第1章 「秋本番!堺まつりと防人乙女」
南近畿地方の堺県堺市では、毎年十月の第三土曜・日曜の二日間に渡って「堺まつり」というイベントが開催されているんだ。
ザビエル公園で行われる名産品即売会の「なんばん市」や、ふとん太鼓十台を運行する前夜祭など、とかく名物イベントには事欠かない堺まつりだけど、その中から目玉イベントを一つ選ぶとしたら、やっぱり日曜の本祭りに開催される大パレードだろうね。
歩行者天国として開放された大小路を舞台に、世界各国の民族衣装の行列や民族舞踊、それに火縄銃隊の模擬射撃や変わり種自転車の曲乗り等々が練り歩くんだから、それはもう壮観なんだよ。
この大小路の大パレードは、言うなれば堺っ子にとって秋の風物詩みたいな物だね。
堺市堺区柳綾町で生を受けてから今日に至るまでの十六年間を堺県で過ごしてきた私こと吹田千里にとっても、この堺まつりの大パレードは思い出深いイベントなんだよ。
南蛮商人の衣装や戦国武将の鎧兜に身を包んだ行列を見れば、両親や祖父母に手を引かれて訪れた幼稚園時代やクラスメイトと誘い合わせて祭りを冷やかした小学生時代の思い出が、昨日の事みたいに蘇ってくるね。
とはいえ、そうして傍観者として堺まつりを気軽に見物していたのも、今となっては民間人時代の懐かしい思い出なんだ。
何しろ今の私は、国際防衛組織である人類防衛機構が誇る少女士官の特命遊撃士だからね。
同じ公安職の公務員である警察や自衛隊がそうであるように、人類防衛機構に所属する私達も地域社会との共生を重んじているんだ。
そのため、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の管轄地域である堺県内で開催されている各種イベントには、警備や広報活動といった様々な形で協力させて頂いているんだよね。
この堺まつりへの協力だって、その一つだよ。
だけど今年の堺まつりに関しては、警備や広報といった例年の活動内容に加えて、ある特殊な意味合いを帯びた活動を展開する事になったんだ。
そして私こと吹田千里准佐も、それに志願したって訳なの。
「よし、大体こんな所かな?」
臨時更衣室として用立てられた装輪式装甲人員輸送車の姿見を覗き込んだ私は、此度の特殊な活動における装備品の最終確認を行ったの。
俗に「国防色」と称されるオリーブドラブ色の詰襟に同色のミニスカは、普段の作戦行動中に着用している遊撃服とは少し感じが違うけれど、サイズもちょうど良くて着心地もまずまずだね。
この大正五十年式女子用軍衣に黒タイツと軍靴を合わせた今の私のスタイルは、珪素戦争初期に活躍した大日本帝国陸軍女子特務戦隊の少女士官その物だね。
大日本帝国陸軍女子特務戦隊を中核に据えた国際軍事組織の人類解放戦線は、珪素生命体の侵略から地球人類を救った後も、ユーラシア大陸で覇を唱えた旧体制派の紅露共栄軍を始めとする様々な悪の脅威から人類社会を守り続けてきたんだ。
そしてその崇高な護国の志は、私達が所属する人類防衛機構へと発展的改組を遂げた今も尚健在なの。
言うなれば大日本帝国陸軍女子特務戦隊は、私を始めとする特命遊撃士の偉大なる大先輩達だね。
その尊き先人達に扮しての観閲行進こそが、この堺まつりで私の拝命した任務という訳なんだ。
誇り高き大日本帝国陸軍女子特務戦隊の軍服である大正五十年式女子用軍衣に袖を通す以上、浮ついてはいられない。
そこで普段以上に身を引き締めるべく、私なりに工夫をしてみたんだ。
その工夫の一つというのが、この黒い長髪をツインテールに結う時に使ったリボンなの。
一見すると単なる紺色のリボンだけど、これは軍勝色と言って世界大戦以前の日本軍の軍服にも用いられた由緒正しき紺色なんだよ。
観閲行進に向けて、意気込みも準備も充分。
そんな私の気合を更に高めてくれる一言は、すぐ隣から飛んで来たんだ。
「おっ!なかなか気合いが入ってるね、ちさ!勝色とは渋いじゃないか。」
「フフン!まあね、マリナちゃん。国防色にするか軍勝色にするか…最後まで迷ったリボンの色だけど、こっちに決めて正解だったよ。」
屈託の無いアルトソプラノの声に笑顔で応じさせて頂いた私だけど、この同期の戦友にはルックス面でコンプレックスを抱いちゃうんだよなぁ…
何しろ和歌浦マリナちゃんは、女の子人気の高いクールビューティな少佐殿だからね。
赤い切れ長の目の右側を隠す程に伸ばされた前髪にサイドテールといった具合に右側へ比重の掛かったヘアスタイルはミステリアスだし、端正な美貌とメリハリが効いて洗練された肢体は、あたかも氷のカミソリのような鋭さを帯びているんだ。
それに加えて個人兵装に選択した大型拳銃は、百発百中の腕前だからね。
在席している堺県立御子柴高校一年B組の教室内は勿論、配属先である人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の特命遊撃士や特命機動隊にも、マリナちゃんを慕う子は多いって噂だよ。
スタイルが良くてクールビューティな和歌浦マリナ少佐は、大正五十年式女子軍衣もバッチリと着こなしているね。
足元がスカートなのに目を瞑れば、大浜少女歌劇団の男役でも通用しそうだよ。