!」
独特の光沢を帯びた肌も、カラフルで前衛的なヘアスタイルも、シリコン製のカットマネキンなら納得だね。
古人曰く、幽霊の正体見たり枯れ尾花。
正体が分かっちゃえば、オカルト現象の持つ凄味も半減だよ。
「あれっ…?だけど、何でマネキンヘッドが…」
とはいえ正体が作り物と分かったのも束の間、今度はカットマネキンが人魂よろしく空を舞う謎にぶち当たっちゃったんだよね。
謎が解決したと思ったら、また新しい謎が立ち塞がってくる。
これぞ正しく、一難去ってまた一難だね。
オカルト絡みの案件って、これだから厄介なんだよ。
「本来は美容専門学校か何処かで用いられていた、至って普通のカットマネキンだったのでしょう。それが用済みになって破棄されていた所に、周囲を彷徨っていた低級霊が取り憑いた…大方、そのような筋書きで御座いますね。」
一分の隙もなく薙刀を構えた美里亜ちゃんの講釈によると、どうやら付喪神ともポルターガイスト現象とも違うみたいだね。
成仏出来ずに現世を彷徨える低級霊としても、同じ取り憑くなら人間の形をした物の方が好都合なのかな。
たとえそれが、生首だけだったとしても。
まあ、理由はどうあれ敵は敵。
私達の前に立ち塞がって来るというのなら、完膚無きまで倒きのめすまでだよ!