4 少女の初恋
私が産まれたのはテレスティア王国、ハイネケン公爵家。
3歳まで家から一歩も出た事がなかった。
だけどある日屋敷の中庭で、木剣を振るう同じ歳くらいの男の子が居た。
「あの子だぁれ?」
メイドに聞くところによれば、騎士と呼ばれる王国の民を守る戦士の血筋の人らしい。
そんな少年に興味を持ち、私は彼に近づいた。
花畑の花壇から彼をそっと覗き込むと、いっぱいの汗で無心で剣を振るっていた。
「(剣より魔法の方が強いと思うけど……なんで剣なんて振るってるのしょう)」
そう思った私は少し彼に悪戯をしたくなってしまった。
「(風よ彼の者に突風を!)」
風は突風となり彼の足元へ吹き付ける。
その風で彼はバランスをくずしてコケルと言う算段だ。
だけど突風は彼に届かず、事もあろうか花壇に立て掛けてあったハシゴに直撃する。
「あっ」
気付いた時はもう遅い。
バランスを崩したハシゴは私に倒れて来る。
こんな事なら悪戯なんてしなければ良かった。私がした人生で初めての後悔だったと思う。
だけどハシゴは私に倒れて来る事はなかった。
「だいじょぶ?痛いところはない?」
ハシゴを片手で支え、もう片方の手で私を抱える黒髪の少年がそこに居た。
その時私は初めて恋をしたのだと思う。
聞けば彼の家は私の家から遠くない事がわかり、母が彼の母と友達だったのも都合が良かったのでしょう。
それから毎朝彼の家へ遊びに行った。
習い事が多くても朝は彼の家に行って、先ずは彼の寝起きの顔を見る事が日課になった。
それに……彼は私をテルルと呼び、見る度に可愛いと言ってくれる。
それがたまらなく嬉しかった。
――でもそんな幸せな時間はあまり続かなかった。
ある日父と母が何かを話ている声が聞こえ、興味本位で聞き耳を立てた。
「喜べ。テルマイルと王子の婚約が決まったぞ」
「そう。あの子はサイフォン家の子の事がお気に入りみたいだけど、仕方ないわね」
「まぁ子供の事だ。大人になる頃には心変わりもしているだろう」
「そうだと良いけど、あの子は頑固だから」
「あははは、誰に似たんだろうな。だが学園に通うまでは自由にさせてやりなさい」
「そう致しますわ」
――――
――
私はずっとずっとアレク君と一緒に居るものだと勝手に思っていた。
大人になって、子供が出来て、その子供が大人になって、おじいちゃんおばあちゃんになってもずっとずっとアレク君と一緒に居るんだって。
悲しかった。涙が止まらなかった。
それでもアレク君ならなんとかしてくれると思っていた。
1年経ち、2年経ち、4年経った王子の誕生日の日、私は、この国の王子と正式に婚約した。
心が痛かった。
その場でアレク君の姿を探したけど、彼はこの場に呼ばれてすらいなかった。
大人たちが祝辞を述べる間、隣で王子は満面の笑みで私を見て来る。
でもアレク君の笑顔に比べれば、そんな笑顔程度では私の心に響かない。
その時私は自分の心に蓋をした。
張り付いた笑顔の仮面を被る事にしたのだ。
翌日。
「テルル!王子と婚約したんだって!おめでとう!」
凄い笑顔で彼は私にそう言った。
その時仮面の下の私が飛び出した。
「はぁ?なにがおめでたいって?舐めてんの?」
その日を境に私はアレクにだけグレる事にした。
――――
――
あれから既に2年の月日が経った。
今日はテレスティア王立学園への入学式だ。
昨日までアレク君を起こしに行って、彼の寝顔と寝起きの顔を堪能出来たと言うのに。今日からはそれすらも出来ない。
もう彼の寝顔を見る事が出来ないと思うとイライラが止まらなくなる。
だから昨日は一睡も出来なかった。
灯りが消えない事に心配したレフティが私の部屋へ来てくれたのだけど、私にはただ泣くしか出来なかった。
こんなにも辛いなら学園なんかに行きたくない。
「大丈夫ですよテルマイル様。きっとアレク様が貴女を守ってくれます」
彼女はそう言ってくれるけど私は学園に行くのが怖くて泣いている訳ではない。このまま学園に行って時が経ち、アレクが私の前から居なくなってしまうのが不安なのだ。
「レフティ……私、アレクが好き。このままだと王子と結婚させられてアレク君と離ればなれになってしまうのが怖いの……わぁああああん!」
「テルマイル様……」
そう言って彼女は朝まで私を抱きしめてくれたのだった。
本作品はアルファポリにて先行掲載させて頂いており、2022.4.22.0:00現在
ファンタジー部門6位、HOTランイング2位のものとなります。
『乙女ゲームは知りませんが悪役公爵令嬢が美人過ぎて辛い』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/479149318/521616813
お越し頂ければ幸です。