あなたのための遊び方
「は? かくれんぼ?」
訝しむ屍に対し、陽はこくんと頷いた。
「かくれんぼとは、如何様な遊びでしょうか? お貴族様の遊びと言えば、双六や貝合、囲碁に偏つぎ……蹴鞠に打毬に小弓などが浮かびますが」
「ね~? 聞いたことないけどね~?」
「あァ」
カバネの言葉に、星と夭も同意する。
「とても単純な遊びです。遊び方はお教えしますので、如何でしょうか?」
「御命令とあれば、お断りする理由は御座いませんが」
「いえ、命令ではありませぬ。コレは、陽の我儘。陽は、カバネ殿たちとは対等でいたいのです」
「……では、条件をひとつ」
神妙な面持ちで、カバネは切り出す。
「魔神について教えて頂きたい」
「……陽の知る限りであれば」
警戒心をチラつかせた陽に対し、問いかけたカバネは超然として続ける。
「魔神の権能はなんですか?」
「飽くまでも、市井の声を及び聞いたのみではありますが」
目を伏せて、陽は答える。
「曰く、不老、不死を為す。
曰く、有り様、性別を変じる。
曰く、時と空と世を掌握する。
曰く、全を握る」
「要は、不可能を可能とする全能者……神、そのものですか」
陽は頷く。
「はいはーいっ! しっつもーん!」
元気よく、セイは手を挙げる。
「不老不死ってのは、要は人を魔人みたいに変えられるってことでしょ? 有り様は人の姿かたちを変えられる? 性別ってのは男を女にすることも出来るってこと~? なんで、なんでも出来るって触れ込みなのに具体例なんて挙げてんの? なんでも出来ますでよくない?」
「くくっ……ソレが人の『夢』だからに決まっているだろォ?」
蛇のように、シュルシュルと音を立てながらヨウは笑う。
「『なんでも出来る』は、売り文句としては弱すぎるゥ……人間は具体性に食い付く生き物だァ……『私は、あなたの考え得る全ての願いを叶えてあげられます』なんて、騙取としては下の下の下策……人間の欲望はくすぐれなィ……」
「は~? ますます、わけわかんなったっつーの。なんで、そんな具体性を魔神様が必要としてるんですかぁ~?」
「神ではないからだ」
カバネは答える。
「魔神は神ではない。だから、魔人と同じように人の『信心』を喰らう。領域が広がれば広がる程に、魔神の名が広まれば広まる程に、魔に対する恐怖が高まれば高まる程に魔神の存在と権力は強大になる」
「不老不死、姿性転変、時世掌握……そのどれもが、人が望むものです。セイ殿の言う通り、魔神は人間の欲望をくすぐっている。不老不死は古来からの人の望み、男は女になって権力を掴むことを欲し、時世を自由自在に操りたいと願う」
「なるほどね~。そこまで理解しておきながら、道長様たちはなんにも手を打とうとしないわけ~?」
「セイ、お前」
呆れた様子で、カバネはささやく。
「陽様は何者で、誰から誰に引き渡された?」
「え? 道長様の娘で~? 魔神の手から道長様に受け渡され……あっ」
ようやく気づいたのか、セイは目を丸くする。
「え、え、えっ!? ちょ、ちょっと、待って!? 魔人って人間の敵で!? 災厄で!? それを生み出した魔神って人類の敵なんじゃないの!? なんで、道長様は仲良くしちゃってんの!? どういうこと!? アレ!?」
「……愚かなのですよ」
ぼそりと、陽はつぶやく。
「人間は……ずっと、愚かなまま……『道具』として生き続けている」
「かくれんぼ」
執り成すようにして。
カバネは、自分が知らない遊びの名前を口にする。
「致しましょうか?」
「……はい」
顕現した俺がルールを記載した巻子本をカバネに手渡し、陽はとてとてと俺の下へと駆けてくる。
「式神さんの言う通りに致しました」
「ご苦労さん」
抗議のつもりなのか。
陽は、ぱたぱたと袖を振った。
「なに? どうした、巣立ちを迎えたか?」
「羽ばたいているのではありません。なぜ、斯様なことを陽にさせたのですか、を意味する抗議の体捌きになります」
ぱたぱたぱたぱた、真顔の陽は袖を羽ばたかせる。
「陽は、斯様な児戯に戯ける齢ではありませぬ。きっと、頭、変だと思われました。過失になります。コレは式神さんの過失になります。謝るか死んでください」
「ごめんなさい」
「死んでください」
返せよ、俺の謝罪。
「次は」
陽は、上目遣いで俺にせがむ。
「なにをすればいいですか……?」
「大声でさ、しゃがんで目をつむって数でも数えてみれば良いんじゃねぇの? いーち、にー、さーんって、そうすりゃ、アイツらも気づいてくれるだろ?」
急に駆け出した鬼役の陽を見遣り、腕を組んで待ち惚けを喰らっているカバネたちを顎で指す。
「斯様なことをしても」
陽は、抗議の視線を俺に向ける。
「陽は、笑いませんよ」
「ふーん、へー、そうなん。すごいっすねー。へー」
「…………」
両手を握った陽は、その場にしゃがみ込む。
「いーち、にー、さーん……」
その瞬間。
凄まじい勢いで散開したカバネ、ヨウ、セイは、あっという間に彼方へと消えていった。
「卑怯です」
夕刻。
平安京の羅城門から外に出て、ひたすら、日が上がる方向へと走り続けたという三人を正座させた陽は言った。
「見つけられるわけがありませぬ。なぜ、平安京を出ていくのですか。遊びになりませぬ。あの数秒で、何丈駆けているのですか。陽は平安京から出られませぬ。なのに、なぜ、全力で出ていったのですか」
「いや、だってさー」
セイは、嘲笑混じりに言った。
「陽様なら、簡単に追いついてくるかなぁ~って」
「…………はぁ?」
明らかに、怒りの感情が混じった声音。
ぴくぴくと、口端を震わせた陽はぱたぱたと袖を揺らしながら拳を握り込む。
「勝てましたが……? 陽は容易に勝てましたが……? よもや、セイ殿が斯様なこともわからぬ愚か者だとは思いもしな――」
「ふっ」
嘲笑というよりは。
思わず、漏れた笑い声という感じでヨウは吹き出した。
それが気に入らなかったのか、陽の袖が描く円弧の大きさはどんどん大きくなる。
「陽様」
慌てて、膝をついたカバネは頭を下げる。
「我ら、再戦を所望します」
「……構いませぬ」
つんと。
面を背けた陽は、自信満々の表情でつぶやく。
「どうぞ、全力で。次は、平安京から出てはなりませぬ。きちんとした規則があれば、二度と陽は負けません」
「は。承知いたしました」
ニヤけている俺を見上げて、陽はぶんぶんと袖を振ってからしゃがむ。
「いーち、にー、さーん……」
凄まじい勢いで散開したカバネ、ヨウ、セイは、あっという間に水中へと消えていった。
「卑怯です」
夕刻。
平安京を流れる堀川から水中に入り、ひたすら、日が上がる方向へと泳ぎ続けたという三人を正座させた陽は言った。
「見つけられるわけがありませぬ。なぜ、平安京の中で泳ぎ回るのですか。遊びになりませぬ。あの数秒で、何丈泳いでいるのですか。陽は水の中へは入れません。なのに、なぜ、全力で没したのですか」
「陽様」
セイとヨウが、余計なことを言い出す前にカバネは前に進み出た。
「鬼を代わりましょう」
「…………はぁ?」
陽は、思い切り袖を振る。
「代わりませぬ! 陽は、絶対、代わりませぬ! 頭に来ました! 尽く、あなた様たちを見つけるまでは! 代わることはありませぬ!」
「しかし」
空気が読めないカバネは、真顔で言い切る。
「陽様は、我らに勝てませぬ」
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
ぶんぶん、ぶんぶん。
絶好調で、袖を大回転させた陽はズダンッと足踏みする。
「よ、陽様ぁ~? も、もう、そろそろ、寝た方が良いんじゃないの~? だ、だって、ねぇ、ヨウ? もう、あたしら、二回目の日暮れを迎えてるわけだしさ~?」
「そ、そうだなァ。うゥん。せ、セイの言う通――」
ズダンッ!!
足踏みの音が響いて、びくりと跳ねたふたりの前で陽は眼光をたなびかせる。
「…………」
「よ、よっしゃぁ!! 頑張ろっか、ヨウ!! やる気出てきたぁ!!」
「や、やる気がモリモリだなァ!! モリモリ出てきたなァ、セイ!!」
肩を組んだふたりは、わざと負けようと互いに耳打ちし――
「手を抜いたら」
陽の視線に釘付けにされる。
「呪います」
「「…………」」
「ヨウ、セイ」
空気が読めない男は、元気いっぱいに命令する。
「全力だ」
「「…………」」
地獄のかくれんぼは五日も続いて、土中での仮眠に失敗したヨウとセイが立て続けに発見された後、平安宮の白虎楼の上に隠れていたカバネが捕縛されて引き渡されたことで陽は勝利を収めた。
「か、カバネ、あんた、白虎楼の上って……陽様が執り成してくれなかったら、首飛ばされてたのに……びゃ、白虎楼の上って……」
「あ、アホだァ、この男……」
縄で縛られたままのカバネは、憂いひとつなく真顔で頷く。
「おれは、全力だった」
「「だろうな」」
笑い声。
寝不足の顔を上げたヨウとセイは、思いがけないものを見て呆ける。
「ふ、ふふっ……びゃ、白虎楼の上……ま、まさか、斯様なところに……ふ、ふふっ……ふふふっ……」
笑う。
鈴の転がるような音を立てて、陽は涙を滲ませながら笑った。
その様子を見て――唖然としていたカバネは――ゆっくりと微笑んだ。
「実は、蒼龍楼の上と迷った」
「迷うなそんなもん!! 大極殿だよ大極殿!! 正殿の上で身を隠して、生きていられる方がおかしいんだからね!?」
「なんで、こいつは、どこか得意げなんだァ……?」
楽しそうに陽は笑う。
その姿を眺めていた俺は、思わず微笑を浮かべていた。
「あいも変わらず、なんの得にもならない慈悲心をお持ちの男だな」
樹上から下りてきたアルスハリヤは、俺へと大仰に両手を広げる。
「カバネたちに、隠れ場所を指示していたのは君だろう?」
「……なんのことだ?」
「おいおい、一心同体の僕に隠し事なんて君も寝不足なのか? 藤原陽がカバネに手渡したあのルール、そこには一から十まで『シナリオ』が書いてあった。ユーモアを介さないカバネたちから、平安京の外やら川の中やら白虎楼の上に隠れるなんて素っ頓狂なアイディアが出てくる筈がない」
「『実は、蒼龍楼の上と迷った』は、アイツのオリジナルだよ」
優しく陽を見守っているカバネを見て、苦笑した俺は口角を上げる。
「俺は、機会を作っただけだ。もう、その必要もないかもな」
「君には、なんの得もないのによくやるよ」
「バカか」
俺は、陽の笑顔を見つめる。
「今は、あの子が笑う番なんだよ」
「式神さん!!」
駆けてきた陽は、笑いながら俺に問いかける。
「もっと、他の遊びはないのですか? カバネ殿が『次は負けない』と闘志を燃やしておりまして! 陽は受けて立とうと思いまする!」
「よし、良いだろう。俺が究極の遊びを教えてやる。その名は、遊◯王オフィシャルカードゲ――」
「おいやめろバカ」
はしゃぐ陽へと、次の遊び方を教えてやりながら――知れず、俺も笑っていた。
「なるほどのぉ」
灯明に揺れる影。
ぼんやりと屏風に浮かび上がった女の痩身、その艶やかなる姿態を見せつけた藻女――万鏡の七椿は、鏡に映る人影を見てほくそ笑む。
「アルスハリヤの言う通り……面白うなってきたわ」
彼女は――咲った。
2/24に書籍版第4巻が発売予定となります。
店舗特典について、作者の活動報告にて詳細をお知らせしておりますのでもし興味があればご覧ください。
よろしくお願いいたします。