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目には見えない歪みの法則

 息も絶え絶えに。


 ずぶ濡れの俺は、引っ張り上げられる。


「さ……さすがに、死ぬかと思った……あ、あの世が見えた……ず、ずっと汽車に引きずられて、口と鼻に水が入ってきて……ろ、ロザリーが手ぇ振ってた……近づいてったら、まだ来んなの『しっしっ』だってことに気づいて……どうにか、生き残った……」

「ヒイロくん、あの世にまで女(はべ)らせてんの?」


 俺を抱え込んでの遠泳を終えた月檻は、寮長とラピスの介助を受けることなく、自力で号車へと身体を押し上げる。


 へそを出しながら服裾を絞り、慌てふためいているラピスの救護を受けている俺を見て苦笑する。


「さっきの、下車に含まれてないのかな? 魔導触媒器マジックデバイスに落下地点を演算させて、水面(着地点)を衝撃吸収材に変化させる離れ業は奇跡的に成功したけど……走ってる号車に、霧の手(ヒイロハンド)を引っ掛けたタイミングはVARが必要かな」

「ちなみに」


 仰向けになった俺は、ぐしゃぐしゃに潰れた左腕を上げる。


「落下の衝撃は殺し切れなかったので、俺が下になってなかったら月檻は死んでたし、咄嗟の機転で月檻がエネルギー分散を受け持ってくれなかったら俺が死んでた。また、水面に対して衝撃吸収材への変化が上手くいったのは、寮長のお姉様の指導のたまものです」

「あぁ、お姉様が防御ガードによく使うヤツか。何時いつ、あんなもの習ったんだ?」

「…………」

「なぜ、顔を赤らめる?」


 思い出したら、腹を切りたくなるのでノーコメント。


「うわっ……!」


 粘つきながら張り付いている赤黒い皮膚を見て、俺の服を脱がそうとしていたラピスは手を止める。


「ひ、皮下組織損傷まで及んでる……筋も骨もぐしゃぐしゃだし……左腕を下にして衝撃を受けたんだろうけど、臓器にまで衝撃が伝わってる……わ、脇腹の皮膚の色、コレ、中身破裂してないよね……し、してたら痛みでしゃべれないか……」

「いや、さっき、『生成:レチクリン』、『生成:酵母』、『変化:生合成経路』でレチクリンからモルヒネ生合成した後、塩酸塩注射液作って7mg静脈注射したから痛みがない」


 ラピスは、驚愕で目を見開く。


「ちょ、ちょっと、なんでそんな導体コンソール持ってるの? 支給を受けてる医師か軍人でもない限り入手出来るわけがないし、認可が下りてなかったら使用自体禁止されてる筈でしょ?」

「この間、月檻にもらった」

「ダンジョンに落ちてた」


 俺と月檻は、同時に片手を上げる。


「「拾ったから自分のもの、自分のものなら使っても良い」」

「君たちにモラルってものはないの……?」


 導体袋コンソールポケットから、清く正しい鳳嬢魔法学園内であればモザイクかけられそうな導体コンソールをゴロゴロと取り出し、手慣れた手付きで応急処置を始めた月檻を見てラピスは笑みを引くつかせる。


 最も外傷が酷い左腕部に魔力を集中させて俺は治療に専念し、じわじわと再生していく皮下組織を眺める。


「もうちょい、魔力が濃いところだったら直ぐに治るんだけどな……」

「本格的に、ヒイロは人間やめてるな! 逆に、どうやったら死ぬんだ? 将来の夫婦喧嘩の参考にするから教えてくれ!」

「なんで、ミュールさんは、夫を殺す前提で夫婦喧嘩をセッティングしようとしてるんですか……?」


 最後尾の連結部に腰を下ろして、ちゃぽちゃぽと両足で水面をかき乱し、月檻は伸びをしてから俺の腹に頭を載せて寝転がる。


「あの、俺、重傷なんすけど……」

「うん、だから、抵抗出来ないでしょ?

 で」


 月檻は、目線を上に向けて俺を見つめる。


「さっきの、なんだったの?」

「そう、それ! わたしも、ずっと聞きたかった! ヒイロが『朧車を壊そうとすれば、敵は何らかのリアクションを見せる』って言ってたから実行に移したけど……破損箇所から、また、朧車が出てくるなんて聞いてないよ! なんなのアレ!?」

「たぶん、既に」


 俺は、推測を口にする。


「俺たちは、敵の手によって袋小路に追い詰められて――法則ルールが捻じ曲げられた、全く別物の巫蠱継承の儀に参加させられてる」

「根拠は?」


 原作ゲーム、とは言えないわな。


 原作ゲームからの相違点により、既に確信を得ていた俺は、ずっと考え続けてきた論拠を口にする。


法則ルールだ」

「あ……? どういう意味だ……?」


 失ったインペリアルドラモンパラディン○ードの穴を埋めるために、デッキを再構築していた寮長は首を傾げる。


「ラピス、巫蠱継承の儀の法則ルールはなんだ?」

「え……他家の参加者を殺すか下車させるかして脱落リタイアさせることでしょ……?」

「寮長!! 正解音!!」


 すかさず、寮長は、ライゼリュートからもらった正解音が鳴るボタンの玩具おもちゃを押し、『ぴんぽ~ん』と間延びした音が出てくる。


「でも、今、俺たちは殺し合える状況下にいない? そうだろ?」

「そうなった場合」


 月檻は、俺の腹を撫でながらつぶやく。


「巫蠱継承の儀が持つ、元々の法則ルールは機能していないことになる。つまり、誰かが横からこの状況下を作り出し、元の法則ルールを破壊して、全く新しい巫蠱継承の儀を始めている。

 そして、その仕組みは――」


 月檻は、人差し指で号車の床を突いた。


「この号車と寝台車しかない不可思議な朧車を中心に成り立っている」


 ピピピピピピピピンポピンポピピンポピンポ――


「寮長、理解が追いつかなくて暇だからって、急に連打の限界に挑まないでください。しかも、俺の頭上で。張り裂けそうですよ、耳と心が」


 満面の笑みを浮かべた寮長は、すっと、連打を止める。


「要は、このキーポイントになっている朧車をぶっ壊そうとして、相手の出方をうかがおうとしたってことだろう……?」

「うわ、珍しく当たってる。雨降るどころか嵐が来るよ」

「寮長、おフザケモードに入ってなかったら考える能はあるし、リウお姉ちゃんの元で修行を積みながら勉強も教えてもらってるから……」

「うわーはっはっ!! 褒めろ崇めろ頭を撫でろ!! でも、どれだけ頑張っても、りっちゃんに教えてもらったハーツオブアイ○ンの遊び方だけは理解出来ない!!」

「それはしゃあない」


 ドヤ顔をした寮長は、俺と月檻に頭を撫でられてほくそ笑む。


 ナデナデ・フェイズに移行した俺たちの横で、ひとり、真剣に考え込んでいたラピスはゆっくりと顔を上げる。


「でも、その結論に至るのは性急過ぎないかな……? だって、飽くまでも巫蠱継承の儀の法則ルールに則った下車もしくは餓死を狙った攻撃だってことも考えられるでしょ……? というか、わたしは、そう思ってたんだけど……」

「もう、一週間経ってるだろ? そして、食料は一週間分も用意されていなかった」

「あ……」


 ラピスは、目を見開いて頷く。


「確かに……朧車に用意されていた食料は3~4日分……だとすれば、本来の巫蠱継承の儀は、長くても4日以内に決着がつくものなんだ……一週間もあれば、わたしたち以外の参加者を脱落リタイアさせて、次に、わたしたちにトドメを刺すか何らかのアプローチをかけてくる筈……」

「その通り。閉じ込め続けるだけで、相手はなにもしてこない。このまま、俺たちを下車させるか餓死させて勝利を収めたとしても、巫蠱継承の儀に基づく、古の魔法士が好む『最も次代に相応しい強力な魔法士を輩出した名家』として認められると思うか?」


 月檻は、肩を竦めて微笑する。


所謂いわゆる、不文律ってヤツね」

「勝ち方にこだわって、わたしに負けたフーリィとフレアを思い出す事例だな……なんで、名家の魔法士は形式とか矜持プライドにこだわるんだ……ヒイロだったら、号泣しながら土下座して隙を誘い背中から刺すくらいのことはするぞ……」

「確かに……寮長だったら、相手がう○こしてる最中に水責めして殺すくらいのことはするだろうな……」

「三寮戦でアレだけ煽られた身からすると、どっちも喜んでやりそうだなって思うよ」


 仰向けの状態で、青空を見上げたまま俺はつぶやく。


「巫蠱継承の儀なんて、大層な名がついてるが、この儀式は次代を継ぐ『家』を見つけ出すためのオーディションなんだよ。殺し合いは手段に過ぎない。にもかかわらず、その前提を覆して、オーディション会場全体を好き勝手に模様替えしたヤツがいる」


 俺は、ニヤリと笑う。


「ソイツを見つけ出して、叩きのめせば俺たちの勝ちだ」

「でも、その犯人を見つけ出す手がかりはあるの?」

「あるだろ」


 俺は、寮長がシャッフルしているデジ○ンカードを指差す。


「古い探偵小説にありがちな聞き込みと洒落込もうぜ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までの話が所々に散りばめられてた。 [気になる点] ドクペ… [一言] 書籍、買わせていただきました! 山田くんの今後の活躍に期待!
[一言] ここで購入報告します 電子版書籍版ともに購入しました 推しは推せるときに推せ どれも楽しませてもらってます。ありがとう
[一言] 6月23日 2巻 coming soon 早すぎて感情追いつかない…
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