入院デュエル・スタンバイッ!!
「「デュエル!!」」
叫んでから、俺は山札からカードを引く。
「俺のターン!!
遺○状の効果で、魔導サイ○ンティストを特殊召喚!! 続けて、魔導サイ○ンティストの効果で、アクアド○ゴンを特殊召喚する!! カタパルト・○ートルの能力を使って、アクアド○ゴンを射――」
「初手、ワンターンキルデッキとか、フザケてんのかコイツ……」
お馴染みの大学附属病院。
クリスとの決闘で怪我を負った俺は、入院することを余儀なくされていた。
俺の着替えを持ってきたり、暇つぶしの相手になってくれたり、果物の皮を剥いて食べさせてくれたり……私服姿のメイドは、入院が決定した日には怒り狂っていたが、現在ではただの優しいママと化していた。
「なにか食べたいものはありませんか? 傷の具合は?」
髪をまとめているせいか。
何時もと印象が変わって視えるスノウは、柔らかく微笑んだ。
「今のところは、食事も傷も大丈夫。
何時も、迷惑かけてすまねぇなぁ」
「それは言わない約束でしょ」
苦笑して、スノウは、リンゴの皮むきに戻る。
その優しさに、俺は、感嘆の息を吐く。
あたかも、後光が差しているようだ……この感じだと、MT○でMoM○をキメても、怒らなそうだな……現在のうちに、ありとあらゆる極悪デッキで、スノウの怒りの臨界点を測ってみるか。
「ところで」
ふと、スノウは動きを止める。
彼女の視線は、カーテンで目隠しされている隣のベッドへと移っていた。
「お隣様に、ご挨拶しておきたいんですが……現在は、居ないんですか?」
この病院には、個室、二人部屋、四人部屋……三種類の病室がある。
個室は高スコア専用で、二人部屋は少しお高く、四人部屋には俺のような低スコアが押し込まれる。
ただ、今回、俺が入院しているのは二人部屋だ。
俺の入院費を負担してくれている有志の都合で、スコア0の底辺男は、ワンランク上の病室に泊まることが出来ていた。
「いや、居るよ」
ニヤつきながら、俺は、カーテンを引いた。
「うぃ~す、どうもぉ、お加減いかがっすかぁ~?」
びくっと。
反応したクリス・エッセ・アイズベルトは、ゆっくりとこちらを振り返った。
パジャマ姿でワイヤレスイヤホンを着け、丸まっていた彼女は、羞恥で顔を赤くする。
「お、お前!! なんの用だ、このゴミがッ!!」
「あ、すんませ~ん、あのぉ、うちのメイドがぁ、挨拶したいって言うんでぇ、ちょっと、アレっすね、いいすか(笑)」
激怒のあまり、魔眼を開きかけているクリスの前で――ぺしりと、スノウは、俺の頭を叩いた。
「失礼なことをするな、このアホ主人が」
起立したスノウは、深々と綺麗に頭を下げる。
「大変失礼いたしました。
わたくし、三条燈色の従者を務めております『スノウ』と申します。こちらのアホ面がご迷惑をおかけしており、申し訳ございません。どうか、平にご容赦願います。
なにかあれば、わたくしの方にお申し付けください」
深々と綺麗に頭を下げて、スノウはフルーツ・バスケットをクリスに手渡す。
「アイズベルト家のお嬢様のお口には合わないかもしれませんが」
「…………チッ」
バスケットを受け取り、勢いよく、クリスはカーテンを閉じる。
瞬時に、俺は、そのカーテンを開いた。
「おい」
俺は、デッキを構えて、真顔でささやく。
「決闘しろよ」
「いい加減にしろ、このアホが」
バシバシとスノウに叩かれて、俺は、仕方なくカーテンを閉じる。
「怪我人に何をするんだ、このメイド……敗者を煽れるのは、勝者のみなんだぞ? 現在、煽らなくてどうするんだ? 勝者の高みから、敗者の低みを見下ろす気分の清々しさに浸らせてくれ?」
「……スコア0(ボソッ)」
「すいませんでしたぁ……!!(敗北者)」
スノウは、ため息を吐いて――タイミング良く、俺の入院費用を全額負担してくれた後援者がやって来る。
リリィさんを引き連れ、病室に入ってきたミュールは、俺の姿を視るなりUターンして帰っていく。
ゆっくりと首を曲げて、スノウは俺を見つめた。
「…………」
「え、なにその眼……冷たい眼……魔眼か……?」
うおっほんと。
咳払いをして、再度、入ってきたミュールが注目を集める。
「さ、三条燈色、み、見舞いにきてやったぞ」
なぜか、顔を赤らめているミュールの隣で、リリィさんはくすくすと笑っている。
「おう、この病室も含めてありがとな」
「う、うん……」
全てを理解している俺は、ニヤリと笑う。
なぜ、クリス・エッセ・アイズベルトのような大物が、大嫌いな三条燈色と同室で過ごしているかと言えば。
要は、目くらましだった。
本来であれば、豪華絢爛な個室で傷を癒やしていたであろうクリスは、大物過ぎるが故に、悪い意味で注目を集める可能性があった。
なにせ、スコア0の男と私闘を起こして、勝つならまだしも敗北し、しかも怪我まで負っているのだ。
妙な形で噂が広まれば、天才としての信頼を失いかねない。
基本的に、華族はメディアから保護されているし、アイズベルト家は情報をもみ消すことも出来るだろう。
だが、この情報化社会、どこからその事実が漏れるかわからない。
まさか、かのクリス・エッセ・アイズベルトが、大学附属病院で男と同じ部屋に泊まっているわけがない……その意識の裏を突くような形で、俺と言う目くらましが用意され、実行にまで移されていた。
ミュールから視れば、俺は、姉を殺そうとしたゴミクズ野郎。
見舞いなんて言ってはいるが、それは上っ面だけの詭弁に過ぎない。
俺に利用価値がなければ、彼女は、怨嗟の声を俺にぶつけていただろう。
その憎しみを覆い隠し、俺に向き合うミュール・エッセ・アイズベルトの心中を思えば……笑みを隠せなかった。
確定的!! 確定的、不和ッ!!
クリス・エッセ・アイズベルトとの決闘は、姉妹百合を生むと言う素晴らしい結果に加えて、俺とミュールの間に不和の種を植え付けると言う成果も生んだ。
俺の感情的な行動が、論理的な結末を導いたのだ。
この後、俺がどのような行動を起こそうとも、ミュールが俺に好意を持つことはない……百合IQ180を誇る俺の未来演算によれば……その確率は、99.99999%……今後、動きやすくなることは間違いないだろう。
勝利の美酒は、斯くも舌触りが良いものか。
芳醇で、なめらかで、それでいて……優美だ。
俺は、ニヤニヤと笑いながら、勝利の余韻に酔った。
じゃあ、そろそろ、クリスの見舞いに来たミュールの赤面顔でも視てやるか。
憧れだった姉とようやく向き合えるようになった妹が、気恥ずかしそうに顔を伏せる姿は、万病に効くと言い伝えられているしな(参考文献:森羅万象)。
よし。
俺は、息を吸って、眼を開く。
行くぜッ!!
「ミュール、ほら」
リリィさんに、そっと背中を押されて、顔を真っ赤にしたミュールが前に出る。
俺は、ニコニコとしながら、その姿を見守る。
『健康祈願』と書かれた御守を俺に差し出し、俯いたままの彼女は、もごもごとなにか口ずさんでいる。
「あぁ、クリスに渡せば良いのな」
満面の笑みで、俺は御守を受け取り――彼女が、俺の手を握る。
「そ、それは……お前の、だ……」
「えっ」
驚愕で、俺は、御守を見下ろす。
コレは……呪符か……?
一見、普通の御守にしか視えないソレを受け取り、俺は矯めつ眇めつ、じっくりと見分を行う。
「…………?」
「殺人現場に落ちてた御守でも、鑑識の人はそこまでじっくり視たりしませんよ?」
「お、おまもり……?」
「そんな、初めてテレビを視た原始人みたいな」
「な、なんで、コレを俺に……?」
ミュールは、ボソボソとささやく。
「月檻桜から、全部、聞いた……お前がしてくれたこと……わたしのために、お姉様と戦ってくれたって……お前のお陰で、こうして、お姉様の傍にいられる……」
彼女は微笑みを浮かべて、俺はガクガクと震える。
「ありが――」
「リバースカード、オープンッ!!(絶叫)」
俺は、勢いよく、カーテンを引いた。
お見舞いの気配を感じていたのか。
居住まいを正したクリスが姿を現し、彼女は、小さな妹を見つめる。
「ミュール」
「は、はい、お姉様」
足を組んだクリスは、右斜め下を睨みつける。
「少し、お腹が減った」
「あっ……」
ぱぁっと、顔を輝かせて、ミュールは嬉しそうに笑った。
「お、お待ち下さい! た、たくさん! たくさん、お見舞い用の果物を持ってきました! お姉様のお口に合う素晴らしいものをリリィと厳選して!!
ね、リリィ!?」
「えぇ、はい」
笑い合う三人を視て、俺は微笑みを浮かべる。
そして、ゆっくりと立ち上がり――ぐいっと、スノウに座らせられた。
「なにをしようとしてるんですか」
「退院(即断即決)」
俺は、勢いよく腕を振る。
「こ、こんな百合が生まれるかもしれない部屋に男がいられるかッ!! 俺は、自分の家に帰らせてもらうッ!!」
再度、俺は、立ち上がろうとして。
両脇から、ミュールとリリィさんに腕を掴まれる。
「座れ、三条燈色。
美味しい果物をこのわたし自らの手で剥いてやる。ちゃんと、食べないと、傷が治らないからな。ふふん、こう視えても、わたしは果物の皮を剥くのが上手いんだ」
「ひぃ! 食べられる部分が、殆ど残ってなぃい!!」
「えーいっ」
「リリィさん、可愛らしい掛け声と共に腕を引っ張るのはやめてください!! 貴女、そんな陽気で可愛らしいキャラじゃないでしょ!?」
「………チッ」
「『チッ』じゃねぇよ、この敗北者が!! とっとと、お前、何時もの憎まれ口叩いて、俺を病室から叩き出せ!! ぬるいことしてんじゃねぇぞ、この負け犬がッ!! なに可愛いパジャマ着て、シカトこいてんだゴラァ!!」
「まったく」
スノウは、苦笑する。
「しょうがないんだから」
ギャーギャー喚いているうちに、先生がやって来て、めちゃくちゃに怒られる。
そんなことをしているうちに……入院生活は、終わりを告げて。
「それでは、只今から『ダンジョン探索入門』の授業を始めます」
俺は、久方ぶりに、ダンジョンへと潜ることになった。