第3章 「西の大地で蠢く怪異 堺と大阪で何が起きている?」
挿絵の画像を作成する際には、「Gemini AI」を使用させて頂きました。
堺県第二支局所属の特命遊撃士である私達が、珪素戦争時代の大日本帝国陸軍女子特務戦隊に扮して堺まつりの大パレードで観閲行進を披露する。
こうした流れになったのには、ちょっと込み入った事情があるんだよね。
そのキッカケは今を去る事半月前。
朝夕の風にも秋らしさを感じられるようになってきた、十月初頭の事だったの。
普段の出勤日と同じように堺県第二支局へ登庁した私は、これまた普段通りの軍事訓練とデスクワークとを恙無くこなした後、同期の友達と一緒に地下食堂でランチと洒落込んでいたんだ。
「うん、良いね!ビールと最後まで迷ったけど、今日はサワーの気分なんだよ…」
日替わりランチの北海道風ザンギ定食はカラッと揚げられていてジューシーだから、飲み物として頼んたライムサワーが殊更に爽やかに感じられたね。
「あっ…あの、千里さん…実は折り入って、千里さんに御願い致したい事が御座いまして…」
「水臭いなあ、英里奈ちゃんは。私達の仲じゃない!同じ元化二十二年度正式配属の特命遊撃士として、そして何より小六からの友達として、何でも気軽に相談してよ。少し切り出しにくい相談なら、そこのスパーリングワインを景気付けにキュッとやっちゃえばいいじゃない!」
そう言いながら私はライムサワーを流し込み、柑橘系の爽やかな酸味と炭酸の泡が弾ける快感を心行くまで満喫したんだ。
人類防衛機構に所属する特命遊撃士の私達には部分的成人擬制が適用されるから、未成年でも飲酒が認められているんだよ。
何しろ私達に静脈投与された生体強化ナノマシンは、アルコールで活性化してダメージや疲労の回復を早めてくれる性質があるからね。
言うなれば、公安職の公務員として危険な軍務に従事する私達に認められた細やかな役得って感じかな。
「は、はぁ…実は、京都の分家へ養女に出された妹が、学校の創立記念日と土日を利用して此方へ戻って来る事に相成ったのですが…」
「へえ…美里亜ちゃん、こっちに里帰りに来るんだ。良い機会だし、姉妹水入らずでゆっくりしたら良いじゃない。」
この「京都の分家へ養女に出された妹」というのは、英里奈ちゃんの一卵性双生児である生駒美里亜ちゃんの事なんだ。
英里奈ちゃんの御実家である生駒家には、京都の嵐山に本社を構える牙城大社の宮司と大巫女を代々御務めの分家の一族がいらっしゃるんだけど、この分家さんには運悪く次期大巫女となるべき女の子が生まれなかったんだよ。
そこで英里奈ちゃんの双子の妹である美里亜ちゃんが、次期大巫女候補として養女に引き取られたって訳。
そうして別々の人生を歩む事になった生駒家の双子姉妹だけど、大きな確執もなく円満な関係性を築けているのは良い事だよね。
今年の五月にだって、英里奈ちゃんは美里亜ちゃんのお誘いで二条城で開催された茶席に参加したみたいだし。
だけど単なる妹の里帰りなら、わざわざ私に相談を持ち掛けはしないよね。
「それが美里亜さんの御話では、ゆっくりもしていられないようで御座います…」
戦国武将の血脈を現代に受け継ぐ華族令嬢の端正な美貌には、重苦しい影が下りていたの。
英里奈ちゃんの話によると、事の起こりは親戚の男の子の身に降りかかった心霊現象にあるんだって。
先月の話だけど、大阪の船場に住んでいる従弟が霊障に悩まされていたので、美里亜ちゃんが様子を見に行ったの。
何しろ牙城大社は霊能力者で構成された自警組織である京洛牙城衆の本拠地で、そこの次期大巫女として修行を積んでいる美里亜ちゃん自身も優秀な霊能力者だからね。
幸いにして、従弟さんの霊障は大した事はなかったんだ。
そもそも従弟さんの遭遇した心霊現象にしても、組み立てられずに箱のままで埃を被っていたプラモデル達に祟られただけなんだから。
だけど、大阪を訪れた美里亜ちゃんは良からぬ胸騒ぎを感じたんだって。
「以前に船場を訪れた際には、そのような胸騒ぎは感じられなかったそうで御座います…」
そこで美里亜ちゃんは「堺県内でも同様の異変があるのではないか?」と考えて、御忍びで実地検証を行おうと思い立ったんだ。
「とはいえ此度の実地検証は、あくまでも非公式。その為、大規模な人員を動員する事は困難で御座います。」
不確かな情報で無暗に人を動かすのは躊躇われるって事だね。
人の上に立つ者として、それは人情だろうな。
「そこで千里さんには、私と共に美里亜さんの護衛を担当して頂きたいのです。」
「よし来た!そういう事なら引き受けたよ。大船に乗ったつもりで任せてちょうだい!」
私の快諾を安請け合いだなんて言わないでよ。
何しろ、脳松果体の発達で覚醒させた特殊能力サイフォースと静脈から投与された生体強化ナノマシンによって超人的な運動能力と耐久力を手に入れた私達とは違い、霊能力者の身体は基本的には生身の人間と同じだからね。
戦巫女を始めとする京洛牙城衆の人達だって忍術や古武道に長けているけれども、やっぱり備えあれば憂い無しだよ。
こうした経緯から、私と英里奈ちゃんは京洛牙城衆との共同で怪現象の実地検証に携わる事になったんだ。