第5章 「御神酒を売り込む少女巫女」
※ 挿絵の画像を作成する際には、こんぺいとう**様の「こんぺいとう**メーカー」を使用させて頂きました。
そして牙城大社の巫女として嵐山からやって来たのは、美里亜ちゃん以外にもう一人いたんだ。
「英里奈御嬢様、吹田千里准佐!本日は宜しくお願い致します!」
次期大巫女とは良い意味で対照的な明るい口調で一礼したのは、美里亜ちゃんの三歩後ろに控えていた黒い三つ編みヘアーの女の子だったの。
美里亜ちゃんと同様に白い着物と赤い袴を纏ってはいたけれども、あどけない顔立ちと幼さの残る体付きを考慮すると、御歳一六歳の美里亜ちゃんよりは少し年下かな。
いやいや、それはどうだろう?
明朗快活な口調は親しみやすいけど、礼儀作法はキチンとしているし、身のこなしや足捌きにも隙がないよね。
堺県立御子柴高校一年生の私だって、事ある毎に中学生に間違えられているんだもの。
意外と詩乃ちゃんも、私達と同学年なのかも…
「私、京洛牙城衆の戦巫女にして牙城門学園中等部二年二組の絹掛詩乃と申します。此度は美里亜御嬢様の護衛兼荷物持ちとして、この堺県堺市へ参りました。」
トホホ、どうやら私の見込み違いだったみたい…
健康的な中学二年生として、詩乃ちゃんは年相応の身体的な成長を果たしていたって訳だね。
要するに、童顔でも何でもなかったんだ。
だけど京洛牙城衆の女子戦闘員である戦巫女だったら、隙のない一挙手一投足やキチンとした礼儀作法も納得だよ。
巫女装束である白い着物の下には、美里亜ちゃんと同じように鎖帷子を着込んでいるみたいだし、帆布製の薙刀袋を携えているだけではなく、赤い袴の腰間に日本刀まで差しているからね。
まあ、自己紹介の時に言っていた「荷物持ち」という一言から察するに、あの薙刀は主人である美里亜ちゃんの得物なんだろうな。
そしてあくまでも私の見立てだけど、詩乃ちゃん自身は腰間の日本刀を扱うんだろうね。
剣術指南所の長女にして業物使いである淡路かおる少佐と引き合わせたら、意外と剣術談義で話が弾むんじゃないかな。
「まだまだ若輩者の私では御座いますが、人類防衛機構の皆様方と御一緒出来て光栄で御座います!」
「こちらこそよろしく、詩乃ちゃん!」
だけど詩乃ちゃんの持つ朗らかで快活な気質や屈託の無い気さくな雰囲気は、誰にとっても親しみやすい物だと思うんだよね。
私が握手のために差し出した右手を至って自然に取ってくれた所からも、その人柄の良さと素直さは伝わってきたよ。
こうして京洛牙城衆の人達と顔合わせした以上、やっぱり御神酒の事には触れておいた方が良いんだろうな。
何しろ神社で醸造している御神酒って、なかなか貴重だからね。
昔は何処の神社でも自前で御神酒を作っていたらしいんだけど、明治時代に酒税法が制定されてからは醸造免許が必要になっちゃったんだ。
そう言えば島根の出雲大社と三重の伊勢神宮も、牙城大社と同じように清酒の醸造免許を取得されているんだよね。
「大社の人達が醸造した純米酒の御神酒、美味しかったよ。癖も無くて呑みやすいから、冷でも熱燗でもグイグイといけちゃいそうだね。」
「そうでしたか!御口に合ったようで何よりですよ、吹田千里准佐。」
詩乃ちゃんったら、まるで我が事のように喜んでいるよ。
もしかしたら大社の酒蔵で蔵人をされている方が、御家族にいらっしゃるのかも知れないね。
「厄除け用にと御送りした御神酒は普通の純米酒で御座いますが、御祝い事の御席にも最適な純米大吟醸の御神酒も御座いましてね。御正月の御節料理の御供にされている氏子の方々も多いそうですよ。勿論、私の実家もその一つです。」
詩乃ちゃんって、本当に商売上手だよね。
まるで立て板に水じゃないの。
この流れだと、正月用に純米大吟醸の御神酒を買っちゃいそうだよ。
まあ、懐具合と値段次第では一升瓶で買ってあげても良いかもね。
だけどこれだけ熱心に薦めてくるのなら、詩乃ちゃん自身の感想も聞きたいな。
「あっ!そういえばさ、詩乃ちゃん。例の御神酒だけど、やっぱり詩乃ちゃんも晩酌とかで呑んでるの?」
「いえいえ、私も美里亜御嬢様も未成年ですからね。神事でもないのに御神酒なんか呑んだら、大問題になっちゃいますよ。今の所は、御神酒の酒粕で作った甘酒や奈良漬けで我慢ですね。」
ああ、そうだったね。
京洛牙城衆に所属する美里亜ちゃんと詩乃ちゃんは、特命遊撃士である私や英里奈ちゃんとは違って普通の未成年として扱われるんだ。
そして当然の如く、部分的成人擬制も適応外。
大っぴらに御酒なんて呑んだら、洒落にならないよ。
特命遊撃士として義務教育の頃から御酒を呑んでいると、その感覚が普通になっちゃうんだよなぁ。
それで民間人だった頃の感覚に疎くなっちゃうの。
言うなれば「人類防衛機構の常識、世間の非常識」って感じかな。