まじんのけんか
目が覚める。
「…………」
ぼんやりとした視界に、木目が映った。
「…………」
なんで生きてる、ココはあの世か?
混濁した意識、俺は思考を回す。
俺は……俺は、百合ゲー世界に転生して……三条燈色になって……ようやく、本懐を遂げた……ヒイロもアルスハリヤも○して、万歳三唱して終わりじゃなかったのか……クソが……なんで、生きてる……。
身体を動かそうとすると激痛が生じて、全身に包帯が巻かれていることに気づいた。あの爆発に巻き込まれて、人間が生きていられるわけもなく、こんな包帯程度でどうにかなる筈もない。
でも、俺は、生きていて手当てを受けている。
やべぇ……気、失いそう……。
痛みと熱に浮かされて、意識が時たま途絶える。
「…………」
指一本動かせない状態で、目線を動かした。
供花みたいに、白い花が供えられた低い机。十二辰刻の文字盤を持つ柱時計は、振り子を揺らしながら、重苦しい時を刻んで鎮座している。
酸化した銅枠を持つ大鏡にヒイロが映り、死にかけの自分を見つめていた。
ふと、気配を感じる。
部屋の隅。
暗がりに潜んでいる何者かが、じっと、こちらを見つめていた。
おい、ココはどこだ……?
その問いかけは声にならず、俺は気を失った。
また、目が覚める。
なにやら、身体に違和感を覚えた。くすぐったい。
「…………」
俺が横たわるベッドを挟んで、三人の少女が立っていた。彼女らは、両脇から丁寧な手付きで、俺の身体の汚れを拭き取っている。
全身くまなく弄られて、俺は、ふと気づいた。
俺、全裸じゃん。
男の裸を拭いても、嫌悪感は覚えていないのか。
慣れた様子で、彼女らは俺の全身を拭いていった。当然のような顔つきで、股の間もフキフキされて、他人には見せられない部分まで綺麗にされる。
「え、えっちぃ……!」
恥辱感で、涙を浮かべた俺は、必死にささやいた。
「えっちぃ……け、けだものぉ……やめてぇ……!!」
少女らは顔を見合わせて、『なにを今更』みたいな感じで微笑む。
「教主様」
赤黒い髪の毛。
垂れ落ちる涙を思わせるピアスを身に着けた少女は、そっと、俺の耳元に唇を寄せてささやいた。
「現在は、ただ、なにも考えずにお眠りください」
額に指先で触れられて。
とろんとした眠気が、音もなくやって来る。
徐々に意識が薄れていって……また、俺は、眠りへと落ちていった。
その後、俺は、何度も目を覚ましたり意識を失ったり。
身体を拭かれたり排泄物を処理してもらったり、ご飯を食べさせてもらったり添い寝してもらったり、音楽を聞かせてもらったり寝物語を聞かせてもらったり……妙に好意的な三人の少女は、俺を付きっきりで介護していた。
献身的な手助けもあってか、ようやく、俺は介助付きで立てるようになった。
とは言え、まだ、ひとりで出来ないことの方が多い。
「…………」
「あの、脇から覗き込まないでください……お願いします……」
「失礼いたしました。心配で」
俺が倒れるのを心配しているのか、トイレの時には監視付きだし。
「きょーさまぁ? おかゆいところなぁい? だいじょぶですかぁ~?」
「…………」
「ぇ~? もしかして、恥ずかしがってるんですかぁ? かわぃ~!」
風呂の時には、身体を洗ってもらってるし。
「足、開いて」
「か、勘弁してください……!!」
「良いから開いて(ぐぃい)」
「絶対、ココまで開く必要ない!! 絶対、ココまで開く必要ない!! 股の間を拭くだけなのに、V字になるまで、大開脚する必要は絶対にない!! いやぁ、足でピースサインしちゃってるよぉ!!」
風呂に入れるようになったのに、V字状態で足の間を拭かれたりしていた。
早く回復してくれと、俺は、切に願い続けて。
ようやく、俺は、ひとりで歩けるようになった。
「…………」
部屋の外に出てみると、そこには、白く濁った青色の水面が広がっていた。
どこまでも、果てしなく広がる青色。
その中央に、ぽつんと、立っている木製の屋敷。
水中から伸びている柱に支えられ、水上に佇立している屋敷には、ちっちゃなボートが括り付けられている。
今にも、波にさらわれてしまいそうな。
心もとなく、ゆらゆらと、揺れているボートを視て……ため息を吐いた俺は、家の中へと戻っていった。
「まずは、ありがとう。
で、次に本題」
まだ、包帯が取れていない俺は、赤黒髪をもつ少女に問いかける。
「俺を死なせてくれなかった、心優しいお前は何者?」
「シルフィエル・ディアブロートと申します」
彼女は、微笑み――顔の横で、真っ黒な尾をフリフリと揺らした。
「深淵の悪魔です。
382年前から、教主様にお仕えしております。人間どもの船から貴方様をお連れして、治療の補助をさせて頂きました。身に余る光栄、恐悦至極に存じ上げます」
いや、深淵の悪魔って。
俺は、無手の自分を鑑みて、冷や汗を垂れ流す。
魔人よりかはマシだが、この序盤に遭遇したら、即死レベルのボスキャラじゃねぇか……エルフや精霊種とは違って、現界の人間とは相性が悪い存在……当然のように、現在の俺よりかは強いだろうし……。
「あっちの子は?」
ガーリーコーデの少女は、俺に向かってウィンクを飛ばしてくる。
「幽寂の宵姫です」
「……現在、ココに居ないもうひとりは?」
「死せる闇の王です」
あ、アカン……タイムを縮めるために、低レベルのまま、ひたすらに駆け抜けてきたRTA走者みたいになっとる……最終盤にワープしてきたようなもんだわ、コレ……生きてたと思ったらもう死ぬ……!!
ボスキャラに囲まれた俺は、恐る恐る、彼女たちに尋ねる。
「で、あの、教主様ってなに……誰……?」
「もちろん、貴方様のことです。
ココは、魔神教、アルスハリヤ派の拠点ですので。今後、教主様にはアルスハリヤ派を率いて頂く必要がありますから」
なにを言ってるかわからないが……俺がアルスハリヤを殺したと知られたら、即死だと言うことだけはわかるぜ!! 敵の陣地のド真ん中、いぇいいぇい!!(空元気)
謎の状況のまま、俺は、ニコニコとしながら問いかける。
「俺の魔導触媒器は?」
「御座います」
彼女は、ぱちんと、指を鳴らした。
ごとんと音を立てて、テーブルの上に九鬼正宗が現れる。
や、やべぇ……転瞬の導体もってやがる……逃げ出したとしても、秒で追いつかれて殺されるぞ……どうして、自分が生きてるのかわからないまま、もう一回殺されるなんて御免だ……。
「あ、ありがとね」
「滅相もありません。
他になにかご要求はお有りですか?」
俺は、問いかけに答えてみる。
「ココって、異界だよな?
とりあえず、現界の鳳嬢魔法学園に戻りたいんだけど……良い……?」
「はい、もちろん。
教主様の行動を縛る権利は、我々には御座いません。我々の生殺与奪も貴方様が握っておられます。お好きに動いてください」
ホッとして、俺は安堵の息を吐いた。
とりあえず、現界に戻って、師匠のところに避難すればどうにかなる。コイツらがどれだけ強かろうとも、師匠の敵じゃないだろうしな。
ククッ……(他人の)力ってものを見せてやるよ……!!
「じゃあ、俺、現界に戻っ――」
ドゴォンッ!!
凄まじい音を立てて、人影が天井をぶち破り、床を貫いて水面に叩きつけられる。
足元に空いた穴から、派手に水飛沫が上がった。
シルフィエルは、俺にかかりそうになった飛沫を手で防ぐ。
「もう少し静かにやりなさい、ハイネ」
水中から飛び出してきた少女は、骨で象られた杖を片手に、首をコキコキと鳴らした。
「無理。数が多すぎる」
「ライゼリュート派ですか?」
「ううん、フェアレディ派」
「えぇ、まじぃ? フザケてんですかぁ、あの女狐? アルスハリヤ様には、返しきれないレベルの恩がある筈でしょ~?
絶好の機会だからって、卑怯にも程がありますよぉ!」
「貴女たちふたりで処理しなさい。私は、教主様を現界まで送り届けます。
面倒な……教主様に、ホコリが付いてしまいました」
座り込んだシルフィエルは、俺のズボンに付いたホコリを払い取る。
悠長に俺の汚れを取っている彼女の背後で、渦を巻くようにして、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
飛び込んできた数十人の眷属を相手に、アルスハリヤ派幹部の二人は、余裕綽々で魔導触媒器を振るっている。
「では、付近の次元扉までご案内いたします」
「いや、アレ良いの?」
「はい、もちろん。
あの程度で死ぬなら、そこまでの器ですし、アルスハリヤ派の幹部に相応しくありません」
まぁ、視るからに優勢だしな。加勢は必要なさそうだ。
俺は、シルフィエルの後に続いて――
「いた!!」
「そこまでよ、覚悟しなさい!!」
フェアレディ派らしい眷属が現れて、俺たちの道を塞いだ。
殺気。
無言で前に出ようとしたシルフィエルを、俺は慌てて押し止める。
「いや、俺がやる。お前は下がってろ」
「……はい、承りました」
殺す気満々のシルフィエルを押さえつけ、俺は適当に引き金を引き――
「は?」
腕の周りに、十二本の不可視の矢が生み出された。
「いや、なにコ――」
「死ね!!」
眷属たちが飛びかかってきて、反射的に俺は右腕を構える。
そして、視た。
視界上を埋め尽くす、おびただしい数の経路線。
俺が脳内で想像したありとあらゆるパターンの矢の通り道が、瞬時に表示されて構築され、驚愕で目を見開いた俺は――撃った。
目の前の壁が――消し飛ぶ。
木片が周囲を飛び散って、轟音と共に天井は消し飛び、暴れ狂った風が俺の全身を煽った。
咄嗟に、狙いは外していた。
腰を抜かした眷属たちは、震えながら俺を仰ぎ見る。
ぱちぱちと拍手をしながら、笑顔のシルフィエルはささやいた。
「お見事です」
……いや、なにコレ?