お面三人衆
余裕綽々の師匠は、樹上でリンゴを食べていた。
悠然たる師の下で――
「うぎぎぎぎぎぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
俺は、謎の少女と鍔迫り合いをしていた。
「…………」
黒い刀身、湾曲した短剣。
『属性:闇』で、構築されている刀身は、空気中で揺らめいている。
殺意丸出しで急に襲いかかってきた少女は、狐のお面で顔を隠していた。奇妙な体重移動を繰り返しながら、俺の刀を絡め取ろうと機を探ってくる。
あの様子から視て、この狐少女も師匠の仕込みなのだろうが……霧に魔力を吸われて、刀身すら安定しない俺は、半ば死にかけていた。
お、おかしい……さっきまで、魔力の制御は安定してたのに……また、ダメになったぞ……なんなんだ、この霧……!?
ふっと、目の前の刀身が消える。
「うおっ」
前に力が流れて、光剣の剣先は弧を描いた。
狐の少女は、俺の刀を避けながら――
「ふっ」
精確に、縦拳を鳩尾に入れてくる。
まともに喰らう。
強烈な嘔吐感を覚えながらも、俺は彼女の拳を右手で掴み、そのまま放り投げようとする。
が。
すっと、彼女は、俺の右手を両手で掴み。
「そうはならんやろ!!」
奇跡的なバランス感覚、俺の右腕の上で逆立ちをする。
まるで、重さを感じない。
ふんわりと、空気中の塵が腕の上で直立したかのように、狐の少女は自重を失くしていた。
彼女の腰元で、導体が光り輝いている。
導体、接続――『操作:重力』、『変化:重力』。
発動、重力制御。
そっと、空中でつま先を伸ばした彼女は、バレエダンサーのようにくるりと回転し――俺の側頭に足先を叩きつける。
一瞬、視界がブレて。
「!?」
「反撃の時間だ」
かろうじて、右手で防御した俺は、手首を返しながら彼女の足首を掴む。
目を細めて、剣閃の軌道を――視た。
瞬時、手は握りへと。
腕を交叉させる形で左から抜刀、下方からの逆袈裟。
その剣筋は、美しい流線と化して――急に出現したクマのぬいぐるみに防がれ――驚愕で、俺は、咄嗟に後ろに下がった。
天狗、そして、プリ○ュアのお面をかぶった少女。
唐突に、現れた二人組は、魔導触媒器を携えている。
先程のクマは、どちらかの生成によるものだろう。
と言うか、なぜ、狐、天狗と来て、最後にキュアブ○ックなんだ……ホワイトがいないのに、決めポーズを決めるな……アレは、ブラックとホワイトが揃うことで完成するもので……つまり、アレも一種の百合だ……。
「おやおや、ヒイロ、謎の人物たちに襲われて大変ですね」
「いや、どう視ても、コイツら御影弓手だろ」
笑顔のキュアブ○ックは、顔の前でブンブンと手を振る。
天狗と狐はこくりと頷き、裏切られたブラックは勢いよく仰け反る。動きのみで、驚きを示していた(芸人だ、コイツ)。
「霧の謎を解かない限り、彼女らと対峙することすら難しいですよ。
さて、ヒイロ、どうしますか」
「…………」
俺は、彼女らから距離を取って樹の裏に隠れる。
発動、不可視の矢。
「…………」
安全な位置から、キュアブ○ックを狙い撃つ。
「ッ!? ッ!? ッツ!?」
あわあわしながら、キュアブ○ックはタップダンスを踊り、必死に不可視の矢を避けまくっていた。
「「…………」」
天狗と狐は、棒立ちして、ソレを見守っている。
助けるどころか、時々、事故を装い、そっと押したりして矢を当てようとしており……三人の関係性をなんとなく窺わせた。
どうやら、天狗と狐とプリ○ュアは、俺の修行を手伝ってくれるらしい。
対クリス・エッセ・アイズベルト戦を想定しているのだろう。
天狗とプリ○ュアは生成を発動させて、クリスの高速生成を再現し、殺意丸出しの狐は接近戦を仕掛けてくる。
凄まじいのは、二人分と想定されるクリスの高速生成だった。
しかも、それは、ほぼ意識を割かずに行われるらしい。だからこそ、同時に接近戦もこなすことも考えられている。
当然、俺はボコボコにされて、昼過ぎにはボロ雑巾のようになっていた。
「お兄様……大丈夫ですか……?」
「前が見えねェ、未来も見えねェ、なんにもねェ(ラップ)」
服が汚れるのも厭わず、レイは地面に膝をつき、濡れたハンカチで顔を拭ってくれる。
俺が頭を打っていないのか、確認してから。
そっと、俺の頭を持ち上げて、自分の膝の上に乗せる。
「…………」
俺は、頭を上げたまま腹筋で上体を保ち、下半身の動きのみで横にスライドする(超動作)。
が、いつまでも、柔らかな太ももの感触が付いてくる。
「…………ッ!?」
こ、コイツ、正座したまま横に動いてるのか!?
微笑んだまま、レイは俺の頬にハンカチを当てて、愛おしそうに撫でてくる。
「お兄様の強さの理由がわかりました……こうして、いつも、私たちを護るために無茶をしてるんですね……」
「…………(光学迷彩で消える)」
レイは空気を膝枕したまま看病を続け、空気少年ヒイロは、どうにか立ち上がれるようになった。
また、霧が出始めている。
と思っていたら、その霧はどうにも煙たい。
何事だと訝しんでいると、バーベーキューコンロと420歳のドヤ顔が視界に飛び込んでくる。
師匠は、トングを鳴らしながら、もくもくと上がる白煙に包まれていた。
「そろそ――げほっ、ごほっ――良い時間です――げえほっ――お昼にしま――げほ、ごほ、げほぉっ!!」
「バーベキューコンロで、自殺でもしてんのか?」
数分後。
生木を燃やして、白煙フェイスパックをしていた師匠は、ぽつんと隅の方で三角座りをしていた。
「ヒイロ、マダデスカー?」
「静かに待ってない子には、なにもあげませんからね!!」
「…………(ちらっ)」
「お、お兄様、可哀想ですよ……」
「甘やかすな。いつも、捨てられた犬みたいな目でねだるんだから。
レイも、餌食にならないように毅然とした態度を取りなさい。420年間、媚びを売ってきたエルフに与えて良いのは哀れみだけだ。人間の矜持というものを見せつけてやれ」
炭を投入して、どうにか火元が安定してくる。
肉を焼き始めた途端、すっと、紙皿と割り箸を持った御影弓手たちが湧いてくる。
「「「…………」」」
「野良エルフにあげる飯はねーぞ!! 失せろ!!」
「「「…………」」」
「割り箸で、顔を摘むのはやめてください。引っ張らないで。焼こうとしないで。冗談ですから。
ほっぺた、戻らなくなっちゃうよぉ……!!」
飯を食べている時も、彼女らはお面を外すつもりはないらしい。
「「「…………」」」
「こわ……笑顔のプリ○ュアが、肉を喰らってる……」
師匠は、ニコニコで、焼肉のタレ(黄金の味がするヤツ)を肉にぶっかけて、飯盒で炊いた白飯と一緒に食べていた。
飯の上が空く度に、上目遣いでせっついてくるので、俺は焼くことに専念しご飯を与え続ける。
「お兄様、甘やかしたらダメだって、さっき自分で……」
「えっ!? コレ、甘やかしに入るの!? 嘘でしょ!?」
レイは俺の分を確保して焼き始め、俺は、レイと師匠と野良エルフの分を焼き続ける。
「「「「…………」」」」
「Waitに入るな!! Activeしろや!! 人のことを自動焼き肉製造機とでも思ってんじゃねぇぞ!?」
最終的に、エルフたちはちょっとした煙を恐れて、遠くから肉を網の上に投擲するとか言う新競技を始めた。
秒でその競技を禁止して戦力外通告を出し、俺とレイは合間に腹を満たしながら、せっせと肉を焼き続けた。
「この劣等種がっ!!」
「「「「…………」」」」
「いけません、お兄様!! おさえて!! まだ、食べるつもりで皿を差し出してますが、ココはおさえてください!!」
賑やかな昼食後。
俺は、鳥居の上で、両足を揺らしながら考える。
霧、霧、霧か……魔力を制御してくれる霧……でも、さっき、魔力を制御してくれなかったのはなんでだ……? 機嫌が悪かった……いや、霧に思考があるわけでもないし、有り得ないだろ……だとしたら、なにか条件がある筈だ……。
いつの間にか。
俺の隣に座った少女が、同じタイミングで足を揺らしていた。
「悩んでいるな、少年」
トレンチコートを着た魔人は、舌足らずな声でささやく。
俺は、ため息を吐いて――遠く彼方を見つめた。
「ん? なにが見え――わあああああぁぁぁ…………!」
釣られたアルスハリヤの背を押して、鳥居から突き落とす。
頭から着地したのを確認し、上から不可視の矢を撃ち込む。ハリネズミみたいになったのを視て、ようやく、俺の心に安寧が訪れた。
さて、この霧の問題をどうしたら良――
「おい」
パッと、また隣にアルスハリヤが現れる。
「挨拶代わりに人を殺すな」
「なら、気安く人に話しかけるな」
「随分と御大層な口を利くじゃないか、皇帝陛下。僕は救い手、救世主。君を救うためだけに、わざわざ、こうして美麗な顔を出してやったんだぞ」
鳥居の上で起立し、両手を広げたアルスハリヤは嗤う。
「霧の謎を解き明かすヒントをやろ――」
「要らん」
両手を広げたまま、アルスハリヤの表情が固まる。
ゆっくりと、彼女は両手を下ろして、うろうろと歩き回ってから俺の顔を窺う。
「ヒン――」
「失せろ」
「…………」
アルスハリヤは、諦めて、俺の隣に腰掛ける。
「そう、嫌うなよ。僕と君は一心同体。
百合を破壊する者同士じゃな――冗談だ、やめろ!! 足で押すな!! 徐々に恐怖を与えながら突き落とすのはよせっ!!」
仕方なく許してやると、彼女はホッと息を吐いた。
「なら、別方面からのアプローチだ」
アルスハリヤは、一本、綺麗に人差し指を伸ばした。
「君に力をやろう」
「力……?」
「魔眼だ」
俺は、目を見開く。
「開けるのか?」
「僕は、君の内部を知り尽くしてるからな。開眼くらいは余裕だ。
ただ、もちろん、現在の君では、扱いきれないかもしれないが……いざと言う時の切り札くらいにはなる」
誘うように魔人は微笑し、俺は笑って首を振る。
「いや、やっぱり、要らんわ。
必要になるとしたら、クリス・エッセ・アイズベルト戦……でも、アイツと戦う羽目になるかと言えばならないだろうしな。仮想敵のままで終わるよ」
「どうかな」
翠玉。
翠の瞳が、深淵の底から俺を覗き込む。
「僕の知る君なら、殺り合うことになる気がするがね」
「ねぇよ。
ほら、とっとと失せろ。修行の邪魔だ」
「ま、その気になったら教えてくれ。
僕は、君の素晴らしいパートナーで、唯一無二の絶対的な味方なんだからね」
アルスハリヤを追い払った俺は、思考を霧のことに戻した。
「…………」
考えふけるうちに、いつの間にか、宵闇が周囲を包み込んでいる。
今日のところは、こんなもんか。
結局、霧の謎が解けなかった俺は、苦笑して師匠たちの元へと戻り――その夜。
「お、お兄様……も、申し訳ありません……」
なぜか、全裸のレイと。
「…………(湯に顔をつけて、自害を図る)」
背中合わせで、温泉に入っていた。