戦うギャンブラー
後方からの一撃。
咄嗟の判断で、後方へと伸ばした光の刃が攻撃を撃ち落とす。膝を軽く曲げながら踏み出して、下方へと背中を落っことした。
「奮ッ!!」
背。
接触面から魔力を混ぜ込み、打たれた黒スーツは悶絶しながら床を転げ回る。
「略型、俺式、無形極」
俺は、姉から受け継いだ構えを取る。
「現在のは、お姉ちゃん式鉄山靠……壮大な崇山の如く、偉大なお姉ちゃんからの愛を表現した奥義のひとつ。姉からの愛が大きければ大きいほど、このお姉ちゃん式鉄山靠の威力は跳ね上がる。
もう、お前は起き上がることは出来な――」
立ち上がろうとした黒スーツの腹にサッカーボールキックを決め、失神したのを確認してから俺は構えを取り直した。
「心してかかってこい……我が姉の愛は一撃必殺……重いぞ……」
「あまりの愛の重さで、二撃を一撃と言い張るくらいの恐怖を覚えてますからね」
量産品の魔導触媒器に変換器を組み込み、底上げされた出力のスタンバトンをバチバチと鳴らしながら、黒スーツたちは俺を捕縛しようと輪を縮めてくる。
「やめてください、えっち」
俺と分断されたスノウは、迫ってくる黒スーツに圧されて後ろに下がる。
「おいコラ、キリウ。目当ては俺だろ。正々堂々、俺にお縄をかけんかい。わざわざ、自称えっちなバニーガールを狙うな」
「わざわざ、目をギラつかせてる虎を狙う猟師はいませんからねぇ。まずは、カワイイ兎さんをティーパーティーに誘うことにしましょう」
煙草を吹かしながら、キリウは俺へとビール缶を振ってみせる。
「ぼかぁ、先に始めさせてもらいます」
「酒の肴の選び方が、露骨に趣味わりぃんだよ」
誰にも視えないように。
足先から霧紐を伸ばしていた俺は、思い切りソレを引っ張ってポーカーテーブルをひっくり返した。
カードが、勢いよく散らばる。
猛烈な勢いで回転しながら宙を舞ったポーカーテーブルに身を隠し、俺は死角から回し蹴りを入れる。
鼻の下。
蹴りが顔面に入って、吹き飛んだ黒スーツはスロットマシンに叩きつけられる。
電子音と火花と共にコインが吹き出し、彼女の顔面に大量の煌めきが降り注いで、上半身が埋もれたと同時に『777』がド真ん中に表示される。
「FOO!! Lucky seven!!」
光。
蒼白の光を飛ばしながらスタンバトンが降ってきて、その手首に霧紐を絡ませてから引き付ける。姿勢を崩した黒スーツのひとりは見事に空振り、その顎に掌底をブチ込んでから引き金を引いた。
接続――『属性:光』、『生成:玉』。
引き金、引き金、引き金ッ!!
指と指の間。
「BET」
五指に挟んだ四つの光玉を放り入れて、怯えて隠れていたディーラーは反射的にルーレットを回した。
「Spinning up」
バウンドしながら。
光玉はくるくるとルーレット上を回り始め、席に着いた俺は足で弾いたポーカーチップを『黒』に叩きつける。
「No more BET」
回っていた光玉は、ゆっくりと勢いを緩めていって――黒――俺は絡めた霧紐を引く。
回転。
根本からもぎ取られて空を飛んだ盤、弾け飛んだ光玉は四方に散らばっていた黒スーツたちを捉えて――俺の脳天に叩きつけられようとしていた一撃を無視し、足を組んだまま座っていた俺は引き金を引いた。
「Win」
指を鳴らした瞬間、光玉が炸裂する。
俺は、刃をなくした光剣を生成し、俺を見失った連中の胴を薙ぎ払って無力化する。
瞬時の判断で、咄嗟に顔を背けていた一部の黒スーツは、置き台に設置された龍頭の火砲の向きを変じて俺の方へと向ける。
姿勢を低くしながら駆けていた俺は、拾い上げたダイスを投擲し、まともに顔に喰らった彼女らはがむしゃらに引き金を引いた。
炎。
赤紅の火炎が天井へと噴き上がり、遊戯客たちは歓声とも悲鳴とも捉えられる音声を上げる。慌てて龍口を下げようとしていた六人組へと突っ込み、俺は龍の頭を蹴りつけて向きを変える。
再度、炎が噴き出し、ソレは味方の黒スーツに燃え広がった。
甲高い悲鳴が上がり、消火作業が始まる。
大慌てで向きを変えられた龍口から噴き上がる炎の渦は、七色のジャックポットスロットの背景と化す。赤黒い炎華に彩られたスロットは、耳をつんざくような当たり音を響かせながら発光した。
「ご主人様が嫉妬しちゃうので、触らないでください。
私の身体は、ご主人様のモノなんだから……とか言ったら、あの人、ぐっと来ると思いますか? アドバイスください」
手首を掴まれて、顔をしかめているスノウが視界に入る。
「お客様」
引き金。
右足に魔力線を集中させて。
蒼白の閃光に包まれた右足で、ポーカーチップが大量に積まれていたテーブルを思い切り蹴飛ばす。
真正面にぶっ飛んだテーブルは、綺麗に黒スーツを巻き込んでスライドし、礼儀知らずな客はポーカーチップと共に吹き飛んだ。
「当店は、お触り禁止となります。特にそのメイドは、今晩の我が家の夕飯当番なので、その怪我のせいで夕食抜きになったらブチ殺すぞ」
「やだ、ダーリンったら、恥ずかしがっちゃって」
「そういうセリフを吐ける君の方が、よっぽど恥知らずだぜハニー」
気配。
咄嗟に、俺はスノウをかばってスタンバトンを受ける。
瞬間、右腕から蒼白のスパークが迸って、血の臭いが両鼻を突き抜けていき、あまりの衝撃で視界が上下左右に揺れた。
「ご主人様、バカッ!!」
「バカって言う方がァ!!」
全身の筋肉が暴れ回っている中で、俺は膝で攻撃者の鳩尾を蹴り上げる。
「バカなんだぞぉ!!」
左フック。
顎に入って、スタンバトンを持った長身が沈む。
「バカ!! なんで、いつもそういうことするの!? 自分の身を護るのに集中してくださいよ!!」
「わ、我が家のメイドの作るディナーは絶品だからな……」
何時になく、真剣な表情で。
俺の鼻血をハンカチで拭ったスノウは、そっと俺の頬を撫でてくる。
「さっきの攻撃で、大して凛々しくもないお顔がずば抜けたアホ面になっちゃったじゃないですか。どうしてくれるんですか」
ちゅっと。
スノウは、俺の頬にキスをしてからハンカチを仕舞う。
「ひとまず血は止まったみたいですが、動けますか?」
「……なんで、キスしたの?」
スノウは。
ぱちぱちとまばたきをしてから小首を傾げる。
「キスしました?」
「しました」
「…………」
慎重に距離を詰めてくる黒スーツたちを無視して、考え込んでいたスノウはほんのすこしだけ頬を染める。
「治療の一環だ、悪いか」
「わ、悪いと思うよ。
キスで奇跡が起きるのはディ○ニーくらいのもんだし、スノウはディ○ニープリンセスとはかけ離れた極悪な性格して――」
俺は、スノウを押す。
間に割り込んできたスタンバトンは宙空を裂き、飛んできた二撃目に俺は九鬼正宗を合わせる。
スパーク。
魔力線を操作して上手く外に逃しながら、俺は眼前で弾け飛ぶ雷光に悲鳴を上げる。
「スノウさん、スノウさん!! キスとか云々とか、今は置いといて!! なんか、上手いこと敵の気を惹く方法あったりしない!?」
「ありますよ」
次々と。
襲いかかってくる黒スーツの群れを弾き飛ばしながら、俺は必死でスノウを護りながらじりじりと下がる。
「オッケー!! ナウ!! ナウ、やって!! ハリーハリーハリー!!」
「ポッター?」
「今、そういうの要らないからァ!! ホント、要らないからァ!! ずば抜けたアホ面が、無様な死に顔にフォルムチェンジしちゃうよぉ!!」
「まったく、注文の多いご主人様ですね。軽やか可憐なメイドの最終奥義で、数多の視線を吸い取って欲しいだなんて……お手の物ですよ。
とくと御覧なさい、下々」
カジノテーブルの上に上がって。
注目を集めたスノウは、すっと、腰と頭の後ろに手を当ててセクシーポーズをとった。
「…………」
俺へと、大量の殴撃が襲いかかる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! かかってこいやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「…………」
俺へと、大量の打撃が降り注ぐ。
「うりゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 全部、弾き飛ばしたるわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「…………」
俺へと、大量の電撃が迸る。
「どぅぉりゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 痛くも痒くもねぇわそんなもんわぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺へと、大――スノウの拳が、俺の顔面に叩き込まれる。
「なんで!?」
「なんとなく」
「なんとなく!?」
ずざぁっと床を滑った俺の襟首を掴み上げて威圧するスノウを見て、黒スーツの皆様はドン引きして距離を取った。
そのタイミングで。
俺は、不可視の矢をぶっ放した。
直進した魔力の矢は、テーブル上のトランプを宙空へと舞い上げる。
射つ、射つ、射つ。
ぱらぱらと、廻りながら落ちてくるカードを次々と射抜いていく。正確無比な射撃で撃ち抜かれたカードは、中央に風穴を開き、その向こう側にいる黒スーツもまた撃ち抜かれる。
『♡10』、『♡J』、『♡K』、『♡A』。
「ご主人様!!」
メイドの声に反応し――振り向いた俺は――撃った。
背後。
『♡Q』に空いた穴から、俺は微笑を投げかけ――スタンバトンを振り上げていた人影は、ゆっくりと前方へと倒れ込んだ。
「ロイヤルストレートフラッシュだ」
俺は、指で作った銃口に息を吹きかける。
「Good game」
「なんですか、その洒落た舐めプ」
死屍累々のカジノルームを眺め回した俺は、ギャンブルで敗北した遊戯弱者の群れを確認して微笑み――足元にあった、穴空きの『♤Q』をさり気なく足で隠した。




