ダンジョン内の思惑
委員長ことクロエ・レーン・リーデヴェルトは、所謂、サポートキャラ的な立ち位置にいる。
エスコには、ルートが備わっている『メインヒロイン』と『サブヒロイン』、それとは別にルートが存在しない『サブキャラクター』が存在する。
委員長は、ルートのない『サブキャラクター』だ。
メインヒロインとサブヒロインは、パーティーに入れて戦闘に参加させることが出来るが、サブキャラクターの大半は戦闘のサポートしか出来ない。
委員長はバリバリのサポート限定キャラクターで、様々なスキルやアイテムを用いて、すまし顔で主人公をフォローしてくれる。
お姫様カットで、ロングヘアー。
常に凛とした姿勢を崩さず、鳳嬢魔法学園の校則を尊び、たまにカットインして手助けをしてくれる委員長にはそれなりのファンがいる。
なぜ、開発者は、委員長ルートがないバグを放置しておくのか?
と、SNSで声明を出したファンが、お嬢ファンに『ルートがあっても、結ばれないお嬢よりはマシだろ』と謎の反論を返され、一大論争に突入したことがあるくらいだ。
その様子が『#委員長VS噛ませ』で一瞬だけトレンドにノッて一般人をドン引きさせ、一部の強者に『そのカップリングもありだな……』と可能性を抱かせた。
エスコには、大量のキャラクターがいる。
各メインヒロインルートからしか派生出来ないサブヒロインルート、とあるルートでしか出会えないサブキャラクター、特殊条件を満たさないと出現しない隠しキャラなんかもいる。
あまりにもキャラクターが多すぎるせいか、各キャラクターの掘り下げが足りず、感情移入出来ないとの感想を口にされることも多い。
普通のゲームならば、わざわざ、委員長みたいなサブキャラクターには立ち絵を用意したりはしないだろうが……恐ろしいことに、ルートが存在しない委員長でも、差分付きの立ち絵があったりする。
キャラクターの掘り下げ不足があることは間違いないが、委員長なんかのサブキャラクターにも愛が注がれていることは確かで、だからこそ、お嬢のような人気キャラが生まれたりもしているのだろう。
そして、ココで疑問が生まれる。
本来、戦闘に参加出来なかったサブキャラクター……つまり、一般人枠が、この世界ではどのように扱われるのか?
「はああっ!!」
「えい、えいっ!!」
「…………」
「気をつけて、飛びかかってきますよ!!」
「きゃあっ!!」
「…………」
俺は、必死で、雑魚モンスター……粘獣と戦う委員長たちを見つめる。
「あ、危ないっ!!」
「いやあっ!!」
「…………」
俺は、画面を呼び出して時間を確認する。
戦闘開始から30分が経過……赤やら黄やら青やら、色とりどりの粘液体と戦うお嬢様たちは、第一層から大苦戦しており、そこら中で白熱の戦闘の火花が舞い散って、誰もその先に進めていなかった。
「魔法を使います!! 離れて!!」
「ま、待って!! 一回、後ろに下がる!!」
「…………」
ぴょんぴょん跳ねて、迷惑そうに委員長たちの攻撃を避ける粘獣。
「待ちなさい!!」
「ま、待てっ!!」
その粘獣をバタバタと追いかける委員長たち。
さっきから、楽しそうな追いかけっこを続ける彼女らを眺めながら、俺はベンチに腰を下ろしてあくびする。
廃線駅の電光掲示板。
もう映し出されることのない発車時刻の代わりに、ぬうっと、アルスハリヤが顔を出してこちらに向かってくる。
「やぁやぁ、楽しそうだな」
「いや、本当に最高。可愛い女の子たちが、協力し合いながら、健全に汗を流す姿を観戦出来るアリーナ席」
「いや、ベンチだろ」
ミニ・アルスハリヤは、うんしょうんしょ言いながらベンチによじ登る。
「眼の具合は?」
「…………」
緋色。
たまに、燃え上がるような払暁を捉える両眼を閉じて、俺は苦笑を浮かべる。
「ま、たまに視えるくらいかな。
あとは、眼と頭に奔る激痛と吐き気」
「無理やり開いたからな。暫くは、そのままだ。いずれ、徐々に、閉じてくるから安心したまえ。
で」
俺の隣で、足を振るアルスハリヤはニタリと嗤う。
「こんなところでなにしてる?」
「学生の義務を果たしてる」
わーわー言いながら、武器を振り回し、粘獣を追いかける委員長たち……録画したら、さすがに犯罪かなと、俺は真剣に彼女らの激戦を見つめる。
「今更、こんな授業に出たところで、得られるものはないだろ。
視給え。小学生のパン食い競走の方が、まだ見ごたえがあるぞ。鬼ごっこにつき合わされる魔物の身にもなったらどうだ」
「逆に、得られるものしかないんだが……」
しっしっと、手で払って、アルスハリヤを隅に追いやった俺はベンチに寝そべる。
「まぁ、コレで、わかったろ。
ヒーロくん、君は、もう普通の人間とは違う」
「……かもな」
ごろんと、寝返りを打って、あくびをする。
「つくづく、わからない人間だな……あのクリス・エッセ・アイズベルトを退けた男が、魔眼を強制開放した後遺症に苛まれながらやることが、フザケたお遊戯の観戦か」
「最高だろ……久々に、この世界に来て良かったと思ってるわ……」
横になった俺は、ニヤニヤしながら、助け合う女の子たちを見つめる。
「新入生歓迎会に参加した元・アイズベルト家のメイドたちは、黄の寮の令嬢たちに気に入られ、どこかの誰かさんの根回しのお陰か、全員が全員、本願である侍女としての再就職先が決まった。
彼女らは、涙ながらに『お礼をさせてくれ』と言っていたが?」
「俺じゃない。月檻桜がやった。知らない。済んだこと」
アルスハリヤは、肩を竦める。
「やれやれ、命を懸けて得られたのは、こんな廃線駅のベンチで寝そべる権利だけか。僕は、もっと、君の歪んだ顔が視たいんだが」
「はい、本音が出てきた出てきたぁ~、死ね死ねぇ~」
「で、今後の計画はあるのか?」
むくりと、俺は身を起こす。
「非合法のスコア売買に手を染めて、スコア上げに着手しようと思ってたんだけどな……たぶん、それでも、俺のスコアは上がらないと思う」
「三条家か」
こくりと、俺は頷く。
「俺のスコアを上げるには、根本的な根回しが必要だ」
「ほう、では」
アルスハリヤは、眼で嗤う。
「殺り合うのか、三条家と」
「そんな正面きって、俺の独断で血なまぐさいことはしねぇよ……殺るにしても、払暁叙事を正規手順で開眼してからだ。
別のアプローチで、無理矢理、スコアの上昇を試みる」
「別のアプローチ?」
片足をベンチに載せて、ニヤリと俺は笑う。
「冒険者だ」
「……なるほどな、名声を高めるのか」
ムカつくゴミカスだが、理解だけは早い。
俺は、頷きを返す。
「あぁ、冒険者は実力至上主義だからな。男だろうが女だろうが、ダンジョン探索に成功し続ければ名声は高まり続ける。冒険者協会の中だけで、俺の名声を最大限に高めれば、俺のスコアが上昇しないことに周囲も疑問を覚え始める筈だ。
公明正大を謳っている政府も、いずれ、俺のスコア上昇を認めざるを得なくなる」
「オーソドックスだが良い手だな。
死にたがりの君にとって、戦闘経験を積むことは今後の生存率にも直結する」
「それに、ダンジョン攻略はソロでも出来るからな」
俺は、ニヤニヤと笑い続ける。
「百合の邪魔をすることもない。それが、一番、重要なところだ。
わかるな、アルスハリヤ?」
「わからん」
「まぁ……おまえじゃわからないか、この領域の話は(苦笑)」
45分経過。
休憩を取りながら、戦い続けるお嬢様たちは、未だに決着を迎えていなかった。どうやら、後半戦に突入しそうだ。
「で、ヒーロくん、君の冒険者としての華々しいデビューがコレか?」
「いや、コレは趣味」
「…………」
「冗談だよ。ちゃんと、この授業を取った意味はある。
俺のパートナー探しだ」
「なにを言ってる、僕がいるだろ」
「気色悪ぃ!!」
猛烈な勢いでバク転しながら、距離を取った俺は叫んだ。
「きっしょぉッ!!!!!!!!」
「この間、初めての共同作業を成し遂げて、共に初夜を乗り越えた仲だろ」
「…………」
「吐くな吐くな。四つん這いになって、無言で吐くな。そこまでか。魔人にも心はあるんだぞ。
で、そのパートナーと言うのは? スノウとか言う偽婚約者ではダメなのかい?」
青い顔で、俺は顔を上げる。
「俺は、男だからな……もし、ダンジョンの攻略を成し遂げても、その事実を揉み消されたり、別のヤツの手柄にされたりするかもしれない……だから、それなりの地位を持っていて、発言力のある証人が必要なんだ……残念ながら、スノウにそこまでの発言力はない」
「おいおい、さっき、ダンジョンはソロ攻略が出来ると喜んだばかりだろ」
吐きそうになりながら、俺は続ける。
「だから、ココからが最重要なんだよ。
俺に好意を持たずに同行し続けて、観察者としての役割を成し遂げるビジネスパートナーが……俺は、この授業に参加している中から、そのひとりを選び取る必要性がある」
「なるほど。
君が欲しているのは、仲間ではなく同行者か」
「あぁ、そういうことだ」
しゃべりながら、視線を向けず、俺は委員長に襲いかかろうとした粘獣を不可視の矢で消し飛ばす。
「この授業に参加してるってことは、少なくとも、ダンジョンに興味があるって言うことだろ……中には、単位目当てじゃないヤツもいるかもしれない」
「戦闘力を当てにしてはいない同行者、か」
ちらりと、アルスハリヤは、息を荒げながら戦うお嬢様たちを見つめる。
「確かに、この授業が最適だな」
「理解してもらえたようで何より」
「ただ、この授業に参加している大半は、君のことを嫌悪しているか嫌厭しているかのどちらかだと思うが……果たして、話にノッてくる奇異なのはいるかね?」
「見つけるさ、必要だからな」
歓声が響いてくる。
どうやら、粘獣討伐を成し遂げたグループが出てきたらしい。
あたかも、英雄の出現を目の当たりにしたと言わんばかりに、お嬢様たちはそのグループに尊敬の眼差しを注いでおり……鼻高々に、彼女らは階段を下りていった。
「はぁい、第5グループ通過ぁ……粘獣一匹倒せないグループは、第二階層に下りることは許しませんからねぇ……と」
カセットコンロで、熱燗を用意しているシック先生はあくびをする。
「あ、やった、当たった!!」
俺のグループのCクラス女子が、運良く攻撃を当てて、ついに委員長たちは粘獣討伐を成し遂げる。
「せ、先生、コレで私たちも第二階層に下りても良いですかっ!?」
「あぁん? なに言ってんの? とっくの昔に、そこの男の子が、きみたちのフォローのために数え切れないくらい倒してたじゃん」
シック先生が俺を指差して、委員長とCクラス女子は、訝しむようにこちらを見つめる。
おいおい、どうやって、不可視の矢視てんだよ。
内心、冷や汗をかきながら、俺は肩を竦める。
「酔っぱらいの戯言だろ。飲酒授業を成し遂げるたったひとりの特別な存在が、俺たちの信頼関係に罅を入れようとしてるだけだ。
気にせず、次の階層に行こうぜ」
「はぁん? 先生とアルコールの言葉が信じられないって言ってんのぉ?」
「「「うん」」」
初めて、俺たちの心が合致して、次の階層へと進んでいく。
想定以上に、授業時間が押しているせいか。
第二から第四階層は、明らかにシック先生の手で道中の障害が排除されている階層を、お嬢様たちがわーわーと駆け抜けていく徒競走と化していた。
そして、最終階層――
「あら? ヒーくん、なんで生きてるの?」
なぜか。
蒼の寮、寮長、フーリィ・フロマ・フリギエンスが、優雅に紅茶を飲んで待っていた。