ヒイロくん、絶好調
量産品の小刀型魔導触媒器。
ゲーム原作内では、量産品は店売り品のひとつだ。装備する際に必要なコスト(魔力の総量で、魔導触媒器の装備可能な品や数が異なる)が非常に低いので余り枠に装備されることが多い。
量産品は、ダンジョンでドロップすることはほぼなく、人間の雑魚敵がドロップするものを拾うことが大半だ。
倒せば倒すほどに、ぽんぽん落とすので、店売りして小銭を稼ぐモノのようなイメージがある。
当然、その性能は大して高くはない。
例えば、現在、俺が装備している小刀型魔導触媒器は、式枠1で導体が1つしか付けられない。
腰に差しているもう1本と同期させて、『属性:光』『生成:玉』で光玉を生み出し、付け替えて『操作:射出』で光玉を撃っていたりするくらいだ。
ちなみに、お嬢の持つ『耽溺のオフィーリア』は首飾り型であるため、近接戦には向いておらず、その上、式枠1なので量産品以下との呼び声が高かった。
エスコ・ファンからは『量産品より劣るように作られた特注品』、『最弱の称号を戴く者しか持てない聖遺物』、『噛ませの噛ませによる噛ませのための魔導触媒器』、『工匠「間違えて、首飾りに式枠付けちゃった……ま、ええか^^」』と評されている。
結局、なにが言いたかったかと言うと、例外を除いて量産品は弱いと言うことだ。
九鬼正宗であれば、間に合ったであろう魔法発動――魔力の伝導率が低いせいか、その発動は何時もよりも数秒遅れて――
「クソがっ!!」
俺の構えた手のひらに、矢が突き刺さる。
遅れて、光玉が発動する。
眩い光が炸裂して、呻き声を上げたエルフたちは片手で目元を覆った。
矢を引き抜いた俺は、ラピスを抱え上げて遁走を開始する。
「ヒイロ……」
涙を流しながら、ラピスは俺の胸に顔を埋める。
「良かった……生きてて……ほんとに良かった……わたし……ヒイロがいなくなったら、どうしようって……わたし……わたし……」
「勝ち逃げは嫌だからな」
俺は、彼女に微笑みかける。
「あの世だろうがこの世だろうが、お前と決着がつくまでは傍にいるよ」
熱に浮かされたかのように。
頬を染めた彼女は、俺を見つめてこくりと頷いた。
危ない危ない……とりあえず、コレで、俺とラピスは好敵手関係に戻った……緊急事態だから、正体バレも覚悟して助けに来たが……コレ以上、好感度が上がったら取り返しが付かなくなるからな。
俺は、階段を駆け上がり――
「そこまでだっ!!」
弓を構えたエルフたちに、矢先を突き付けられる。
「儀式の最中に、姫様を攫うとは……この痴れ者が……男如きが薄汚い手でルーメット王家の姫君に手を触れるとは……覚悟してもらうぞ……」
「覚悟するのはテメェらだ」
怒気を発して、俺は、彼女たちを睨みつける。
「ラピスが愛する男ならまだ良い……俺は、百合を押し付けるつもりはない……まず、第一にこの子が幸せにならないと意味がないからな……だが、お前らは、氏族間のバランスとか言うクソみたいな理由で、この子が望まない未来を押し付けた……だったら、俺は、この子とお前らの間に挟まるだけだ……」
「なにを言っているのかわからない。
その下らない矜持は、命を懸ける程のものか」
「お前の言う下らない矜持がなかったら、この子は泣いたままだろうがッ!! だったら、この矜持は!! 俺にとって、命を懸けるのに値するんだよッ!!」
気圧されたエルフは、ゆっくりと後ろに下がる。
「退け。
俺は命を懸けてるが、お前はなにも懸けてない。勝負にならねぇよ」
一歩踏み出し、彼女は下がって――俺は叫んだ。
「この子のために、命を懸ける度胸もないなら、今すぐそこから退けッ!!」
「ぐっ……うっ……!」
車輪の回る音。
俺は、笑って――ドッ――階段上から突っ込んできたママチャリが、エルフたちを弾き飛ばし、強化された前輪が壁に食い込む。
灰色の髪をなびかせたハイネは、右拳を顎下に持ってきてこちらを睨みつける。
「チャリで来た」
彼女は、ジト目で、不満気に頬を膨らませる。
「上で待ってたのに、何時までも来ない。
とっとと乗って、教主。我々は、チャリで来て、チャリで帰る」
「道理だな。ナイスタイミングだ、ハイネ。
ラピス、ハイネが漕ぐから後ろに乗れ。クールな迎えが来たぜ」
「いや、なんで、自転車!?」
驚くラピスに、俺は頷きを返した。
「日本特有の奥ゆかしい文化だ。
青春の途上とも言える学生時代、女の子を後ろに乗せて走ることは日本国憲法で推奨されている」
「あ、神殿光都にチャリで来たのは、たぶん、ヒイロが史上初じゃないかな……な、なんで、チャリで来たの……?」
俺は、ハイネと並んで、右拳を顎下に持ってくる。
「「チャリで来た」」
「いや、回答になってないから」
下ろしたラピスを荷台に乗せている間、ハイネはカゴに入っていた大根で、エルフたちの頭をしばきまわしていた。
「私が漕いで、ヒイロが後ろに乗ったら……? ヒイロ、怪我してるし……もたれかかってもいいから……どう……?」
「俺は走る。その方が、色々と都合が良さそうだからな」
「でも……怪我が……」
「良いよ、かすり傷だから。それよりも、脱出を優先しよう」
そっと、ラピスは俺の服の裾を掴み、潤んだ瞳でこちらを見上げた。
「ちゃんと……傍にいてね……?」
「あぁ、傍にいるよ」
お前が織り成す百合を、俺は、何時でも傍で見守ってるからな(爽やかな笑顔)。
絶妙なハンドルテクニック。
花嫁を乗せたママチャリは階段を駆け上がっていき、俺はその後ろに付いていく。
「きゃっ! け、結構、揺れる!」
「掴まって。
教主の嫁は、私の嫁でもあるから。大事にする」
「教主って誰……? と言うか、貴女は、ヒイロとどういう関係? 友達? つ、付き合ってたりはしないよね?
きゃっ!」
「舌、噛むよ。黙って掴まってて」
「あ、ありがと……」
初対面の少女たちが、身体を重ねて、ママチャリに乗っている。
その後ろにピッタリと貼り付いて、俺は、ニヤニヤと笑っていた。
良いね……ハイネ✕ラピス、全然、有りだよ……実に、GOODだ……初々しさがあると言うか……ママチャリの二人乗りは、一種のロマンティシズムだからね……もしかして、アルスハリヤ先生は、コレを狙ってママチャリを用意したのか……だとしたら、先生は天才だな……それはそれとして○ね……。
走る俺の横に、ぽんっと、アルスハリヤが現れる。
「なぜ、君は、血まみれで笑いながら走ってるんだ……?」
「幸せだからかな」
アルスハリヤの笑みが引き攣る。
「わかってると思うが、来た時に使った次元扉は使えないぞ。空でも飛べるなら別だが」
「わかってるよ、落ちて来たんだからな。
他の脱出ルートは、見当が付いてるから大丈夫だ」
俺は、ゲーム内のMAPを思い出しながら、赤絨毯が敷き詰められた廊下を曲がり――目の前に、翠色の魔装束が視えた。
「ハイネ、止まれッ!!」
ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
自転車を横にしたハイネが、滑りながら両足でブレーキをかける。
葉脈のように魔力線が走った魔装束……鮮やかな翠色を浮かび上がらせた御影弓手たちは、廊下の隅から隅まで、魔装束の内側から発生させている色濃い霧で満たしていた。
ぱちぱちと、魔力の雷光が迸る。
「…………」
霧の向こう側から、翠色の瞳が覗いている。
遠視鏡――精密射撃用の魔法を既に発動しており、彼女らの瞳は演算用の魔法陣で覆われていた。
六人。
六人の御影弓手は、そっと、魔導触媒器を取り出す。
霧が彼女らの手元に集まり、音もなく弓の形を取った。
ヤバいな。
俺は、汗を垂らしながら、各氏族から選びぬかれた六人の精鋭を見つめる。
全員が全員、現在の俺よりも格上だ……ハイネであろうとも、準備万全の御影弓手を六人も相手取るのは無理だろう……ココを抜けないと、神殿光都の儀式の間……エルフたちの持つ次元扉まで辿り着けない……。
汗で濡れた右手で、腰の後ろの小刀を握る。
後ろからは、他のエルフたちが詰めてきてる……今更、戻れない……間を抜けるしかない……一か八かで、突っ込む……!
「ハイネ、俺が引き付けるッ!! 行けッ!!」
俺は、姿勢を低くして抜刀――突っ込もうとして――
「ヒイロさ~ん、お久しぶりで~す! どうぞ、おとおりくださ~い!」
間の抜けた声に、ブレーキをかける。
御影弓手のリーダー。
金色の癖毛を持つ彼女は、緊張感のない声音で俺に呼びかけてくる。
「なに、呆けてんすか? とっとと、通って良いっすよ?」
「……良いんすか?」
「良いんすよ」
恐る恐る、俺は、ママチャリを脇に引き連れて横を通り抜ける。
振り返る。
一部、不満気な御影弓手を除いて、彼女らは好意的な笑みを返してきた。
「我々が護るのは、姫様の命だけじゃないすからね」
御影弓手は、口端を曲げる。
「姫様の心も護衛対象すから……では、ヒイロさん。また。
足止めはお任せあれ」
「ミラ!! ごめんねっ!!」
苦笑して、癖毛の彼女は、ラピスの頭を撫でる。
「ありがとう、でしょ……?
では、おさらばです。これから、足止めの後に、長老様たちからのお説教コースなんで」
「……殺されたりはしないんだよな?」
御影弓手のリーダー――ミラ・アハト・シャッテンは、両眼を光らせて、口端を曲げる。
「殺せるヤツがいないんだから、殺されるわけないでしょ」
押し寄せてきた大量のエルフたちが、立ち塞がる御影弓手を視て、怒鳴り声を撒き散らす。
「裏切るのか、御影弓手!?」
「裏切る?」
ミラたちは、微笑んで、霧の中に解け落ちる。
「勘違いするなよ、貴様ら」
高笑いと共に、ミラの声が響き渡る。
「端から、コレが――我々の仕事だ」
耳を劈くような射撃音がかき鳴らされ、俺たちは、その音に圧されるようにして儀式の間へと飛び込んだ。
そこは、緑で溢れていた。
小鳥たちが、平穏を歌っている。
緑と花で彩られた広間の最奥には、苔むした巨岩があり……その中央、揺らめく無色の空洞があった。
六人の御影弓手。
透けている純白のワンピースを着た彼女らは、ひとりがひとりと対になって並び、巨岩へと通じる擬似的な通路と化していた。
目を閉じた彼女らは、蒼白い光に包まれており、ブツブツと詠唱を続けている。
彼女らの肌から立ち上る詠唱の切れ端、その文字は目に視えており、黒色の文字列が宙空に散らばって解け落ちてゆく。
「ヒイロ、唱え手が六人しかいないから門が安定してない!! 早く行かないと!! 乗って!!」
ラピスが伸ばした手。
俺は、その手を握り、立ち漕ぎしたハイネが両輪を勢いよく回転させ――門が閉じ――俺たちは、一気に、その門を突き抜けた。
ガシャゴォン!!
道路に前から突っ込んだママチャリは、大破して、俺たちは投げ出される。
俺たちとは、運動性能が違うのか。
「YES、着地成功、10点満点」
くるくると回転したハイネは、俺たちとは違って綺麗に着地した。
無様に車上から投げ飛ばされた俺は、咄嗟にラピスを抱き込んで道路上を滑る。
「いっ……てぇ……ラピス、大丈夫か……?」
呼びかけるが、顔を赤くしたラピスは、目を見開いたまま微動だにしない。
「ラピス……おい……大丈夫か……?」
「うん……」
ラピスは、ゆっくりと目を閉じて俺を抱き締める。
「だいじょうぶ……」
「いや、大丈夫だったら離れて欲しいんだけど……もしもし……聞いてますか……もしもし……?」
四肢に力が入らない。
俺は、力なく満月を見上げ、安堵に任せて微笑んだ。
「しかし、災難だったな。好きでもない男と結婚させられそうになるなんて。でも、もう、大丈夫だ。安心しろ。
お前は、自分の意思で選んだ女の子と結婚でき――」
「え? 結婚ってなに?」
「…………は?」
俺の顔から、笑みが消える。
胸の上で、ラピスは不思議そうに小首を傾げていた。
「……お前の婚約者は男だよね?」
「ううん、女の子だけど。それに、もう、婚約も解消したよ」
「……氏族間のバランスを取るために、無理矢理、結婚させられそうになってたんだよね?」
「自浄の儀式のこと? 人間から視たら、アレ、結婚式に視えるの?」
「……あの時、向かい合ってたエルフは男だよね?」
「ううん、女の子。
男なわけないでしょ。あの後、軽いハグもするんだから。ルーメット王家のわたしが、男の人とハグ出来るわけないもの」
「……で、でも、ラピス、涙の跡があったよね?」
「ヒイロが急にいなくなるから……毎晩、泣いてたの……それに、日本に戻ってヒイロを探すことに決めたのに、大祖母様が離してくれなくて……だから、ヒイロが迎えに来てくれて凄く嬉しかった……」
ガクガクと震える俺は、夜空の下に立つ魔人を見つめる。
紫煙が、宵闇で踊っている。
煙の背景の裏で、魔人アルスハリヤは、愉しそうに嗤っていた。
「やはり、僕の本懐はコレだ。百合の間に男を挟むことに関しては、一から十まで計画が上手くいった。あんな適当な嘘を信じるなんて、ヒーロくん、君は本当に馬鹿だなぁ。最初から、こうしておけば良かったよ。
なぁ、ヒーロくん」
目を閉じたアルスハリヤは、満月の光に照らされて、感無量の表情でささやいた。
「絶望に浸る君の顔面は……実に美しい」
アルスハリヤは、三日月の形で口を曲げる。
「命を懸けて、好感度を急上昇させた美少女を胸に抱く気分はどうだい?」
「ぁ……ぁ……ぁあ……!」
俺は――絶叫する。
「よくもだましたァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! だましてくれたなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
泣きながら、俺は、身悶えする。
「お前だけは許さない……アルスハリヤァ……お、お前だけは……お前だけは許さないからなァ……!! ァア……!! ぁ、ぁ……!!」
俺は、両手で顔を覆って叫んだ。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ヒイロ!? 傷が痛むの!? 大丈夫!?」
俺の慟哭は、夜空へと打ち上がっていった。
何時までも、何時までも、宵闇へと伸びていって……俺を心配したラピスたちの看病を受けた後、ようやく、俺は学園への復帰を果たした。
この話にて、第四章は終了となります。
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