御四家騒動
俺を見下ろす――眼。
純黒の玉髄が埋め込まれたかのような、繊細で丁寧に感情を蔑ろにした無機質な視線が睥睨する。
かつて、遊園地で俺に向けていたあたたかで血の通った眼差しは消え失せて。
三条黎は、冷たい声音を場に投じた。
「捕らえなさい」
瞬間。
関節を外した俺は、激痛と共に腰後ろの引き金を引いた。
単純な膂力――俺を組み伏せていた看護師たちは浮き上がり、間髪入れずに駆け込んできた侍衛に前蹴りを叩き込む。
「レイ、スノウッ!!」
俺は、痛みで顔をしかめながら右手を差し伸ばす。
「来いッ!!」
ふたりは、なにも反応せず。
内側へと襖が倒れ込んできて、抜刀した侍衛たちが雪崩込んでくる。的確に反応した俺の身体は身を屈め、水面蹴りで一団を薙ぎ倒し、刃引きされた日本刀を受け止め飛来する風弾を仰け反って躱す。
「レイ!! スノウ!!」
必死に。
九鬼正宗を振り回しながら俺は叫ぶ。
「帰るぞ!! 迎えに来たんだ!! 来いッ!! 早く!!」
反応はない。
「レイ!!」
なんとなく。
「スノウ!!」
――三条黎は、自らの手で選択しましたよぉ
彼女らが、俺の呼びかけに応じない理由はわかった。
一瞬。
俺の注意がレイとスノウに釘付けになり――上段――鎖骨に剣先が叩き込まれて鈍い音が響き、あまりの痛みに姿勢が崩れる。
その機を逃すまいと。
大量の侍衛たちが、俺に掴みかかってくる。引き金を引こうとした俺の人差し指がへし折られ、苦悶の声を上げながら左手を伸ばそうとすると、左肩に風剣が突き刺さって激痛で動作が止まる。
マズい。
ぼたぼたと血液を垂らしながら、多勢に無勢を悟った俺は、シルフィエルたちを呼ぼうとし――画面に触れようとした左腕を斬り飛ばされ、頼みの綱のイヤホンマイクを襟元から千切り取られる。
「魔人の再生を抑えなさい」
四方八方から。
日本刀で串刺しにされた俺は、血反吐をぶち撒け、俺の前に立ったレイの顔半分が真っ赤に染まる。
「心、肺、胃、腎、脾……致命傷の筈ですから再生が追いつかないでしょう?」
「レイ……」
ぜいぜいと。
息を吐いた俺の頬を撫でて、彼女はにこりともせずにささやく。
「貴方は、三条家の人間ではない。初めから、この場には存在しなかった。目を覚ました時には、なにもかもを忘れて幸福な人生を歩み始める」
幾度も。
自身の指先に俺の存在を刻むように。
震えているレイの指先は、血に塗れた俺の頬を撫で続ける。
「ありがとう、私の家族になってくれて……私は……私は、お兄様の妹でいられて……三条黎でいられて良かった……貴方が忘れても……私は憶えてる……この家で、どれだけ歪められても、どれだけおかしくなっても、どれだけ変えられても……忘れないから……私……私ね……お兄様……私……」
にっこりと。
憂いのない満面の笑みを浮かべて、彼女は別れの言葉をつぶやいた。
「とってもたのしかった……」
眼。
俺の視線が、レイの足元へと導かれる。
そこには一匹のネズミが歩いていて、真っ赤な眼でこちらを見つめており、しきりに鼻を動かしながら天井裏を見上げ――
「エイデルガルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい破砕音と共に天井が崩壊し、猛烈な勢いで落下したエイデルガルトは侍衛の頭に踵を叩き落とす。
叩きつけられる顔面、畳がくの字に曲がって浮き上がる。
刹那の間。
俺を刺し貫いていた刀剣を素手で叩き折ったエイデルガルトは、クナイの引き金を引いて加速し、折り曲げた指先で喉の急所を突き、次から次へと侍衛たちを昏倒させていく。
猛烈な踏み込み。
浮き上がる畳、垂直に立ち上がり、その端に立ったエイデルガルトは――印を結び、クナイを逆手に構えてささやいた。
「忍者、見参」
「エイデルガルト・忍=シュミット……ッ!!」
スノウ率いる従者に庇われながら、顔を歪めたレイは声を張り上げる。
「なぜ、三条燈色に味方する!? 貴女は、カオウの手駒でしょう!? 巫蠱継承の儀に燈色が参加することは得策ではない筈!!」
「彼に味方したつもりはないわ」
「なら、なぜ!?」
真顔で――忍者は答える。
「叫び声にびっくりして落ちちゃったから……流れで」
レイは、凍りつく。
その機を見逃そうとはせず、畳を蹴飛ばしたエイデルガルトは、俺を抱き抱えて離脱しようとし――レイは叫声を上げる。
「無駄ですよ、お兄様ッ!! 貴方の頼みの綱の悪魔たちは、ライゼリュートが抑えてい――」
衝撃。
耳を劈くような音と共に壁が弾け飛び、もうもうと巻き起こった土煙の中、頭から血をかぶったワラキアが牙を剥き出しにしながら入室してくる。
「あはっ! さすがのわーとて、さすがに魔人とタイマンは無理だった~! きょー様、無事ぃ~? あはは、あのふたりがゴキブリキモ足を抑えてる間に、とっとと脱出しちゃおうよ~!」
自身へと。
斬りかかってきた侍衛の魔導触媒器を片手で捻じ曲げて、有象無象を弾き飛ばしながらワラキアは息を荒らげる。
「さ、さすがに無茶し過ぎたかも……わ、わーのJPが切れそう……」
「JPってなに!?」
「二郎ポイント……」
「だよねぇ!! ありがとぉお!!
エイデルガルトォ!! お前、今、二郎もってる!?」
「切らしてるわ」
「だよねぇ!! ありがとぉお!!」
素直にお礼が言えて偉いねと誰も褒めてはくれず、俺たちを取り囲む包囲網は縮まっていき――反対側の壁が吹き飛び、怒涛の勢いで突っ込んできた三条家の侍衛たちは、構えた俺たちをスルーして切り込んでいく。
なぜか、三条家同士で切り結び始める侍衛たち。
唖然とする俺たちの前で乱戦が発生する。
天井が崩壊し前後の壁が瓦解し左右の襖が倒壊している混戦状況、まともに足の踏み場もなくなって、誰が敵で誰が味方かもわからなくなる。
「燈色殿!!」
頭に包帯を巻いた侍衛頭は、壊れた魔導触媒器を放り捨て、懐剣を引き抜きながら俺の背を押す。
「こちらへ!! 早くッ!!」
いつの間にか。
俺を取り囲むように、傷だらけの少女たちが現れる。
片手で刀を構えた彼女らは、俺の背中と頭を押さえつけて足早に誘導を始めた。
自然と殿を務めたエイデルガルトとワラキアは俺に付き従い、悲鳴と怒号が行き来する中、俺たちは廊下を突き進む。
「頭殿」
緋色の羽織を着込んでいる侍衛らしき少女たちは、侍衛頭へとささやきかける。
「足音、7.5m先、右に曲がれば接敵します。
離れから来ていますから藤原の手先ではありません」
「もう、西園寺が掴んだか……!! 情報の入手経路はどこだ……あまりにも早すぎる……いち早く駆けつけた徳大寺と言い、なぜ、当代様の死期がわかった……!?」
舌打ちをして、侍衛頭は壁を蹴り破る。
眼前に隠し通路が現れて、俺たちを押し込んだ侍衛の少女は通路の壁を斬り崩す。手慣れた手付きで手燭へと火を点け、周囲を照らした。
先頭にいた少女は、恭しい手付きで俺の手を引いて勾配のきつい階段を下りていく。
ギシギシと音が鳴る。
小刻みな振動音、頭上から砂埃が落ちてきて、狭苦しい通路をひたすらに下った。
暗闇。
ココがどこだかもわからず、俺たちは開けた場所に到達し――周囲を警戒していた少女たちは、ようやく魔導触媒器を鞘に収めた。
息を吐いて。
ちらりと、侍衛頭は俺を見上げた。
「状況が変わったのは……おわかりですね?」
俺は頷き、彼女はささやく。
「数分前に、三条家の歴史は終わりました。
次代を切り拓き、この家を救えるのは――」
彼女の両眼が、俺を捉える。
「貴方しかいない」
4月25日発売予定の書籍版ですが、既にAmazonさんなどで予約開始しているようです(下記、MF文庫様の情報ページ。店舗特典についての詳細は、4月頭頃に告知させて頂く予定です)。
https://mfbunkoj.jp/product/322212001138.html
予約状況と初週の売れ行きで続刊判断(何巻くらいまで出版するか)が下されると思うので、事前にご予約頂けると大変助かります。
もし叶うのであれば、書籍版で三寮戦をリファインしたいと思っており……高望みかもしれませんが、どうにかそこまで刊行出来ればと願っております(5〜6巻くらい?)。
個人的なお願いで大変恐縮ですが、よろしくお願いいたします。