魔は魔
「おやおや、総出でお出迎えとは光栄の至りだね」
立烏帽子に単。
狩衣に指貫。
檜扇に煙霧。
「やぁやぁ、久方ぶりじゃあないか、七椿にライゼリュート。あいも変わらず、興が乗らない顔立ちをしている。この時代では初めましてのことであるし、改めて、君たちのスポンジ状のクソ脳みそに我が名を叩き込もうじゃないか」
見覚えしかない顔立ちをした魔人は――笑む。
「従四位下、左京権大夫、安倍晴明だ」
「……アルスハリヤじゃん」
『安倍晴明』と名乗ったクソ魔人を指差し、この清涼殿への侵入が決まった日から一向に出てこようとしないアルスハリヤへと呼びかける。
「アルスハリヤじゃねぇか!! なんだ、お前、安倍晴明って!? わかりやすく偽名じゃねぇか!! うすぎたねぇ!! うすぎたねぇなぁ、お前!? なーに、お前、有名人のフリしてんの!? 恥ずかしくね!? 恥ずかしくねぇのぉ!?」
「アルスハリヤではないかぁ!! なんじゃ、お主、安倍晴明とはぁ!? コレでもかと偽名ではありゃせんか!! うすぎたないのぉ!? うすぎたないのぉ、お主!? なーに、お主、名代を偽っとるんじゃぁ!? 恥ずかしくないのかぁ!? 恥ずかしくないのかのぉ!?」
俺のセリフの丸コピペみたいな反応をした七椿を見つめ、俺は、急激に冷めていく己の心を俯瞰した。
「…………」
「式神さんのご反応は、七椿と同じですね」
「…………」
「似てるのですね」
「…………」
「やかましさが」
「…………」
泣き喚きながら猛回転して、この屋敷をベイ◯レードスタジアムに変えてやろうかな。
ライゼリュートは「ンフフ……」と笑いながら両眼を見開く。
「ンフッ、な、なんだ、毎朝、その薄汚い髪を整えるのに2時間かけてるクソキモ魔人じゃないですかぁ」
「3時間だ」
訂正して、安倍晴明……否、この時代のアルスハリヤは、檜扇で己の顔を扇ぐ。
「さてはて、果たして、脳みそに空気を詰めた愉快な阿呆たちは現状を理解しているのかな? 僕は『アルスハリヤ』じゃあない、『安倍晴明』だ。この意味がわかるか?」
「わからーん!! どういうことじゃぁー!! ぜんっぜん、わからーん!! アルスハリヤ、お主、顔がキモいなー!! 死ぬれーッ!!」
アルスハリヤは、苦笑して肩を竦める。
「要は、僕は正義の陰陽師であり安倍家の傀儡、君たちを殺しに来たということだ」
「ンフッ、な、なんの得があって?」
「『興味』がある」
檜扇の裏側から紫煙を吐き出しながら、アルスハリヤはにぃと嗤う。
「この平安京で、実に興味深いことが起きようとしているんでね。エスティルパメントに封印されて、オシャレな呪物と化したQやフェアレディとは違って、僕には素敵なお目々がついた観測者としての使命がある」
魔人は、邪悪な笑みを浮かべる。
「何者であろうとも、僕の『興味』の食卓に載ったものは平らげる。昔から好き嫌いだけはしないんでね、君らのようなゲテモノ食いもこなせる悪食なんだ」
ずおっと。
音を立ててアルスハリヤは魔眼『来世返し』を開眼し、その両眼に描かれた烙印の奥底に宿る純黒の空洞を覗かせる。
瞬間、七椿は錦眼鏡の両眼を開いた。
静観しているライゼリュートもまた、六臂の腕に散らばらせた大量の魔眼を一斉に開眼させる。
「なんぞ、知らんが、殺すつもりなら殺すぞよ」
「ンフッフッフッ~……」
「やれやれ、君らの思考能力は太古の昔から発土されずに埋め立てられたままなのか」
アルスハリヤは、ケラケラと嗤う。
「君たちが、この僕に敵うわけないだろ」
三者三様。
魔と眼を合わせて拮抗し――その間に、俺は踏み込む。
「楽しそうじゃねーか。俺とも分かち合えよ、その愉快な同窓会をよ~」
霧。
光。
画。
俺。
一斉に凄まじい量の魔力がぶち撒けられて、清涼殿の床、壁、天井が吹き飛び木片が宙空に舞い散ったかと思えば、火が点いて燃え尽き灰となり、空気中へと粉微塵となって吹き渡った。
空。
星。
闇。
俺。
高らかに嗤いながら魔人が空を飛び、星の下で魔人が尾を振り立てながら咲い、闇の中から無尽蔵の腕を伸ばした魔人が呵って、スルーされた俺は格好つけたまま嘲笑った。
「陽様!!」
刀印を結び、倒れてきた木柱を切り払ったカバネの叫声が飛ぶ。
あの渦中に巻き込まれたにもかかわらず、当然のように無傷で立ち尽くしている陽は三体の魔人が支配する夜空を見上げる。
「止めましょう」
七色の光線が空を走り、数kmにも及ぶ平安宮を縦に薙ぎ払う。
凄まじい爆発音が連続的に鳴り響き、地面が揺らぐと同時に蒼光が世界を包み、轟きと共に視界がグラついて赤橙の火炎が夜を舐める。
ぽつぽつと降り注いだ虚空から、具足を備えた死骸が幾百、幾千、幾万と生み出される。
眼窩から目玉を溢し腹から臓物を落としている具足武者は、次から次へと青色の火矢を撃ち放ち、空という空が青赤く染まり、落ちてきた火矢がなにもかもを燃やして損ない失していく。
切り拓かれた一画は、空間そのものを切断する。
平安宮の陰明門から建春門までが切断されたかと思えば、不気味な崩壊音が鳴り響き始め、ぐるぐると回転するようにして夜から昼へと世界が切り替わり、飛び出してきた衛府たちの全身がブレたかと思えば消失する。
ゲラゲラゲラゲラ。
愉しそうに嗤いながら咲いながら呵いながら、魔人は世界を損なうことに熱中する。
「止めなければ」
陽は、緋色の眼を開いた。
「平安京は終わりまする」
陽とカバネたちは駆け出し――
「…………」
最後まで蚊帳の外だった俺は泣いた。