¥0の誘惑
レイ・ルートは、三名の『三条』によって紡がれる。
四人のヒロインのルートは、複雑な分岐があるモノもあればほぼ一本道のモノもある。メインヒロインにも関わらず、出現条件を満たさない限りは顔すら見せないヒロインのルートも存在している。
例えば、ミュール・ルートは、劉悠然による負けイベントから連なるBAD ENDが仕組まれているものの、基本的には三寮戦での対峙、フェアレディとの確執による魔人戦を避けることは出来ない。
アステミルの強制離脱イベントを深掘りすることで始まるラピス・ルートは、ミュール・ルートと比べれば分岐数は多彩であり、光と闇が蔓延る神殿光都の内外を交えた深謀遠慮なシナリオが語られる。
では、レイ・ルートはどうなのか。
レイ・ルートは、三条黎、三条霧雨、三条華扇……この三人のルートへと分岐し、選ばれたキャラクターによって三条家の末路が語られる。
たがしかし、飽くまでも、コレはレイのルートだ。
メインに据えられているのはレイであり、キリウ、カオウのルートに入ったとしても、レイのルートと比べて彼女らの人柄や過去が多く語られるのみで、その結末は枝葉末節の如き差異しかなく大差はない。
特に、三条華扇については。
レイ・ルートが始まる前に天運が定まっており、主人公とレイ……いや、プレイヤーの手で上書きすることは叶わない。
その宿命を是とするか否とするかはプレイヤー次第ではあるが、彼女のキャラクター性も相まって賛否両論のあった結末だったと言えよう。
三条家という特異点で、『三条』を冠することになった三条華扇が心の奥底ではなにを望んでいたのか。
原作内で、一切、語られることはない。
『ではでは、まずは初見のオタクくんにご挨拶だ~!』
画面越しに。
眩しい笑顔を見せるカオウは、敬礼のポーズを崩さずに前屈みになる。
『おっすうっすち~っす、カオーちゃんです! めちゃカワ属性、振り向く女子多めの萌えマシマシ系Vtuber! 親のクレカでスパチャを投げる学生を背負投げ~! 元気だけは金メダリスト! 胃もたれ厳禁、胃薬胸元忍ばせとけ~!』
「…………」
マジで、胃もたれしてきた。
テンションMAXのカオウは、こちらへと手を振る。
『オタクく~ん? どした~? フラれて傷つくくらいなら告白しない方がマシ、を人生で初志貫徹してきて未だに独り身貫いてる童貞か~?』
「……俺の声は、聞こえてんのか?」
『はい、早速、質問コメントもらいました……『俺の声は、聞こえてんのか?』。
聞こえてるよ、バッチグーだよ、感度良好、本日も晴天なり、ウィー・アー・ザ・ワールド~!』
なに、このうざったい緩衝材を挟んでる感じ。普通に喋ろうよ。
うんしょうんしょと、カオウは椅子を引きずってきて、ポリゴン数幾つだか知らないソレにちょこんと座る。
『では、オタクくん、どぞどぞ。実のところ、カオーちゃんね、ドシドシ質問受け付けとるぞ』
「逆に、お前の方から質問があるんじゃねーのかよ。呼び出したのは、そちらさんじゃねーんですか。
ドシドシ来いよ、ドシドシ。お相撲さんばりに受け止めたるわ」
俺の吐いた言葉がリアルタイムで取り込まれ、画面上のチャット欄を流れていき、カオウはふんふんとソレを読み込む。
『視聴者から配信者への逆質問ってことね~?』
「そういうことだね~」
『スリーサイズは?』
「地表から、70km、670km、2890km」
『オタクくん、マントルじゃん』
「そっちは?」
『マリアナ諸島から、北緯11度21分、東経142度12分、108.6MPa』
「カオーちゃん、マリアナ海溝じゃん」
ゆっくりと。
かくつきながら、カオウは目を見開いて大口を開ける。
「お前、かくついてんぞ、マリアナ海溝」
『うるせぇな、てめーの回線が悪いんだろ、マントル』
「魔法合宿で、自殺呪詛仕込んだのお前?」
間違いなく。
俺の発言はチャットとなって流れていき、カオウはそれを目で追っていたのに回答が返ってこない。
「おいコラ、深度深すぎて聞こえねぇのか」
『…………』
目線は文字を追っているものの、カオウはまた無視をする。
どうすりゃ反応すんだ、コイツ?
考え込んでいた俺は、チャット欄に着目し、既にログイン済みのアカウントで投げ銭を投げられることに気づいた。
そういや、コレ、エイデルガルトのノートパソコンだったな……。
「…………」
俺は、文字を打ち込んでチャットを投げる。
百合の守護神
¥500
好きな女の子とかいますか?
『…………』
カオウは、手持ち無沙汰に爪を弄っている。
「…………」
……金額が足りないのか?
俺は、再度、スーパーチャットを投げる。
百合の守護神
¥2000
好きな女の子の話とか聞きたいです! お願いします!
『あ』
「おっ!!!!」
忍者世界チャンピオン
¥2500
好きな忍法とかありますか?
『好きな忍法~?』
「いや、お前、ふざけんなよ。答えなくていいよ、そんなクソスパチャに。俺の質問に答えろ俺の質問に。世界の今後の展望に纏わる大事なクエスチョンだぞ」
俺は、勢いよくキーボードを打つ。
百合の守護神
¥5000
好きな忍法とかどうでも良くない?(笑) というか、そういうどうでも良い質問でカオーちゃんの時間を奪うのは悪だし、そういうのにかまっちゃうカオーちゃんもカオーちゃんだよね(笑) てか、さっき、2500円のスパチャ投げたんだけど見てくれた?(笑) 好きな女の子とかいるの?(笑) 5000円も投げてるんだから答えて欲しいな~(笑)
忍者世界チャンピオン
¥10000
好きな忍術とかありますか?
『え~? 影分身の術とか~?』
「クソがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 忍法も忍術も同じだろうがぁああああああああああああああああああああ!! 1万も投げて、クソ質問繰り返してんじゃねぇぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は、キーボードに指を叩きつける。
百合の守護神
¥50000
好きな女の子教えろ、○すぞ
「…………」
待てど暮らせど、返信が返ってくることはない。
「…………」
ブロックされたことを確信した俺は、両手で顔を覆って現実から逃げる。
忍者世界チャンピオン
¥100
そのアカウントに紐付いてるクレカ、燈色さんの貯金口座から引き落としてるから気をつけてね。
「…………」
俺は、普通に泣いた。
『ひーろーくん、ひーろーくん』
画面の向こう側で、カオウは泣いている俺に声をかける。
『カオーちゃんの好きな女の子はね~、レーちゃんだぞ』
にんまりと笑っている彼女は、人骨を模している両手でハートマークを作り、そこに己の顔面を盛り付けた。
『三条家から、秒でレーちゃんを救える手があるって言ったらノッちゃうか~?』
俺は。
ゆっくりと、顔を上げた。