百合に挟んで、百合に挟まる
九鬼正宗が、地面に突き刺さっていた。
「二週間ぶりの再会にも関わらず、野蛮に輪をかけるね」
透けている。
俺の投げた九鬼正宗は、アルスハリヤを素通りしていた。
俺が投げたと同時にアルスハリヤが倒れたので、刀が突き刺さったように視えていたが……アルスハリヤは、実体を持っているわけではない。
「というか、お前……なんか、小さくなってね?」
ちょこんと。
身長130~140cmくらいに縮んだアルスハリヤは、心なしか顔立ちまで幼くなっている。ムカつく顔つきはそのままで、持っている煙草は先端が光る玩具になっており、特徴的なトレンチコートもミニサイズになっていた。
「君のせいだろ」
「なんか、声まで可愛くなってる!! 舌足らずなのキモい!!」
「やれやれ、そんなことを言ってる場合じゃないだろ。
君には、もっと、気にすべきことがあ――やめろ(1HIT)。殴るな(2HIT)。見た目が子供の顔を(3HIT)。ボコボコに殴るのはやめろ(4HIT、5HIT、6HIT、7HIT)」
ノーダメージ。
修復したわけでもなく、1mm足りとも変形していないアルスハリヤの顔を見つめる。
「どうなってんだ……?」
「無駄なことはやめてくれよ。僕らは運命共同体だ。一から説明してやるから、まずは、話を聞いてくれ」
「御主人様?」
何時まで経っても、戻ってこない俺を心配したのか。やって来たスノウが、訝しげに声をかけてくる。
「スノウ!! 来るなッ!!
アルスハリヤが、また復活しやがっ――」
「はい?」
俺が指差した先を見つめて、スノウは小首を傾げる。
「さっきから、ひとりでなにを言ってるんですか?」
「え……?」
ちっこいアルスハリヤは、両肩を竦める。
「そのアホ面は実に素敵だが、まずは、彼女を遠ざけた方が良い。
これ以上、あの可愛いメイドさんに、君の素晴らしい間抜け面を見せつけない方が良いだろ。感動の再会の直後に、百年物の恋が冷めたら大変だ」
「い、いや、なんでもない……エクササイズだ……」
「はいはい。何時もの異常行動ですね。どうぞ、ごゆっくり」
苦笑して、スノウは、ベンチに戻ってゆく。
俺は、噴水に腰掛けて、ちっちゃな両手でドクター○ッパーを飲んでいるアルスハリヤを見つめた。
「うえぇ……君、コレ、人類が飲んで良い飲み物じゃないぞ……?」
「説明しろ(刃物)」
「もちろんもちろん、君への答えは常にYESさ。
なにせ、僕と君は、運命で結ばれたパートナーなんだからね」
気色悪いセリフに我慢しながら、俺は、アルスハリヤに向き直る。
「まず、はじめに。なかなか、人間の精神では受け入れ難いことかもしれないが、受け入れて欲しい事実がある……君は死んだ」
「あ、そう。
で?」
「……では、なぜ、君は生きているか?」
もくもくと、水蒸気をくゆらせながら、ミニ・アルスハリヤはささやく。
「僕が生き返らせたか――普通、そこは拳じゃなくて礼だろ(脳天を貫く右拳)」
「余計なことしやがってよぉ……!! あそこで、俺がお前と死んでれば、それでハッピーエンドだったんだよ!! ヒイロとアルスハリヤをダブルキルして、俺はあの世でユリンピックの表彰台に上る予定だったんだぞ!!」
後頭部から俺の拳を生やしたまま、アルスハリヤは苦笑する。
「いや、しかし、僕もあのまま犬死にするのは御免だったからね。あの状況下で、魔人アルスハリヤが生き残る手立てはひとつしかなかった」
アルスハリヤは、指を一本立てて振る。
「あの爆発の直前、僕の優秀な頭脳は、どうすれば生き残れるのか……その一点のみを追求し、手段を選ばず、即座にソレを実践した。
死廟のアルスハリヤに出来て、他の魔人には出来ないひとつの権能。それ即ち、人間の肉体の構築。六柱の魔人の中で、最も、人間を愛し理解している僕だからこそ、事細やかにその人間を分析し肉体を再構築することが可能だった。
僕は、魔人の中で唯一、死者ですらその情報をもって再構築出来るからね」
「知ってる。お前のクソ下らない権能のことはな。
でも、なんで、わざわざ俺を再構築した。自分で自分を治した方が、魔人にとってよっぽど簡単だっただろ」
「それは無理だ」
足を組んだアルスハリヤは、愛らしい声で続ける。
「魔人は、人間と違って、肉体と言う名の確固たる器が存在しない。朧気に人の型が存在しているだけで、その実質はただの魔術演算子の塊に過ぎない。だからこそ、肉体の再生も変形も自由自在なんだ。
あの爆発の瞬間、周囲の魔術演算子ごと吹き飛ばされれば、基の型通りに修復なんて出来やしないさ……なにせ、その型を創り上げたのは魔神様で、僕はその型の情報を持っていないわけだから」
言われてみればそれもそうだ。
自分では考えつかないようなモノを、設計図も型もなしに、一から創り上げることなんて出来るわけもない。
逆に言えば、創ろうとしているモノを理解して、その構造を細部まで、十全に把握していればソレを創り出せる。
「俺が生き返った理由はわかった。
でも、なんで、お前まで生き返ってるんだよ」
「生き返ってはいない。
僕は、完膚なきまでに消滅した……君の内部に存在している一部以外はね」
アルスハリヤは、にたぁと嗤う。
「あの時、僕は、君の肉体を再構築した直後に、魔人アルスハリヤを構成している魔術演算子を君の内部に移した。
ご存知の通り、人間は、肉体の内部に魔術演算子を溜め込むことが出来る。それを君たちは、魔力と呼んで魔法行使に用いている筈だ。
つまるところ、君は、魔人アルスハリヤと入り混じっ――」
拾い上げた九鬼正宗を自分の腹に突き刺そうとし――作り出された対魔障壁で、刃が阻まれる。
「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「躊躇も情緒もないのか、君には。やめろ。魔力だって無限じゃないんだぞ。こんなことに、僕の魔力を使わせるんじゃない」
何度も何度も、切腹にチャレンジするものの失敗する。
ぜいぜいと、息を荒げながら、俺はゆっくりと膝を折った。
死んだ目で、俺は青空を見上げる。
「コロシテ……コロシテ……」
「生き返った直後に、喜びもせずに死のうとする人間は初めて視たな……こわ……普通、少しくらいは躊躇うだろ……自分の命くらい、大切にしろよ……」
ようやく、理解する。
なぜ、俺が教主と呼ばれ、魔力量が桁外れに増えたのか。
俺の中に、アルスハリヤの魔力が存在するからだ。
魔人の魔力が、そっくりそのまま俺の内部に入ってくれば、魔力量が異常なくらい増えて当然。魔人は魔術演算子の塊、つまりは魔力そのものなんだから、アルスハリヤ派の連中が魔力を持つ俺を『主人』と見做すのも納得がいく。
数分かけて、俺は立ち直り、アルスハリヤを見上げた。
「どうすれば、俺の身体からお前を追い出せる……?」
「無理だよ。
なにせ、僕と君の相性は抜群だからね。普通、魔人の魔術演算子なんて取り込めば、人間は耐えきれずに自壊する。理由はわからないが、君には、僕を受け入れる下地があって、魔人と化す才能があったってことだ」
魔人、三条燈色。
ラピスルートで、ヒイロは、アルスハリヤに気に入られて魔人となっていた。それはつまり、アルスハリヤの一部、彼女の魔力を受け入れたことに相違ない。
元より、俺は、魔人となる条件を満たしていたのだ。
「丁度、良いじゃないか」
きらめく笑顔で、アルスハリヤは言った。
「僕は、百合の間に男を挟むのが大好き。君は、百合の間に挟まるのが大好き。
僕らは、最強のコンビで、一緒に百合をぶっ壊――」
俺が斬り飛ばしたアルスハリヤの首が、ころころと地面を転がっていく。
「ふざけるんじゃねぇ!! 俺の身体から出ていけ、この悪霊が!! 失せろ!! この世界から失せろ、害悪が!! 百合と言う言葉を学習して使い出すな!! お前の薄汚い口から、百合と言う美しい語を発するな!!」
「ひどいなぁ」
首なし状態で、とてとてと歩いて、アルスハリヤは自分の首を拾い上げる。俺は、その首を蹴飛ばし、くるくると回った頭は噴水にぽちゃんと落ちた。
にょきりと、アルスハリヤの首が生えてくる。
「家庭内暴力ならぬ体内暴力だ」
「なんで、スノウにはお前が視えずに、俺にだけ視えて触れるんだよ」
「当たり前だろ。僕には、実体がないんだから。僕の魔力を君の両目に集中させて、君が視たいように見せてるだけだ。こんなチンケな身体に視えてるのも、こうでもしないと、君の殺意が暴走すると自覚してるからだろ。
拳やら足やらに魔力を集中させて感触も再現してるが、実際には、君は虚空を殴りつけたり蹴りつけてるだけだ」
「本当に、悪霊じゃねぇか……無断で俺に取り憑くな……」
「そう邪険にせずに、仲良くしようじゃないか」
笑いながら、ぽんぽんと、アルスハリヤは俺の肩を叩いてくる。
「恐らく、この世界に、僕の魔術演算子を受け入れられる人間は君以外に存在しない。つまるところ、君が死ねば僕も死ぬんだ。
まさに、運命共同体! 素晴らしい! 僕らは、親友もといパートナー!! さぁ、一緒にご唱和ください!!
百合をぶっ壊――(顔面がぶっ壊れる音)」
「気安く、俺に触れるなゴミがァ!!(肘打ち連打)」
「冗談冗談。
君の考えていることは、僕に全て筒抜けなんだ。僕を道連れにして、死を選ぶほど、君は百合を護りたいんだろ。正直、僕の信条には合わないが、親愛なるヒーロくんのためなら一肌脱ごうじゃないか。
要するに、ヒーロくん、君は最悪な『実は生きていました』をやりたいわけだ。月檻桜たちからの君への好意を下げつつ、彼女らを元通りの生活に復帰させたいんだろ?」
アルスハリヤの顔面を肘で破壊していた俺は、ぴたりと動きを止める。
「……そうだ」
「なら、僕に任せたまえ」
彼女は、微笑んで、俺にささやきかける。
「なにせ、僕は、愛を破壊するプロフェッショナルだ。
彼女たちから君へと注がれている好意を、立ちどころに0へと変えてみせるよ」
「あ、アルスハリヤ先生……?(手のひら返し)」
アルスハリヤの背後から後光が差して――彼女は、力強く頷いた。