電気人形集うは烏滸の沙汰
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死。
死の臭いがする。
「…………」
通された奥座敷。
閉ざされている一枚の襖。
その向こうから漂う濃厚な死の気配。生きとし生けるものすべてに訪れる、平等で公平な終端。その摂理を無情と読むか有情と読むかは、その人の歩んできた歴史が物語る。
――他者から見て不幸であったとしても、わたくしは、兄様の妹であることが幸せでした
だが、それは、他者の見た主観に過ぎない。
「恐らく」
襖に指をかけたまま。
うすらぼんやりとしていた侍衛頭は、ささやきを漏らした。
「コレが、最後の機会……ご当主様は、貴方と逢うことを待ち望んでいた……我々は、そのことを望んでいなかったが……もう、終わりの時は近い……どこにも、永遠などなかった……これから、三条の歴史は塗り替わるだろう……」
小刻みに。
震えた彼女の指先が、カタカタと襖を揺らした。
「わ、私は、この家に恩がある……野鼠と同じだった私のことを拾ってくれた……ご、ご当主様は、私のことを使える道具としか思っていなかっただろう……で、でも、それでも私は、なにをしてでもこの家を護りたいと思った……」
「なんの罪もない女の子を親元から引き離してもか」
血走った両眼が俺を捉える。
「三条黎のことは、我々のしたことではない……!」
「見て見ぬふりはした」
「…………」
「似たようなことはしてきたんだろ」
スーツのポケットに両手を突っ込み、俺は彼女を正面から捉える。
「お前に、この家を護る権利はねぇよ。溝鼠」
胸ぐらを掴み上げられて、俺は壁に叩きつけられる。
「貴様になにがわかる……!」
「月並みなセリフだな、三流。陳腐なフレーズで、自分に酔ってんじゃねぇよ」
「わ、私は、この手でお前をあやしたこともある……あ、あの時には男だとわかっていた、それでも三条家の嫡男として幸せになって欲しいと……幸せになって欲しいと願ったのに……き、貴様は、そこらをほっつき歩いて遊び呆けて……!! 貴様が……!! 貴様が、三条を護るためになにをした……!!」
首を締められる。
気道が狭まって、呼吸を阻害された俺は見つめ返す。
「三条家に巣食うゴミ虫が……!! わ、私には……!! 私には、この家しかないんだ……!! この家しか……!! 温かい飯を食わせてもらった、学校にも通わせてもらった、ドブを這い回ってたネズミを侍衛頭にまで任命してくださった……!!」
ぼろぼろと。
涙を流しながら、彼女は俺の首を締め上げる。
「ご、ご当主様は……最後まで……最後まで、笑うことはなかった……わ、私が笑わせてあげたかった……あ、あの人は寂しい人だから……報われなかった人だから……そ、そのためなら、この家を護るためなら、私はなにをしてでも……なにをしてでも……!!」
「……理解んねぇのか」
彼女の両腕を掴む。
全身全霊を籠めて。
徐々に浮き上がる両の腕、呻き声が上がり、俺は彼女を睨めつける。
「幸せだった小娘ひとり泣かせて、なにを護れるってんだよ……自分の大切なモノだからこそ、綺麗に抱えてねぇといけねぇんだろうが……自分の中心を通る芯が、自分の大切で曲げられてどうすんだよ……自分の大切のために、自分が曲がったら終わりだろうが……ッ!!」
顔を歪める彼女へと――俺は、吠える。
「自分の大切なモノを護るために、誰かを犠牲にしてる時点で三流だっつってんだよッ!!」
手を離した瞬間。
侍衛頭はぺたんと尻もちをつき、俺は彼女を見下ろした。
「結局、お前は、野鼠から家鼠になっただけだ……三条家が与える餌に群がり、天井裏を這い回って鳴き続ける……笑わせてやりたかったなら……護ってやりたかったなら……自分の大切を誇りたかったなら……」
俺は、つぶやく。
「さっきみたいに、ご当主様の胸ぐらを掴み上げてやれば良かったんだよ」
「…………」
「泣くな、まだ終わってねぇ」
嗚咽を上げる彼女へと、俺はよれよれのハンカチを投げつける。
「この家の因縁も宿縁も終縁も――俺が断ち切る」
ニヤリと、俺は笑いかける。
「三条家に巣食うゴミ虫の面目躍如だ。とくとご覧あれ」
俺は、襖を――開ける。
十九畳の部屋の中心に敷かれた一枚の布団。
飾り気のない奥座敷に横たわる平べったい体躯、敷布団に溶け込む程に真っ白な白髪、だらんと垂れ落ちる片腕……寄り添う老医者も合わせて、ひとつの作品であるかのように完成された『死の床』。
充満する死の気配。
三条の血族は……誰独りとしていない。
がらんとした座敷の中心で、たった独りで終わりを迎えようとしている――少女。
予想外。
しわくちゃの老婆が出てくることを予想していた俺は、意外な展開に立ち尽くし、老医者に肩を叩かれた少女は介助されながら身を起こした。
「お、おぉ……!!」
俺の姿を見るなり。
少女は――ぽろぽろと、涙を零した。
「あ、あの御方と同じ……よ、ようやく……ようやく、来たのか……わ、私が終われる日が……報われる日が……救われる日が……ひぃろぉ……や、やっと、私は……私は……あの子の元へ……」
眼前で、彼女は泣きじゃくる。
両手で顔を覆って、みっともなく涙と鼻水を流し、何度も尊顔を擦りながら感謝の言葉をつぶやき続ける。
「ち、ちかくへ……ど、どうかちかくへ……」
差し招く手。
その手は、まるで老木のようにしわくちゃで――そのギャップに俺はぎょっとする。
あまりにも必死な招きに釣られ、俺は少女へとゆっくりと近寄っていく。
「あ、あぁ……ま、間違いない……あの御方と同じだ……間違いようもない……嘘ではなかった……嘘では……神は虚実を申さなかった……」
右腕が。
右腕が存在していない。
少女の身に着けている病衣の右袖はだらんと垂れ落ちており、その内部が空洞であることを窺わせた。
「……あんたが、三条家の当主か」
「如何にも」
ようやく落ち着いてきた彼女は、俺の問いかけにしっかりと答える。
「失礼ながら、横になってもよろしいか?」
「あ、あぁ……」
老医者の介助を受けながら、しわくちゃの腕を持つ少女は横たわる。
ぼんやりと天井を見上げて、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「あぁ……なんと、心地のよい……何年ぶりだろうか、このような心地よさは……」
「極楽に浸ってるとこ悪いが」
俺は、用意しておいた遺書の雛形を取り出す。
「直筆で、こちらが用意した文面を認めて欲しい。端的に言えば、俺に家督を譲るって内容だ。まぁ、無理って言うだろうから、こっちに『巫蠱継承の儀にて世嗣を裁定する』っていう文面のものも用意し――」
「書きましょう……貴方に家督を譲る……」
「…………え、マジ?」
震える手で、老医者から筆を受け取る。
硯で墨を溶く力も残されていないのか、前準備はすべてお付きの医者が行って、支えられた彼女は随分と達筆な遺書を作成した。
「お待たせして申し訳ない……こちらを……」
「…………」
直筆に実印。
眼前で行われたので、虚偽である可能性はない。
おいおい、レイ・ルート終わっちゃったよ……三条家のいざこざもコレで解決するだろうし……まぁ、呆気なくても万事解決すれば問題ないのか……?
「ど、どうも」
「…………」
「…………じゃ、じゃあ、俺はコレで」
俺は、立ち上がろうとして――
「ひぃろぉ……」
腰を浮かせた状態で止まる。
「は、はい、なんでしょう?」
「そ、そうか、ようやくわかった、どういう意味かと思えば……ふ、ふふっ……あの御方も性質が悪い……わ、私が救うことは出来なかったのだな……私がしてきたことはすべて無駄ではないか……と、とんだ徒労だ……なにもかもが泡沫……胡蝶の夢、か……」
朦朧としている。
視点が合っておらず、彼女はぼそぼそと譫言をつぶやき続ける。
「な、なんのために……なんのために私は……三条……こんな家を護るために人を捨てて……け、結局、私が欲しかったものはなにも手に入らなかった……な、なにも……なにひとつ……さ、櫻……櫻は……なぜ、咲かなかった……」
涙。
乾いた肌に染みるように、滂沱の涙が顔面を満たしていく。
「ず、ずっと……ずっと、欲しかっただけなのに……た、たったひとつ……たったひとつだけ……ほ、欲しかっただけなのに……な、なぜ、なぜすべてを奪った……あ、あの子の……あの子の手すら取れずに……」
老医者が左腕を取り脈を測る。
どこからともなく、看護師が医療鞄を携えてやって来て注射器を用意し、点滴を通して投薬が行われていく。
「こ、殺したくなんて……殺したくなんてなかった……た、大切な……大切な幼馴染だ……ず、ずっと、一緒に暮らしてきた……ぜ、贅沢な暮らしなんて望まなかった……た、ただ、私は……おれは……み、みんなで一緒に……」
慌ただしく。
老医者と看護師が処置をする横で、俺は呆然と急変した当主を見つめる。
「あ」
目を見開いて。
澄んだ瞳をした彼女は、俺のことを捉えて微笑む。
「魔神様、そこにいらっしゃったんですか」
ぞくりと――背筋が凍る。
思わず、俺は、彼女の肩を掴み上げる。
「どういう意味だ……現在のはどういう意味だ……?」
「落ち着きなさい」
老医者は、俺の肩に手を置いて頭を振る。
「薬が効いて錯乱しているだけだ」
「あ、あぁ……だ、ダメだ、死ぬわけにはいかない……ま、魔神様、お、おれはまだ遂げていない……な、なにも遂げていない……こ、ココで死ねば、誰があの子を救えるというのですか……そうだ、陽姫を探さないと」
――陽姫は、もう、兄様には逢えないのですね
立て続けに、がくんと衝撃が頭を揺らした。
俺は、手を振りほどき、彼女の両肩を掴んで揺さぶる。
「あの子のことを知ってるのか!? お前は、あの子の姉様か!? あの子の兄はどこにいる!? 四人でかくれんぼしてるのか!? 俺が魔神ってどういうことだ!? おい!?」
「やめなさい!! 落ち着いて!!」
点滴針が抜け落ちて。
もがきながら、布団から抜け出した少女はよだれを畳に擦りつけ、ぼろぼろと涙を流して這いずり回る。
「陽姫……陽……み、皆……さ、探さないと……お、おれが……おれが護るんだ……み、皆を……この家を……藤原を……さ、三条を護る……あぁ、姫……数を数えますよ……そうだ、櫻を……皆で櫻を見よう……や、約束……約束した……家族になりましょう……よ、陽姫……て……てを……てを……のばして……」
必死で。
点滴針が外れた左腕から血を流しながら、彼女は閉ざされた襖へと右手を伸ばそうとし――そこに、なにもないことを知った。
「あぁ、そうか……」
少女は、ぼんやりと自身が失った右腕を眺める。
「おれは……なにも掴めなかったのか……」
ぼふんと音を立てて、病衣の袖が力なく床に落ちる。
静寂。
畳の間にねじ伏せられていた俺は、唖然とその静けさに耳を傾ける。
倒れ伏した白髪の少女へと老医者は歩み寄り、そっとその首筋に指先を当てて――ささやいた。
「御臨終です」
死んだ。
俺は、愕然と少女の死体を見つめる。
死んだ……なにもわからずに……俺を待っていたかのように……死んだ……。
「……死因は?」
老医者は振り向いて、俺の問いに答える。
「老衰」
口から、乾いた笑いが漏れる。
「バカにしてんのか……十代くらいの女の子が、老衰で死ぬわけないだろ……病気だったんだろ……なんで隠すんだ……そもそも、その子が三条家の当主なわけねぇだろ……お前ら、なにを隠してる……?」
「…………」
「答え――」
襖が勢いよく開いて、見慣れた姿が俺の両眼に映る。
黒髪を菊柄の簪でまとめ上げて、紅緋の秋単衣を身に着けた三条黎は感情の宿っていない目で俺を見下ろした。
「レ――」
俺の手から。
遺書を取り上げたレイは、両手で勢いよく引き破る。
細かく千切られていった切札、俺の眼前に紙屑の山が出来上がっていき、平坦な声音で彼女はささやいた。
「藤原黎がこの場にて布告する。五十三代続いた三条は終わった。
長和六年の取り決めにより、藤原、三条、徳大寺、西園寺の四家にて巫蠱継承の儀を執り行い――」
畳の間に、声が響き渡る。
「次代の継承本家を裁定する」
組み伏せられたまま、俺は呆然と彼女を見上げて――レイの後ろに控えたスノウは、一礼で承服を示した。
この話にて、第十五章は終了となります。
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