眷属ガチャSSR
「…………」
神聖百合帝国、中央部、水晶宮。
七色の水晶で出来た玉座には、真っ黒なケーブルが接続されている。あたかも、牢屋に繋がれた虜囚のようだった。
玉座の間には、幅や太さが異なるケーブルが敷き詰められている。
床が視えないくらいで、ぎっしりと、黒色の線がうねっていた。
天井、壁、床から導線が走り、棺を思わせる黒い箱――敷設型魔導触媒器にケーブルが直結されている。
棚にぎっしりと詰められた小型の魔導触媒器とPCは、おびただしい数の配線で覆われている。誰かが手動で管理しているわけではないようで、放置された状態で動き続けているようだ。
「お、きょーちゃん。おかえんなさい」
ひょっこりと、棚の間から。
下着姿のルビィが、顔を覗かせる。
「コレ、なにごと?
と言うか、なんで下着?」
「あ、やべ。箱開けて、配線弄ってたから静電気対策。恥ずかし」
頬を染めたルビィは、そそくさと服を身に着ける。
着替え終わるのを待ってから、少し寒そうな彼女に上着をかける。
「で、どうしたの? この魔境は?」
「あー、今、暇だったから、仮想通貨のマイニングやってるんだよね。全部、コレ、マイニングマシン。敷設型魔導触媒器を演算処理装置に見立てて、簡易的な次元扉で、異界から現界のネットワーク通してコイン掘ってんの」
ぺらぺらと、彼女はしゃべり続ける。
「異界から現界へのネットワークって遮断されてないし、IP付与が特殊で、串刺さなくてもやりたい放題なんだよね。拠点魔力があれば、敷設型魔導触媒器動かし放題だし、基点となるPCの電源は海底熱水噴出孔から取ってるからさ」
…………何語?
「グラボって、アスク税かかるから国内で買うのってマズイでしょ? アジア圏で買ったら、中間マージン取られるから、米にいるネット友人通して下ろしてもらってるんだよ。コスパ重視で、グラボタワー作って、もうちょい強化するつもり。
近くに幾らでも水はあるから冷却装置作り放題だし、電気代無料みたいなものだから。グラボの動作速度上げて、簡易的なマイニングマシン作れば、安価で掘る速度上げられると思っててさ」
「待って、怖い!! もう、怖い!! 俺の預かり知らぬところで、取り返しがつかないことになってる感じがする!! 何をしゃべってるかわからないし怖い!!」
「とりあえず、はいコレ、瑠璃ちゃんが出した予測収支ね」
投げつけられた画面。
そこには、日ごとに右肩上がりを続ける収入曲線が描かれていた。ただ、右斜めに線を描いたようにしか視えない。
「…………(絶句)」
「ま、オレなんて、りっちゃんや瑠璃ちゃんに比べれば大したことないよ」
「や、やめて……もう、やだ……」
「あ、三条燈色」
アルスハリヤ派を示す、赤色の眷属装束。
装束姿の緋墨は、バインダーを脇に挟み笑顔で寄ってくる。
「おはよ。
どしたの、その顔……鳩がガトリングガン喰らったみたいな顔して」
「いや、そりゃあ驚くよね? 俺、ビフォーとアフターしか視てないからね? ミッシングリンク辿れてねぇんだよ。なにがどうなったらこうなったんだよ」
「いや、だって、一晩も時間もらえたし……りっちゃんとルーちゃんに一晩も与えたら、こうなるに決まってるでしょ。
それより、コレ」
またも、俺は、画面を投げつけられる。
そこには、周辺諸国の情報とその予測収支、技術の発展度合いと脅威度、同盟を結んだ際の利点が描かれている。
プロセス化された神聖百合帝国の各施設の動作フロー、俺を皇帝とした絶対君主制の導入状況、各役職に就けるべき人材、俺の承認を必要とする書類と王印の作成示唆、各土地の資源生産数とインフラ整備状態、周辺諸国を封じ込めている外交策の詳細。
素人の俺でも、一目見れば、概要が理解出来る程にまとめられている。
「……ひ、一晩で、ココまでまとめたの?」
「うん、暇だったから」
さらりと、緋墨は答えて、顔を青くした俺は絶句する。
だ、ダメだ……コイツらに任せていたら、百合ゲーが跡形もなく破壊される……一晩、ぐっすり寝ただけで、覇道を歩まされてる……。
「あんたがいなかったから、国の行く末に纏わる箇所は進められなかったのよ。
ようやく、コレで、少しは効率が良くなる」
「今まで、効率悪かったの!?」
「当たり前でしょ、なに言ってるの。
ま、私なんて、りっちゃんやルーちゃんに比べたら大したことないから」
平然としている緋墨を見つめて、俺はにこぉと笑った。
「で、あの、椎名莉衣菜様はどこに……?」
「なんで、様付け? 奥の小部屋で遊んでるけど」
恐怖で震えながら、俺は、そっと小部屋を覗き込む。
猫耳付きの毛布パーカーを着たリイナは、目を爛々と輝かせて、10個開いた画面を同時に操っていた。
ひとつの指に、ひとつの画面。
彼女を中心として、円を描くようにしてキーボードが置かれていた。
時たま、ソレらを高速でタイピングし、歌を口ずさみながら彼女は笑っていた。
ダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカッ!!
打鍵によって、凄まじい音が鳴らされている。
彼女は、足の指に付けた導線を動かして敷設型魔導触媒器を起動したりしなかったり、なんらかの指示を出している。
周囲には、大量のエナジードリンクが放り出されており、死屍累々の戦場を思わせた。
「…………」
俺は、微笑んだまま、なにも視なかったことにしようとして――
「あっ……きょ、教主様……!」
ぱぁっと、笑顔を浮かべて。
操作をほっぽりだしたリイナが、よろけながら駆け寄ってくる。
「えへへ……リイナ、暇だったから頑張った……」
今にも尻尾を振りそうな彼女は、愛らしく両手をぎゅっとする。
「あ、あのね……えへ……リイナ、こういうのすんごい得意だから……瑠璃ちゃんとかルーちゃんに比べれば大したことないけど……教主様に褒めてもらいたくて……頑張った……えらい……?」
不安と期待が入り混じった両眼。
可愛らしいショートカット少女、しかも、ルビィと言う百合伴侶持ち……この俺が、怒れるわけもない。
「え、偉いね。す、スゴイと思うよ」
「えへぇ……」
リイナは、にへらと笑む。
「あ、あのね、教主様にいっぱい見せるものあるよ……!」
ぐいぐいと、リイナは俺を引っ張る。
なんか、前も、こんな風に引っ張られたような……そこでようやく、俺は、彼女が豪華客船に乗り合わせた眷属のひとりであることに気付いた。
見守っていたルビィと緋墨は、顔を見合わせて苦笑していた。
「珍しいな、りっちゃんが懐くなんて。
まぁ、豪華客船で、ボートもらって逃してもらった恩もあるだろうしおかしくもないか」
「犬猫と同じで警戒心が高いからね……まぁ、三条燈色なら良いんじゃないの。ルーちゃんもりっちゃんも、アイツのお陰で、巻き込まれずに済んだわけだし」
「…………」
「でも、なんか、きょーちゃん、微妙な顔してないか? なんで、救いを求めるような目でオレを視てくるの?」
「まぁ、変わったヤツだから……」
恋愛感情ではない好意は嬉しいが、なるべく、俺の前ではルビィとイチャついていて欲しい。
複雑な気持ちを抱えたまま、俺は、彼女自慢の施設の数々を見学する。
「だからね。
ユニット生産と研究の速度を上げるために、区域のボーナス重複出来る境目を狙って、玉座を海底に沈めてから海底ケーブルを通して、敷設型魔導触媒器を複製玉座化して加速――」
「はい、すいません、スゴイと思います。すいません」
移動用の海底チューブ内では、リニアモーターカーらしき乗り物が行き交っており、皇帝用と銘打たれた俺専用のソレに乗る。
海底へと潜っていき、俺は、海中に出来た都市を眺める。
「…………(諦観)」
「それでねそれでね……!!」
ぐいぐいと、腕を引っ張られながら、俺は海底のレストランに入った。
そこには、真顔の幹部三人衆が席に着いていた。
リイナの姿を視るなり、複雑な表情を浮かべて俺を見上げる。
「きょー様……視て、コレ」
ワラキアは、泣きそうな顔で、山盛りの野菜と脂、ニンニクと麺が盛られた丼を指した。
「二郎が採れた」
「わかる……言いたいことは、痛いほどわかる……」
無言で席を立ったハイネは、座ったリイナの肩を自主的に揉み始める。
「リイナ先生、足もマッサージする?」
立場、入れ替わっとる……。
ひとり、どうしたら良いのかわからないと言わんばかりに、ステーキ肉を見下ろしていたシルフィエルはため息を吐いた。
「気づいたら都市が出来ていました」
「今回ばかりは、お前は悪くない。たぶん、止めようがなかった。目の前で、異次元の動きを繰り広げられても、その行為が止めるべきなのかわかる筈もない。
俺も、チーターを初めて目にした時、『なにしてんだコイツ』って感想を口ずさむことしか出来なかった」
リイナに袖を引っ張られながら、俺は、重苦しく切り出す。
「アルスハリヤ派は、この有能集団を今までどうしてたの?」
「雑用に使っていました。
アルスハリヤ様は、拠点の管理なんて興味を持ちませんでしたし、個々の眷属の能力なんて気にしたことすらない筈です。正直、ココまでの人材が、アルスハリヤ派に存在していたとは思いもしませんでした」
「もしかして、他の魔人も同じ感じ?」
「えぇ、恐らく」
俺は、黙り込む。
いや、コレ、かなりの優位性じゃないか……?
魔人どもが眷属をただの雑用と見做しているなら、宝物を崖から投げ捨ててるようなものだぞ……実際、アルスハリヤは、本来のシナリオ上では、アレだけ有能な緋墨をあっさりと殺しているのだから。
そこまで考えて、俺は苦笑する。
優位性があるからなんだ。下手に、俺が魔人を倒してどうする。月檻たちの成長の機会を奪いかねないし、この圧倒的な国力で、魔人たちを蹂躙するわけにもいかない。
「コレ、目立ち過ぎてるよな……?」
「そりゃあそうですよぉ! だって、異界で二郎が採れるのはココだけだもん! 二足歩行のマグロが、麺を茹でてるんだよぉ!?」
「目立ってはいるが、連日の襲撃が止んだのは事実」
ハイネは、リイナの肩を揉みながらささやく。
「あの神殿光都から『是非、皇帝に遊びに来てもらいたい』って手紙が来るくらい」
「その皇帝、ついこの間、『次来たら、○す』って言われたばっかりだよ……」
「で、どうしますか?」
ぽこぽこぽこ。
ハイネに肩を揉まれながら、ニコニコ笑顔の主犯は俺の肩たたきをしていた。
「……一回、全部、解体するか」
「よろしいんですか、折角、ココまで規模を広げたのに?」
「頑張ったリイナには申し訳ないが、他の魔人と事を構えるわけにはいかないしな。これ以上、発展したら怖くて眠れなくなる。
正直、リイナたちに稼いでもらった金を自分の生活費に回すのも嫌だし……リイナ、良いか?」
「べ、別に良いよ……何時でも、戻せるもん……マクロ組んだから、次は一晩もかからないだろうし……えへへ……だいじょぶ……」
「「「「…………」」」」
一同、絶句して、チーターから目を背ける。
「じゃあ、リイナ、俺の先生になってもらえるか? ちょくちょく、顔を出すようにするから、最低限の国家運営を続けていけるようにさせてくれ」
「わ、わかった……まかせて……!」
ぎゅっと、リイナは、力強く両手を握り込む。
「きょ、教主様の敵は、リイナの敵だから……えへへ……必要になったら、何時でも、某非暴力主義のお爺さんみたいに核ミサイル撃ち込むから……!」
「「「「…………」」」」
やはり、これ以上、この子に力を持たせてはいけない……制覇勝利で、百合ゲーが破壊される……。
「しゃあっ、解散ッ!!(やけくそ)」
こうして、一旦、神聖百合帝国は1(1と0の間には大きな隔たりがある)からのスタートを切ることになった。
俺は、魔人生活から学園生活に舞い戻り――廊下で、ばったりと、お嬢と出くわした。
彼女は、ピタッと止まって、俺の顔を見つめる。
「…………」
「よう、お嬢、久しぶり! 元気してた?」
「…………」
目を見開いた彼女は、ゆっくりと、後ろにななめっていき――バッタァン!!
「お、お嬢ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
派手な音を立てて、後方に倒れた。