第4章 「京洛牙城衆、堺県堺市中区へ立つ」
※ 挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
支局の地下食堂で英里奈ちゃんの申し出に応じてから、数日後の週末。
京洛牙城衆の人達との合同実地検証は夜中に実行することになったから、私と英里奈ちゃんの二人は学生街の居酒屋で時間を潰す事にしたんだ。
‐上官である生駒英里奈少佐に誘われて御酒を飲んだ帰りに、生駒英里奈少佐の妹さんと合流してお喋りしながら次の店を探していたら、たまたま怪事件に遭遇したので応戦した。
筋書きとしては、大体こんな感じだね。
今回の実地検証が非公式である以上、どうしても建前上の理由は必要なんだよ。
「美里亜さん、昨日は久々に御母様と文楽を御覧になったそうで御座います。御二人御揃いで『曾根崎心中』に涙されたそうで…」
「そう言えば、英里奈ちゃんと美里亜ちゃんの御母さんって船場の御嬢様なんだよね。日本橋にある国立文楽劇場で、若い頃から浄瑠璃に慣れ親しんだんだろうね。」
髪の揺れを最小限に抑えた上品な足取りで歩みを進める英里奈ちゃんに頷きながら、私は一合紙パックの日本酒をストローで吸い上げたの。
厄除けという名目で英里奈ちゃんから貰った紙パックの日本酒は、牙城大社の御神酒なんだ。
牙城大社は自前の酒蔵も持っているから、巫女さんや氏子さんで御神酒を醸造出来るんだよ。
御神酒として御祓いされた日本酒を飲めば悪霊から祟られにくくなるし、危険な霊的存在に向けた攻撃も急所に当たりやすくなるからね。
京洛牙城衆の戦巫女を始めとする霊能力者の人達は、こうしたドーピング紛いの真似をしなくて済むから便利だよね。
とはいえ霊能力者の人達にはサイフォースも無いしナノマシンによる生体改造措置もないから、身体的には生身の人間と変わらないんだよね。
だから、悪霊を始めとする超自然的存在には霊能力者の人達が、特定外来生物やサイボーグ怪人といった連中には私達が対処するのが、適材適所って感じかな。
そういう訳で、待ち合わせ場所に指定された南海高野線白鷺駅前のロータリーで落ち合った頃には、すっかり夜の帳が下りていたんだ。
美里亜ちゃん達の宿泊先である堺県牙城大社の参集殿が寄越してきた自家用車は、一目でそれと分かったよ。
何しろ、如何にも高級そうな黒塗りの外国車だからね。
きっと氏子さん達からの奉納金とか会社関連の祭祀とかで、しっかりと儲けているんだろうなぁ。
「御久し振りです、美里亜さん。今年の夏に槍術の手合わせを御快諾頂き、有り難う御座います。御蔭様で、一層に技を磨く事が出来ましたよ。」
「御久しゅう御座います、英里奈姉様。御元気そうで何よりで御座いますわ。また何時でも、嵐山へ御越し下さいませ。」
後部座席から静かに降り立った巫女装束の人影は、到着を出迎えた英里奈ちゃんに気品高い微笑で応じたんだ。
腰まで伸ばされた癖のないライトブラウンのストレートヘアに、幼くも気品のある細面の美貌。
背格好から顔の造作に至るまで英里奈ちゃんに瓜二つだったのは、一卵性双生児の流石を感じちゃうね。
この何から何まで英里奈ちゃんにそっくりな巫女装束の女の子こそ、京都市嵐山の分家へ養女に出された生駒家の次女にして、牙城大社次期大巫女の座を約束された生駒美里亜ちゃんだよ。
「それに吹田千里准佐におかれましても、御健勝で何よりで御座います。日頃は姉と懇意にして頂き、恐悦至極で御座います。」
「アハハ…いやはや、どうも…こちらこそ、英里奈ちゃんには御世話になっていますよ。」
確固たる自信に裏打ちされた上品な会釈は、実に堂々としているね。
頭を下げられた私の方が、コッチコチになっちゃったよ。
さっき私は英里奈ちゃんと美里亜ちゃんの事を「何から何までそっくり」って言ったけど、これは流石に言葉の綾だよ。
もしも英里奈ちゃんと美里亜ちゃんの二人が、アメリカ人作家のマーク・トウェインが記した「放浪の王子」って児童文学みたいに遊撃服と巫女装束を取り替えたとしても、物の数分も経たないうちに入れ替わりがバレちゃうだろうな。
幾ら顔の造作や背格好が瓜二つでも、内側から滲み出て来る気質がまるで違うんだもの。
やや内気で気弱な所のある英里奈ちゃんに比べると、美里亜ちゃんの気品ある美貌には誇り高くて堂々とした自信がうかがえたし、そして何より一挙手一投足に能や雅楽の舞いを彷彿とさせる風格が感じられたんだ。
そんな和の気品に満ちた雅やかな所作を眺めていると、歴史ある寺社仏閣が軒を並べる京都の落ち着いた佇まいが浮かんでくるようだよ。
これぞ正しく、牙城大社次期大巫女候補の風格だね。