第10章 「破邪顕正!マネキン怪人を浄化せよ!」
シルエットだけに着目すれば、ソイツは至って普通の人間のように見えたかも知れない。
黒いツインテールを靡かせた、中肉中背の日本人女性という感じだね。
だけどソイツの手足や胴体を構成しているのは、何とも異常極まりない素材だったんだ。
半ば破壊されて銃弾の痕や切断面も生々しいシリコン製のマネキンヘッドに、色とりどりの人工毛髪。
何ともグロテスクな素材を継ぎ接ぎした肉体に宿る魂は、防衛本能から寄り集まった低級霊だったの。
この悪霊マネキン怪人こそが、私達四人が力を合わせて排除すべき怨敵なんだ。
醜悪極まるマネキン怪人を向こうに回しても、生駒姉妹は全く怯まなかった。
戦国武将の血脈を現在に受け継ぐ生駒本家の、流石を感じる瞬間だよ。
「そうして一箇所へ集合して下さったのならば、討ち漏らしが無くて好都合で御座います!英里奈姉様、準備は宜しゅう御座いますね?」
「心得ました、美里亜さん!」
ギクシャクとした動きで最後の突撃を試みる悪霊マネキン怪人を冷静に見据えながら、薙刀とレーザーランスを中段に構える生駒姉妹。
ピッタリ合った阿吽の呼吸は、一卵性双生児の流石を感じさせられるね。
「千里さん、絹掛さん!援護を御願い致します!」
「はっ!承知致しました、生駒英里奈少佐!」
「御任せ下さい、英里奈御嬢様!この絹掛詩乃、若輩者ながら張り切りますよ!」
両足を肩幅位に広げてレーザーライフルを構えた私の傍らでは、巫女装束の少女が黒い三つ編みを夜風に靡かせながら愛刀を青眼に構えていたんだ。
私と詩乃ちゃんも、今じゃスッカリ生駒姉妹の部下として息が合うようになっちゃったね。
この際だから今回のハイライトは、英里奈ちゃんと美里亜ちゃんの二人に飾って貰おうかな。
「英里奈姉様、私が奴を引き付けますわ!」
「心得ました、美里亜さん!」
双子の妹に力強く頷いた英里奈ちゃんは、アスファルトの路面へレーザーランスの穂先を突き立てると、全力疾走の勢いそのままに前方へ力を込めたんだ。
「たあっ!」
レーザーランスの頑丈な柄は実にしなやかに湾曲し、その持ち主である茶髪の少女を高々と宙に跳ね上げたの。
「現世を彷徨う不埒者…この京洛牙城衆の生駒美里亜が御相手致しましょう!」
棒高跳びの要領で宙に舞い上がった姉の気配を頭上に感じながら、満足そうに微笑する美里亜ちゃん。
その微笑が真顔に転じた次の瞬間、両手で構えた薙刀が唸りを上げたんだ。
「牙城流薙刀術、破邪十字斬!」
裂帛の気合いと共に放たれた、縦横二方向の衝撃波。
嵐山の次代を担う若き霊能力者の破邪の意志が込められた斬撃は、マネキンヘッドの継ぎ接ぎボディに潜む低級霊の集団へ致命的なダメージを与えたんだ。
古人曰く、目には目を歯には歯を。
ああいうオカルト関連の相手には霊能力で挑むのが最適だって、改めて実感させられるよ。
時間的な側面からも、コストパフォーマンスの側面からもね。
生駒家の双子姉妹の護衛を承った私達二人は、その凄絶な戦闘をただ見守るばかりだったの。
何時でも加勢出来るよう、キチンと準備はしているけどね。
「ああっ!吹田准佐、あれを御覧下さい!」
「おおっ、あれは!?」
詩乃ちゃんの指差す方向に視線を走らせると、そこには驚くべき光景が展開されていたの。
薙刀でザックリに斬り裂かれたマネキン怪人の十文字の切り傷から、青白い光が凄まじい勢いで吹き出ている。
そしてその光は、住宅街の暗闇を一瞬だけオーロラみたいに照らしたかと思えば、まるで溶けるようにして消えてしまったんだ。
「群体化した低級霊の断末魔です、吹田千里准佐。破邪の念で霊体を斬られてしまっては、もう駄目ですからね。」
「うん!それも然りだね、詩乃ちゃん。幽霊みたいな精神生命体にとって、霊体へのダメージは命取りだもん。」
あれだけしぶとかったマネキン怪人も、いよいよ年貢の納め時だね。
そしてここからは、人類防衛機構の特命遊撃士として都市防衛の使命を担う双子の姉の出番だよ。
「今です、英里奈姉様!」
「心得ました、美里亜さん!」
双子の姉の返答に頷いた美里亜ちゃんが、サッと退いて間合いを取る。
その見極めの適切さ、実に鮮やかだよ。
「レーザーランス、爆雷激震衝!」
そして次の瞬間、清らかなソプラノボイスの裂帛から数テンポ遅れて、叩き付けるような形で空から降ってきた衝撃が大地を激しく揺らしたんだ。
「くっ!」
大地を揺らす衝撃波から間髪を入れず、マネキン怪人の五体が完膚無きまでに爆発四散する。
咄嗟に顔の前で交差させた腕の隙間からも、その爆炎の光は垣間見えたよ。
「御見事でしてよ、英里奈姉様!」
「美里亜さん、それに皆様。御心配を御掛け致しました…」
そして先程同様に棒高跳びの要領で爆心地から離脱した英里奈ちゃんは、夜の闇を赤く焦がす爆炎を背にしながら悠々と戦場から引き上げたんだ。
誰も犠牲になる事なく、敵をキッチリと撃破出来た。
完全無欠の大勝利がもたらす爽快感というのは、何度味わっても飽きないよ。
「やったぁ!これでケリが付きましたね!」
「うん!そうだね、詩乃ちゃん!」
いつの間にやら、私は詩乃ちゃんと一緒になって燥いじゃっていたの。
何しろ私達二人、共に生駒姉妹の護衛を務めた仲だもの。
戦場で苦楽を共にすれば、自ずと絆は深まる物だよ。
とはいえそんな私と詩乃ちゃんの浮かれ気分は、嵐山へ里子に出された生駒家の次女によって覚まされちゃうんだけどね。
「いいえ。本腰を入れなければならないのは、或る意味では今この時からかも知れません…」
牙城大社次期大巫女の座を約束された少女が呟いた一言の真意が分かったのは、それからしばらく後の事だったんだ。