総当たりの未来
「お兄様」
道幅、8丈(約24m)。
犬行や側溝を除いた路面は5丈6尺(約16.8m)。
大体、25mプールくらいの道幅があると聞くと、その規模の大きさに驚きを覚える六条大路。
東端の河原は、かの有名な『六条河原』。
時の権力者に逆らった政治犯たちが、数多く処刑されている処刑場である。
――陽は道具で……他の方とは違う存在で……化け物です
「…………」
「お兄様」
いずれ、数多の『時代の道具』の血で塗れることとなる河原を眺めていた俺は、頬を膨らませているレイに顔を覗き込まれる。
「お話、聞いてますか?」
「あぁ……あの頃の青◯星は、無料で公開して良いレベルの作品じゃないよな……」
「ひとつも聞いてない……」
ふよふよと。
浮遊しているアルスハリヤは、ニヤつきながらシャボン玉を吹かす。
「親愛なる相棒の記憶履歴機能がお望みかい?」
「あぁ、お前が聞いてたんならいいや。言え」
「『お兄様♡ お兄様♡ お兄様はぁ♡ しょーらい、どなたと結――』」
俺の拳は、魔人の脳みそごと履歴削除を実施する。
猛烈な勢いで助走をつけてから、もぎ取った首を六条河原に思い切り放り捨てた。
「そんなことレイが言うわけねーだろ、殺すぞ」
急に生首投げに励み始めた俺を見て、レイはぱちくりと瞬きをする。
ため息を吐いて、俺は、手のひらを振ってレイを促した。
「わりぃ、聞いてなかったわ。もう一回、言ってくれるか?」
「お兄様、お兄様。お兄様は、将来、どなたと結婚するのですか?」
首無しのアルスハリヤが『無罪』の判決等即報用手持幡を持って、バタバタと走ってくる。
困り顔をした俺は、走ってきた胴体を捕まえて側溝に沈め証拠隠滅を完遂した。
「また、スノウと結婚しろ云々って話か? 俺たち、『払暁叙事』の話をするためにお散歩してるんだよね? なんで、急にマリッジカウンセラーに変貌してんの? お前、ゼク◯ィから来たのか?」
「いえ、私は、最初から『眼』の話をしていますよ」
訝しむ俺の前で、レイはささめく。
「払暁叙事に保管されている情報の総量は、約3200ゼタバイト」
「……あ?」
顔を上げたレイは、美しい瞳で俺を捉える。
「藤原が擁している『極意書』が保管している情報の総量……極意書を強制開眼させた状態で、該当情報を索引すれば中身を確認出来る筈です」
「いや、そもそも、情報の総量が知りたいわけじゃない。その情報量が莫大であることは見当がついたから、索引する方法を知りたいわけで――」
「お兄様は、将来、どなたと結婚するのですか?」
俺は、思わず、渋面になる。
「俺を困らせて悦に浸るのは一匹で十分なんだけど」
「良いから答えてください。お兄様は、将来、どなたと結婚するのですか?」
「…………誰とも結婚しない?」
「本当にそうでしょうか? 誰かと結婚する可能性もあるのでは?」
「いや、未来のことなんて誰にもわからな……そういうことか」
ようやく、俺は、レイが伝えたいことに気が付く。
「くくっ、なるほど面白いことを考える」
いつの間にか、復活していたアルスハリヤは指を鳴らした。
「総当たりか」
「そのとおりです」
あたかも、アルスハリヤの声に応えたかのようにレイは頷いた。
「払暁叙事の集合情報には、そもそも索引方法なんて存在しません。お目当ての情報を探すには総当たりするしかない。そして、その方法は、払暁叙事を強制開眼しているお兄様であればわかる筈です」
「払暁叙事で『運良く、その情報を引き当てる』最善を引き寄せるのか……でも、払暁叙事による最善の誘引は、限られたパターン数だからこそ可能だった方法だ。例えば、どんな達人であろうとも上段からの斬り下ろしは多くて数十パターンしかない……だからこそ、俺は戦闘中に払暁叙事の能力を活かすことが出来ていた」
地面へと。
笑顔で、大量の鍵をばら撒いている魔人を見て俺は苦笑する。
「3200ゼタバイトの情報の海から、総当たりで自然開眼に纏わる情報を見つけろだなんて……終わる前に、この星の寿命が尽きるぞ」
「ならば、その海を湖に、その湖を池に、その池を水たまりに変えれば良い」
ゆっくりと、俺は、両眼を見開く。
「極意書に書き込まれている不要情報を削除するのか」
「自然開眼に纏わるものか、ソレ以外か、それだけであればたったの二パターン。ほぼ自動で削除作業を進められます」
「まぁ、確かに理論的には可能だな。一度、開眼して導体化した払暁叙事には、過去、現在、未来すべての情報が書き込まれているが……そこから常に更新されているわけじゃあない。削除しようがなにをしようが関係はない」
ニヤつきながら、アルスハリヤは次々と鍵をへし折る。
「ただ」
ボキリと、音を立てて鍵が折れる。
「3200ゼタバイトもの情報だ……宝探しのためにガラクタを選別しごみ収集に出しても、消えるのはガラクタだけじゃあない。時間も消費される。高速化しなければ、ミイラになって発土されるのがオチだね」
「自分で提案しておいてなんですが、本来は、長い時間をかけて払暁叙事の精度を上げてから取り組むものです。あまり、現実味のある方法ではなかったかもしれませんね。
別方法を検討す――」
「いや、高速化は出来る。並列処理を行えば良いだけだ」
俺は、ニヤリと笑ってレイは眉をひそめる。
「並行作業が得意なヤツがひとりいるだろ?」
「……ライゼリュート」
レイは、ゆっくりと眼を見張る。
「アイツは、平行世界を自由自在に移動出来る。つまり、アイツは幾つもの世界に重ね合った状態で同時に存在している状態だ。ヤツに『平行時空仮構論』を使わせて、陽を媒介に並列処理で不要情報の削除を行わせ払暁叙事の自然開眼方法を入手する」
俺は、つぶやく。
「そして、払暁叙事を自然開眼すると同時に――俺たちが生きている並行未来に戻る」
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