現状整理といつものやつ
扉を開けた瞬間――狭苦しい通路が現れる。
「…………」
俺の肩に顎を載せた月檻は、人様の毛先を指でくるくると弄びながらささやく。
「参号車じゃないね」
俺と月檻の間を「うぎぎ……!」と通り抜けた寮長は、四角形の窓から夜空を見上げ、反対側にあった扉のノブを掴んで押し開ける。
「部屋だぞ!! ツインルームだ!!」
寮長の言う通り。
水面を滑るように走り続ける『朧車』……蒸気魔導機関車の内部には、二つのベッドが平行に配置されている寝室があり、壁に埋め込まれている収納箱には菓子類が入っていた。
「ひ、ヒイロ、まずいぞ……!」
「寮長、どうし――」
寮長は、青ざめた顔でポテトチップスを見せつける。
「コンソメ味がひとつしかない……」
「う、嘘だろ、俺も寮長もコンソメ派なのに……巫蠱継承の儀とか大層な名前つけといて……普通、人数分用意するだろ……せめて、事前にアンケート調査はするべきだろ……運営はなにしてんだ……」
「普通、殺し合いの前にポテチの好み調査なんてしないんじゃないの……?」
「ね」
ひょっこりと。
狭い寝室には入れなかった月檻が、戸口から顔を覗かせる。
「あっちにも、おんなじのあるけど」
月檻が報告した通りに。
通路を五メートル程進んだ先には、同様のツインルームがあり、膝立ちでベッドに乗った寮長が枕元の読書灯を点滅させる。
「お、お泊まり会みたいでワクワクしてきた……」
「やべぇ、殺し合いかと思ってたから、魔導触媒器しかもってきてねぇ……」
「合ってるよ」
呆れ顔のラピスの前で、俺と寮長は備え付けのトランプがないか探し――スッと、眼の前の空間に切れ目が入り、そこから伸びた手からデジ○ンカードゲームを手渡される。
「はい、あげるぅ……!」
「「…………」」
「あげるぅ……!!」
「「…………うす」」
俺と寮長は、ライゼリュートからデジ○ンカードゲームを受け取る。
スッと、切れ目が消え去り、俺たちは顔を見合わせる。
「で」
月檻は、苦笑する。
「どうするの、アレ?」
「どうするって言われたって……ねぇ……?」
「なぁ……?」
俺と寮長はカードをシャッフルし、デッキをベッドの上に載せて――叫ぶ。
「「ドローッ!!」」
「は~じ~め~るぅ~なぁ~!! うらぁ~!!」
ぐわんぐわんと、ラピスに掴まれた頭を回されて、たまらず俺と寮長はデッキから手を離した。
BOX席が並ぶ肆号車に戻った俺たちは、南端の展望ラウンジ席に腰掛け、車体に沿って湾曲している窓から覗く星々を見上げる。
「現状整理」
寝台車の食料庫から持ち出したミネラルウォーターをあおりながら、足を組んだ月檻はつぶやく。
「朧車は四両編成。私たちが居るのは肆号車、西園寺華扇は参号車、徳大寺霧雨は弐号車、三条……もとい、藤原黎は壱号車に乗り込んだ。それぞれの車両の間には余計な付属品はひとつもなし。
にもかかわらず」
月檻は、口端を曲げる。
「肆号車の扉を開けた先は、参号車ではなく謎の寝台車」
「理屈……合わないよね……?」
「寝台車には、肆号車に繋がる扉しかなかったしな! つまり、寝台車と連結している車両は肆号車以外に存在しない!」
「どうですかねぇ……こういうのはミステリの定番で、隠し扉とか隠し部屋とか隠しミッ○ーとかが潜んでるもんなんですよ」
「こんなところにまで、遊び心を仕込んでるディ○ニー凄すぎる……」
ラピスは「う~……」と唸りながら項垂れる。
「こんな状況で、巫蠱継承の儀の条件を満たすことなんて出来なくない……? 昼だと思ったら夜だし、参号車だと思ったら寝台車だし……コレが、レイの……藤原家の仕込みだとすれば意味わかんないよね……?」
月檻は、呼び出した画面を指で弾いた。
そこに映し出されたのは、巫蠱継承の儀における四つの遵守事項。
――壱、列席する四家は、己を含む四人の列席者を集めなければならない
――弐、朧車から下車するか死亡した場合、列席権を放棄したと見做す
――参、巫蠱継承の儀は列席者が独りになるまで続く
――肆、終局まで儀に列席した者が属する家を次代の継承本家と裁定する
「コレってさ」
ちらりと、目線を上げたラピスはささやく。
「四家で殺し合って、最も優れている魔法士を輩出した一家を後継としなさいってことでしょ……? エンシェント・エルフが行った囚獄疑心もこの一種とも言えるし、血統と実力と傲慢を源とする魔法士の界隈ではよくある話だよね」
「要は」
月檻は、とんとんと剣柄を指で叩く。
「蠱毒の人間バージョン……言うなれば、衆毒?」
「ヒイロ、ヒイロ」
寮長は、俺の服裾を引く。
「蠱毒ってなんだ?」
「俺のように、胸に一抹の寂しさを抱くロンリーウルフのことですよ」
「虫とか動物を使った呪術の一種。蜈蚣とか蚰蜒とか虱とか、一緒くたに同じ容器に入れて共食いさせるの。最後の一種が生き残るまで続けて、残ったその一種が最高の毒になる」
「ヒイロ、お前、きったないな!! 主食が蜈蚣とか蚰蜒とか虱とか、うっすぎたないな、お前!!」
蠱毒を孤独と読み違えただけで、ココまで好感度下げられるとかコスパが良すぎる。
「でも、大丈夫だ、私にはそういった差別意識はない! アイズベルト家に嫁いできたら、毎日、た~んと食べさせてやるからな!」
その上、絶対に嫁がないという信念まで手に入る。
胸を張って、海外で見た虫料理の話をする寮長の横で、考え込んでいたラピスは声を発する。
「でも、今のところ、その蠱毒は機能してないよね? 肆号車は他家が居る車両とは繋がってないんだから、共食い……要は、殺し合いが発生する状況じゃないんだし」
「いや、殺し合える相手ならいるだろ」
俺は、なにもない空間を指差し――ラピスは、テーブルに置いた白雪姫弓を握る。
「で、魔人の目的はなに?」
だらんと全身を弛緩させた状態で、月檻はパーカーのフード紐で遊び始める。
「ヒイロくんに、随分と懐いてるみたいだけど」
俺の名前が出てきた瞬間。
空間の切れ目から這い出てきてたライゼリュートは、BOX席の下へとしゅっと潜り込み「みつからなぃ……」とぼやきながら、ぺたぺたと床を這い回ってなにかを探し続けていた。
「普通、懐いてる相手にファックサイン送ってくるか?」
「ファンサじゃない?」
「え……ヒイロ、人に中指立てられると嬉しいの……?」
顔を背けたラピスは、ぷるぷると震えながらゆっくりと中指を立てる。
「月檻、この場合、俺は誰を殴れば良い?」
「虚空?」
振り向きざま、俺は、両手の中指を立てて舌を出していたアルスハリヤを殴り飛ばす。
「ね」
BOX席の下を覗き込んでいた月檻は、こちらの様子を窺う。
「アレ、手、出したらダメなんでしょ?」
「少なくとも今は」
ラピスは、不安気に顔をしかめる。
「でも、ライゼリュートはキリウの手先だよね? つまり、わたしたちにとっての敵だし、放置してても大丈夫なの?」
「マズいだろうが」
むくりと起き上がったアルスハリヤはつぶやく。
「手を出す方がマズい」
「……あぁ、今は、放置しておくしかない」
気が張り詰めている俺たちの間で、寝ぼけ眼を擦った寮長があくびをする。
「放っておくしかないなら、考えていても詮無いことだし、明日からの戦に備えて睡眠を取るのはどうだ……ふぁあ……りりぃ……ねまぎ……おねえさま……大根二本を箸にしてご飯を食べないでください……」
「賛成」
月檻もまたあくびをして手を挙げる。
「まぁ、そうだな、今日のところは寝るか……我らが寮長様が、どこぞのシスコンの貫禄を失墜させるような寝ぼけ方してるしな……」
ラピスは、上目遣いでちらりとこちらを窺う。
「な、なら、ヒイロはわたしと同じ部屋……かな……?」
そう言った瞬間。
ぴしりと、空気が凍りつく音がして、閉じかけていた寮長の両眼がカッと見開き――猛烈な勢いでBOX席にタックルし、息も絶え絶えに座席へと縋り付いた俺は、喉の奥から必死で咆哮を上げる。
「神殿光都の姫ぇーッ!! 部屋へ帰れーッ!! みすみす殺すな退くも勇気だッ!! 部屋へ帰れぇーッ!!」
「「「じゃんけ~ん」」」
「俺は自分でココへ来た。自分の足でココを出ていく」
窓から飛び出そうとした俺は、三人がかりで引きずり込まれ、今晩の寝床と決めたBOX席に抱き着いて現実から目を逸らす。
数秒の後、勝者が決まり。
アルスハリヤが笑顔で手拍子する中、俺は、根本から引っこ抜かれた座席ごと闇の中へと引きずられていった。
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