三界三世の魔眼
「今、平安京に居る魔人は何柱だと思いますか?」
「……あ?」
暗闇。
衛府のひとりもおらず、静まり返った清涼殿の内部……裏鬼門の位置に座している鬼の間の前で、陽はつぶやいた。
「ライゼリュート、藻女と呼ばれてる七椿、それに……」
俺は、姿を消しているアルスハリヤの姿を思い浮かべる。
「アルスハリヤ」
「六柱です」
「は?」
陽は、ちらりとこちらを振り返る。
「六柱。全ての魔人が集結しておりまする」
「いや、それは……日月神隠しもいるのか……?」
「日月神隠し……?」
首を傾げている陽に対し、俺は、頭を振る。
「ライゼリュート、七椿、アルスハリヤ、Q、フェアレディ……以上だな?」
「えぇ、その『六柱』です」
「…………」
「正確に言えば、Qとフェアレディは目覚めておらず、封印された状態で唐と神殿光都から持ち込まれておりまする。陰陽道宗家の安倍と賀茂の嫡流が憑いた状態で、近きうちに本来の地へと戻されるでしょう」
訝しむ俺の表情を見て取り、陽は言葉を紡ぐ。
「竈、門、井、厠、者家神也云々。
平安京の鬼門の数は御存知でしょうか?」
「その言い方だと多いんだろ……ざっと、多めに見積もって三百ってところか」
「一萬参千と弐百」
愕然と、俺は目を見張る。
「それは、さすがに……」
「えぇ、有り得ませぬ。尋常ではない。陰陽寮が置かれているとしても、抑えきれるものではなく、このような場所に京を構えるなど正気の沙汰とは思えませぬ。六柱もの魔人が集う京など聞いたことがない」
灯明で長いまつげを煌めかせながら、陰を落とした面立ちで彼女はささやく。
「誰かが何かを仕組んでいる……この京は、なにもかもが……なにもかもが多すぎる……魔人が多ければ鬼門も多く、それ故に陰陽師が多いと考える……されど、そのまるで逆だとすれば……」
「鬼門を開けるために」
俺は、つぶやく。
「鬼門を開けるために、陰陽師を集めてるのか」
「だとすれば、なにが目的なのか。鬼門を繋げて、神殿光都といった幽世から凶魅を寄せてなにがしたいのか」
異界を幽世と呼称し、魔物を凶魅と呼んだ陽は、真っ黒に濁った眼で虚空を眺める。
「なぜ、魔人が集まっているのか……鬼門を開けてなんとするのか……誰がなんのために……ともすれば、陽がすべきことは……」
ハッと。
陽は、顔を上げる。
「申し訳ございませぬ……道具が考えることではありませんでした」
「いや、お前は――」
「陽は、式神さんを鬼札にいたしまする」
「あ?」
俺の言葉を止めて、無表情の陽は続ける。
「神懸かり法の阿尾舎法……金剛夜叉明王の咒を用いまする。三首五眼火髪の忿怒形、六つの臂をもち、弓、煎、剣、宝輪の武器を持ち蓮華座の上に立ち、三味耶形は羯磨輪、牙、鈴、五鈷杵、印形は羯磨首印の明王の姿を想像し――」
「待て待て混て、わからんわからん。日本語がわからん」
「では、実例を」
ふと。
灯明が消えて、暗闇が全てを満たした。
緋。
闇に浮かぶふたつの緋色の眼――払暁叙事を強制開眼した陽は、両手で根本印を結び、喉奥から唸るように「オンマカヤシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク・ハラベイシャヤウン」と真言を唱える。
瞬間。
俺の足裏が床を捉える。
「うおっ!?」
「斬ってください」
陽の一言に促されて、俺は九鬼正宗を振るう。
火の消えた高灯台が斜めっていき、ゆっくりとズレて床に落ち、次いで陽が眼を閉じると同時に俺は実体を失った。
「陽の呪法で空間中の魔を霊媒役として加持し、払暁叙事に籠められた記録を再現いたしました。払暁叙事の強制開眼中という限定的な状況ではありまするが、その間、式神さんの実体の一部をこの刻に再現させられまする」
「…………」
この子、チートじゃね……?
「神懸かりになれば、三界三世を既知に置けると言いまする。三界三世……要は、世界の現在、過去、未来のこと」
陽は、口の端を引き攣らせる。
「払暁叙事にこういった使い方が出来るということは……魔神は、最初からこのように仕組んでおいたのかもしれませぬ……血脈相承の三界三世を捉える魔眼……もし、自然開眼に紐付けられた固有の呪法がそうであれば……陽はなんのために……」
「何秒」
彼女の思考に歯止めをかけるために、俺は、敢えて口を挟んだ。
「何秒、開けられる?」
「十五秒。恐らく、数分の暇を頂ければ再度開くことも出来まする」
俺のスーパー上位互換じゃん、この子。
「……俺を切り札にする意味ある?」
「ありまする」
陽は、真顔で頷く。
「陽の眼には、貴方様は怪物に映る」
「まぁ、百合界の怪物くんと呼ばれたことはあるね。自分に」
数分、考え込んだ後、陽はゆっくりとつぶやく。
「……それは、自称では?」
「…………」
「自称では?」
「…………」
「自称だ」
笑顔の前に、スルースキル叩き込んでやろうかな。
「式神さんは、凄まじい魔の塊。魔人より多少は劣る程度……否、同等かもしれませぬ。武士としての腕前も、他の追随を許さないのでは?」
まぁ、アルスハリヤと同化してるからな。
俺の自嘲には気づかず、陽は真っ直ぐに俺を見つめる。
「藻女が……七椿が陽の想像を遥かに超えるようであれば、間違いなく、貴方様の御力が必要になりまする。どうか、御力添えを」
「しかしのう、そんなに強いかのぉ。神懸かりだかなんだか知らんし、妾にはまったく姿が見えんが、強そうには思えんぞよ」
「そうだよ、七椿の言う通りだよ。俺、そんなに強くないよ」
「そんなことはありませぬ。ご謙遜はおよしください」
「そうじゃぞ。なんぞ知らんが、謙遜はよくないぞよ。ほれ、妾って何かと謙遜してしまうところがあるじゃろ? じゃから、ほほほ、なにかと損をすることが多いんじゃよ」
「へぇ、そう――なんだ、お前、死ねェエッ!!」
陽は強制開眼し、俺は隣に立っていた七椿の首を刎ねた。
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