そらとぶ電車ごっこ
「用意は良いか?」
『壱号車上部、問題なし』
『弐号車上部、何時でも来いッ!』
『参号車上部、オッケー! イケるよ!』
かき集めたベッドシーツを繋ぎ合わせ、互いの足首と足首を繋ぎ合わせた俺たちは、寮長を中継点として魔力線を繋ぎ合わせて命綱としローカルで通信を取り合った。
吹きすさぶ風の中で。
誰かひとりでも姿勢を崩して、落ちれば、一巻の終わりの状況下で――俺たちは、同時に引き金を引いた。
「一、二のッ!!」
俺たちは、息を合わせて――
「『『『三ッ!!』』』」
己の全力を朧車に叩きつける。
壱号車から肆号車まで、すべて、同時に叩き潰れ――走行音をブチ撒けながら、四つの破損箇所から『朧車』の銘を刻んだ機関車が突っ込んでくる。
『はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
咄嗟に寮長は回避行動をとり、姿勢を崩した俺たちは宙空へと投げ出される。
天高く。
伸び上がっていく四つの蒸気魔道機関車、蒼白の粒子を煙突から噴き上げながら、耳を劈くような汽笛を掻き鳴らし、宙空へと次々と生成されていく線路を駆け走る。
『ヒイロ、なにこれ!? どういうこと!? コレってヒイロの予想通りの展開ってことで合っ――』
「なんじゃこりゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
『てないのぉ!?』
顔面を歪めた俺は、霧手を引っ掛ける。
瞬間。
一気に牽引されて、視界に線が走る。
置き去りにされた臓器が浮き上がる感覚――四人で繋がったまま、すっ飛んだ俺たちは、風切り音を耳朶に叩きつけながら空を駆ける。
『ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!! ヒイロ、ヤバいッ!! ゴーッって鳴ってる!! 耳が!! 耳が!! ゴーッ、言ってる!! 命綱が千切れたら死ぬ!! 魔法が使えないわたしから死ぬ!! アァーッ!!』
寮長の懐から、大量のデジモン○ードが飛び立って行く。
『わたしのインペリアルドラモンパラディン○ードがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「俺のベルゼブモンブラスト○ードォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
『桜ァ!! 桜、どうにかしてぇ!! このふたり、今日は役に立たない!! 役に立たないから、どうにかしてぇ!!』
『どうにかって言われても……あ』
間の抜けた声が聞こえて、俺は視線を上げる。
『ヤバそう』
一心不乱に。
空を走るもうひとつの肆号車にぶら下がる俺たちへと、凄まじい勢いで突っ込んでくる参号車の姿が目に飛び込んでくる。
『皆、今まで、ありがとう……』
「寮長ォッ!! 寮長、諦めんな、寮長ォッ!! まだ、諦めるにははえぇから!! ココから!! ココから、どうにかな――」
右と左から。
壱号車と弐号車が飛び込んでくるのを見て、俺は満面の笑みを浮かべる。
「皆、今まで、ありがとう……」
『桜ァッ!! 桜、たすけてぇ!! こんなコントみたいな感じで死にたくないよぉ!! レイにもまだ会えてないのにぃ!!』
『はいはい』
月檻は、引き金を引いた。
『どうにかすれば良いんでしょ』
命綱の魔力強化を終えて、俺たちを繋ぐベッドシーツの紐を思い切り引っ張った。
加速して。
彼女は、真正面から参号車を出迎え――
『邪魔』
蹴り上げる。
ボッ!!!!
凄まじい勢いで噴き上がった蒼白の魔力光、空中で綺麗に一回転した月檻は、サマーソルトを終えると同時に右と左へ腕を振った。
宙を滑ってゆく、三日月の形状をとった飛去来器。
天翔ける一対の飛去来器は、月檻の操作に従い、壱号車と弐号車の車体を真横から捉える。衝撃の瞬間に月檻は引き金を引き、風向きが変わったかと思えば突風が吹き上がり全体が押し出される。
それは、完璧なタイミングとコントロールで行われて。
俺たちの鼻先を掠めるような形で、壱号車は眼前を駆け抜けていき、真っ黒な車体が唸りを上げながら俺たちの前を通り過ぎる。背面に熱を感じたかと思えば、背中を擦れるようにして弐号車は疾走していった。
「やったぜ!! さすがは、俺たちの月檻さんだ!! かっくいー!! お願い、抱いて!! 女の子を!!」
『もう、アイツひとりで良いんじゃないかな!! もう、アイツひとりで良いんじゃないかな!!』
『桜ぁ……!!』
月檻は感激している俺たちには目もくれず、緩やかなカーブを描いて、またもこちらへと突っ込んでくる三体の朧車を見つめる。
『コレ、キリがないかも』
あいも変わらず。
肆号車に引っ張られて、空を飛んでいる俺たちは為す術もなく、再度のトライアングルアタックに晒される。
『ヒイロ、月檻、ラピスッ!!』
偉そうに腕を組んで。
風に流されている寮長は、ローカル通信内で叫ぶ。
『ヤツらにジェットアイズベルトアタックを仕掛けるぞ!!』
「ジェットアイズベルトアタック!? 寮長、それは、一体!?」
『…………』
「名前しか考えてねぇのかよ、お前!? フザけんのも大概にしとけよ!? 今、危機的状況ってことわかんないんですかァ!?」
『ねぇ、アレ……』
壱号車、弐号車、参号車。
それぞれの車体の横から、六本並べられた砲身で形作られている殺傷兵器が一対、緩やかな速度で突き出てくる。
『ヤバくない……?』
主に、航空機関砲や低高度防空用機関砲として用いられる兵器。
M61バルカン。
20mmのバルカン砲は、ゆっくりと反時計回りに回転し始め――
『ヒイロッ!! 投げろッ!!』
声の方向へと、俺は、伸ばした霧手を絡めて投げる。
ふたつの掌。
回転しながら投擲された寮長は、繋がった魔力線で共有した魔力を丹田に溜め込み――加速しきった箇所で、己の足首に繋がった命綱を外し――くるくると回りながら、両掌で陰と陽を形作る。
『劉悠然、直伝、シリアお姉様が信じた魔法士が作り上げた最強だ』
蒼白に染まった両眼を――寮長は見開く。
『玩具の弾丸くらいは、容易に――捌き切るぞ』
一斉射撃。
青空にブチ撒けられた音と弾。
発射音と発射音が繋がって、ひとつの線と化し、その繋ぎ目すらわからない速度で吐き出される大量の20mm口径弾。
毎分6,000発もの速さで空間を切り裂き、人間の脆い体躯などは容易に引き千切る魔弾は、流れ走る車体に沿って掃射を行った。
そう、それは魔力が籠められた弾丸だった。
他者の魔力を盗み取る似非の魔法士は、その研ぎ澄まされた嗅覚で、弾丸の眼前に姿を晒した小さな自分にだけ向けられた魔力を嗅ぎ取り――最小限の動きと最小限の魔力を用い、すっと、動かした掌で――20mm口径弾の経路を動かし、他の魔弾へとぶつけて相殺させる。
緩やかで、鮮やかな円の動き。
呼吸を完璧に止めたミュール・エッセ・アイズベルトは、虚ろな瞳で自身の感覚のみに信を置き――すべてを捌き切る。
それは、俺たちにとって、ほぼほぼ時が止まったようにも思えて。
魔力を切らした寮長が落ちてきて――俺は腕を振り回し、宙を滑るように飛んでいったラピスは彼女を受け止め――円を描いて戻ってくると同時、再度、肆号車の車体へと張り付く。
音が戻ってきて、時が動き出し、空気を切り裂く大音響が耳元でブチ撒けられる。
獲物を仕留め損なった蒸気魔道機関車は、線路を生成しながら曲がり、車体をくねらせながらこちらへと向かう。
「月檻」
窓枠にしがみついていた俺は、風切り音を聞きながら狙いを定める。
「そろそろ、運行予定表を破り捨ててやろうぜ」
『なにするつもり?』
俺は、ニヤリと笑う。
「電車ごっこ」
手を離し――俺は、自由落下に我が身を任せる。
車体に張り付いていた三人が、肆号車の上部へとよじ登っていくのを確認し、俺は落下の途中で霧手を伸ばした。
その手は、肆号車の底部を掴み――その下に潜り込むようにして、右部から左部へと回りながら宙空へと飛び上がる。
天高く、俺は翔び、壱から参号車までを俯瞰する。
「お前」
握り手に右、鞘に左を当てた俺は、笑いながら参号車へと落ちていく。
「今から鞘な」
振り抜く――引き金――衝撃。
参号車へと突き立てた光刃を伸ばした俺は、蒼白の魔力線を描きながら、一気にその天井を駆け抜けていく。
「アルスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」
汽車の進行方向とは逆へ。
逆へ、逆へ、逆へッ!!
駆け上がりながら、俺が疾走してゆく度に。
足元で溶解が巻き起こり、蒼白の魔力光が炸裂し、内部で爆発という爆発が巻き起こり――
「マグナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
先頭車から最後尾まで、車体を一刀両断する。
爆閃。
綺麗に真っ二つになった参号車は、壱号車と弐号車へと襲いかかり、衝突したその車体は思い切りブレる。
こちらへと。
M61バルカンを向けて、数回転、その弾丸は俺の頬を切り裂くのみで終わる。
体勢を立て直した壱号車と弐号車は、こちらへと20mm口径弾を撃ち放――M61バルカンと車体の繋ぎ目が吹き飛び、火炎に塗れたガトリングガン砲は落下していって水柱を上げる。
『精度』
命綱を煙突に巻きつけて逆さになり、白雪姫弓を構えて、射線を確保していたラピスは瞼の上を二本指でトントンと叩く。
『足りてないんじゃない?』
武器を失って。
特攻を選んだ壱号車と弐号車は、猛烈な勢いでこちらへと突っ込み――俺に向かって落ちてきた月檻は手を伸ばす。
思わず、俺は笑う。
「無茶すんなよ、主人公」
『自分に言ってる?』
俺と月檻は手と手を繋ぎ――霧手で、肆号車を掴んだ俺は、大きく一回転して勢いをつけてから――
「行って来い、月檻ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
投げた。
最大速度で投擲された月檻は、真正面からぶつかってきた弐号車の顔面を蹴り飛ばして退け、斜めっている車体に着地し駆け抜けていく。
同じように。
追いかけた俺は、反対方向から同じスピードで走り抜ける。
「月檻!!」
『ヒイロくん!!』
俺と月檻は――呼吸を重ねる。
『壱ッ!!』
「弐のォッ!!」
刀と剣を振り上げて――
「『参は既に廃車ァッ!!』」
叩き落とす。
右と左。
壱号車と弐号車は、全身全霊の一撃を喰らって真横に吹っ飛び、耳を劈くような破壊音を立てながら左部と右部を擦りつけ合いながら走行を続け、ド派手な崩壊の断末魔を上げながら連結し合い鉄塊へと姿を変えていった。
一塊のくず鉄となった汽車は、燃え上がりながら水面へと落ちてゆく。
「よぉ、繋がったな」
その末路を眺めながら、俺は汽車の落下地点に向けて指呼確認を行う。
「連結、ヨシ!」
『ご満悦なところ悪いけどさ』
俺の横を落ちながら、月檻は何時ものクールな装いでつぶやく。
『着地、コレ、どうするの?』
「…………」
落っこちている俺は、遠く離れていく肆号車を見つめる。
「…………」
『ね、コレ』
どうでも良さそうに、月檻はささやく。
『もしかして死んだ?』
「…………」
『…………』
俺と月檻は、顔を見合わせる。
「『…………』」
俺たちは、見つめ合いながら、無言で落ちていった。




