第6章 「一卵性双生児のひと悶着」
こうして何事もなく合流した私達は、美里亜ちゃんが危惧しているという怪現象の実地検証に早速取り掛かったんだ。
美里亜ちゃんが実地検証を予定している堺市中区は、京花ちゃんやマリナちゃんの実家からも近いのが好都合だったね。
私達だけじゃ手に余る案件だった場合は、二人に応援を要請する事だって出来る訳だし。
二人にも話はつけておいたから、今頃は私達の連絡を待ちながら実家で晩酌しているんだよ。
「分社である堺県牙城大社に入った情報なのですが、主に堺県立大生の間で新手の都市伝説が流行しているそうなのです。」
今回の合同実地検証に至った経緯を切り出しながら、牙城大社の次期大巫女候補は侍らせた部下から薙刀を受け取ったんだ。
帆布製の袋から取り出した薙刀をサッと差し出す詩乃ちゃんも、それを悠然と受け取る美里亜ちゃんも、至って自然な動きだったの。
当人は「護衛兼荷物持ち」と言っていたけれど、こうして見ると詩乃ちゃんは美里亜ちゃんの槍持ち奴か小姓といった感じかな。
それにしても美里亜ちゃんって、一挙手一投足に風格と貫禄があるよね。
私や英里奈ちゃんと同じ高校一年生だとは、ちょっと思えないよ。
それもこれも、帝王学教育の賜物と次期大巫女としての責任感の表れかな。
信長公に仕えた戦国武将である生駒家宗公の血統は、むしろ美里亜ちゃんの方に色濃く受け継がれているのかも知れないね。
そんな私の物思いを知ってか知らずか、牙城大社次期大巫女の座を約束された少女は、驚くべき一言を口にしたんだ。
「噂によりますと、学生街の外れやゴミ捨て場等で夜な夜な生首が浮遊しているのだとか…」
「空飛ぶ生首…!」
薙刀を肩掛けしながら歩みを進める美里亜ちゃんの言葉に、思わず大きな声を出しちゃったよ。
少し前に県立大に留学している台湾人のお姉さんと銀座通り商店街の居酒屋で隣同士の席になったんだけど、そのお姉さんが留学生仲間から聞いたって話にソックリだったんだ。
とはいえあの留学生のお姉さんったら、一緒に飲んでいたゼミ友の女子大生に窘められる程に酔っていたからね。
だから私としては、「酔って気が大きくなった勢いで、話を盛っているんじゃないかな…」って考えもも浮かんじゃうんだよ。
念のため、支局のデータベースにメールで報告はしておいたよ。
だけどこの一件に関連する民間人からの被害報告も無ければ、同地域のパトロールを担当した機動隊の子達からの異常報告も無かったから、それっきり私はスッカリ忘れちゃってたんだよね。
別に民間人のお姉さんの発言を軽視した訳じゃないけど、特に事件性が見い出せない以上、私としても深追いする訳にはいかなかったんだ。
何しろここ最近は、アメリカ産特定外来生物の肉食モスマンが起こした児童捕食未遂事件だとか、第二次世界大戦中のナチスが残した軍用サイボーグとの戦闘とかで、とにかく忙しかったからね。
そんな私の顔を、興味津々と覗き込んでくる人影があったんだ。
「おっ!如何なされましたか、吹田千里准佐?何か心当たりでも?」
「えっ?ああ、その…」
いきなり詩乃ちゃんに問い掛けられたから、シドロモドロになっちゃったよ。
思った事がすぐに顔や態度に出ちゃうんだね、私ったら。
「あんまり人類防衛機構の方々を困らせてはいけませんよ、絹掛さん。」
そんな私に助け舟を出してくれたのは、ライトブラウンのストレートロングヘアーを夜風に颯爽と靡かせた、牙城大社の次期大巫女候補だったんだ。
「特命遊撃士を始めとする人類防衛機構の皆様は、警察官や自衛官と同じ公安職の公務員なのですからね。守秘義務の徹底は公務員の大原則。正式な業務提携ならば話は別で御座いますが、今回の実地検証はあくまでも非公式の物である事を忘れてはなりませんよ。」
「も…申し訳御座いません、美里亜御嬢様…」
美里亜ちゃんに御説教されて、詩乃ちゃんったらスッカリ悄気げちゃったね。
まるで青菜に塩だよ。
「素直に頭を下げられる所は貴女の良い所ですよ、絹掛さん。その長所は活かしつつ、今後は口を滑らせないように心掛けましょうね。」
「以後気を付けます、美里亜御嬢様…」
古人曰く、実るほど頭を垂れる稲穂かな。
詩乃ちゃんの謙虚で素直な姿勢は、私も見習わなくちゃね。
そんな具合に双子の妹が理詰めで部下を窘める姿を、英里奈ちゃんは妙に懐かしそうに眺めていたんだ。
「ん?どうしたの、英里奈ちゃん?何か良い事でもあったのかな。」
「ええ、千里さん。こうして絹掛さんを御叱りになる美里亜さんの御顔が、幼少時の私を御叱りになる時の御母様に瓜二つで御座いまして…」
そう言えば英里奈ちゃんには、華族の跡取り娘として御両親や使用人の人達に厳しく躾けられたという苦い思い出があるんだよね。
お母さんである真弓さんからの叱責は、特に頻度が多くて手厳しかったみたい。
だけど英里奈ちゃんの端正で上品な横顔には、過去のトラウマに懊悩する重苦しさは感じられなかったの。
その普段と変わらない穏やかな口調には、幼少時の苦い経験を「過去の思い出」として客観視する余裕さえ感じられたんだ。
どうやら英里奈ちゃんの中では、過去の苦い経験とはキチンと折り合いがつけられたみたいだね。
親友である私としても喜ばしい限りだよ。
「離れて暮らしていても、血は争えない。そう考えますと、不思議な物で御座いますね。」
「もう…可笑しな事を仰らないで下さいませ、英里奈姉様!こちらには、絹掛さんや吹田千里准佐の目も御座いますのよ!」
身内をネタにして軽口を叩く英里奈ちゃんと、それに思いっ切りムキになってしまう美里亜ちゃん。
こういう遣り取りが出来るのも、血を分けた姉妹ならではだよね。
「そもそも英里奈姉様は、御実家の方々からの御叱責で御困りだったと聞き及んでおりますわ。御幼少の砌など、些細な姿勢の乱れでさえも手厳しく叱責されたとか…それを姉様が御自ら、冗談として御話になるだなんて…」
「まあまあ、美里亜さん。そう興奮なさらずに…」
それにしても、同じ顔をした者同士で冗談混じりに言い争っているのは、何とも面白い光景だよ。
だけど、こんな事を言っちゃったら美里亜ちゃんに怒られちゃうんだろうな。
きっと、「これは私共の家庭内の御話ですわ!」って言われちゃうよ。