第13章 「巫女神楽の鈴よ、市民交流広場に鳴り響け」
そんな私の思考は、切羽詰まった英里奈ちゃんの呼び掛けによって現実に引き戻されたんだ。
「あっ…あの、皆さん…美里亜さん達が出演される巫女神楽を御覧になるのでしたら、そろそろ御急ぎになられた方が宜しいかと…」
「あっ!いっけない!」
英里奈ちゃんの一言で、やっと思い出したよ。
美里亜ちゃんの計らいで、今回の堺まつりでは牙城大社の巫女さん達による巫女神楽も演じられる事になったんだ。
それも全ては、堺県第二支局管轄地域における霊的エネルギーの回復を少しでも早めるためだね。
急遽プログラムに捩じ込まれた演目だから、危うく忘れちゃう所だったよ。
堺県庁前に公共スペースとして設けられた、市民交流広場「Minaさかい」。
特設ステージの設営された本会場に私達四人が到着した頃には、巫女神楽の前に開催されていたイベントが終わる所だったの。
「堺すずめ踊り保存会の皆様、有り難う御座いました。それでは続きまして、堺県牙城大社の皆様方による巫女神楽の奉納で御座います。うら若い巫女の皆様方が演じられる優美にして雅やかな巫女神楽、皆様どうぞ御覧下さいませ!」
司会を務める地元ラジオ局所属の女子アナさんの紹介に被さる形で、荘厳な神楽の調べが聞こえてくるよ。
篳篥や箏が奏でる雅やかな音色に合わせてステージに現れたのは、霊能力者としての側面も併せ持つ牙城大社の巫女達だ。
金色に輝く神楽鈴と扇が、目にも鮮やかだったよ。
「今回は堺県牙城大社の皆様方は勿論の事、京都市嵐山の牙城大社本社の方々も巫女神楽に御参加頂けました。」
そして女子アナさんのアナウンス通り、その中には美里亜ちゃんと詩乃ちゃんの二人も混ざっていたの。
花のあしらわれた金色の前天冠を頭に頂き、白衣と緋袴の上から白い千早を纏ってね。
私達とも面識のある京都在住の少女達が披露した、巫女としての正装姿。
それは思わず唖然となる程に美しく、そして雅やかだったんだ。
「ね…ねえ、英里奈ちゃん…あの二人って、本当に美里亜ちゃんと詩乃ちゃんなのかな?何だか雰囲気が違っちゃってるんだけど…」
「ええ…勿論ですよ、千里さん。正真正銘、私の血を分けた双子の妹で御座います。」
戸惑う私の口調とは対照的に、英里奈ちゃんのキッパリとした返答は自信に満ちた物だったの。
双子の姉である英里奈ちゃんは、美里亜ちゃんの巫女としての側面もよく知っているんだろうな。
内気で気弱な所の目立つ英里奈ちゃんだけど、お姉さんらしい所もキチンと備えているんだね。
私にとって今回の堺まつりは、親しい友達の色んな側面を垣間見る良い機会になったよ。
御祭りを始めとする地域のイベントや催し事には、普段は表に出していない意外な一面や素顔を解放する機会という側面もあるんだね。
それにしても、さっきから御神酒の振る舞いコーナーが騒々しいような…
「うん!一通り呑み比べてみたけど、やっぱり純米大吟醸の御神酒が一番かな。すみません、この際だから二合瓶で御願いします!」
「有難う御座います。お酒、御強いんですね?」
チラッと見てみたら、眼鏡を掛けた黒髪ロングのお姉さんが御神酒をグイグイとお代わりしてるじゃないの。
そのあまりの飲みっぷりの良さに、振る舞いコーナーの巫女さんも苦笑しているじゃない。
だけどあの人、どっかで見た事あるんだよね。
まるでグラビアアイドルみたいなプロポーションの良さもそうだけど、側頭部にシニヨンみたいな御団子を作ったストレートヘアーや独特の訛りは、見覚えと聞き覚えがあるんだよね…
「流石に呑み過ぎだよ、美竜さん!一人で御神酒を全部吞んじゃう気?」
「そんな事ないって!ちゃんと蒲生さんにも分けてあげるから。紙コップを出したら注いであげるよ。確か蒲生さん、まだ大吟醸の方は呑んでないよね?丹念に精米された純米大吟醸の味たるや、芸術品のような奥深さだよ。」
ああ、そっか!
こないだ堺銀座の居酒屋で都市伝説の事を話してくれた、女子大生のお姉さん達じゃない。
確か、さっきからガブガブ呑んでる黒髪ロングの人は台湾人の留学生で、その鯨飲振りを窘めた茶髪ボブのお姉さんは日本人のはずだよ。
この遣り取り、完全にあの日の夜の再現じゃない!
「美竜さんったら、さっきから巫女神楽そっちのけでガブガブやってるじゃない。これじゃ何しに堺まつりへ来たんだか…」
「気にしない、気にしない!あのね、蒲生さん。みんなで御酒を吞んで仲良しになるのも、御祭りの大切な役目なんだよ。遠慮せずにパーッと楽しまなきゃ!」
とは言え私も、この点については留学生のお姉さんに同感だね。
楽しく羽目を外して日頃の疲れやストレスをリフレッシュしたり、参加した友達や仲間同士で仲良くなるのも、確かに御祭りやイベントの大切な役割だよ。
勿論、人様に迷惑を掛けない事が大前提だけど。
「お祭りと言えばさ、美竜さん。今度の学祭の漫才コンテストでやる三国志漫才だけど、御手玉の所はナイフジャグリングの方が良さそうな気がするんだよね。」
「ああ、やっぱり?確かにナイフ投げの方が、孫尚香が会得した宴会芸に合ってるのかな?」
あのお姉さん達、どうやら大学祭で漫才をやるみたいだね。
孫呉の弓腰姫と謳われた孫尚香が宴会芸をやる漫才って、どういう展開なの?
いずれにせよ、あの女子大生のお姉さん達を始めとする民間人の皆さんが御祭りを楽しめるのも、世の中が平和である証だよ。
これからも管轄地域の人達が今後も楽しく御祭りが出来るように、防人乙女である私達も都市防衛の大任を果たさなくっちゃね!