第12章 「大正五十年式女子軍衣に残った未練」
こうして無事に観閲行進を成し遂げた私達は、写真撮影や広報用のインタビュー取材といった付随業務を手際良くこなしたの。
そして更衣室である取材装輪式装甲人員輸送車で着替え直したタイミングで、漸く人心地つく事が出来たんだ。
黒いミニスカに黒ニーハイとローファー型戦闘シューズを合わせ、金ボタンを留めた白い遊撃服の腰を黒ベルトで締め上げれば、後は黒いセーラーカラーの襟元に真紅のネクタイを結ぶだけ。
英里奈ちゃんを始めとする佐官階級の子達だと飾緒を右肩へ付ける必要があるけど、准佐の私には未だ無縁の話だからね。
「う〜んっ!やっぱり私には、こっちの方が性に合ってるんだよなぁ〜!」
個人兵装であるレーザーライフルの収まったガンケースを足元へ置いた私は、心地良い解放感と達成感から思わず伸びをしちゃったんだ。
グリグリと首を回す度に肩の辺りで揺れるツインテールを束ねるリボンが軍勝色な点を除けば、普段通りの吹田千里准佐へ完全に戻ったって感じだよ。
そんな解放感全開の私とは対照的に、京花ちゃんったら何とも難しそうな顔をしているね。
たった今にハンガーへ掛けたばかりな大正五十年式女子軍衣のレプリカなんか見つめちゃって、どうしちゃったんだろう。
そんな青いサイドテール少女が見せた神妙な雰囲気を、彼女の一番の親友である拳銃使いの少女は見逃さなかったんだ。
「どうした、お京?そんな柄にもなく、切なそうな面をしちゃってさ。」
「それがさ、マリナちゃん。この大正五十年式女子軍衣を着て観閲行進をしていたら、すぐ側に曾御祖母ちゃんが寄り添ってくれているように感じられたんだよ。それを思うと、たとえレプリカとはいえ脱ぐのが名残惜しくてさ。」
事情を知らない子達に聞かれても大丈夫なように言葉は選んでいたけれども、京花ちゃんの真意は私にも大体は察せられたよ。
曾祖母である園里香ちゃんは勿論だけど、京花ちゃんは大日本帝国陸軍女子特務戦隊その物に愛着と名残惜しさを感じていたんだね。
何しろ珪素戦争真っ只中の時代へタイムスリップした京花ちゃんは、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の信太山駐屯地へ身を寄せていたんだから。
きっと観閲行進をしている最中も、仲良くなった女子特務戦隊の子達と過ごした日々を思い出していたんだろうな。
「そうかい、お京…だったら折角だし、このレプリカ軍服を譲って貰いなよ。ユリ姉には私達からも口添えしとくからさ。」
「うん…ありがとう、マリナちゃん。明王院先輩なら、きっと分かってくれるよね。」
広げた大正五十年式女子軍衣を見つめる京花ちゃんの目は、何とも愛おしそうだったよ。
ここで二人がチラッと言及した「ユリ姉」或いは「明王院先輩」という人物は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の支局長を務めていらっしゃる明王院ユリカ大佐の事なんだ。
可変式の大鎌であるギロチンサイトを個人兵装に選ばれた明王院ユリカ大佐は、御歳十七歳の若さで堺県第二支局の支局長に任官されたエリート軍人なの。
だけど「エリート軍人」という言葉の響きから想起される傲慢さや冷徹さとはまるで無縁で、優しくて温和な性格から第二支局に所属するみんなに好かれているんだ。
とはいえ単に優しいだけの聖女様って訳でもなくて、管轄地域や支局メンバーを守るためだったら、マスコミへの弾圧に人員や物資の徴発動員、さらには戒厳令の発令さえも躊躇なく決断出来る強靭な鉄の意志の持ち主なんだよ。
例の怨霊武者掃討作戦の時だって、管轄地域への戒厳令発令に作戦の要となる専門家や霊能力者の徴発動員、それに作戦指揮と八面六臂の大活躍だったんだ。
そうした強硬策を取らざるを得ない有事の際に進んで協力して貰えるよう、明王院ユリカ大佐は友情を重んじる博愛主義を日頃から心がけているんだよ。
さっきの「明王院先輩」や「ユリ姉」という具合の気さくなニックネームだって、大佐の人徳があってこそだね。
そうでなかったら、幾ら堺県立御子柴高等学校の一学年上の先輩だからって、敬愛する支局長閣下のニックネーム呼びなんて恐れ多くて出来ないよ。
今回の堺まつりの打ち上げでは、またユリカ先輩と一緒のテーブルになれると良いな。