伝説の樹の下で告白したら、云々的なアレ的な云々
なにが起きてる。
鏡に映るタキシード姿の俺を視て、俺はため息を吐く。
プール内で緋墨からもたらされた情報は、衝撃をもって受け止めるに値するものだった。
――今夜、魔神教による襲撃がある
今夜。今夜と言うのが問題だ。
本来、魔神教の襲撃は、レクリエーション合宿の3日目に予定されているイベント……つまり、本来であれば、明日、発生する予定のものだ。
シナリオの流れが変わっている。
それは良いことなのか、悪いことなのか。
現時点では判断はつかないが、シナリオの流れが変わったと言うことは、原作からなにかしらの変化があったということだ……本来のゲームと異なる点と言えば、俺がヒイロに成り代わっていることしか思いつかない。
俺は、百合を……アイツらを護る。
その覚悟は、とうの昔に出来ている。俺が原因であるのなら、尚更だ。
魔神教の襲撃。
本来の流れであれば、俺の介入は必要ではない。
月檻ひとりいれば事足りるし、俺はその姿を視ながら、サイリウムぶん回し『百合ぃ!! 百合よ、目覚めろォ!!』と声援を送っていれば良い。
だが、気になる点がある。
本来、魔神教の眷属は『アルスハリヤの烙印が刻まれている限り、ヤツにとって不利になることはなにも言えない』と言う縛りがある。
緋墨は、肌色のシールで隠していたが、しっかりと烙印が刻まれていた。
にも関わらず、彼女は、俺に『今夜、魔神教による襲撃がある』と言うことが出来た。
可能性はふたつ。
緋墨が嘘を吐いているか。
もしくは、そんな情報を俺に言ったところで意にも介さない格上が来るか。
緋墨は、口封じのためか、魔物に襲われていた。この時点で、高位の魔法士が今回の襲撃に関わっていることは確実。
その程度であれば良い……その程度であれば。
もし、俺の予想を上回るような格上が来れば……その時は……。
「…………」
鏡を見つめる。
俺が笑うと、金髪のゴミ畜生も笑う。
はぁ、と、ため息を吐く。
なんで、俺は、エスコ世界で最もヘイトを集めるキャラになって、ヒロインたちとイチャイチャしてんのかね……百合をたずねて三千里……幾ら歩いても、進む道を間違えれば、辿り着くわけもないわな。
「おい、クソ野郎」
俺は、鏡の中の金髪ゴミ毛虫に笑いかける。
「下手すりゃ、正念場だぜ……覚悟、決めろよ……テメーみたいなゴミ野郎に許可をとる必要はないと思うが……いざという時は……わかってんだろ……?」
返事ひとつ寄越さないクズに、俺は苦笑を送る。
「お前が壊そうとしたモノ全部、俺が丸ごと救い取ってやるよ」
俺は、九鬼政宗を片手に空き部屋を出る。
「たぶん、そのために……俺は、ココに来たんだからな」
扉を閉めて、俺は、暗闇の中に佇む鏡中の彼に向かって中指を立てる。
「百合、最高」
鏡を闇の中に閉じ込めて、俺は、光の中へと向かっていった。
レクリエーション合宿、2日目のメインイベント。
下層のアメジスト・デッキ、ダンスホールで行われるダンスパーティー。
ご立派な劇場に螺旋階段、綺羅びやかなシャンデリアが光彩を放ち、大理石が敷き詰められたフロアが絢爛を彩る。
この広間はかなり広いが、さすがにA~Eクラスの全員は収まらない。
そのため、1回30分の5部に分けられ、全体で2時間30分のパーティーとなっている。
1部から5部まで、どのタイミングでダンスを踊るかは自由だが、人数の都合上、全ての部に参加するわけにはいかない。
参加出来るのは、1部から5部のどれか1部だけだ。
このダンスイベント、百合ゲーらしく……と言うか、恋愛シミュレーションゲームらしく、ひとつの伝説が存在している。
――レクリエーション合宿のダンスパーティーで、ダンスを踊った人同士は結ばれる
なんとも、ロマンティックな伝説である。
伝説の樹の下で女の子から告白して成立したカップルは、永遠に幸せになれるとか言う邪教徒の作った伝説みたいだ(過激派)。
ココで、月檻桜はひとつの選択を迫られる。
誰とダンスを踊るか、だ。
ココで一緒にダンスを踊ったヒロインの好感度は、一気に上がるため、ココでの選択には慎重を期す必要がある。
なにせ、ココには、寮長たちがいない。
他のヒロインのルートに入ろうとしていたのに、ココで適当にダンスを踊って、ラピスルートやレイルートに入り、ココまでの道中は全てパーになりましたなんてよく聞く話である。
ラピスたちを狙っていないのであれば、ココは泣く泣く『部屋に戻って寝る』もしくは『誰も参加していない部に参加する』と言う選択を取らなければいけない。
さて、そんな好感度急上昇イベントに、もちろん俺は参加――するわけないですね^^
ココは、『部屋に戻って寝る』一択。基本ですよ、基本。
とか言いたかったのだが、この凛々しいタキシード姿(ヒイロを凛々しいと言っているわけではない)を視てもらえばわかる通り、魔神教の襲撃が予想される以上、いざという時のためにダンスパーティーに参加するつもりだった。
当然、誰とも踊るつもりはない。
お行儀よく立食を楽しんで、カプレーゼでもつまむつもりだ。
九鬼正宗は、パーティー会場に隠して。
俺は、新たに得た力『光学迷彩』を使って、会場の隅っこで存在を消した。
ククッ……コレで、もう見つかるわけもない……俺の完璧な偽装……コレぞ、百合を見守る究極の形……百合観察日記とでも名付けようか……現在の俺は無敵だ……(全能感)。
俺は、現在、愉しんでいる。
月檻、ラピス、レイ、緋墨、お嬢も良いなぁ……誰が誰と踊って、百合の花を咲かせるのか、現在から楽しみだよぉ……^^
そんなことを考えていると……会場が、唐突にざわついた。
恐れるように、集まっていたお嬢様たちが道を空ける。
蒼色のドレス。
静まり返った海原のように、優しい蒼が敷き詰められて、光の下で輝くそのドレスはどこまでも美しかった。
だが、それ以上に、彼女は美しかった。
しずしずと。
会場を進むラピス・クルエ・ラ・ルーメットは、宝石の付いたティアラをかぶり、会場の視線を一気に引っ張り込む。
ひとつにまとめた長髪から、黄金色の曙光を発しているかのようだ。宵闇を切り裂くかのような、果てしなく美しい蒼と金。
その美貌に圧倒されたのか、誰もが息を呑んでいた。
きらきら、と。
シャンデリアから舞い落ちる光を吸い込み、己のモノとしたエルフのお姫様は、天使だと紹介されれば頷いてしまう程に綺麗だった。
ロンググローブを嵌めた両手を前に組み、一瞬にして会場を静めた彼女は、目線を下ろして静かに立ち尽くす。
まるで、誰かを待つように。
劇場に待機していたオーケストラが、闇夜に映える旋律を奏で始める。
呆気に取られていたお嬢様たちは、我を取り戻し、手に手を取って踊り始めた。
「………」
ラピスは、顔を上げて、目線を彷徨わせる。
きっと、月檻を探しているのだろう。
この世のものとは思えないラピスは、完全に周囲から浮いていて、誰も彼女のことをダンスに誘おうとはしなかった。
だからこそ、彼女の手を取れるのは、月檻桜以外にいる筈もない。
1分が経って、10分が経った。
月檻もレイも、姿を現さない。
徐々に、ラピスの顔に焦燥感が表れ始める。何度も、自分の両手をぎゅっと握り込み、キョロキョロと辺りを見回している。
ココで、俺が手を出すわけにもいかない。
このダンスイベントは、大事なイベントのひとつで、今後の方向性を決定付ける。誰と踊るのかは、月檻に選ばさなければならない。
「……アレじゃあ、神殿光都のお姫様も形無しね」
「……えぇ、可哀想に」
くすくすと笑い声が聞こえてきて、俺の前の二人組が、楽しそうにラピスを眺める。
「エルフの国のお姫様には、お友達がいないって本当だったのね」
「だって、エルフだもの。人間とは違うでしょ。それにお姫様。誰も踊る気がしないってのも頷けるわ」
意地悪い笑みを浮かべた二人は、徐々に声のボリュームを上げる。
聞こえていたのか。
ラピスは、蒼色のドレスの裾をぎゅっと掴む。
俺は、会場の隅でその姿を眺める。
――そろそろ、学園も始まるし、入ったら直ぐにアレがあるでしょ?
アイツ、このダンスパーティー、楽しみにしてたよな。
――ドレスでも、買っておこうと思って
わざわざ、このために、俺を引き連れてドレス、買いに行ってたもんな。
「御大層な登場したのに、可哀想」
「あーあ、せっかくのドレスがもったいない」
護衛も引き連れないで危険を顧みず、そのドレスを着て、友達を作るためにココに来たんだもんな。
「泣いちゃうんじゃないの、アレ」
「あはは、視て、涙目になってきたわよ」
ドレスの裾を掴むラピスの力が強くなっていき、彼女の綺麗な瞳に涙が溜まってくる。
その姿を視た瞬間――自然と、身体が動いていた。
真っ直ぐに歩き出し、俺は、その二人組の間へと突っ込む。
「おい」
彼女らは振り向き、俺を視て後退る。
「退いてくれるか?」
「な、なによ、急に!
あ、貴方、男の癖に――」
「ココは、御令嬢が交流を深めるための場所だ。礼節を弁えない輩が来る場所じゃない。
実家に帰って、テーブルマナー以前の礼儀から学び直してきな」
「い、行きましょ! こ、コイツ、ヤバいわよ!」
彼女らは、逃げるように去っていく。
俺はラピスの元へと歩いてき、驚く彼女の前で――跪いて、右手を差し出した。
「どうか、私と踊ってくれませんか?」
目を見開いたラピスを見上げて、俺は微笑みかける。
「ドレス、似合ってるよ。綺麗だ」
彼女は、微笑んで、涙が頬を流れ落ちる。
「おそいよ……ばか……」
俺とラピスは、手に手を取って、ダンスホールに立った。
男と女。
それも、片方はお姫様で、もう片方は軽薄そうな金髪男。
自然とダンスホール上の談笑は消え失せて、オーケストラの演奏だけが場を支配する。シャンデリアの光彩が、俺たちの真上を踊り、その光に合わせてステップを踏む。
どこまでも、色鮮やかに、俺たちはダンスホールで息を合わせる。
夢見心地の表情で、ラピスが俺を見つめていた。
そのぼうっとした眼差し、見つめ返せるわけもなく、俺は彼女の肩の辺りを見つめる。
「ヒイロ、下手くそ」
「当たり前だろ。ダンス歴0年0ヶ月0週0日だぞ」
「じゃあ、この機会に練習しよ。教えてあげる」
「お姫様直々にとは、大層有り難いことで」
俺たちは、踊る。
いつの間にやら、時間は流れ去り、曲が終わってラピスは俺を見つめていた。
俺は、彼女から手を離して声を張り上げる。
「いやー、マジかー!! 男の俺なんぞとあのラピス様が踊ってくれるなんて、どこまで慈悲深いんだよー!! え!? 今なら、誰とでも踊ってくれるんですか!? 嘘でしょ!? 早いもの勝ち!?」
会場がざわめく。お嬢様たちは、興奮気味にささやき合った。
「お、男と踊ってたわよ!? あのラピス様が!!」
「な、なら、わたしとも踊ってくれるのかな?」
「だ、だって、男と踊るくらいよ!? 男なんかと踊るくらいなら、きっと、私とも踊ってくださるわよ!!」
俺は、オーバーなリアクションでラピスの手を握る。
「誰も立候補しないなら、もう一回、俺が踊ってもらっちゃお――へぶっ!!」
ドドドドドと押し寄せたお嬢様たちに跳ね除けられて、俺はラピスの傍から叩き出される。
あっという間に、彼女は女の子たちに囲まれていた。
「ぜ、是非!! 私と!! 私と踊ってください!! 前からファンだったんです!!」
「ちょっと、割り込まないでよ!? ラピス様は、次にわたしと踊るのよ!?」
「ら、ラピス様、恐れ多いのですが、れ、連絡先を!! よ、良かったら、今度、私と遊びに行きませんか!?」
「え……えっと……あの……」
急に大人気になって囲まれたラピスは、女の子たちの壁の隙間から俺を見つめる。
俺は、彼女に微笑みかける。
「楽しめ」
「あ……ひ、ヒイロ……!」
大満足の結果に、俺はニヤけながらその場を後にする。
コレで、ラピス狙いの女子が一気に増えた……可能性は無限大だ……最悪、月檻にこだわらなくってもいいさ……百合ってのは自由でなくっちゃあならない……ラピス、頑張って、その中から運命の女性を見つけろよ……。
颯爽とその場を立ち去りながら、俺は後ろ手を振った。
百合に邪魔な男は、クールに去るぜ。
会場の隅に戻ろうとした俺は、突然、道を塞がれて――
「こんばんは、色男さん」
「月檻……テメー……どこ行ってやがった……!」
思わず、呪詛を吐いた俺の前で、ドレス姿の月檻は微笑を浮かべる。
「良いから良いから、後がつかえてるんだから戻って戻って」
「お、おい、押すなよ、どういうこと?」
「桜さん、次は私ですからね。お兄様の次は、私が予約済みなので。
どうぞ、お間違えがないように」
「いやいやいや、伝説伝説!? 伝説、知ってる君たち!? ねぇ!? そんな、簡単に踊ったらダメだっ――テメー、月檻、魔法で身体強化を!? たすけてぇ!! 誰かァ!! 無理矢理踊らされてまぁす!! 誰かァ!! たすけてくださぁい!! コレ、強制ダンスでぇす!! いやぁあ!! 皆の前で、無理矢理、踊らされちゃぅう!!」
抵抗虚しく、俺は、ダンスホールへと引きずられていった。