三条世代の反逆者
「なぜ、出ない!? 直通だろうが!?」
慌ただしく。
三条家直属の侍衛が駆け回る本邸内で、血が滲んだ包帯を頭に巻いた侍衛頭は画面へとがなり立てる。
スノーノイズ。
宙空に投影された画面、白と黒の点々で表現される『UNKNOWN』。
魔法協会に根ざす神秘主義者が得手とする秘匿義務……顔すら見せようとしない窓口が、画面いっぱいに広がった。
一部の有力華族のみが使用を許されている直通回線にも関わらず、数分もの時間を消費させられ、怒り心頭に発した彼女は唾を飛ばす。
「三条家の本邸に『祖』の魔法士をよこせ!! 今直ぐだ!!」
『1』
発された合成音声。
苛立ちと共に開いた傷口から血が垂れ落ち、彼女は舌打ちをする。
『要件の明確化。2、金額の明示化。
3――』
「黙れ、差別主義者ッ!! 血統書付きの魔法士しか飼えぬ豚どもがッ!! 危急ということがわからんか!? ホットラインが繋がった時点で、貴様らのくだらん契約書は特例措置で破棄され、1も2も3も4も5も事態の解決後に整合される!! 窓口如きが調子にノッて、窓の外にまで身を乗り出してくるな畜生類ッ!!」
『……協会主との盟約に従い、我が部門から『祖』の魔法士を送り出すには遵守すべき法が』
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシアを送れッ!! アレなら5分もあれば片がつく!!」
『……彼女は』
たっぷりとした沈黙の後、機械仕掛けの絡繰音は答える。
『我々の注文を受け付けません』
「何時まで、雑事にかかずらわせるつもりだ!? 銀狼が汚豚の命令を受け付けるわけがないことは知っている!! アステミルは魔法協会に属した魔法士ではなく、貴様らが好むお題目の『魔法及び魔法士の保全』に引っ掛けて、当人の許可も得ず『祖』の項目で紐づけ索引に保管しているだけだろう!?」
文机に拳を叩きつけ、彼女は青筋を立てる。
「アステミルの気高さは世の知るところの通りだ!! あの女には、金も!! 女も!! 力も!! 地位も!! 名誉も!! 権勢も!! 俗世の人間が欲するありとあらゆるものが通じない!!」
焦燥と憤怒のあまり、握りしめた拳から血が流れる。
「だが、あの女は機械ではなく人間だ!! 心がある!! 捨てきれぬ矜持と高貴さ、勇者たる資質が備わっている!! そこを突け!! もう、保護者はいない!! ヤツが抱える財物を質に入れろ!! 知人、友人、家人、注げる燃料は幾らでもあるだろうが!? 過去に、幾度かアステミルを動かせた例はある!! 最終的に必要なのは結果だ!! そのために数人死んでも、三条が残りさえすればそれで良いッ!!」
『しかし』
「しかしもクソもあるかッ!!」
ダン、ダン、ダンッ!!
一度目で表面が沈んで崩壊を予兆し、二度目で軋みから生じた断末魔が上がり、三度目で文机は中心からへし折れる。
「三条が滅べば、何人、首を吊ることになると思ってる!? 名家がひとつ潰れる意味をなんと知る!? 貴様らとて例外ではないぞ!? 三条が輩出した魔法士は枚挙に暇がない!! 三条の血がなければ、払暁叙事の直系経路はなくなる!! 止むを得ない犠牲だ!! その粗末な秤に三条とその他をかけて量ってみろッ!!」
『しかし』
「なんだ!?」
『アステミルは、三条燈色と師弟関係で結ばれている。貴女の論理で言えば、アステミルには心がある故に通用しない』
知られているのか。
三条家が置かれている現況を把握されていることを察知し、項垂れた侍衛頭はゆっくりと顔を上げる。
「……ならば、劉悠然だ。あの法殺鬼、拝金主義者であれば、金さえ払えばどうとでも動く」
『昔話を語るのはやめて頂きたい。劉は、我々、協会とはなんら関わりのない一般人だ。雇用関係で結ばれていた記録は存在しない。
その上、彼女は三条燈色と姉弟関係にある』
「他人同士で姉弟関係にあってたまるか、三条家を愚弄するのもいい加減しろッ!! わけのわからない戯言で茶を濁すなッ!!」
ぎりりと、彼女は奥歯を噛み締める。
「ブラウン・レス・ブラケットライトは?」
『万鏡の七椿との交戦で死亡』
「アティーファ・イズディハール・ウィダードは?」
『アルスハリヤ派との親交関係を築いている証拠が上がり協会内で処理』
「幽世渡世は?」
『覚醒前のフェアレディの夢畏施の魔眼の移植に失敗し、遷延性意識障害を起こし植物人間状態』
「星辰魔術のニュートン卿は!?」
『黄金郷開拓時代で発生した日月触の調査中の事故で、現在に至るまで消息不明』
「なら、ブードゥーの!! 根源混沌の魔法士を出せ!! アレは若いが、世を渡る術を心得ている!! マージライン家のアテンドと次元扉を使えば、直ぐにでも日本に連れてこれる筈だ!! 鳳皇羣苑と繋がっているマージライン家のあの女は、根源混沌の魔法士のところにいるのだろう!?」
『根源混沌の魔法士は動かない。
彼女は、あの地に根ざしている』
「ならば!! ならば、なんなら動かせる!? 三条家が貴様らとの関係性を保ってきた理由はなんだ!? 祖の魔法士のひとりやふたり、直ぐにでも寄越してみせろ!!」
『まず、我々の掴んでいる情報と合わせ正確な現場状況をお聞きしたい』
砂嵐の向こう側から声が響き渡る。
『三条燈色を含め、敵は何人いるのか?』
「…………人」
食いしばった歯の隙間から、呻き声が漏れる。
「4人」
猛烈な勢いで。
拳が壁に突き刺さり、破砕音と共に壁材が露出し、血まみれの拳骨が引き抜かれる。己の拳で痛憤を表現した侍衛頭は、噛み切った唇から垂れる血の量で憤懣を表す。
「たったの……たったの4人に……三条家を滅ぼされてたまるか……出来損ないの男が率いる不埒者どもに……三条が……」
『三条燈色が魔人であるという事実を公に認めれば――』
「認められるか。呉越同舟、認めれば、三条燈色と共に沈むことになる」
怒りを通り越して、彼女は笑みを浮かべる。
「あの男、すべてわかってやっている……ヤツを公的に魔人だと認めることが出来ないことも……祖の魔法士が出て来れないことも……現在の三条にはあの悪魔どもを止める術がないことも……」
壁に身体を預けた彼女は、両手で顔を覆って崩れ落ちる。
数秒の静寂の後、ぽつりと漏れ落ちた声が場に満ちる。
「……質の良い魔法士を送れ」
『なにか妙案が?』
「いや、賽が転がった」
三条の守護を司る独りは、闇の中で目を見張る。
「勝ち目はないが負けの目もない」
墜落。
シルフィエルが破壊した回転翼、くるくると孤を描きながらヘリコプターは墜落していき、炎上しながら敷地内にその身を叩きつける。
強烈な爆発音が周囲に鳴り響き、猛烈な勢いで炎が噴き上がって、燃え盛る火葬現場の只中で鉄塊がその一生を終えていく。
地面に衝突する寸前。
ハイネが操作した骸骨兵に救われた操縦士と魔法士は、一瞬で昏倒させられて混乱から昏睡へと落とされる。
「前々から思ってたんだけどさ」
大量の魔法弾が飛び交う中で。
うず高く積もった瓦礫に背を預けた俺は、緋墨たちが作ってくれた弁当を食べながら独りごちる。
「なんで、弁当に入ってるタコさんウインナーって美味いのかな? 家で作って食べるとそうでもないんだけど、こうやっておひさまの光を浴びながらご賞味すると旨味成分が50%くらいアップしてる気がする」
「わかりみ~! わーも、外で二郎食べると旨味が違うもん~!!」
「普通、二郎って外で食べなくない? 共感が駆け足で遠ざかってくよ?」
黒い尾が動く。
スーツの内側、脊髄に添って搭載されている魔導触媒器の引き金が引かれて、シルフィエルの全身に赤黒い手が絡みつく。
「ワラキア」
ぎゅっと。
肌に浮かび上がった手は首を締め上げ、その代償行為によってシルフィエルの足元から湧き上がる赤と黒の泉。入り混じった赤と黒の泉に沈んだ彼女は、ことごとく魔法弾を躱し、浮き上がると同時に跳ねた泉の水滴が刃の形へと変わる。
「働きなさい」
弾く。
弾く、弾く、弾く。
足元の泉から汲み上げられる魔力、その魔力源を投げナイフへと変化させて二本指で弾き、尾で引き金を引きながらシルフィエルは無力化を続ける。
「わー、もー、働いたもん!! ついさっき、なんか強そうな魔法士倒しちゃったし~? きょー様とおべんと食べる方が重要なんで~?」
4,999円。
大量買いしたママチャリに乗った骸骨騎兵は、壊れたベルをすかしながら三条家の侍衛を猛追する。恐怖で悲鳴を上げながら侍衛たちは逃げ惑い、調子にノッてウィリーした骸骨騎兵は猛烈な勢いで追いかける。
数秒後。
一騎当千していた騎兵は安物買いの銭失いを実践し、後輪が勢いよく外れて投げ出され、反転した侍衛たちに囲まれて足蹴にされる。
「教主、大変」
ドラゴンの頭骨らしき兜をかぶったハイネは、頭を両手でガードしてリンチに耐えている骸骨騎兵を指す。
「騎兵だけ弱い」
「ママチャリに適性のあるユニットは学生か主婦なんだわ」
自身を分解して外れた後輪と合体した骸骨騎兵は、たったの一輪で逆襲を始め涙目の侍衛たちはまた逃げ始める。
各所で、骨が躍動し活躍していた。
自身の上腕骨に大根を突き刺して武器とし、ソレが折れればエコバッグから他の野菜を補充し、魔力強化した根菜類で戦う骸骨兵を眺め、俺はハイネの育成に失敗したことを悟り目を背ける。
「きょー様」
ぴくりと。
急に反応したワラキアは、頭上を見上げて真っ赤な目を見開く。
「なんか来るよ」
瞬間。
転瞬を発動させて掻き消えたシルフィエルは、スーツをはためかせながら蒼天に舞い上がり、上空に突っ込んできたヘリコプターの客室後部を切りつける。
ワンテンポ遅れて。
投げ出される操縦士、放たれた閃光、爆炎に包まれる機体。業火と黒煙の只中から、空気の流れと共に突き抜けてくる人影。
「うわーはっはッ!!」
腕を組んで。
一対の風神雷神像に挟まれて落下してきた独りの少女は、俺たちのことを見下ろしながら甲高い笑い声を上げる。
「勝負!! 勝負、勝負、勝負!! 派遣会社を通じた魔法協会からのエマージェンシーコールに応えましたは、生まれも育ちもトーキョー、江戸っ子気質のナイスガール!! お電話一本で、貴方の危機にズバッと参上!! 一時期、キャバ嬢もやっておりましたが、社長のシャネルに吐いてクビになったのはご愛嬌!!」
強風に煽られながら、墜下する魔法士は叫ぶ。
「さぁさぁ、やぁやぁ、我こそはと!! 腕に覚えありの悪漢は、パンパンに財布を膨らませて我の前に立ち塞がり、正当防衛という名の真正面カツアゲで懐をあっためさせて!!」
強い。
俺、ワラキア、ハイネは応対の構えを取り――彼女は、ニヤリと笑った。
「三人!! 強者と見える!! 敵に不足なーし!! 現代日本の闇に呑まれて、金に困った派遣社員の力見せつけたるぞー!! 移動時間は、残業つけられないかんねー!! よっしゃー、定時内現着!! 着地ぃ!!」
引き金。
散乱する魔力光、彼女は魔法を発動し――
「あ」
偉そうに腕を組んだまま。
「重力操作、逆側に間違え――ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
風神雷神像と共に、凄まじい勢いで地面へと埋没していった。
「「「…………」」」
俺、ワラキア、ハイネは底が見えない穴を覗き込む。
「……なんだったの?」
「知らなーい。なんか時間かかりそうだったし、自滅してくれるならラッキーじゃないですかぁ? やっぱ、わーってば、幸運の女神様に見初められちゃってるかもー」
「バカだ」
ハイネのドストレート罵倒が、穴の底へと響いていき、困惑している俺たちは顔を見合わせる。
「申し訳ございません、阿呆がひとり落ちました」
「いや、ただの通りすがりの旅行者だったから大丈夫。たぶん、ヘリコプター経由ブラジル直行便」
「三条燈色殿ッ!!」
大音声。
顔を上げると、頭に包帯を巻いた女性がこちらを見据えていた。
数十分前まで、前線で指揮を取っていた侍衛頭の彼女は、刀型の魔導触媒器を腰から外しこちらへと放り投げる。
「どうか、停戦願いたい!!」
ぼすんと。
音を立てて、俺と彼女の間に得物が落ちる。
「お、白旗か?」
「最悪の場合、祖の魔法士との一戦も辞さない覚悟でしたが……お気をつけを。まだ、旗の色は見えておりません」
ニヤつきながら。
睨めつけてくる侍衛と魔法士の間を歩き、俺は、侍衛頭の前に立つ。
俺と彼女は見つめ合い――すぅっと、呼吸音が漏れて、こちらを捉えた彼女は唇を割り開く。
「現当主とお会い頂きたい」
俺は土足で本邸に踏み入り、彼女の肩をぽんぽんと叩く。
「ご苦労さん」
噛み合った歯と歯の軋み音を聞きながら、俺は三条家の内部へと入っていった。




