百合国家運営論
「ユニットを増やすべきかと」
そっと。
俺の前にティーカップを置いて、シルフィエルはお辞儀をする。
「さすがに」
東南アジア、スラウェシ島のトラジャ族が暮らす民家……トンコナン・ハウスと呼ばれる船の形をした民家を真似て作られた水上建築物。
色とりどりの船形家屋は、拠点の水上に浮かび上がり、桟橋と運搬用のレールで繋がれたそれらは水上都市と機能していた。
各々の住居に暮らす眷属たちは、思い思いに過ごしており、彼女らの表情には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「手狭になってきたか」
「はい。フェアレディ派と七椿派の残党、ライゼリュート派とQ派の脱退者、守護天使アールスハリーヤの信奉者に加えて教主様の噂を聞きつけた現界と異界の魔法士……悪意をもった者はルリが面談で弾いておりますが、ソレ以外の者はほぼ例外なく受け入れておりますので。
人口と密度の増加曲線はこの様に」
トロピカルジュースを吸いながら、俺は眼前にスライドしてきた画面を足先で蹴飛ばした。
「ルビィが、暇潰しに海中都市の開発に手をつけたいと」
「ダメ」
「リイナも、暇潰しに核開発に手をつけた――」
「お願いだからやめてください!! 廃人連中には、なにも触らないで頂きたい!! 夏休みの自由研究みたいな気軽さで核開発されてたまるか!! コイツら、平気でアサガオの代わりに核分裂の観察日記付け始めるぞ!?」
俺の膝に寄っかかって寝ているりっちゃんは、核開発を企んでいるとは思えないくらいの愛らしさでよだれを垂らす。
「教主、ケチ説」
星型のサングラスを着けたハイネは、愛車のママチャリ(4,999円)のフレームを磨きながらつぶやく。
「きょーちゃんはさー、オレたちのこと絶対に誤解してると思うんだよね。オレたちに任せたらやり過ぎるとでも?」
そのママチャリにニトロエンジンを組み込んでいたルーちゃんは、最早、チャリとは言えなくなった筐体の下から油に汚れた顔を出す。
亜酸化窒素の充填とパージバルブの調整をしていた彼女は、モンキーレンチでリズムを刻んだ。
「あのね、オレたちにも加減ってものがあるから」
「ママチャリに、ナイトロシステム組み込んでる人間が加減を語るな」
「きょ~様~!!」
きらきらと輝くような笑顔で。
魔物の生首を掲げたワラキアが、海中から顔を出してもぎたてほやほやの首を振った。
「侵入者ぁ~!!」
「ご覧の通り、間諜の数も増加しております。二郎臭い息を吐く番犬は喜んでおりますが、毎日のように首を拾ってこられても困るかと」
「最早、拠点の風物詩として見慣れてきた感あるな……」
すやすやりっちゃんのよだれをズボンに吸い取らせたまま、俺は通り過ぎざまに敬意の籠もった挨拶をしてくる眷属に手を挙げる。
「正直、俺も拠点の拡大には乗り出そうかと思ってたところでさ」
「賢明なご判断かと存じます」
「教主」
サングラスを頭の上に上げたハイネは、俺の紅茶をがぶ飲みしながら尋ねてくる。
「急にどした? やる気か? 紅茶、飲んでも良い?」
「尋ねて偉いが、ツーテンポ遅いな」
「マジ○ャザやろう」
「今度は、テンポが早すぎてついていけない。
と言いたいところだが、遊○王、M○G、ポケ○ン、デュ○マ、UN○のデッキは常に持ち歩いているから受けて立つぜ」
俺とハイネはテーブル上にカードを広げ、タオルで顔を拭いていたルーちゃんは観戦モードに入る。
「Qの動向が気になる」
「所在は常に探っておりますが、老獪で陰険な魔人だけあって尻尾を出しておりません。Q派の眷属も姿を隠しておりますし手がかりがない状況です。
ただ、いずれ」
目を伏せたまま、シルフィエルはささやく。
「清算する日は来ましょう」
「隙を見せれば喰い付いてくるかな」
「喉元を喰われれば、終止符を打たれるのはこちらになります」
俺のマナ加速から始まるコンボを受けて、ハイネは早々に波○機リアニメイトを取り出してシャッフルを始める。
「我々は国家です」
ジュースで濡れた俺の口元を拭ったシルフィエルは、丁重な手付きでハンカチを折り畳む。
「力を持つ国家は戦争をしません。常に横槍を入れて、他所の土地を蹂躙し、手の内をチラつかせるだけで勝利を手に入れます」
「そして、最初の話に立ち返るわけだ」
「愚心ながら、大量の力を効果的に増産する必要があるかと。抑止力は、皮肉的にも平和の象徴として機能するのが世の常」
ネットのサンプルレシピで作成した凶悪コンボデッキにボコられ、勝ち誇るハイネの前にカードを放り出す。
「増産するにしても、必要量のみに抑えたい。
お手本にする基礎が要るな。素人の作るカスデッキよりも、洗練されたレシピに則ったデッキの方が強いのは当然と言える」
「はいっ!」
いつの間に起きていたのか。
俺の膝に寄りかかっていたりっちゃんは、きらきらとした目で手を挙げる。
「り、りっちゃん、やります……!」
「りっちゃん、やりません」
「えへへ……リイナ、Hearts of ○ron得意……!」
「お話と現実をごっちゃにしてはいけませんなぁ」
やらせてやらせてと、か弱すぎる力で俺の膝を揺さぶる小動物を無視し、顎に手を当てた俺は考え込む。
「……自然淘汰の法則にハマりたくない」
「と言いますと?」
「環境保全だ。現在の、異界の環境を崩さないように動きたい。高木は風に折らる……わざわざ、強風吹き荒れる中に枝を伸ばしたくないからな。動くにしても、外交で他国との折衝を行ってからだ」
「がいこーって言ってもさ」
ハイネとチェスを始めたルーちゃんは、ポーンの行き先を探りながらつぶやく。
「ここまで小規模な国家の外交官を受け入れてくれる国なんてなくね? 異界の国際法は知らないけど、外交ってのは間柄にメリットが生じてこそ起こり得る関係性のマネージでしょ?」
「はぁ~? メリットならありますよねぇ~?」
陸に上がった水着姿のワラキアは、水も滴る抜群のプロポーションで指を鳴らし――マグロくんが、さっと二郎系ラーメンを献上する。
「二郎」
「言うと思ったよ、侵略系ジロリアン」
ずるずると麺を啜りながら、ワラキアはろくに身体も拭かずに俺にもたれかかってくる。
「外交が無理なら、わーが全員ぶっ殺せば良くないです~?」
「だから、ソレは侵略っつうんだよ」
「神聖百合帝国の運営を始めた当初にも言及いたしましたが、拠点からは質の良い海底鉱物が取れます。有用金属元素を足がかりにすれば、対外貿易を名目に外交の初歩は十分に確保出来ましょう。
後は」
不機嫌そうに。
体育座りをして、ぶつぶつと何事かをささやき続ける緋墨を見つめる。
「我国が誇る外交担当相次第かと」
「…………」
俺は、首に腕を回してくるワラキアの顔を押しのけてりっちゃんにささやく。
「……なんで、怒ってんの?」
「……えへへ、わかんない」
俺は、キス待ち顔のワラキアの顔面を押しのけてルーちゃんにささやく。
「……なんで、怒ってんの?」
「……女心と秋の空?」
俺は、腰に縋り付いてきたワラキアの頭を押しのけて緋墨にささやく。
「……なんで、怒ってんの?」
「はぁ!? 自分の胸に聞いてみたら!?」
俺は、自分の胸に顔を向ける。
「……なんで、怒ってんの?」
「クロエ・レーン・リーデヴェルトとキスしたからだろ。馬鹿か君は」
胸の裡側から回答を得た俺は、ふっと息を吐いてから笑みを浮かべる。
「つまり、俺に委員長を取られそうになって嫉妬し――ひぃっ!!」
あまりの恐怖に、俺はワラキアに縋り付く。
「やぁん、きょー様ったらだいた~ん!」
「…………」
「き、希望的観測を口にしただけじゃん!! 希望的観測を口にしただけじゃん!! 願いは口にしないと叶わないんだよ!?」
「…………チッ」
人を殺す目をした緋墨は、地獄の底から響いてくるような舌打ちをする。
「…………」
レイとのデートを上手く回避する方法を探りに来た筈の俺は、さすがにこのタイミングで相談してはいけないことを察知して頷く。
「普通さぁ!!」
「うわぁ、急にキレるな!?」
緋墨は、顔を真っ赤にして俺に詰め寄る。
「普通!! ああいう場面で、最後にキスするの私じゃないの!? 胸から腕生やした挙げ句、あんたを追いかけ回して、目の前で世界一ピュアなキスされるこっちの身にもなりなさいよ!!」
「えっ……お、俺とキスしたかったの……?」
「あ、あたしは、順序の話をしてるの!! 順序の!! あんた、順番待ちの列に並んでて、急に横から出てきた女に世界一ピュアなキス掻っ攫われたらどう思うのよ!?」
「素敵だね」
顔面を掴まれた俺は、膝から崩れ落ちて悲鳴を上げる。
俺に痛みを与えることで落ち着いたのか、バーサクモンスター緋墨は攻撃以外の選択肢を取れるようになる。
「……で、外交だっけ?」
「は、はい……」
「やるわよ、やればいいんでしょ、やらせて頂きますわよ。また、胸からタコみたいに八本足出して、パニック映画のモンスターみたいにあんたを追いかけ回せばいいんでしょ」
「いや、パニック映画しないで外交してください……」
「うるさい、だまれ、うるさい」
どんどん、と。
真正面から押してくる緋墨に圧されて後退していた俺は、水中への落下を阻止するために思わず手を出した。
「ひゃっ!」
手と手が触れ合い、真っ赤になった緋墨は身を縮こまらせる。
「…………で、なにすればいいの?」
「ちょっろ」
緋墨に睨まれたルーちゃんは、そっぽを向いて口笛を吹く。
「外交」
「だから、その足がかりにする国家はどうするの? ある程度、友好関係を築けてるところにしないと後々面倒よ。幾ら条文やら証文やら作ったって、強者には弱者を蹂躙する手口が五万とあるんだから。
まぁ、楽に足がかりにできるとすれば、知人や友人のコネとかじゃない?」
「国家の中枢に纏わる知人や友人ねぇ……」
ぴたりと。
動きを止めた俺は、わかりやすい足がかりを見つけて苦笑する。
「それって、出禁になってても良いの?」
「は? どういう意味?」
「直ぐに、という話ではありません」
ワラキアを放り投げたシルフィエルは、宙に放り出されたラーメンどんぶりを手のひらで受け止める。
着水したワラキアが噴き上げた水柱、シルフィエルは優雅な手つきで俺に傘を差した。
「私の知る限り、破絶のQは十全の準備を整えるまでは動かない」
「同意見。暫くは、様子見に徹するだろうな」
そして。
戦争の用意を整えたら、大規模な攻略戦に乗り出す。
――また、逢いましょう
原作通りであれば、破絶のQとの戦闘はかつてない程に規模の大きなものになる。その時には、きっと、神聖百合帝国の力を要するだろう。だからこそ、現在のうちから用意を整えておく必要性がある。
「…………」
まぁ、直近の課題は三条家、引いてはレイとのデートなわけだが。
「…………」
「なに? 髪に芋けんぴでも付いてる?」
現在、神聖百合帝国メンバーにレイの件を相談するのは得策ではない。別枠で、俺の今後を決定付けかねない課題を乗り越えるためのフォロワーを探そう。
その後、細々とした運営に関することを議論してから。
俺は神聖百合帝国から現界に出て、朝焼けに染まる学園へと向かい――肩を叩かれる。
振り向くと、主人公が微笑んでいた。
「おっす」
「うっす」
肩をくっつけてくる月檻は、どことなくいたずらっぽい表情を浮かべる。
「……なんすか?」
「クラス表、張り出されてたね」
「クラス表って、なんの話して――ぁあ!?」
思わず大声を上げた俺は、微笑を浮かべる月檻を置き去りにして学園内へと駆け込み、学生で溢れる玄関口でクラス表を見上げる。
「やべぇ……」
思わず、俺は呆然とする。
「完全に忘れてた……」