三条
平安京――朝堂院。
大極殿に据えられた天子の玉座、高御座は一種の威光を纏っていた。
「氏を与える」
高御座から放たれたその言葉は、東三条殿にまで伝わり、幾人かを経由してから平伏している三名の陰陽師へと届けられた。
「藻女の首級を上げた褒美として、三条の氏を与える」
信じ難い思いで、屍は硬直する。
「以降、三条屍と名乗るが良い」
藤原家の末端から告げられた優諚を受けて、床に額をつけたままカバネは身を震わせる。
「幸甚……幸甚に存じます……!」
カバネは、知れず、笑みを浮かべている。
幼少の頃合いから夢想していた夢物語が、ひょんなことから結実し、ついに彼は得難き地位と名誉を、そして、家族を――
――あにさまぁ
取り戻した。
当初の計画通り、絆した陽の協力によって得た『三条』の氏。あの小さくて、可愛らしく、魔神という母を求める哀れな少女を利用すれば、道具として傀儡にすれば更に上へ行ける。
ようやく、夭と星を楽にしてやれる。
そう思ったからこそ、自分が喜んでいる……そう、カバネは思い込みたかった。
にもかかわらず、彼の火照った頭は『きっと、陽は喜んでくれる』という呆れた考えを反芻することをやめなかった。
「また、宝刀『七宝夜桜』を下賜する」
鞘に収められた一振りの刀剣が、藤原から三条へと受け渡される。
その鞘に描かれた柄を視て――カバネは、ぼそりとつぶやく。
「櫻……」
「大和国・宇陀郡の刀工、天国が鍛え上げし一刀。天国が鍛えた刀は邪を払うと言われておるが……なぜ、櫻なのかは知らぬ」
「……有り難く」
再度。
カバネは、礼を口にしようとして――
「また――」
その次に紡がれた言葉を聞いて、思わず、固まっていた。
「よ、陽ちゃぁん。そんなところで待っていても、い、意味、ないですよぉ。ンフッ、フッ」
カバネたちの帰りを待つ陽は、ライゼリュートへ視線を向ける。
次いで、俺とレイを眺めて――また、東三条殿の方角へと目線を飛ばした。
「お兄様」
「…………」
「お兄様」
「…………」
じとっと。
湿度の籠もった目で、レイは俺を見上げる。
「何時、私を抱いて下さるのですか」
「だから、あのね、何度も説明したように」
俺は、右手でスカスカとレイの頭の先から腹の中心まで撫でつける。
「触れられないの。百合神の加護により、敬虔な信徒たる俺は護られてんの」
「でも、方法はなくはないのでしょう?」
レイに詰め寄られた俺は、大量の汗を流しながら地面に指を突き刺す。
「……れ、レイ、今からマジックを見せるね」
「本当に方法がないのだとしたら逃げたりしませんよね?」
「ホラぁ!! 指が消えちゃったァ!! やべぇ!! レイ、見てェ!! 俺の指、消えちゃったァ!!」
「…………」
地面を貫通している指を抜き差ししていると、舌打ちをしたレイは身を寄せてきて耳打ちしてくる。
「もう、私は貴方の妹ではありませんからね」
「…………」
「泣いても喚いても」
ガクガクブルブルと震える俺を睨めつけ、レイはボソボソとつぶやく。
「もう、私は、良い子には戻りませんから」
「……な、なんで」
俺は、涙目でレイを睨みつける。
「なんで、そんな酷いことするのぉ……ッ!!」
「最後くらい」
目を逸らしたレイは、自身の腕を押さえつけささやく。
「貴方を父親の代わりにしたくないから」
「…………」
「気付いてしまったんですよ……貴方を父親の代替品として扱っていたことに……今まで、貴方に抱いていた好意は紛い物に過ぎなくて……でも、肌を重ねれば……もしかしたら……」
無言を貫く俺の前で、レイは口を開こうとし――
「カバネ様!!」
陽の叫声に掻き消される。
大喜びの陽が駆け寄った先で、微妙に距離を取って歩いているカバネ、ヨウ、セイはゆっくりと顔を上げる。
喜色満面の陽と比較して、カバネたちの顔には暗がりが広がっていた。
「ど、どうだったのでしょうか? 天子様より氏を承りましたか?」
「……えぇ」
「それはっ」
本当に嬉しそうに、陽はぴょんぴょんと跳ねる。
「すんごーく、嬉しいことでありまする! 氏は、得難い縁の証! 家族同然でございまする! 祝いましょう! 皆で櫻を見に行って、たくさんの遊びをいたしましょう! 陽は! たっくさん、遊びを学びました! だから、皆で……どうしたのですか?」
あらぬ方向に目をやったカバネは、不安げに尋ねた陽へとささやきかける。
「氏を頂戴致しました」
「は、はい……それは、とても嬉しいこと……ですよね……?」
すぅっと、息を吸って。
カバネは吐いた。
「我ら、三人全員、ひとりずつ氏を頂戴致しました」
カバネ、ヨウ、セイ……三人は、別個の条を見遣りながらつぶやく。
「三条」
カバネは言った。
「西園寺」
ヨウは言った。
「徳大寺」
セイは言った。
全員、異なる氏を口にして――
「…………え」
陽の小さな一語が中空へ溶け落ちた。
本作の書籍版、『男子禁制ゲーム世界で俺がやるべきこと』の第五巻が6/25(本日)より発売となります。
シリーズの今後についての判断もあるため、発売から一週間以内にご購入頂けますと大変助かります。
また、第五巻の特典については活動報告でお知らせしております。
もし、興味があればご確認ください。
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