割と詰んでる条件
「レイ」
パパの声が聴こえる。
「レイ」
ママの声が聴こえる。
「パパー、ママー!!」
メリーゴーランドに乗った私は、パパとママへ一生懸命に手を振った。
こちらに『思い出カメラ』を向けるパパは「レイ、笑ってー」と声をかけてきて、私は、ピースサインを向けて応える。
どこまでも、幸せな記憶が続いている。
止まらなければ良い。
玩具の白馬に乗って、パパとママが笑っていて、永遠に続く幸福へと向かっていたい。
……夢だ。
冷静に子供時代の自分を俯瞰した私は、心中でそっとつぶやく。
こんなもの、ただの夢遊の破片に過ぎない。
目が覚めてしまえば、刹那の感傷が与えられることもなく、ぱっと弾けて消えてしまう泡沫に過ぎない。
パパとママは消える。
二度と、私の前に現れることはない。
私が……私が『藤原』だから……藤原黎だから……最期まで善人だったパパとママは、この世界から消えることになった……。
お兄様。
ぼうっと、自分を救ってくれた兄の姿がよぎった。
スノウ。
いつも、傍で支えてくれた従者の姿が映った。
次は。
次は、間違えたりしない。
今度こそ、私は『家族』を護ってみせる。
夢とは思えないくらいに現実味のある風景は、あたかも瞳に貼り付いている感光板が蘇り『思い出』を上映しているかのようだった。
場面が切り替わる。
夕焼け空の下で、パパと手を繋いだ私は問いかける。
「ねぇ、パパ」
「ん~?」
「なんで、私のことを見つけられるの」
夕焼け色に包まれたパパは、にっこりと笑って言った。
「家族だから」
私は。
「家族だからレイを見つけられるし、家族だからレイのことを置いて行ったりしないよ」
『私』を見つけ出してくれた家族を――
「パパ、家族ってなあに?」
お兄様を、スノウを――
「こうやって、手を繋いで――」
護ってみせる。
「離れないことだよ」
お兄様とスノウの手を繋げて離さない。
私自身がどうなったとしても。
「……パパ」
思わず、私は、子供時代の自分の隣で笑うパパへとささやく。
「パパ、私、おっきくなったよ……」
両手を伸ばして、私は、大きくなった自分を見せつける。
「迎えに来てくれるでしょ……レイ、良い子にしてたよ……ずっと……叩かれても我慢してきたよ……髪を引っ張られても笑ってたよ……自分の誕生日の代わりに知らない偉い人の誕生日を祝ったよ……だから、見つけてくれるよね……ね、パパ……」
嗚咽を上げながら、私は、パパへと抱っこをせがむ。
「むかえにきて……パパ……」
緋色。
急に、なにもかもが真っ赤に染まる。
「パパ」
つぶやいた瞬間――景色が一変し――眼の前の光景が移り変わる。
「……お兄様?」
そこには、父によく似た兄が立っていた。
「というわけで」
俺は、陽の前でレイを掌で指す。
「うちの自慢の妹です」
「……自慢の妹です」
「はぁ、二回も自慢されても困りまするが」
急に目覚めたレイは、俺から説明を受けて「なんで、お兄様はこんな意味のわからない状況に当然のように順応してるんですか」とこめかみを抑えた。
その後、レイは俺と同じ状態――陽以外には視えない状況にあることがわかり、払暁叙事の中に眠っている『眼に宿る記録』の中にいることを伝える。
「黒幕、ですか」
「あぁ、俺たちをこの状況に追い込んだ人間がいる」
ちらりと、レイは目を上げる。
「霧雨さんでしょうか?」
「わからない。霧雨の裏に黒幕がいる可能性もあるが、アイツはこの状況を仕立て上げるために……お前を強制開眼させるために、自分自身の頭を吹き飛ばしてる。自分の命すらも計算に入れるようなヤツだ、黒幕を偽装するくらいはしてもおかしくない」
ふぅと息を吐いて、レイは俺を睨めつける。
「休戦いたしましょう。藤原、三条、徳大寺、西園寺の四家が揃っていなければ、巫蠱継承の儀を執り行うことは出来ませんから」
「え~、お前、まだその反抗期っぽい感じ継続すんの? その歳で反抗期って、相当、恥ずかしいよ~? お友達に笑われちゃうぞ~?」
「そうだそうだ、ヒーロくんの言うとおりだぞ! いつも通り、『お兄様♡ お兄様♡』言いながら発情しろ!! 『今から、私を抱いてください』くらい言えないのか、いやらしいメスが!!」
俺は、振りかぶった拳をアルスハリヤの口に叩き込む。
顎が外れて、あがあが言っているアルスハリヤを無視してレイに向き直った。
「お兄様は、スノウと婚約してらっしゃるんですよね?」
……そういや、そんな設定あったな。
「巫蠱継承の儀が終わった後、可及的速やかにスノウと結婚してください」
「俺、結婚相手とは同棲してからって決めてるから」
「同棲してるでしょうがぁ……!! たらふく、してるでしょうがぁ……!!」
「うわぁ、急にキレるな!!」
ガクガクとレイに揺さぶられた俺は、必死で彼女の怒りを収める。
「ていうか、なんで急に白髪メイドと人生の墓場に堕ちろなんて言われないといけねーのよ」
「そうすれば、ふたりは家族になれます。巫蠱継承の儀の後で三条家を藤原家に戻し掌握した後、ふたりの所在が同じであれば後ろ盾になることも容易になる」
「で、お前はどうする?」
レイは、顔を伏せてささやく。
「藤原の人間として……かつての繁栄を我が手にします……」
「違うだろ、お前が言って良いのは一言だけだ」
俺は、彼女を見つめる。
「『たすけて』だろ」
「…………」
胸の前で、レイはぎゅうっと手を握り締める。
「私は……もう、助けてもらいました……パパにも……ママにも……スノウにも……そして、お兄様にも……手に入らないと思っていたものが手に入ったんです……貴方が……貴方だけが……私と手を繋いで、離さないでくれた……あの時……あのレストランで……貴方の声が聞こえた時……」
レイは、微笑む。
「パパが……迎えに来てくれたのかと思った……」
「あの」
ぴょこぴょこと、背伸びを繰り返しながら、陽は俺とレイの間に割り込む。
「陽の前で、しっとりといちゃつくのはやめて頂けまするか?」
「「しとついてもないし、いちゃついてもない」」
俺とレイが同時に反論し、陽はくすくすと笑った。
「なーに笑ってんだ、平安時代のクソガキマスコット」
「仲がよろしいこ――うにょぁ、ひゃめ、おひゃめくだひゃ、ひょめ~!!」
陽の体内に頭を突っ込んで追いかけ回すと、特になにも感じていない筈なのに、くすぐったそうに陽は声を上げる。
「……私が思い苦しんでいた間、平安時代でも現地妻をこさえていたんですか」
「よくそんな語弊の塊みたいなセリフ吐けるね、君」
舌打ちをしたレイは、ガッガッと地面を蹴りつけて俺を睨めつける。
「時をかけるロリコン!! オールタイムハーレム!! 平安色情魔!!」
「困ったな、普通に妹の罵倒力に泣かされそうだ。てか、そんなことよりも、レイ、お前、払暁叙事の極意書の索引方法知らない?」
「極意書? 本家に仕舞ってある『あの御方』のことですか?」
俺は、頷く。
「えぇ、承知しています」
「なら、教えてくれ。急にこんなことになって混乱してるだろうし、落ち着いてからでも構わないから」
「この状況から抜け出す方法を見つけるためであるならばもちろん。けれど、ひとつ、条件をつけさせてください」
「ごめん、さすがに、今はマ◯みて持ってない。貸せなくてごめんね。巻数とページ数指定してもらえれば暗誦するよ」
「私を抱いてください」
自身の胸に手を当てて、真顔で彼女はささやく。
「今から、私を抱いてください」
数秒の沈黙の後――
「うぉわぁああああああああああああああああああああああああああああ!! 霧雨は、ベッドメイキングのために自分の頭を吹っ飛ばしたのかぁあああああああああああああああああああああああああああああ!! ヤツは、天才無料案内所だぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ヘッドバンギングを始めたアルスハリヤは絶叫し、俺は無言で遠景へと走り去っていった。