百合の間に挟まる男は死ね
魔人。
その肉体は、魔力で象られている。
己を『魔神』と称して神を騙った魔物は、泥から人間を作った神話を真似て、魔を捏ね、六柱の人型を作り上げた。
魔人は、肉体を持たない魔術演算子の塊である。
人間は、細胞の集まりだ。
細胞は分子の集まりであり、分子は原子の集まりで、原子は素粒子の集まりだ。
還元論の考え方で言えば、人間もまた粒子の塊と言えるだろう。
だが、この世界の人間は、魔術演算子で象られているわけではない。魔術演算子を体内に蓄える機構はあるものの、ソレは生体内に留めているだけに過ぎず、魔術演算子で肉体を作り上げているわけではない。
この世界の空気中には、大量の魔術演算子が浮遊している。
であれば、魔術演算子で作られた肉体を持つ魔人たちは、テーブル上の料理をつまみ食いするかのように、損なわれた肉体を魔術演算子で再生したり、肉体自体を変化させることが出来る。
つまるところ、魔人は、基本的に無敵だと言うことだ。
原作ゲームでも、奴らは、毎ターン喰らったダメージ分だけ回復する。
攻略情報なしで進めていたプレイヤーは、大概、魔人戦で初のゲームオーバーを迎える。
俺が懸念していた初見殺し……それは、戦い方を間違えれば、どう足掻いても敗ける魔人戦だ。
この世界は、ゲームじゃない。一度、死んでしまえばそれで終わりだ。
ヒイロなんぞに転生したのに、自殺せず、俺が生き残ってきたのは……目の前のこのゴミクソクズカスタコマヌケェ(死ね)に勝利する方法を、それとなく月檻に伝えて、そのサポートをするためだとも言える。
俺は、改めて、アルスハリヤを睨めつける。
「…………」
「なんだ、その眼は。人間に向けていいものじゃないな。『粉微塵にして、ミキサーにかけて、下水道に垂れ流す』……そんな決意の籠もった、異常者特有の狂気的な目だ」
厳かに。
俺は、不可視の矢を生み出した。
腕の上で、水が――流れる。
真っ直ぐに伸ばした人差し指と中指、その間に番えた一本の矢は、後方に流れながら蒼白い水飛沫を上げた。
「綺麗な夜だ」
船の先頭に立ったアルスハリヤは、月夜を背負い、星々の煌めきを一身に受ける。
「僕らが語らい合うのにちょうど良い」
「ゴミの言葉は理解できねぇよ……死ね……夜空の真ん中で、爆発四散しろ……歓喜の涙を流しながら『たまやー!!』って絶叫してやる……スゴイ勢いで爆発して、この夜を彩る火花になれ……端的に言えば死ね……」
「さっきから、君、『死ね』しか言ってないぞ」
「黙れ、死ね」
距離を詰めようとすると、アルスハリヤは物凄い勢いで逃げる。
「逃げるなァ!! 貴様ァ!! 死ぬという責任から逃げるなァ!!」
「逃げるだろ……頼むから、話を聞けよ……君は、殺意の申し子か……眼が血走ってて怖いんだよ……刃物もって、『フゥフゥフゥッ……!!』って……警察署に連続殺人犯として貼り出されてても違和感ないぞ……」
「話を聞いてやるから死ね!! お願いしまぁす!!」
「わかったわかった。
話を聞いてくれたら、まともに戦ってあげよう。どうせ、ココで、君には死んでもらおうと思ってたんだ」
俺は、九鬼正宗を鞘に仕舞って――フェイント――ドスッと音がして、アルスハリヤの額に、不可視の矢が突き刺さった。
「嘘だろ。魔人より卑怯で、手段を選ばないとか、恥ずかしくならないのか。話を聞くと言っただろ。武器を仕舞うフリして、人を殺そうとするなんて、この世界の道徳教育はまともに機能してないのか。
人が喋ってる最中に、矢を射つんじゃない(大量に矢が刺さる音)」
「俺はお前に死んで欲しいが、それ以上にお前を殺したい」
「そこまで徹底されると、逆に清々しくなってきたな」
ため息を吐いて、アルスハリヤは身体から矢を抜いた。
「三条燈色くん。
僕がまだ『A』でいた時、すれ違いざまに放った言葉を憶えているかい?」
「『どうか、私を殺してください』」
「誰も、君の願望を口に出せとは言ってない。
『残念ですよ』と言ったんだ」
紫煙を燻ぶらせながら、煙の背景の裏で、端正な顔立ちの魔人はささやいた。
「僕は、人間が好きだ。いや、愛していると言っても過言ではない。ちっぽけでみすぼらしいにも関わらず、世界の流れを変えるような人間が特に好みだ。人の世に影響を与えるアリンコがいれば、ソレがたかがアリでも興味を持つだろ」
彼女は、ほくそ笑む。
「昔から、僕は、人間の友人が欲しかった……人間の世は美しい……君は、愛を百合の花に例えたが、なるほど、詩的な表現で素晴らしい……だが、僕らの間には意見の相違が存在していた……」
口から、彼女は、白い煙を吐いた。
「愛は救うものじゃない――害うものだ」
「あぁ、なるほど」
ぞくぞくと。
全身に殺気を浴びながら、俺は嘲笑った。
「俺たちは、友人になれるわけもない。
互いに不倶戴天を抱いて……殺し合うしかないな」
「我ら、見つけたり。
同意見だ。だから、僕は、君を殺すことにした。わざわざ、目覚めて、こんなところにまで来たのに……本当に残念だよ」
死廟のアルスハリヤは――にぃいと、嗤った。
「征くぞ――人間」
「来いよ――魔人」
俺たちは、互いに構えて――上段、下段――交錯するように互いの刃がすれ違い、俺の頬から血飛沫が上がる。
速い。
煙に包まれたアルスハリヤが、その紫煙ごと掻き消すようにして、俺の血で濡れた豪腕を振るった。
両眼で、その一撃を捉える。
右――引き金――術式同期、魔波干渉、演算完了。
俺の脇腹を貫いた手刀には、一切の意識は割かず、眼を見開いた俺はヤツの脳天へと構築されてゆく光を叩きつける。
発動、光剣。
集った光の粒子は、一閃と化して、アルスハリヤを唐竹割りにし――修復された魔人は、笑いながら、両眼を蒼白く輝かせる。
来る――魔眼――!!
俺は、九鬼正宗を手放して、至近距離から指先を伸ばす。
人差し指と中指、その二本の指は、蒼白く輝いた魔眼の狭間に突き刺さる。
アルスハリヤは、驚愕で眼を見開き――
「爆ぜろ」
ドッ!!!!!
アルスハリヤの頭が吹き飛んで、首なしになった魔人は、ぱちぱちと拍手をした。
「良いね」
頭を失くした魔人は、その薄暗い空洞から声を発する。
ぞっ――俺は、後ろに跳んで、気色の悪い音を立てながら再生する魔人を見つめた。
どくどくと、脇腹から血が漏れ出て、俺は傷口を押さえる。
「で、君は、そろそろ逃げないのかな? 正義面した人間が泣き喚きながら、仲間を犠牲にしてでも己を救おうとする素晴らしい物語を期待してるんだが」
「悪いが」
俺は、笑みを浮かべて、脂汗を垂れ流す。
「お前と違って……俺には、護るものがあるんでね……ココから先には……」
笑いながら、切っ先を下に向けて――俺は、九鬼正宗で壁を形作る。
「死んでも、行かせねぇよ……」
「いやぁ、どんどん、君のことが嫌いになるなぁ」
ジリ貧だな。
俺は、息を荒げながら、口端を曲げる。
やっぱり……アレしかないか……一か八か……やるしかない……。
「実験しよう。
指先から寸刻みにして、何センチで人間は『護るもの』とやらを見捨てるのか。実に愉しそうだ。既に脳が震えてきた」
「うるせぇよ……脳にバイブレーション機能つけてんじゃねぇぞ、クソ野郎……毎日、電話かけてやるから……通知ONのまま、脳震盪で死ねや……」
「よく回るその口が、もうすぐ、寿命切れで回らなくなるなんて悲しいね」
アルスハリヤは、一歩を踏み出し、俺は不可視の矢を撃って――ひゅっ――魔人は、当然のように、その不可視を掴んだ。
「エルフの矢か。
久方ぶりに視るが……実に小賢しいな」
「ははっ」
俺は、苦笑する。
「出てくるタイミング、間違えてんじゃねえぞ……腐れチートが……」
「そういう君は、生まれてくるタイミングを間違えたね。僕と出逢わなければ、もう少し、長生き出来ただろうに。
実に可哀想で、実に哀れで、実に哀憐を感じるよ」
アルスハリヤは――開眼する。
「では、死んでもら――」
「アルスハリヤ様ッ!!」
俺は、声の方向に眼を向ける。
ガクガクと震えながら、緋墨は、アルスハリヤに呼びかける。
「お、憶えてらっしゃいますか……ひ、緋墨瑠璃です……貴女に救われた……ど、どうか、お聞き届けください……ま、まだ、ソイツには利用価値があります……で、ですから……」
「君」
アルスハリヤは、微笑む。
「もう、遊び終わったんだから出てくるなよ」
アルスハリヤの両眼の内部で、烙印が渦を巻いて回り、魔眼『来世返し』が発動し――俺の左腕が、弾け飛んだ。
「え?」
びちゃびちゃと、緋墨の顔に大量の血がかかった。
俺が押して、倒れた彼女は、真っ赤な顔で俺を見上げる。
左腕を失った俺は、あまりの激痛に気を失いそうになって、どうにか意識を保ち――絶叫する。
「行けッ!!」
「え……あ……でも……」
「良いから、行けッ!! 直ぐに追う!! こんなところで、この俺が死ぬかよ!! 足手まといだから、とっとと失せろッ!!」
「あ……う……」
弾けたように立ち上がり、緋墨は走っていく。
ぼんやりと、その姿を眼で追いながら、俺は血だまりの中で微笑んだ。
「悪いな、緋墨……お前は……足手まといなんかじゃ……ねぇよ……」
ぼたぼたと、血を零しながら、俺は霞む視界の中を彷徨う。
――凶相が出てる
ふらふらと、左右に揺れながら、思考がぐるぐると回った。
――たぶん、近いうちに死んじゃうわね
フーリィの言葉を思い出す。
俺は、徐々に冷たくなる自分を俯瞰して笑った。
「…………ココか」
原作では、ラピスルート終盤で、アルスハリヤに殺される緋墨の背が見えなくなった。
――運命くらい覆してみたら
俺は、ぐっと足に力を入れて、アルスハリヤを睨みつける。
「あぁ、そうだな……まだ、月檻たちは船に残ってる……コイツが、このまま、ココにのさばってたら……アイツらは死ぬかもしれない……ソレを……神が……神ごときが運命って呼ぶなら……」
俺は、笑った。
「その間に、俺が挟まって……ぶっ壊してやるよ……ッ!!」
「おいおい」
アルスハリヤは、俺を視て嘲笑する。
「君、自分の命よりも他人の命を優先したのか? さては、正気じゃないな? なんの理があって、そんなことをしてる?」
「理解らないなら……教えてやるよ……」
俺は、床に血の線を引いて、船内へと歩き始める。
ノロノロと歩く俺を視て、アルスハリヤは、笑いながら追いかけてくる。
「良いぞ、逃げろ逃げろ。頑張れ頑張れ。とても素敵だ」
「ぐっ……あっ……あぐっ……!!」
アルスハリヤは、指先から弾丸を弾いて俺の身体に穴を空ける。壁に身体を押し付けながら、血溜まりと痛みの中を進み続ける。
あまりの激痛に、俺の身体は楽になりたがっていた。
それでも、俺は、意思の力だけで進み続ける。
真っ赤な血の痕をつけながら、どんどんどんどん、俺は船の底へと潜っていく。
どこからか、音が聞こえてくる。
「…………」
剣戟の音だ。月檻たちが戦っている。
俺は、微笑む。
その音から遠ざかるルートを選び、ついに船底へと辿り着いて――無骨なエンジンルーム――脇腹の傷から、大量の血を吹き零しながら大扉を開けて、その一室の中から水の矢を放つ。
「おっと」
アルスハリヤは、避けようともせず、その矢は彼女の背後に着弾する。
「ハズレだ。次に期待したいが、その次はもう来ないよ」
足音を響かせたアルスハリヤは、俺に続いてその部屋へと入ってくる。
クイーン・ウォッチの心臓部。
敷設型特殊魔導触媒器、『女王の瞳柱』は静かに回り続けていて――ひとりの魔人は、高らかに笑った。
「残念、行き止まりだ」
「…………」
「君のしたいことはわかってる。
『女王の瞳柱』が存在するこの空間には、大量の魔力が詰まっている……この魔力を総動員して、僕を殺そうって手筈だろう?
だが、それは不可能だ。君程度の魔法士じゃあ、使える魔法はたかが知れているし、この満ち足りた魔力を活用しきれない」
俺の反応を視て、アルスハリヤは満足し――彼女の右腕が、ドッ、俺の腹から入って背中に抜けた。
肺を傷つけたのか、ゆっくりと、俺の口端から血が溢れる。
「このまま、僕の腕の中で息絶えてくれ」
愛おしそうに、アルスハリヤは、俺を抱き締めて目を閉じる。
「人のぬくもり、心音、そして希望が潰える瞬間は……とても、心地いいよ……君の正義感ぶったその面が歪んで、薄れてゆくのを視られるなんて……幸せだ……さぁ、悲鳴を上げてくれ……」
彼女は、俺の背を撫で擦る。
「そうしてくれたら、もう少し、君の寿命を伸ば――」
引き金――思い切り、俺は、アルスハリヤを抱き締める。
発動、強化投影。
魔力で象った俺の右手が、アルスハリヤに力強く食い込んだ。
「おまえの……敗けだ……」
「……なにを言ってる? ココから勝てるつもりか?」
俺は、笑う。
「格上と戦う時……俺が、絶対に遵守しているルールがある……それは……勝たないが……敗けもしない……端から、俺は……お前に勝とうなんて思っちゃいない……」
「君は、なにを」
「幾ら魔人と言えども」
俺は、笑いながら、力いっぱい魔人を抱き締め続ける。
「この量の魔力が一斉に励起反応を起こして……爆発すれば……補填と再生が間に合わず、一瞬でその人型ごと消え失せて……この世界から消えることになる……魔人の最も手っ取り早い殺し方は……再生が追いつかないレベルで、一気に存在ごと消し去ることだ……安全機構は……水の矢で壊しておいたからな……いつでも……お前を消し去れる……」
「あはは、なにを言ってる。
そんなことをすれば、この部屋にいる君も一緒に消し飛ぶんだぞ。人間がそんなことを出来るわけがな――」
魔力を籠める。
バチバチと、音を立てて、周囲の魔力が反応を始めた。
アルスハリヤの顔色が変わり――俺の腕の中で、藻掻き始める。
「嘘だろ……おい、お前……やめろ……冗談はよせ、三条燈色……お前も死ぬんだぞ……なにがしたい……!?」
「お前の敗因は……」
どんどん、目が見えなくなってくる。
薄く微笑んで、血を吐きながら、俺はささやいた。
「人間を舐め腐ったことだ……お前たち魔人と違って……俺たち人間には意思がある……曲がらねぇんだよ、そんな簡単には……自分の命よりも大事なものなんて幾らでもある……俺は、この世界に来て、色々な奴らに出会ったが……アイツらが、泣くような未来……死んでも御免だね……」
「やめろ!! やめろ、離せっ!! おい!? お前!? 嘘だろ!? おいおいおいおいおい!! 離せ離せ離せぇええええええええええええ!!」
両腕で肉を削がれながらも、俺は、必死にアルスハリヤを留め続ける。
「さ、三条燈色!! お、お前の命は助けてやる!! だから、やめろ!! やめろッ!!」
「要らねぇんだよ、そんなもん……俺たちは、この世界に不要な邪魔者なんだからな……下手くそなステップ踏んで、一緒に地獄に逝くんだよ……むしろ、遅すぎたんだ……とっとと、こうすべきだったのにな……」
俺の脳裏に、現在までの思い出が過る。
胸が、ちくりと痛んで――俺は、微笑んだ。
「あーあ……こんな風に感じるなら……とっとと、死んどけば良かった……悪いな、月檻……あと、頼んだぞ……アイツらのこと……絶対に幸せにしろよ……信じてるから……最後まで付き合えなくて……悪いな……」
微笑を浮かべながら、俺はささやいた。
「魔人、よく聞け。
冥土の土産に、人間が作った最も素晴らしい格言を教えてやるよ」
「やめろ……よせ……よせ……ぇ……っ!!」
笑って――俺は、最期の言葉を吐いた。
「『百合の間に挟まる男は死ね』」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
魔人は絶叫し、俺は魔力を放って――全てが、蒼白い爆光で染まった。
この話にて、本作は完結とな――りませんw
ココまで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。次話より、第二部となりますので、引き続き楽しんで頂ければ嬉しいです。
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