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異世界人生  作者: 狸蟹
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ー異世界だからって楽じゃないー

唐突な異世界転生に振り回される男の話

吉村和巳、21歳、職業・営業職


どこにでもいる、一般人。


顔も不細工でなければイケメンでもない、要するに評価しにくい顔である。


身長も173という可もなく不可もなくであり、ガタイが良いわけでもない。


特徴が無いことが特徴、知人から「優しい人だよ」と評されるような人間。


それが俺だ。


就職するまでは、自分の人生になにか特別なことが起きると本気で信じていた。


だけれども、就職してしまえばそんなもの泡沫の夢であったと理解させられる。


毎日、嫌な客と当たらないことを祈りながら知らない家のインターホンを押す毎日。


代り映えのない日々の中で、自分が何をしたいかまで分からなくなっていく。


そして、すっかり分からなくなり、決められたルーティーン通り日々を過ごすだけになる。


よく言えば大人になった、悪く言えば夢を見なくなったといったところだろうか。


だから、今の状況が理解できないでいる。


目の前を行くのは、角の生えた人間や尻尾の生えた人間。


二足歩行をするはずでない生物が、二足歩行で服まで着ている。


周囲を見渡せば、ヨーロッパにでも旅行に来たのかという伝統のありそうな建物が並んでいる。


ここまで条件がそろえばアホでもわかる。


俺はどうやら異世界召喚されたらしい。






異世界物の小説を、読まなくなったのはいつ頃からだっただろうか。


選ばれた人間が、異世界で最強の力を手に入れて無双する。


ご都合主義の塊のような内容だが、自分のような選ばれなかった人間からすれば憧れるお話だ。


学生時代、様々な異世界物を読んでは自分もこうなるかもしれないと妄想を膨らませた。


しかし、現実はそんなに甘くない。


気がつけば就職して、特に生き甲斐もないまま惰性で人生を過ごしている。


そして、昔は大好きだった異世界物の小説を作者の妄想だの、公開オナニーだのと掲示板で叩く。


そんな日々が死ぬまで続くと思っていた。


今日、実際に異世界に飛ばされるまでは。


周囲を行きかう人間や人間に似た生物たちは、俺をチラ見すれど声をかけるものはいない。


スーツ姿が物珍しいのだろう。俺というよりかは、ほとんどが服を見ているようだ。


周囲から聞こえてくるのは聞き覚えのない言葉ばかりであり、そもそもこの世界では俺は一文無しの天涯孤独である。


もし俺が物語の主人公であれば、美少女に拾われるなんてのが王道だがそんな気配は微塵もない。


状況としては朝の通勤ラッシュにコスプレで混ざりこんでしまったような状況だ。


もし俺がそんな奴見かけたら、絶対にに声など掛けない。


しかし、正直に言おう、わくわく感が無いと言ったらウソである。


昔から憧れていた状況に、心が躍るのは確かだ。


だが、不安の方が勝っていた。


「みれ、かるすのれあこ?」


「あ、はい!」


突然声をかけられ、思わず返事をしてしまう。


振り返ると、そこには角を生やした身長が俺の1.2倍ほどあるガタイの良い男が立っていた。


男の肌は茶色で、瞳は赤く明らかに人間ではない。


「あびそろれば、しがなこんかと」


そして、なにを言っているのか全く分からない。


しかし、言葉が通じないということを伝える手段すら俺は持っていない。


怖い。


ただ、その感情だけが俺を包み込んでいた。


気が付くと、俺はその場から逃げ出していた。


「はぁ……はぁ………」


全力で走るなんて、いつぶりだろうか。


今考えてみれば、さっき声をかけてきた男性は俺を心配してくれていたのだろう。


容姿だけで逃げてしまったが、表情は俺を心配していたように見えた。


そこから全力で逃げ出すなんて最低にもほどがある。


とんだ笑い話だ。異世界に来たところで俺は俺、なにも変わったりしないのだ。


しかし、嘆いていても何も始まらない。どうにかこうにかコミュニケーションをとる手段を見つけねばならない。


自虐したところで何も解決しない。


それから、俺はとりあえず歩いた。


周囲の人……と言っていいのだろうか?


ともかく、人たちが無地の服を着ているため悪目立ちするスーツとワイシャツを脱いで、鞄に入れた。


皺がつくとかそんなこと言っている場合ではないだろう。


ズボンは流石に脱ぐわけにはいかなかったが、これだけでも効果はあるようで目立つことは無くなった。


そして、時間にして三十分ほど歩いただろうか。


全く現状を打破する方法を見つけることは出来なかった。


元の世界で言うところのお祭りの屋台のような感じの店がたくさん並んでいて、大きな道は馬車が走っている。


そんな街を歩き回り、とりあえず分かったのは、この世界では電気やガスみたいなものが無いらしいということ。


その代用として魔法が存在しているということだ。


街中でも魔法を使うのは一般的らしく、浮遊魔法のようなもので荷物を浮かせている人物や火の魔法をパフォーマンスとして魅せつつ料理している風景などが見られた。


もし、危機的状況でなかったらもっとわくわくしていただろうが、今はそんなこと言っていられない。


転生直後に混乱していて体感していなかったが、この町はかなり熱い。


スーツでいたときに、結構汗をかいてしまったため、喉が渇いて仕方ないのである。


生憎、水筒など持ち歩いておらず鞄の中には何の役にも立たなくなってしまった財布とスーツしかない。


俺の好きな異世界小説などでは、元の世界の物品を売るなどして現地の金を得ていたが、言語が通じないのではそれすら不可能だ。


そして、このままでは不味いという焦りから余計喉が渇いてくる。


まさか異世界とはいえ、街中で餓死する恐怖に直面するとは思わなかった。


視界が歪む。


もし、ここでぶっ倒れれば誰か助けてくれるだろうか?


いや、異世界で意識を失うなんて危険にも程がある。意識があってもなにが起きるかわからないってのに。


そんなことを考えながら歩き続け、気が付くと、最初にいたところに戻ってきていた。


そして、見覚えのある男性が出店の中に立っていた。


「あってら、りろすくら?」


俺がさっきよりも明らかに困っているのに気づいてか、彼は俺を見た瞬間出店らしきものから声をかけて、俺のもとに走ってきてくれる。


さっきは怖くて仕方なかったが、限界が近いと俺の存在に気づいてくれているだけ安心感すら覚える。


とりあえず、自分の喉を指さして水を飲むような身振りをする。


「おーや」


男はそういうと、出店に戻り明らかに商品であろう水の入った蓋つきの容器を手渡してくれた。


思わず手が伸びるが、俺は一文無しだ。この後お金を持っていないと知れれば、この男性が態度を変えるかもしれない。


そんなことを考え、水を受け取るのを躊躇していると、男は俺が受け取ることすら出来ないと勘違いしたのか蓋を開けて強引に手に掴ませてくれた。


ここまで親切にされたのなら、もう何をされてもいいやと思い。俺はその水を思いっきり飲み干した。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


涙がこぼれた。意味は通じてないとわかっていても、口から感謝の言葉が止まらなかった。


その時の水は、二十一年間の人生の中で最も美味しかった。


俺が飲み終わったのを確認すると、男は出店の裏から椅子を持ってきてくれた。


そして、その椅子に座ったかと思うと立ち上がり、椅子を指さした。


俺が椅子の座り方も知らない可能性があると考えてくれたのだろう。俺は大きく頷き、椅子に座る。


大通りで泣きながら水を飲むという奇行をしてしまった羞恥心に襲われたが、仕方なかったと自分に言い聞かせた。


しばらくすると、男は出店の裏の建物に入っていき、中からスケッチブックと万年筆のようなものを持ってきた。


俺が言葉を話せないことを察して、筆談しようとしてくれたのだとすぐにわかった。


男は俺の前に立つと、真面目な顔で様々なものを書きだした。


そして、1ページずつ俺に見せてくれた。


それはどれも文体が違っていて、様々な言語で書いてくれていることがわかった。


その優しさに、俺は再度泣いてしまいそうだった。


そして、残念なことに日本語や英語のようなものは無く。男は再度頭を抱えてしまった。


見ず知らずの相手にこれ以上迷惑をかけたくはなかったが、突然席を立つわけにもいかず俺も頭を抱えた。


「あでのれ、みれしとばふう?」


そんな風にしていると、女の人が出店の中に入って来た。


女の人と言っても角が生えていて男と同じように肌は茶色く瞳は赤色、それに身長も俺と同じくらいある。


「あでのれ、そうばさみれかるすこん」


男はその女の人と会話を始めた。


「かれるらり、りろすくら?」


男の台詞を聞いて、女の人が話しかけてくる。


「みれ、ことはのうねすた」


俺が困るであろうことを察して、男の人が何かを言う。


すると、女の人は頷き。俺の頭を撫でてくれた。


この歳になって、こんな経験をするとは思ってなかったが、とても安心できた。


二人はしばらく話していたが、最終的に男が自分を指さしてついて来いという身振りを始めたので、後ろを追うことにした。


女の人に会釈をすると、笑顔で返してくれた。


たったそれだけのことなのに、目頭が熱くて仕方がなかった。

ただの人間が、異世界に転生してファンタジーではあるけどHPやスキルなんて素敵なものがない中でどう生きるのかを描きたいだけの作品です。

無双して気持ちいい!というより、こんな異世界ありそうだなっていうようなリアリティを追及していけたらなと思います。

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